心のままに?

 王宮にある一室で青い髪の魔導士はにやにや笑って後輩にあたる若者を眺めていた。
「何ですか」
 不機嫌そうに眉をひそめ、キールは言った。
 男と向かい合ってお茶を飲むのも面白くない状況だが、奇妙な笑い方をされれば、面白くないのを通り越して不愉快だ。
「い〜や、なんでもない」
 言葉とは裏腹に、なんでもなくなさそうな、実に意味ありげな視線を返す。
 その態度に、キールはますます機嫌が悪くなる。
 全く、なんなんだ、この人は。
 さっさと帰ろうと、出されたお茶を急いで飲み干し、キールは席を立った。
「後は結果をご覧あれ、ってとこだな」
 キールの背中に向かって、ひらひらと手を振りながらシオンはにやりと笑った。

 夕暮れ時、こつこつと部屋の扉をたたく音にシルフィスは立ち上がって訪問者を出迎えた。扉を開け、そこに、このような時間帯に訪れるには意外な顔を見いだす。
「キール?どうしたんです?」
 戸惑うシルフィスにかまわず部屋に入ると、キールはシルフィスを見詰めたまま、後ろ手に戸を閉めた。
「シルフィス」
 いつになく真摯な瞳に見詰められ、シルフィスは鼓動が速くなるのを感じた。キールは動けないでいるシルフィスの手を取り、その指先に口付けた。
「キ、キール?」
 瞬間的にシルフィスのほおが赤く染まる。
「これを受け取ってくれ」
 するりと冷たいものが左手の薬指を滑った。シルフィスは驚いて指にきらめく指輪とキールを見比べた。ほっそりしたシルフィスの両手を自分の両手で包みこみ、キールはそっとささやいた。
「俺と結婚して欲しい」
 思いがけぬ言葉に幸せな気分で、ぽーっとしていたシルフィスだが、数秒後、はたと我に返った。
「あ、あの、キール?」
「厭か?」
 せつなげに見詰められ、真っ赤な顔のままシルフィスは勢い良く首を横に振った。
「厭じゃないです…厭じゃないですけど、キール、変ですよっ!本当に、キールなんですかっ!?」
 なんだか、騙されているような気がする。
 彼を知る人間なら当然の反応であった。
 そんなシルフィスの反応など気にもかけず、キールはふっと優しく笑うと恋人の頬を両手に挟んだ。
「俺は俺だ」
「やっぱり、変ですっ!」
 断言して、熱でもあるんじゃないですか?と手を伸ばして額にあてる。と、その手首をキールがつかみ、再び口付けた。
「熱があるとすれば、お前のせいだ、シルフィス」
 シルフィスは顔が更に紅潮すると同時に血の気が引くのを感じた。
 壊れている!キールが、完全に壊れている!
 こんなのはキールじゃない。
 キールと言えば、恋人同士になってからも、なかなか目を合わせようとしない奥手で不器用で無愛想な照れ屋さんなのにっ。
 これじゃあ、まるで、どこかの…。
 シルフィスは、はっとした。
「ごめんなさい、キールっ!」
 次の瞬間、鳩尾に衝撃を与えられたキールはあっけなく意識を手放し、ずるずると床に伸びた。

