夢のかけら
運命の糸に導かれ、ロゼは地球に再びやってきた。ギシン星と地球との絆になるために、また生まれ変わるギシン星のために、一度はマーズと別れたが、ふたりの細い糸の先には、もうひとりの忘れ難き人の面影があったのだ。
「マーグ、あなたは何を伝えたかったの?」
無意識のうちにロゼはマーグに呼びかけ、そしてそれはロゼの中に眠る戦士としての大きな力を目覚めさせた。しかし、強力すぎる力は、彼女の手に余り、そのコントロールはマーグの精神に委ねられた。だから、ロゼにはマーズを助けたいという気持ちはあっても、助けているという意識がなかった。マーズの身体を蝕むズールの罠に為す術もなく、ただ見守るだけの自分がやるせなかった。かといって、このまま帰ることもできない・・・。
ロゼはひたむきにマーズの姿を追っていた。

一方のマーズもいたずらに時を過ごしていたわけではない。
彼にもマーグの声は届いていた。
だが、肝心なところでいつもズールの邪魔が入り、途切れてしまうのだ。
「くそっ。まただ。」
忌々しげに拳を叩くマーズをロゼの瞳がみつめている。最初のうちは、心配して声を掛けていたが、いつしかマーズの気が収まるまでじっと待っているようになった。辛いのはマーズだけではない。けれども痛みは、その本人にしかわからない。ふたりにあるのは、つかみどころのない希望だけ。だが、それさえも定かではなく、絶望と常に隣り合わせにある。

「大丈夫だ。自棄になってるわけじゃない。」
マーズはロゼに向かって笑いかけた。
「たとえ今、俺の命が尽きても、この星の命まで尽きる訳じゃないからな。」
ロゼの目がキッとマーズを睨み付けた。
「馬鹿なこと言わないでよ。だからって、あなたの命が消えてもいいってわけじゃないでしょう。」
もしも、マーズが普通に元気であったなら、ロゼの平手打ちを喰らっていたに違いない。
それほどに激しくロゼは怒っていた。
「ロゼ?」
「どうしてあなたはそうなの?何で、人のことばかり考えるのよ。まず、自分にために生きることが先でしょう。もっと自分を大切にしてよ。でなきゃ、マーグが・・・私が生きている意味がないじゃない。」
それまで押さえていた感情が一気にロゼからほとばしる。それはマーズに、かつて敵対していた頃のロゼの姿を思い起こさせた。同時に死を賭して真の敵が何者であるかを伝えたマーグの面影が重なっていく。彼が夢見た銀河の平和を実現するために生き抜くと誓ったあの日がマーズの心に蘇った。

白い南極のクレパスが彼の血で赤く染まっていく。
だが、流された血はマーズの中に蘇り、生き続けているのだ。
ギシン星を想い続けた彼の優しさはロゼが引き継いだ。
なにものにも囚われない自由な心で、人々はそれぞれの地で再起を誓ったではないか。
全ては一度白紙に戻ったのだ。

「本当に、俺はダメだな。」
再びマーズはロゼに笑いかけた。
だが、その笑顔には先ほどまで浮かんでいた憂いはない。
マーズの心からの笑顔であった。
「ちょっと頭を冷やしてくる。」
照れを隠すかのようにマーズは外に出た。

ドアを開けて、ふと立ち止まると、彼の横には変わらずロゼがいる。
ロゼもまた笑っていた。
外からの冷たい風に混じって、淡く白い結晶が舞い降りてくる。
「わあ、地球にも雪が降るのね。」
寒冷の星ともいえるロゼの故郷では、別に珍しくもないが、地球に降る雪を見るのは初めてのことだった。
「寒くないのか?」
「ううん、平気。故郷はもっと寒かったもの。」
明るい声でロゼは手を空に向けて広げた。
「ふふっ。冷たくっていい気持ち。」
頭を冷やすにはお誂え向きでしょうと言わんばかりにロゼはすくった雪をマーズに投げかけた。
「こらっ、冷たいじゃないか。」
「あら、頭を冷やすんじゃなかったの?」
「外気に当たるだけで十分冷えたよ。」
マーズにかかった雪は、次々と彼の体温に触れて小さな水滴と化して消えていった。
ロゼの手にある時は確かに掴めていたはずの雪が、マーズには形あるものとして留まらない。
それそこが今のロゼとマーズの違いだと、マーグの笑う声が聞こえたような気がした。
「ホントにそうだね、兄さん。」
「え?何か言った?」
振り向いた怪訝な表情のロゼにマーズは何でもないとかぶりを振った。
「また、変なこと、考えてないでしょうね。」
マーズが独り言を言う時は、決まってひとり合点して行動を起こす要注意信号だ。
「例えば?」
笑っているマーズにロゼの視線が思案するように宙に浮いた。
「たとえば・・・。」
心が離れ、隙を見せた身体にマーズの腕が回り込む。
夢はつかめるうちに捕まえること。
そして掴んだ夢は離さない。
「ロゼが来てくれて本当によかった。」
自分のために生き抜く前に、愛する人のために負けない強さがマーズにはあった。
明日を強く生きるために熱い絆を求めるマーズに、いつしかロゼも応えていた。
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