天使のまくら
 年末年始のアイドルは忙しい。トップアイドルであるWEはもちろんのこと、5つ子アイドルA.A.Oも超過密スケジュールの下、寸暇を惜しんでテレビ局、ロケ地等々を飛び回っていた。
 仕事のピークが去るのは世間でいうところの仕事始めが一段落したあたりである。それでも忙しいことには変わりなく、彼らに休暇の二文字はなかった。しかし、まとまった休暇は取れないまでも体を休めるくらいの時間はある。
「はじめちゃん、今日の午前中、WEもオフだよ。」
 弟たちの発言は、姉への心遣いが少しばかり含まれているが、大半は好意的な好奇心からだった。
「そうね。瑞希さん、家でゆっくりするって言ってた。このところ瑞希さん、働き過ぎだったからちょうどいいわ。」
 期待していたのと微妙にずれた返事に弟たちは顔を見合わせている。姉のはじめがWEの瑞希ファンであることは知っているが、彼女は同じWEの江藤亮の恋人でもあるのだ。ここは亮の様子を気にして欲しいと思うのは無理な相談なのだろうか。
「えっと、だからさ、はじめちゃん、江藤さんもね」
「きっと家で寝てるでしょ。」
 一刀両断の返事に一同、がくっと首を垂れた。
「だーかーら、様子見にいかなくてもいいの?」
 あつしの発言に、よくぞ言ったと4人の眼が頷いていた。
「江藤さん、瑞希さんがいっしょでないとそのままの人なんでしょ?」
 そうなのだ。亮は瑞希が構わない範疇だと、なにもせずにいられる人間なのだ。これはこれで、はじめの瑞希至上主義とはまた別の意味でやっかいなことだった。
 はじめは手近なところにあったショールを羽織るなりスクッと立ち上がった。
「ちょっと、出かけてくるわ。あんた達が出かける前には戻ってくるから!」
 最後のあたりは玄関先で靴を履きながらの発言だった。
「ぼくらだけでも出かけるよ。どうせ事務所で会うことになるんだから。」
 たぶん、はじめは聞いていないだろうが、一応答えておいたさとしだった。

 弟たちにのせられた気もしないではないが、はじめは亮のマンションへ急いだ。倹約家のはじめは金銭だけでなく時間にも細かい。
 マンションに着いたはじめは、亮の部屋の前で眉をひそめた。
 不用心にも、ドアが少し開いている。
「こんにちは、はじめです。」
 だが、返事は返ってこなかった。
「江藤さん?」 
 はじめは勝手知ったる亮のマンションに上がると心当たりの場所を目指していった。
「ああ、やっぱり。」
 安堵ともため息とも取れるつぶやきがはじめから漏れた。
 亮は確かに家の中にいた。広いリビングルームの床の上にごろんと横になっている後ろ姿が見える。
 真冬日とはいえ、昼間の日差しはそれなりに暖かい。大きな窓のついたリビングルームは、ベランダから差し込んでくるたっぷりの陽光を取り込んで即席のサンルームと化していた。
 亮は服を着たまま、そのひだまりの中でぐっすりと眠っていたのだ。
 その彼のふところに何やら黒くて艶やかなふわふわの塊が見える。
「え…猫?」
 亮が猫を飼っているとは聞いていないから、たぶん戸締まりの悪いドアからの珍入者なのだろう。
 ほっそりとした黒猫は亮の腕をまくらにしてちゃっかり眠っていた。着の身着のまま横たわっている亮とは互いのぬくもりを共有するかのように寄り添っている。更によく見てみれば、亮と猫の投げ出されたしなやかな手足の格好はどこか似通っていた。そんな一人と一匹の無造作な寝相がなんとも微笑ましい。
「なんか、かわいいかも。」
 はじめの笑みがひだまりに重なった。
「くしっ。」
 ささやかな風が猫の髭を揺らせた。
 もう少しこの風景を見ていたい気もするが、亮はこのあと仕事が控えている。風邪でも引いて差し支えがあれば、迷惑するのは瑞希である。自分の欲望と瑞希への配慮を素早く計算したはじめは、ためらうことなく、瑞希への配慮を採った。
「しょうがないか。」
 ごそごそと羽織っていたショールを取って、ふわりと亮の体に掛けてやった。黒猫の姿もすっぽり覆われてもうみえない。亮の腕を枕にもうしばらく夢の中にいることだろう。
「あと30分したら起こすからね。」
 A.A.OとWEと、双方のスケジュールを知っているはじめは時計を横目に、キッチンへと消えていった。

おわり
<あとがき>
べにすずめ様のエトピリカ(旧:朱雀亭)で公開されていた二次創作が『はじめちゃんが一番!』との出会いでした。
雰囲気と絵柄が好みだったので、全巻大人買いの一気読み。
久々の現代物で、アイドルが出てくるホームドラマで、面白かったぁ。
恋愛色は、最初薄目で後半だんだんと比重が高くなっていくタイプです。
好きなキャラクターは江藤さんかな。
得体が知れなくて、変人で、でも、どこか冷めた目で現実を見てる大人な人。
それだけに魅力的なんだけど、いざ書くとなると非常に難しい人です。
恋人のはじめちゃんはその分わかりやすくて楽しいんですけどね。
べにすずめ様が「いつどこリクエスト」で描いてくださらなかったら、二次創作を書こうとは思わなかったでしょう。
イラストに登場している黒猫は、朱雀亭の公開バージョンとは別に我が家の駄猫をモデルに描き下ろしてくださいました。
リクエストに応えてくださったべにすずめ様、本当にありがとうございました。
べにすずめ様のイラストはこちら
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