夜 会

セイリオスの執務室に近衛騎士として出頭したシルフィスはそこに栗色の髪の友人を見いだして軽く目を見張った。
魔導士たる友人とともに任務についたのは、ダリス王国へ潜入した時だった。
何があったのだろう。
二人は顔を見合わせると、緊張した面もちで皇太子とその腹心たる宮廷魔導士に目を移した。
「今回は、それほど、緊張することはないよ」
苦笑を浮かべて、セイリオスは言った。
「まー、事件としては小さいものだが、特殊ってとこだな」
シオンが言い添える。
二人の肩から力が抜けた。
続く説明はシルフィスに眉を寄せさせ、メイには、はあっ?と呆れた声を上げさせるものであった。
すなわち、夜会の席で、貴婦人達から高価な装飾品類を盗む不届きな盗賊がいる、というのである。
「いわゆる愉快犯ってやつかしらね」
シルフィスには理解しかねる単語をメイが口にした。
後で意味を聞こうと、シルフィスは本題に入った。
「どの屋敷においても、夜会の際は警備がなされているはずですが」
その口調が次第にレオニスに似てきたと、セイリオスは笑いをかみ殺したのだが、シルフィスは気がつかなかった。
「そうだ。しかし、狙われる場所は、郊外にある邸宅がほとんどだ。
夜会の準備のために、臨時雇用が行われる」
「内部から手引きする者がいる、ということですか?」
「そーゆーこと。盗みに気づいた時にはとっくに姿を消しているってわけだ。
おまけに連中、魔導士が仲間にいるらしくって、魔法による網にも引っかからない」
「ふーん。で、あたし達に何をしろって言うわけ?」
手っ取り早く、メイが尋ねる。
「夜会に潜入して、賊を捕らえてもらいたい。放置するわけにはいかない…。最終的には我が国の威信に関わることだからね」
「やつらも馬鹿じゃない。俺達が動けば、なりをひそめるだろう。お前さん達なら、まだそう顔が知られていないし、女だから連中も油断する」
「あたしはともかく、シルフィスは有名だと思うけど?」
なにせ、王国史上初の女騎士である上、この美貌だ。
顔を見たことはなくても、噂を聞いたことがあるなら、一目でそれとわかるはずだ。
「いーや、嬢ちゃんだって負けずに有名だとは思うがね」
にやにやしながら、からかうようにシオン。
「どちらにせよ、有名なのは女騎士と女魔導士だ。貴婦人、ではない」
「はあ?」
「はい?」
二人が同時に首を傾げる。
「それなりの格好で客として、紛れ込んでしまえば賊にも気づかれないということだよ」
セイリオスがおかしそうに言って、手をたたいた。
扉の外で控えていたらしい女官が部屋に入って来る。
二人もよく知っているディアーナ付きの女官だ。
「さっきから、ディアーナが首を長くして待っているよ」
「手順は後で教える。まずは変装からだな」
あれよあれよと言う間に二人は女官の手によってディアーナの待つ部屋へと連れて行かれた。

珍しく疲労困狽した顔でメイがぼそりと言った。
「あたし、ドレスを甘くみていたわ。貴婦人って、ほほほとか笑っていればいいもんだとばっかり思ってたけど、実はすっごく体力いるものなのね」
「同感です、メイ」
同じく疲れ切った声でシルフィスは相づちを打った。
これなら訓練の方が遙かにましというものだ。
ぎゅうぎゅうにコルセットで締め上げられ、かかとの高い靴をはかされ、それで身のこなしは優雅に軽やかであることを要求される。
もはや、拷問に等しい。普段、男装で通しているシルフィスはもとより、メイだって、窮屈なドレスとは無縁だ。
「ディアーナが、あんなに細い理由もわかった気がする。これじゃ、食べようにも食べられないもの」
「姫が実は結構、体力あるのも頷けますね」
ぐったりと椅子に座り込んで休憩していた二人のもとに、ディアーナが戻ってきた。
只今、ダリス王国の新王に嫁ぐべく花嫁修行の最終段階に入っているディアーナは久しぶりに友人達と顔を合わせて、とても楽しそうな様子だ。
「次はダンスですわよ」
「ええええーっ」
「こ、この格好で踊るんですか?」
裾捌きやらの立ち居振る舞いだけでも恐ろしいまでに困難だったのに、この上、踊れとは…。
「当たり前ですわ。夜会と言えば、ダンスがつきものでしてよ。
全く踊らないなんて、かえって不審に思われますわ」
胸をはってディアーナが言う。メイとシルフィスはげんなりして顔を見合わせた。