 それは一瞬の出来事だった。
 シオンは両手を上げたまま、ごくりと唾を飲んだ。彼の喉元には剣先が突き付けられている。
「キールに何をしたんです?」
 完全に目の据わったシルフィスが剣呑な声で詰問する。
「俺は別に何も…」
 ちくりと切っ先が喉にめりこんだ。
 おおよそ、普段のシルフィスからは、想像もつかない行動である。それだけに、現在のシルフィスは混乱していると言えた。
「ちょっと、実験してみただけだって!」
 さすがのシオンも生命の危機を感じ、少々、慌てた。
「すぐに元に戻して下さい」
「薬の効果が切れたら、戻るっ」
「それはいつです?」
「一日も持たないはずだ」
 すっとシルフィスは剣を引いた。シオンは安堵の息をはき、肩の力を抜いた。
「キールの奴、何しやがったんだ…」
 喉元に手をあて、つぶやく。
「一体、何の薬なんです?」
 剣を鞘に収めながら、まだきつい口調でシルフィスが問う。
「ん−、まあ、分かり易く言えば、望みどおりに行動するための薬ってとこだ。大胆になる、と言った方が分かり易いかもしれないな。普段なら、理性やら何やらが邪魔してできない行動を、ためらわずに実行するようになる」
 ちろとシオンは女騎士を見遣った。野次馬根性が見え見えの顔である。
「で、何されたんだ?」
「…!」
 シルフィスは真っ赤になって、失礼しましたと踵を返した。
「…人には言えないよ〜なことでもされたのかねぇ?」
 残されたシオンは一人妄想を膨らますこととなった。

 …痛い。
 疼痛を感じてキールは目を覚ました。そして、自分が毛布をかけられて床に伸びていることに気付く。また、この場所がどこかということにも。
「…なんでシルフィスの部屋に」
 もぞもぞと起き上がり、つぶやいたキールの頭の中で記憶が嫌味なまで鮮明に蘇った。それを事実と認識した途端に顔が火を噴く。
 お、俺は一体、何を…?
 次々と鮮やかに蘇る記憶に悪夢だとばかりに頭を抱え込む。
 と、そこへ部屋の主が帰って来た。
 どういう顔をすればいいのか分からないキールは頭を抱え込んだ姿勢のまま固まっていた。
 キールの中で恐ろしいまでに長い時が過ぎた。
「良かった。元に戻ったんですね」
 キールが真っ赤になっているのを見て、シルフィスは嬉しそうに言うと、すぐ横にひざをついた。
 どうやらシルフィスにも自分が普段の自分ではなかったことが分かっていたようだ。ほんの少しだけ、気が軽くなった。
「痛くないですか?あの時は混乱してて手加減できなかったので」
「…平気だ」
 なんとか声を絞り出す。
 正直言って、当て身を食らって意識を失って良かったと思う。もし、あのままだったら、一体、自分はどんな行動に次は出たことか。今以上に羞恥心に苛まされたに違いない。
「シオン様のせいなんですよ。変な薬をキールに飲ませたんです」
 キールはようやく顔を上げた。
「薬?」
 シルフィスから説明を聞くにつれてキールの顔が強張って行く。
 確かに自分はシルフィスに求婚しようとは思っていた。
 だが、しかし、決して、それは今日ではなく、決して、こんなやり方ではないっ!
「まったく、あの人はっ」
 拳を握り締めて立ち上がりかけたキールをシルフィスが止める。
「シオン様なら私が懲らしめてきました」
 シルフィスが帯剣していることに気付き、キールはなんとなく現場の想像がついた。時としてシルフィスは思いがけぬ行動に出る。あの宮廷魔導士にはいい薬になったことだろう。それから、薬指にはまっている指輪に目が留まった。視線に気付いて、シルフィスの頬がさっと染まる。
「あ、あの、これ、返しますね」
 キールは指輪を外そうとするシルフィスの手を止めた。
「…とっといてくれ」
 目を合わせぬようにしながら言う。
「でも、キール」
「厭じゃないんだろ?」
 例え正気でなかったにしろ、嘘はなかった。
 もう一度、やり直そうとすれば、何年かかるか分からない。
 そんな思いが伝わったのか、シルフィスは恥ずかしそうに頷いた。
「…はい」
 思い切り照れながら、それでも手を離そうとしないあたり、まだ薬が残っているのかもしれない。
 メイが目にしたならば、じれったい!と思い切り背中を突き飛ばしただろう、そのままの姿勢のまま、夜が更けるのも構わず二人は照れ続けていた。

キール×シルフィス

おわり

創作:TOKO、CG:まささ様