淡雪

春の盛り、王都はいつになく賑わっていた。
 クラインの民が誇る皇太子の結婚式が開かれているのだ。
 晴れ上がった空の下、通りという通りに花が飾られ、広場では祝いの酒がふるまわれている。あふれ返った人々は神殿から王宮に向かう皇太子夫妻のパレードを心待ちにしながら陽気に騒いでいた。
 そんな王都の喧噪とは対照的に、結婚式の行われる神殿内は荘厳な雰囲気に満ちていた。きらびやかな衣装に身を包んだ列席者達に加え、左右の壁際にはずらりとクラインが誇る魔導士達と近衛騎士達が並ぶ。彼らの目は一様に祭壇の前で祝福を受ける青銀の髪の皇太子と栗色の髪の少女に注がれていた。
 クラインの皇太子と表向きは小貴族の娘とされる異世界の少女。
 幸せそうにほほ笑み合う二人が、この日を迎えるためにどれほどの障害を乗り越えて来たか、知る者は少ない。
 人目を引きやすい金髪と銀髪の近衛騎士達もその少数に属していた。
「…平気なのか?」
 隣に立つ銀髪の同僚が小声で言った。
「なにが?」
  祭壇から目を離さずに、囁き返す。
「好きだったんだろ?」
 琥珀の目が映すのは皇太子の姿。
 シルフィスは友人の気遣いに小さく笑みを浮かべた。
 聡明で、常に誇り高く理想を持ち続ける青年に心動かされ、彼の助けになるような立派な騎士になりたいと願ったことは確か。
 ほんの少し、胸の奥が痛むけれど、それよりも、二人を祝福する気持ちの方が強い。そして、そう思えることが何よりも嬉しい。
 恋だったかもしれない。
 だけど今はもうわからない。
 地面に落ちてすぐに消えてしまう淡雪のような思い。
「…ガゼルはどう?」
 翠の目が映すのは第二王女の姿。
 隣国の王である婚約者と並んで兄と友人の姿を見守っている。
 少年が騎士になって守りたいと願った少女はもうすぐ隣国に嫁ぐ。きっと、今日の花嫁と同じように幸せな顔で。
 ほんの一瞬、琥珀と翠の目が交差した。
 多分、今、自分達は同じ思いを抱いている。お互いに誰よりも近い場所にいる。
 二人の若い騎士は真っすぐに立ち、過去ではなく未来を見据えていた。

おわり

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