金髪の騎士と小柄な魔導士は用心深く周囲を見回しながら、クライン王国の王宮に潜入した。
目指す場所は第二王女の自室である。
「…いいのでしょうか?」
「いいんじゃない?とりあえず、王宮の中だし」
ちらりと脳裏をある記憶がかすめたが、メイは不安を押しやった。王宮内において、シルフィスに喧嘩を売るような馬鹿はおるまい。
ようやくたどり着いた二人をディアーナは笑顔で迎えた。
「あー、しんどかった」
メイは抱えていた荷物をどさりと下ろした。
「ちょっと買い込み過ぎたんじゃありませんか?」
同じように荷物を下ろしながらシルフィスが言う。
「足りなくなっても買いに出掛けられないんだから、余るぐらいでちょーどいいのよ」
様々な色の瓶をテーブルに並べる。
「グラスと氷の用意はできてる?」
「ばっちりですわ」
期待に目をきらきらさせてディアーナが言った。
こうして彼女達の計画―女の子同士の酒盛り―は王宮内部において実行された。

異様な光景に、妹の部屋を訪れたセイリオスは戸口で固まっていた。
「そりゃあさぁ、研究が大事だってのもわかるわよ?でも、もう少しぐらい、あたしの相手をしてくれたって罰は当たらないと思うのよね。それなのに、あいつときたらさぁ、あたしのことなんか、ち−っとも見てないんだもん」
ひくひくと泣きながら、メイはグラスを次々に空けていた。
「シルフィスのいけないところは、あまりにも控えめすぎるってところですわ!」
ほおを赤く染めながら、ディアーナは友人に向かって説教をしていた。その手には酒瓶が握られている。
説教されている側はいつもと変わらず笑顔で応じながら、これまたグラスを傾けている。
「ディ、ディアーナ!これはどういうことだ?」
ぴくりとディアーナが動いた。
くるりと振り向いた、その目は完全にすわっていた。
「あら、お兄様、まぁた、お説教ですの?」
ずずいとディアーナは顔を近付けた。
「お説教なんてものは、たまにするから、効果があるんですわ。毎日毎日ではうんざりするだけでしてよ。
お兄様はシルフィスの立場を考えたことがあります?騎士団宿舎でもレオニスにいつも厳しく言われているのに、王宮に来てまで、お兄様に騎士の心得とやらを聞かされては、うんざりですわよ」
うっとセイリオスは言葉に詰まった。
「大体、お兄様は…」
いつもと完全に立場が逆転していた。妙に迫力のある妹相手にセイリオスは言い返すこともできず、ひたすら説教をされていた。

「おい、セイル、いるのか?」
いつまでも執務室に戻らぬ皇太子を探して青い髪の魔導士がひょっこり顔を出した。
「なんだこりゃ?」
「助かった!シオン、どうにかしてくれ」
セイリオスがほっとしたように親友を振り返る。
「お兄様!話はまだ終わってませんのよ!人と話しをする時は相手の目を見なさいとおっしゃったのはお兄様でしょうっ」
あっけに取られるシオンの前で、再びディアーナによる説教が開始された。
「…どうにかって、言われてもねぇ」

どうしろって言うんだ?

シオンは頭をかいた。
「キールの馬鹿−っ」
泣きながらメイがわめいている。
そして、シルフィスはそんな友人達を眺めながら、一人で黙々と酒杯を重ねている。

 …止めに入らないってことは、こいつも酔ってるな。

シオンの選んだ解決策は単純明快なものだった。すなわち、他人におしつける、である。
シオンは今日も夜遅くまで書庫で研究に励む後輩を呼びに行った。

後はよろしくと部屋に押し込まれたキールは状況を把握するのに、しばしの時間を要した。
飲酒による酩酊。
キールはこめかみを押えた。
勢い良くまくしたて続けるディアーナはその兄に任せることにして、テーブルにつっぷしている栗色の髪の少女に近付く。
「メイ、帰るぞ。まったく、なにやってんだ」
がばっとメイが顔を上げた。
「キールなんて嫌い、大嫌い」
ぼろぼろ泣きながら、いきなりそう喚かれてキールはうろたえた。
「どうせ、あたしなんかより本の方が大切なんでしょっ」
わんわんと泣きじゃくるメイの肩に、キールはためらいながら手をおいた。
「…わかった、俺が悪かった」
なだめる言葉を口にしながら、ふとシルフィスと目があった。

