秋の午後

秋の柔らかな日差しの下、二人の少女が楽しそうにおしゃべりしながら、落ち葉の散る通りを歩いていた。
少女の一人が王女であるという事実を除けば、どこでも見られるありふれた午後の光景である。
「とってもおいしかったですわね、あの店のパフェ」
「ええ。メイが一緒でなかったのは残念ですね」
「シオンのせいですわ。たまにはわたくし達に貸してくれてもいいのにと思いませんこと?」
シルフィスは苦笑をこぼした。
実際に仕事があるということもあるだろうが、それ以上に何かれとなく用事を言い付けて彼女達の友人を自身の手元から離したがらないのだ、あの青い髪の魔導士は。
「心配なのでしょう。メイは何をしでかすか分からないところがありますから」
「そうですわね」
くすくすと二人は笑った。
彼女達はまだ尾行されていることに気付いていなかった。

「まだ食べるのか…」
少女達がクレープ屋の前で足を止めたのを見て、青年は呆れたようにつぶやいた。
「あーゆー年頃の女って、あんなもんですって」
皇太子のお供を命じられた銀髪の騎士は苦笑まじりに言った。
「ふうん、詳しいのだな?」
何げない言葉にぎくりとする。
ガゼルが第二王女と「付き合っている」ことは、まだセイリオスには秘密なのだ。
「そ、そりゃあ、シルフィスとよく話しますし」
分化を終えた今、シルフィスは「年頃の娘」に分類できる。ガゼルは慌てて言い繕った。
「変な感じだな」
「えっ!な、何が?」
セイリオスは微笑んで言った。
「シルフィスだよ。彼女が普通の「女の子」をやっているのが、なんとなくね」
皇太子の面前では決して騎士としての態度を崩さない少女が妹とともに買い物を楽しんでいる姿はセイリオスには新鮮に思われた。
隣でガゼルがほっと胸を撫で下ろすのにも気付かない。
むっとセイリオスが表情を変えた。
二人組の男が少女達に声をかけたのだ。いわゆる、ナンパである。
「王女に対して無礼なっ」
「うわっ、殿下、押えて」
飛び出して行きかけたセイリオスを慌ててガゼルが制止する。
こんなところで、騒ぎを起こされては護衛として立つ瀬がない。
少女達はナンパ男達をあっさりとあしらって、再び歩き始めた。

「まだ見るのか…」
少女達が何件目かの洋服店に入ったのを見て、うんざり顔でセイリオスがつぶやいた。
少女達はまだ何ひとつ買っていない。
「いつになったら終わるんだ?」
「そんなこと、俺にだってわかりませんって」
ガゼルに分かっていることは、まだまだ買い物は終わらないということだけだ。
なにしろ荷物持ちをさせられた経験が多々あるのだ。
これに懲りて、妹がお忍びで何をしているか監視するような真似は二度としないで欲しいとガゼルは切実に願っていた。
デート現場を見られたら、この妹を溺愛している皇太子に、どんな目にあわされることやら想像もつかない。
今日という日に当直でよかったと、つくづくと女神に感謝するガゼルだった。

「まだ決まらないのですか?」
苦笑まじりにシルフィスが声をかけた。
ディアーナの手には二つの帽子がある。
「どちらも、かわいらしいのですもの。どちらが良いかしら?」
本当に困った様子のディアーナに小さく笑みをこぼすとシルフィスは言った。
「あそこにいる二人に選んでもらったらいかがです?」
ディアーナが驚いている間にシルフィスは店を出たかと思うと、決まり悪そうな顔をした二人の人物を連れて戻って来た。
「お兄様!それにガゼルまで」
「あー、奇遇だね」
奇遇も何もないのだが、セイリオスはそんな言葉でごまかそうと試みた。シルフィスが笑いをかみ殺す。
「お兄様もお忍びの途中でいらしたの?」
「そんなところだ」
ディアーナはそれ以上追及せず、セイリオスを安心させた。
今のディアーナには兄が何故、店の前にいたのかよりも、どちらの帽子を買うか決めることの方が重要だった。
「どちらがよろしいかしら?」
ディアーナは二つの帽子を交互にかぶって、皇太子と騎士に尋ねた。
「私はこちらだな」
「俺はこっち」
二人はそれぞれに帽子を指した。
これでは参考になりませんね、とシルフィスが笑った。

「まだ買うのか…」
結局、護衛の騎士共々、荷物持ちをさせられることになったセイリオスは妹達の後ろを歩きながら溜息をこぼした。
帽子に服、靴にアクセサリー等など、よくもこれほど買うものがあると呆れるばかりだ。
ちらりとセイリオスはやや後ろを同じように荷物を抱えて歩いている騎士に目を走らせた。
ディアーナは、選ぶのに迷った場合は必ずと言っていいほど、彼が選んだものを購入している。
それから推測される事態はセイリオスを少々複雑な気持ちにさせた。
ガゼルは貴族の末席に連なってはいるものの、一介の騎士に過ぎない。王女とは身分違いである。
「殿下、お持ちしましょうか?」
その表情を疲労のためと解釈してか、心配そうにシルフィスが声をかけた。
「いや、かまわない」
セイリオスは苦笑した。
身分違いだなどと言っても、どうしようもない。
恋心というものは、身分の違いなど易々と乗り越えてしまうのだから。
自分が妹と並んで歩く金髪の女騎士から目を離せないでいることにセイリオスは気付いていた。
「…ガゼル」
「はい?」
「今後、ディアーナの荷物持ちは君に一任するよ」
若者は途方に暮れたような表情を浮かべた。
わざわざ解釈をしてやるほど、寛大ではない。
妹を奪われる兄としての、ささやかな意地悪だ。
セイリオスは素知らぬ顔で歩き続けた。

ちらりと二人の少女は後ろに目を向けた。
「変な感じですわね、皇太子が荷物持ちをしているだなんて」
「させたのは、姫でしょう?」
「わたくし達の後をつけた罰ですわ」
すまし顔でディアーナは言った。
「これに懲りて、二度と同じことをしようなどと思わなければよろしいのですけど」
「大丈夫ですよ、ガゼルならきっと、尾行には気付きます」
もっとも、かわいらしい恋人に見とれていない場合に限るが。
「メイにいい土産話ができましたね」
「本当に」
くすくすと少女達は笑った。
その上空は茜色に染まり、一番星が輝き始めていた。

おわり

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