からくり

 王都郊外の湖は訪れる者も少なく静寂に包まれているのが常だった。しかし、この日、湖岸は賑やかであった。
息抜きと称してピクニックに訪れたクライン王国第二王女一行は明るい笑い声を響かせていた。
「やっぱ、アイシュの作ったお弁当は最高だね!」
 サンドイッチをほお張りながら、メイが機嫌よく言う。
「それにしても、アイシュ様、よく作ってくださいましたね?」
 家庭教師である彼がわざわざ「お忍び」に送り出すとは思えないとシルフィスが首を傾げる。
「簡単ですわ。ピクニックの気分で、メイ達とお庭で昼食を取りたいと言いましたのよ」
 小悪魔めいた笑顔でディアーナが答える。
時々、この姫は人のよい家庭教師をわざと困らせて楽しんでいる節がある。
メイとシルフィスはちらりと顔を見合わせた。
二人に言わせると、これは立派な「好きな子いじめ」であった。
「手を洗ってきますわね」
 ディアーナが立ち上がって水辺に向かう。
「アイシュも気の毒なんだか、幸せなんだか…」
「幸せ、でしょう、多分」
 くすくすと二人は笑った。
 その時、ディアーナの悲鳴が上がり、二人は反射的に立ち上がった。
「いやぁーっ、ブサイク、ですわーっ!」
 ディアーナに力一杯ブサイク呼ばわりされたモノを見た瞬間、二人は硬直した。
 巨大アメフラシだとメイは思った。
 巨大ナメクジだとシルフィスは思った。
 突如、水面に姿を現した「それ」は、ぬらぬらとした軟体動物の形態をしていた。
「ファイアーボール!」
 気付いた時、メイは呪文を唱えていた。視界から抹消したいという望みに自然に応じていたのである。
 一方、シルフィスは硬直したまま額に汗を滲ませていた。
虫の類いは平気なのだが、どうしてもナメクジは受け入れられなかった。
 火球に直撃された「それ」は僅かに体を震わせたがそれだけだった。
「効かないっ!?」
 メイが目を見張る。
 ようやくシルフィスは我に返ると、自分と同じくその場に立ちすくんで動けないディアーナを救出すべく動いた。
その足が何かをうみゅっと踏んだ。
 まさか、という思いが頭の中をかきまわす。
おそるおそる下に目を落とし、シルフィスはそれを確認した。
「うわぁっ!」
 踏み付けたのは「それ」の小型版、ナマコの倍ほどの大きさの「それ」であった。
「なにこれ、サイッテー!」
 どこからともなく、わいて出た謎の生き物達にメイは顔をしかめた。
 シルフィスの顔から表情が消える。
「うせろっ!」
 らしくない言葉を言い放ったかと思うと、シルフィスは小型版を勢い良くけり飛ばしていた。
放物線を描いて、それは水の中へ落ちた。
「…えーと…」
 思わずその動きを目で追ってしまったメイは自分が何をするつもりだったのか忘れていた。
「そんなブサイクな姿で王女の前に出てくるなんて、死刑ですわーっ!」
 ディアーナも相当なパニック状態に陥っているようだ。
「あなた、生物として恥ずかしくないんですのっ」
 メイはこめかみを押えた。
「だから…炎が効かなくて、水に入ってても平気ってことは−」
 以前聞いた講義の内容を思い出す。
「体組織に水分が多量に含まれてる可能性がある、と」
 その場合は…。
「動くな−っ」
「恥を知りなさい、恥を!」
 呪文を唱えながら、メイはちらりと考えた。
 共通点なんてなさそうに見えるけど、二人ともナメクジ系が苦手なとこは共通してたんだ。
 そんなことを考えているあたりが、一見、冷静に見えているメイの動揺ぶりを物語っていた。
 キンッと音がして「それ」の動きが凍り付いた。比喩でなく、文字どおり、凍ったのである。
「シルフィス、そいつ、今のうちにたたいちゃって!」
 メイの声にシルフィスは素直に従った。
剣をぬくなり、それに向かって刃をたたきつける。
ガラス細工のように意外にもろく「それ」は砕け散った。
視界から、「それ」が消えると、三人は落ち着きを取り戻した。
「…帰りましょうか?」
 シルフィスの提案に二人は即座に同意した。

 しゅんとしてうなだれ、ディアーナは勉強をさぼって王宮を抜け出したことを、家庭教師に謝っていた。
「きっと、ばちが当たったんですわね」
 心から反省しながらディアーナは言った。
「わたくし、もう嘘をついたりしませんわ。勝手に王宮を抜け出したりもしませんわ」
「そんな姫様−、たまに息抜きに行かれるくらいはいいんですよー。ただ、お勉強をさぼってばかりおられると、姫様のためにもなりませんからー」
 いつものおっとりとした調子でアイシュが諭す。
ディアーナはもう一度アイシュび謝ると、本日の課題をこなすために自室に戻った。
「は−、いくらほれた弱みとは言え、甘いね、お前さんも」
 柱の陰から青い髪の魔導士が苦笑しながら現れる。
「そんな−、ただ僕は元気のない姫様は姫様らしくないと思いますので−」
 顔を赤くして、アイシュがごにょごにょと言う。
「ま、効果はてきめんだったわけだ。俺の魔法も捨てたもんじゃないね」
「…姫様はモンスターが出たとだけしか、おっしゃりませんでしたけど、一体、何を使ったんです?」
「俺の大切な花壇にのこのこ出てきやがった害虫だ。前に姫さんが悲鳴を上げてたのを思い出してな。ちょいとばかり、巨大化させて色つけてやった」
 その言葉にアイシュが眉をひそめる。
「なめくじですか?ちょっと、ひどいんじゃないですかー、姫様はあんなに嫌っていらっしゃるのに−」
「甘い、甘い。苦手だからこそ、効果あるんだ」
「ですけどー」
「姫さんがすぐに勉強をいさぼって困ると俺に相談を持ちかけたのはお前さんだろーが。ま、これで思う存分、姫さんと二人きりになれるぜ?感謝してもらいたいもんだね」
 これ上からかわれてはたまらないとばかりに、アイシュは仕事があるのでとそそくさと立ち去った。
 にやにやしながら見送ったシオンは背後に殺気を感じて振り返った。
「お、おまえら、いつからそこに」
 そこには呪文を唱えるメイと拳を握り締めたシルフィスの姿があった。

 その後の宮廷筆頭魔導士の運命は、友人を制止しなかった罪でシルフィスが半月、王宮を破損した罪でメイが一月の謹慎を言い渡されたことから、おおよその推測はつくであろう。
ただし、事件の真相がディアーナの耳に入ることはなかった。
また、謹慎中の二人にアイシュからの度々の差し入れがあったことは当事者達以外誰も知らない事実であった。

おわり

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