帰らぬ理由

 ディアーナはその日の課題がよくできたということで、御褒美としてアイシュ手作りのお菓子でお茶を飲んでいた。
 アイシュって、本当にまめですわよね…。
彼とともに働く文官達はお茶菓子に不自由することはない。
シオンの執務室が花の香りに満ちているとすれば、アイシュの執務室はお菓子の甘い匂いに満ちている。
「そう言えば、キールはあまり家には帰らないそうですわね?」
 先日、メイだったか、シルフィスだったか、そんなことを言っていた。
「そうなんですよ〜、たまには帰って来るように言うんですけどねぇ、なかなか…。どうしてなんでしょうねぇ〜?」
 ふうっとアイシュが困ったように溜息をこぼす。ディアーナはテーブルに並んだお菓子の数々をふっと見遣り、アイシュに尋ねた。
「…いつも家で作っていますの?」
「ええ。ついつい手が空くと作ってしまうんです〜。
掃除と同じで一種のストレス発散方法なのかもしれません〜」
 ディアーナは何故、キールが家に寄り付かないのか分かったような気がした。
 …わたくしがキールでも、やっぱり言えませんわね…。
 のんきそうにしながらも、書類の山に常に囲まれているアイシュである。そのストレスたるや、いかほどのものであろうか。
 幸せそうにお茶を飲んで一息つくアイシュを眺めながら、ディアーナは彼の疑問に答えを出すのはやめておこうと決めた。
 甘いものの苦手なキールにとって、甘い匂いの充満する空気の中で生活するのは苦痛以外の何物でもないだろう。
 作るなと言わないあたり、ああ見えてキールはアイシュを気遣っているのかもしれませんわね…。
 キールの隠された一面を見たような気がするディアーナであった。 

Copyright (c) 1999. TOKO. All right reserved