ワインに完敗!
おいしい食事にワインは付き物である。
宇宙の女王といえど、主星の基準でゆけばロザリアは17歳。
年齢だけで判断するなら未成年である。
とはいえ、何事にも例外はあるわけで、食事のワインは「食事の一部」と押し切って女王陛下の食卓に彩りを添えている。
その日のディナーにも当然ワインが添えられていた。
「あら?」
それはほんのり淡いピンクのロゼだった。
「そう、そうなのね。」
にっこり微笑んだロザリアは、以前から密かに決めていたことを実行に移すべく行動を開始した。
聖殿の裏門から警備の目をかいくぐり、月夜の道を駆け抜けて向かった先は緑の守護聖マルセルの館である。

こっそりと門をくぐってきたロザリアに呼びかける声がある。
「陛下、こっちです。」
「マルセル?」
「連絡をいただいて、もう、びっくりしたんですよ。」
「ごめんなさいね。でも、どうしても。」
申し訳なさそうにロザリアは目を伏せた。
「それは僕も一緒です。ですから、はい。これをお持ちになってください。」
夜露に濡れた大輪のバラの花束が差し出された。
限りなく白に近い淡い色のそのバラの花は、緑の守護聖の館にしか咲かない幻の名花である。
はっとしたようにロザリアが顔を上げた。
「本当は僕もご一緒できればいいんですけど、僕では足手まといにしかなりませんから、よろしくお願いします。」
「ありがとう、マルセル。」
ロザリアは花束を受け取り、来たときと同じようにそっと門から出ていった。
目指すは王立研究院、次元回廊のコントロールルームである。

夜分とはいえ王立研究院にはそれなりの研究員達が働いている。
幸いにして研究員達に見とがめられることなく目的の部屋まで来た。
次元回路を使っての移動方法は、女王として聖地に来たとき、万一のためと言うことで一通り説明を受けていた。
実際操作するのははじめてであるが、スモルニィ学院の特待生であったロザリアには、特別に難しいものではなかった。
座標軸をセットし、あっという間にロザリアは目的地に到着した。

そこは緑の豊かな星であった。
聖地を出るときは夜中であったが、ここはさわやかな朝を迎えたばかりのようである。
「意外と、簡単でしたわね。これではゼフェルばかりを責められませんわ。」
「その割には遅かったじゃねーか。」
いきなり声がしたかと思うと、目の前にエアバイクに跨った銀髪の少年が現れた。
「ゼフェル!?」
服こそこの星の一般的なものを着ているが、そこにいるのは紛れもなく聖地にいるはずの鋼の守護聖であった。
「なぜ、あなたがこんなところにいますの!?外出許可は出てませんわ。」
自分の事は棚に上げて、つい、いつもの口癖が出てしまう。
「人のこと言えんのかよ。だいたい、おめー、あいつがどこにいるのか知ってるのか?」
「え?」
「今からその足で歩いてたんじゃ、とてもじゃないけど、時間に間に合わないぜ。」
言われてみて、この星のことは勿論、目的の人物がどこにいるのかすら知らないことに気が付き、赤面した。
「どーせそんなことだろうと思ったぜ。」
口調は呆れた言い方であったが、バイクの後ろに乗るよう身体をずらせている。
「よろしいんですの?」
「さっさとしないと、本当に間に合わなくなるぜ。」
そっぽを向いたゼフェルにロザリアは優雅な微笑みを返した。
「お願いしますわ。」
「しっかり掴まってろよ。落っこちても責任もてねーからな。」
ロザリアが掴まるのを確認すると、ゼフェルはエアバイクを浮上させた。

