忠告

その日、成人祝いにメイはシルフィスとともに洒落た居酒屋でお酒を飲んでいた。
成人したら、女の子同士で飲みに行こうね、と以前から約束していたのである。
本当ならディアーナも一緒に来るはずだったのだが、さすがに隣国ダリスの新王と婚約した身では以前ほど気軽に出歩くことはできない。
ましてや、市井における「飲酒」など、とんでもないことだった。
本人も今回はさすがに諦めた。
「寂しくなるよね、ディアーナがいなくなっちゃったら」
ぽつりとメイはつぶやいた。
「ええ、そうですね」
グラスを傾けながらシルフィスは静かに言った。
ランプの光に照らされたその姿は相変わらず、いや、今まで以上に綺麗だった。
女らしさ、というのだろうか。そこはかとなく雰囲気が変化した。
シルフィスが女性に分化しつつあることは間違いなかった。
ゆっくりとした確実な変化にどれだけの人間が気づいているだろう。

 ま、あの人なら絶対に気づいているだろうけどね。

かの人物が、視界にある限り、絶対にシルフィスから視線をはずさないことをメイは知っていた。
それが時々、羨ましい。

 あいつときたら、没頭するとなんにも見えなくなっちゃうんだもん。

ふと調子外れの酔っぱらいの歌声が耳に入った。
そう言えば、とメイは随分前に元気印の銀髪少年に言われたことを思い出した。

 絶対にシルフィスに酒を飲ませるんじゃないぞ!

そう彼は言ったのである。
だが、目の前の友人に酔った気配はない。
気分が悪くなった様子もない。
世話好きな少年の心配のし過ぎであろうとメイは結論づけた。

数刻後、メイは友人とともに店を後にし、いつものように魔法研究院に向かった。
一人で帰れるといくらメイが言っても、この点だけ、シルフィスは決して譲らなかった。
同じ女性になりつつあっても民を守るための騎士だから、というのがシルフィスの言い分だ。
騎士として帯剣していても、酔っぱらいには目に入らぬものらしい。
大通りを外れたところで数人の男にからまれた。
常ならば身分を明かし、それでも引き下がらぬ時はメイが魔法で威嚇して追い散らすのであるが、その夜は違っていた。
ふわりと金髪が舞ったかと思うと、なんとも厭な鈍い音が聞こえ、男の一人が路上にのびた。
いきりたった男達が同時に襲いかかり、そしてまた、すぐに静かになった。
メイはただ立ちつくしていた。驚きのあまり、声も出なかった。
「行きましょう」
いつもと変わらぬ綺麗な笑顔でシルフィスが言った。
「し、しるふぃすぅ?」
「どうかしましたか、メイ?」
「な、なーんかさー、やな音がしなかった?骨が折れたかな、みたいな?」
にこりとシルフィスは笑った。
「気のせいですよ、メイ」
―武人として、シルフィスの欠点を言うならば、相手を傷つけることに躊躇いを持ちすぎることだーそう確か聞いた覚えがある。
ごくりとメイはつばを飲み込んだ。
今のシルフィスにはその躊躇いがいささかもない。
メイはほろ酔い気分が抜けていくのを感じた。

 シルフィスって、どれくらい飲んでいたっけ?

思い返せば、かなりの量を飲んでいたような気がする。

 やばい、かもしれない。

メイは路上に転がる男達に治癒魔法を施し、証拠隠滅を図ると、友人を連れてその場を疾く立ち去った。

 忠告もたまにはちゃんと聞いておくもんだわね。

メイは少しだけ反省した。
その夜、メイは友人を自身の部屋に無理矢理泊めたのであった。

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