宮廷魔導士が、ひゅうっと尻上がりの口笛を吹いた。
「いやー、たいしたもんだ。見違えたぜ。今からでも遅くない。俺に乗り換えないか?」
その言葉に二方向から鋭い視線が向けられた。
せっかくですものと、わざわざディアーナに呼び出されたキールとレオニスの二人である。
ともに初めて目にする恋人の艶姿にしばし目を奪われていたのだが、シオンの言葉に対する反応は実に素早かった。
シオンはにやにやしながら肩を竦めてみせた。
ふんわりとした軽い布地で仕立てられた白いドレスに身をつつんだメイはいつものお転婆ぶりはどこへやら、気恥ずかしげにうつむいている。
その胸元を飾るのは大粒の真珠を連ねたネックレスであり、髪の色によく映える。
対照的に体のラインにそったシンプルなローブ風の深緑のドレスをまとったシルフィスは常よりも大人びて見えた。
憂いを帯びた瞳がもの言いたげにその恋人に向けられている。
粒の大きな緑柱石が髪飾りと飾り帯の留め具にあしらわれていた。
彼女らの身を飾る装飾品はどれをとっても一流品である。
ましてや身につけている人間が彼女達であれば、目を引かぬはずがないだろう。
ちなみにシルフィスが訴えたかったのは、いかにこの服装が苦しいかということなのだが、そんな思いを察することができたのは同じ思いを抱くメイくらいのものであろう。
二人を馬車で送り出した後、何気なくキールとレオニスは視線を合わせた。
普段の生活において、交流はほとんど無いに等しい二人であったが、今、この瞬間、誰よりも心が通じ合っていた。
ともに、恋人に向かって、別れ際に気をつけるようにと声をかけた。
何に対して気をつけろと言ったのか、互いの胸の内はよくわかっていた。
どちらも、その恋人を指導する立場にあった者として、彼女達の実力のほどは誰よりも知り抜いている。
彼女達に危害を及ぼせる人間は少ない。
そんな二人の心中を察したディアーナは笑いを堪えるのに苦労していた。
呼び出さなかった方が良かったかしらとディアーナが考えていると、青い髪の魔導士が火に油を注いだ。
「いやー、お前さん達もこれからますます害虫駆除が大変になるなぁ」
あっはっはと陽気に笑うシオンに向けられた二人の目は、最大の害虫はお前だと雄弁にもの語っていた。



物憂げな佳人というのは男心をくすぐるものであるらしい。
しかし、その憂鬱の原因がドレスと取り巻く男達であるとは本人とメイ以外の誰も知らない。
ちょっと、目を引き過ぎかな。
あたしが盗賊だったら、あれだけの注目の中で盗みは働けないわね。
メイはそう判断して、わざと柱の陰に身を引いた。
シルフィスは先ほどからひっきりなしにダンスを申し込まれて、仕方なく相手をしている。
あーあ、かわいそう。隊長さんが一緒なら、こんな目には遭わないんだろうけどね。
あの鋭い眼光の前でシルフィスにダンスを申し込めるような勇気ある人間はめったにいないだろう。
メイは適当に人々をあしらって、人の気配のないバルコニーに出た。
今のメイはシオンによって魔力を封じられている。
彼女が魔導士だと見抜けるのはシオン以上の魔力を持つ者だけだ。
封印の鍵は真珠のネックレスの留め金そのものだった。
シルフィスは友人がバルコニーに出たことに気づいた。
わざと隙をつくってみせるためだろう。
踊りながら、注意を向けていると、その後を追うように一人の男がバルコニーに出ていくのが見えた。
単に口説くために追いかけたのかもしれないが…。
そのバルコニーの様子を伺うように窓際に立つ男がいた。
バルコニーと広間と両方に、さりげなく且つ油断無く視線をめぐらせている。
怪しいと直感が告げる。
シルフィスは曲が終わると、少し疲れたのでと誘いを断って、バルコニーへ向かった。