ゼフェルが向かった先は、森の手前に位置する小さな神殿であった。
決して賑やかとは言えないが、あたたかい雰囲気の中にどこか華やいだものが感じられる。
「さすがにお祝い事があると、ここも賑やかになるな。」
その口振りから察するに、ゼフェルはここへは何度か来ているらしい。
神殿の入口でゼフェルはバイクを停止させた。
「ほーお。相変わらずいろいろやっているようだな。」
どこからともなくタキシード姿の背の高い青年が現れた。
「げっ、なんで花婿がこんなとこにいるんだよ。」
「花婿は花嫁の添え物だからな。式が始まるまでヒマなのさ。」
タキシード姿の彼は、極めて自然にロザリアがエアバイクから降りるのに手を貸した。
「ようこそ、陛下。お目にかかれて光栄です。」
宇宙の女王を前にしても、少しも卑屈になることなく堂々としている彼に、ロザリアは改めて好意を持った。
「今日はお招きいただいてありがとうございます。これ、マルセルから言付かってきましたの。」
心尽くしのバラの花束を目にした瞬間、彼の表情が懐かしむようなものに変化した。
「花嫁に渡していただけます?」
ロザリアの言葉に彼は頷いた。
「だが、どうせなら陛下からお渡しいただけますか?その方が、彼女も喜ぶでしょうから。」
「よろしいんですの?」
「どのみち、式が始まるまで、会わせては貰えんのです。」
彼は苦笑しながら花嫁の控え室を指さした。
一応会うための努力はしたようだが、周りのガードが堅く多くの花婿と同様門前払いを喰らったらしい。
「では、花嫁に渡して来ますわ。」
ロザリアは明るい笑いを残して示された部屋へと駆けていった。

「こんにちは、アンジェリーク。」
控えめなノックと伴に声を掛ける。
「ロザリア!?」
間髪入れずに扉が開かれ、花嫁衣装に身を包んだアンジェリークがそこにいた。

「ごめんね、ロザリア。ごめんね。」
飛空都市を去る日、次元回廊の片隅でロザリアに繰り返し謝りながら泣いていた金色の天使。
「でも、わたし・・・。」
そう、あの日、アンジェリークは女王の座より愛する人と同じ時間を生きることを選んだのだ。

もう二度と会うことは叶わないだろうと覚悟をしていただけに、アンジェリークは驚き、けれども喜びを身体中に滲ませて、あの日と同じくやっぱり涙でくしゃくしゃのままロザリアに抱きついてきた。
「ロザリア〜。」
異なる時間を経て、年齢こそロザリアを越えているけれど、中身はあの頃と少しも変わっていない。
花嫁に涙は付き物とはいえ、これではせっかくのお化粧が台無しである。
「もう、この子ったら。お化粧が崩れて・・・ほら、泣きやんで。」
ロザリアもまた幸せな滴を眼差しに含めながら、甲斐甲斐しく花嫁のお化粧を直してやるのだった。

「でも、ロザリア、どうしてここへ?」
いくら二人がかつて女王候補生として競ったとはいえ、普通の人として生きる道を選んだアンジェリークには聖地へ連絡するすべはない。
そして女王となったロザリアが気軽に聖地を離れられるはずもない。
「花はマルセルから。」
ロザリアは緑の守護聖の庭にだけ咲くバラの花束を差し出した。
「ここまでは、ゼフェルが連れてきてくれたの。」
意外な成り行きにアンジェリークは目をパチクリさせている。
「でも、わたし、連絡・・・してないわ。」
申し訳なさそうに目を伏せたアンジェリークにロザリアはにこやかに微笑んだ。
「ワインが教えてくれたわ。」
ロザリアの夕食に出されたるのと同じワインボトルがミニテーブルに飾ってある。
アンジェリークが好んだ淡いピンクと同じ色のロゼ。
「でも、同じ飲むなら赤の方が、私は好きですわ。」
その時が来たら、いつもの赤ワインではなく、ロゼを送るようにカティスに約束させていたのである。

その頃聖地では、珍しく年長の守護聖3人が顔を揃えていた。
「陛下は無事にお着きになられたであろうか。」
「相変わらず、心配性だな。」
「なに!?」
「まあまあ、ふたりとも。折角のめでたい日なんですから。」
取りなしながら、ルヴァはワイングラスを差し出した。
「これは?」
「カードには『お礼と記念を兼ねて』、とありましたよ。」
いいながらルヴァは鮮やかなルビー色の液体をそそぎ込んだ。
何とも形容しがたいすばらしい芳香が部屋いっぱいに広がっていく。
「彼の御仁らしい心配りだな・・・。」
少しだけ感傷の入り交じった声を最後に3つのグラスがカチリと合わさった。
懐かしい友に、親愛なる天使に、そして敬愛する女王陛下に、乾杯!


おわり
<あとがき>
ゆうえいさんのHPで公開していた「ロザ・アンシリーズ」の最終話です。
HP改装に伴い初期シリーズを撤去されたので、こちらに再録させていただきました。
公開当時は、アンジェリークの花嫁姿のイラストが付いてました。
守護聖以外は謎の「彼」として登場させた初期シリーズですが、アンジェリークをご存じの方にはバレバレでしょう(笑)
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