人生裏街道

〜街道編〜

 街道沿いの草むらに身を隠すむさ苦しい集団があった。彼らは旅人を襲って金品を強奪する、いわゆる追いはぎであった。
彼らの視界に若い男女の二人連れが現れた。
金回りのそこそこに良さそうな旅芸人風の二人連れは彼らにはいい小遣い稼ぎの相手に見えた。
 二人連れの男の方は見るからに優男で、女の方は元気は良さそうだが小娘である。
どちらも、ちょっと脅せば彼らの言いなりになるであろうと思われた。
 いくら比較的警備の厳しい街道とはいえ、たった二人で旅するのは非常に不用心と言うしかあるまい。
彼らはそれをおかしいと感じなくてはならなかったのだ。
彼らは、いいカモだと思っていた。
その「カモ」もまた、自分達のことをカモだと思っていることなど露ほども知らず、彼らは草むらから踊り出た。
 炎が炸裂したのは彼らが刃を抜こうとした瞬間であった。
「ファイアーボール!」
 少女の威勢のいい声が響くと同時に追いはぎ達は炎に取り巻かれた。
「あはは、やったね、一網打尽!あたしって天才かも」
「調子に乗り過ぎると痛い目にあいますよ、メイ」
「わかってるって。でも、いい副業になるよね、これって」
「元手は一切いりませんからね。資本は私達の容姿というところでしょうか」
 二人連れがそんな会話を交わしながら、近付いて来る。
彼らを取り巻く炎の輪は次第に狭まりつつあった。
じわりと背中に汗が伝うのを彼らは感じていた。
「そこから出るのに、いくら出します?」
 にっこり笑って青年は尋ねた。
 体を伝う汗が炎の熱によるものなのか、それとも別の原因によるのか、追いはぎ達にもわからなかった。

 追いはぎから逆に身ぐるみ剥いだ上に、賞金目当てに警備隊に売り飛ばす二人連れの噂は野火のように広がっていき、メイとイーリスが新たな副業を探さねばならなくなるのはそう遠い未来のことではなかった。



〜王都編〜

 目的の屋敷は閑静な住宅街にあった。その屋敷の主は騎士位を持つ小貴族で、骨董品の収集が趣味だという。
盗みを生業とする彼がこの屋敷を標的に選んだのは、大貴族の屋敷に比べ警備が手薄なことと骨董品というものが闇市でさばき易いという点にあった。
加えて、熱心な骨董品の収集家というものは、しばしば後ろ暗いルートから収集品を得るということもあり、警察組織に訴え出ないこともある。
 彼の調べによると、屋敷に寝泊りするのは主夫婦と執事だけで、後は通いの使用人が若干いるだけだという。
無論、警備などしていない。骨董品のある部屋の位置も寝室の位置もおおよその調べがついていた。
そして今夜、屋敷の主は夜勤で留守にしており、屋敷にいるのは初老の執事と美人と評判の奥方だけのはずだった。
ぬかりはない。彼は自信に満ちて、身軽に塀を乗り越えた。
彼が自分の犯した最大の過ちに気付くまで、残された時間は僅かしかなかった。
 夜の闇に男の悲鳴が響き渡った。
その声の聞こえた屋敷の近所で、これから小金持ちの家に忍び込もうとしていた王都在住の盗っ人が舌打ちした。
「よそ者だな」
 王都で暮らす同業者ならば、絶対にあの屋敷にだけは盗みに入ろうとはしないだろう。
夫婦がそろっていようと、片方だけだろうと。
しばらく前に仲間うちで度胸試しと称して、あの屋敷の住人に気付かれぬように侵入するというゲームがはやったことがあるが、誰一人として成功した者はなく、それどころかゲームに参加した者は残らず牢獄送りとなった。
その中には屋敷の主に一晩中説教され、その後、足を洗った者が少なくない。
理由は説教が身に染みたというより、あまりの迫力に気圧されたからだという。
ちなみに美人と評判の奥方は夫仕込みの優れた剣技を持ち、侵入者がその美貌に目を奪われている間に、のしてしまうらしい。
そして奥方一人でいるところに忍び込んだりしようものなら、帰宅した主によって、人には言えない程、恐ろしい仕打ちをうけるとか。
「この商売を続けたければ、クレベール家の屋敷にだけは足を踏みいれてはならない」
 それが王都に暮らす盗賊の鉄則となっていた。

 翌朝、ごみ収集車を待つごみ袋のように、自警団の到着を待つ縄で縛り上げられた男の姿がクレベール家の門前で見られた。


〜王宮編〜

 ダリス王国の王宮は当然のことながら警備が厳しい。なかでも、とりわけ、王妃周辺は警備が厳重だった。
他の王国と比較すると、その特異性は一目瞭然だ。なにせ国王その人の周辺よりも堅固な警備がしかれているのだ。
無論、国王が王妃を熱愛しているためとの見方もできるが、王家同士の婚姻は政略
結婚が普通である。
愛のない夫婦など珍しくもないどころか、一般的と言っても良い。人はおのずと自分の物差しで物事を見る傾向がある。
何か秘密があるに違いない。そう各国の君主が思っても、仕方ないだろう。
彼らは次々と間諜を送り込んだ。
 彼女はやり手の間諜だった。彼女の仲間に今まで王妃の部屋に到達できた者はいなかった。
そのため、カチリと小さな音を立てて王妃の部屋の扉が開いた時はベテランの彼女も興奮に心が躍った。
彼女はするりと部屋に滑り込むと、秘密を求めてあらゆる場所に手を伸ばした。
しかし、出て来るのは全てありふれた若い女性の持物ばかりである。
彼女は躍起になって、壁の隅から隅まで、床板の一枚一枚を調べ回った。
あまりに熱中しすぎたため、彼女は基本を忘れた。絶えず周囲に気を配ること。
それを忘れていたため、冷たい刃が首筋に当てられるまで、彼女は人の気配を察することができなかった。
思わず息を飲んだ彼女の耳に若い男の声が響く。
「私の妃の部屋を荒らし回るなんて許しがたい行為だな」
 彼女はもはやここまでと観念した。よりによって国王に発見されたのだ。
逃げおおせたとしても、この失態を彼女の主が許すはずもない。
「…女か」
 若き国王は剣を引いた。
「ちょうど良い。お前の命は奪わないでおこう。その代わり、帰って主に伝えるがいい。
私の妃に近付く男は何者であれ許さない、と。例え、間諜であれ、彼女の周辺をうろついて欲しくはない」
 彼女は愕然とした。それが、水も漏らさぬ警備の理由なのか。
それが、自分が命をかけて探り出した秘密なのか。
…そんなことを報告して信じる人物がはたしているのか。
呆然自失の状態で自問自答する彼女を王は無造作に王妃の部屋から放り出したのであった。

 翌朝、一人の女間諜が姿を消した。
彼女の仲間はそれを彼女が失敗によって命を落としたと受け止めたため、仕事に嫌気が差して逃亡したという事実が発覚することはなかった。
そのため、ダリスの王妃周辺の警戒は緩むことなく、送り込まれる間諜も減ることはなかったという。

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