どうやら、こちらは酔ってないようだ。

メイに泣かれて、キールは日頃の冷静な判断力を失っていたらしく、シルフィスの異常に気付かなかった。
「お前は一人で帰れるな?」
メイを抱き抱えるようにして立ち上がらせながら、キールは言った。
「ええ。おやすみなさい」
シルフィスはいつもと変わらぬ礼儀正しい態度で、困り果てている皇太子と理路整然と説教する第二王女に別れを告げて王宮を後にした。


翌朝、ディアーナは生まれて初めて二日酔による頭痛に苦しんでいた。
「ううっ頭が痛いですわ」
寝台の上でディアーナは小さな呻き声を上げた。
昨夜、泊まるはずの友人達がいつ帰ったかも覚えていない。
それどころか、ある時点から、記憶がすっぽり抜け落ちているのだ。

それにしても、お兄様はどうなさったのかしら?

王女が二日酔になるなんてとお小言を食らうことを覚悟していたのだが、セイリオスは苦笑してこれに懲りたらもう限度を越えてお酒を飲んだりするんじゃないよと優しく諭しただけだった。
また、「私も反省する点があったからね。お前に気づかされたよ」という謎の言葉も残していった。

昨夜、何かありましたのかしら?

ディアーナは首を傾げた。そこに頭痛が襲い掛かる。
「うっ駄目ですわ」
ディアーナは考えることを放棄して、ぐったりと枕にうもれた。

ともかく、アルムレディン様の前では飲み過ぎない方がよさそうですわね。

乙女の直感がそう告げていた。


魔法研究院においても二日酔に苦しむ人物が一人いた。
「うー、気持ち悪ぅ」
メイはソファーの上に伸びていた。頭痛はさほどでもないが、体を動かすと吐き気がするのだ。
「飲み過ぎだ」
「わかってるわよ、そんなこと」
目を閉じたまま言い返す。その額に冷たいものが触れた。
「少しは気分がよくなる」
それはグラスに入った薄い香草茶だった。
「…ありがと」
メイはグラスを受け取って、口に運びながら、キールを上目使いに見た。
「今日は、書庫に行かないの?」
「ああ。今日は必要ない」
素っ気ない調子で言い放つ。
だが、よく冷えたグラスはそんな態度と裏腹にキールが自分を気遣っていることを示していた。
「ありがとね」
幸せそうな笑顔でメイはもう一度感謝を述べた。

同じ朝、爽快な気分で目覚めたシルフィスは、身支度を整えるといつものように早朝訓練に向かった。
深酒の名残はまったくない。
友人達と楽しく過ごした記憶は残っており、途中の記憶が部分的に抜け落ちていることに気付くことはなかった。
訓練場でレオニスと出会い、いつもと変わらず明るく挨拶した。
「おはようございます、隊長」
「……」
いつもに増して輝くばかりの笑顔にレオニスはしばし目を奪われた。
それは隣にいたガゼルも同様だった。
「あの、隊長、何か?」
いぶかしむ声に我に返り、レオニスは言わねばならぬことを告げた。
「…自室で待機するように」
「え?」
「理由は後で説明する。今すぐ、部屋に戻れ」
困惑した表情から目をそむけながら、殊更、冷静を装った声で命じる。
「…わかりました」
素直にシルフィスは命令に従った。その足取りまでもが常に比べて軽やかだ。
シルフィス自身、不思議なほどに気分が良かったのである。

「よっぽど、鬱憤が溜まってたんだな」
しみじみとガゼルが言う。
レオニスは溜息をついた。
昨晩、王宮から騎士団宿舎に至る道筋において、何人ものごろつきがたたきのめされるという事件が発生していた。
目撃者の証言から、それは正当防衛の結果であることが判明している。
ただ、道すがらシルフィスがたたきのめして行った男達の中には前々から彼女に言い寄っていた大貴族の馬鹿息子も含まれており、建て前上、シルフィスにはしばらく謹慎が言い渡されることになっていた。
「…どうせならば証言ができぬほど、たたきのめしておくべきだったな」
思わずレオニスがもらしたつぶやきを、ガゼルは聞かなかったことにした。

…隊長が酔ったら、どうなるんだろ?

ガゼルは勢い良く首を振り、恐ろしい想像を吹き飛ばすために訓練に集中したのだった。

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