好みじゃないんだけどな。
恥じらうように目を伏せながら、メイは心の中でつぶやいた。
先ほどから美辞麗句を連ねてかき口説いているのは亜麻色の髪のハンサムな青年であった。
世間知らずの令嬢ならぽーっとなってしまうかもしれないが、
メイはその嘘臭い言葉も、妙に自信ありそうな態度も気にくわなかった。
こーゆーやつって、女は皆、自分になびいて当然と思っているのよね。
いつの間にか手を取られ、指先に口づけられて、メイは硬直した。
激しい怒りに頭に血が昇る。
それを自分に都合の良いように解釈した男はメイの肩に手を回し、そっと…。
ぷちんとメイの理性の糸が切れたのと、魔力が解放されたのは同時だった。
「何すんのよ、この腐れ外道っ!」
するりと真珠のネックレスが胸に滑り落ちる。
突き飛ばされて、驚き目を見張る男の後ろから呪文を詠唱する声が聞こえた。
まずい。
メイは防御のために呪文を紡ごうとしたが、驚きからさめた男に手で口をふさがれた。
と、突然、詠唱が途絶えた。
「メイ!」
金髪の友人が飛び込んでくる。
ちっと男が舌打ちしてメイを突き飛ばすと、庭に向かって身を翻した。
「大丈夫ですか、メイ?」
メイの体を抱き留めたシルフィスが心配そうに問いかける。
「あたしは大丈夫。あいつを追いかけて!」
「中に一人います」
言うや、シルフィスは靴を脱ぎ捨て、庭に飛び降り、逃げた男を追った。
メイはその男に向かって攻撃魔法を放った。
風魔法に足をとられて転倒するのを見届け、メイは広間に入る。
何事かと立ちつくす人々の視線をたどり、壁際に倒れ込んだ男を見つけた。
その男からは魔力の反応があった。
どうやら、シルフィスに当て身をくらい、失神させられたようだ。
メイは笑いをかみ殺した。
シルフィスのなした行為を目にした者は我が目を疑ったに違いない。
駆けつけた警備担当者にメイは身分を明かし、事情を説明した。
庭に目を戻すと、シルフィスの姿がなかった。
さっきの男は地面の上でのびている。
「まだ他に仲間がいたんだわ!」
メイは警備兵とともに後を追った。

シルフィスは奥庭で一人の男と対峙していた。
油断ならぬ相手であることが気配から察せられた。
見かけはまるっきり凡庸な男。
召使いの質素な服装に中肉中背の体、特徴のない顔立ち。
「やれやれ驚いたよ、お嬢さん」
緊迫感のない楽しげな口調。
シオン様の親戚だろうか、と思わずシルフィスは考えた。
「お嬢さんの頑張りに応えてやりたいが、捕まるわけにも行かないんでね」
男の手の中で何かが光った。
短剣である。
シルフィスは帯にはさんだ扇子に手を伸ばした。
くつくつと男が笑う。
「おやおや、そんな得物で戦う気かい?ここは退いた方が得策だと思うがね」
「…やってみなければわかりません」
じりじりと間合いを詰める。
ひらりと長い裳裾が舞った。
短剣と扇子が交差した瞬間、シルフィスの耳に男の囁き声が響いた。
呪文。
男の目が冷たく笑う。
しまった。
この至近距離ではかわしきれない。
「シルフィス、伏せて!」
シルフィスは迷うことなく、体を反転させて地に伏した。
その頭上で眩い光が炸裂した。
ぐわあっと男が叫んでよろめいた。
シルフィスは跳ね起きると、その首筋に扇子をたたきこんだ。
金箔の張られた特別製の鉄扇による打撃は速やかに男を昏倒させた。
「助かりました、メイ」
笑顔で友人を振り返る。
「お互い様よ。あたし達って、いいコンビだと思わない?」
「そうですね」
「これでディアーナもいれば最強のトリオになるんだけど」
「姫も下準備には加わりましたから、トリオでいいかもしれません」
にっこり笑い合う二人は警備兵達の驚き呆れる視線に気づきもしなかった。


その夜遅く、王宮に帰還した二人を出迎えたディアーナは悲しげな溜息を漏らした。
「力作でしたのに…」
メイとシルフィスは顔を見合わせ、ふき出した。
髪はほつれ、着付けは崩れ、さんざんたる姿である。
おまけに二人とも靴を脱いで手に持っていた。
「やーっぱ、あたし達には貴婦人はつとまらないってことね」
「私達のためにも貴婦人役は姫に任せます」
くすくすと笑う二人につられて、ディアーナも笑い出す。
「わかりましたわ。任されて差し上げます!」
その後、久しぶりに三人はおしゃべりして夜を明かしたのであった。
その同じ日、二人の人物が眠れぬ夜を過ごしていたことは本人達以外の誰にも知られなかった。


FIN

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