お片づけ

宇宙を司る女王は聖地の聖殿奥深くに居を構えている。
歴代の女王はそのことに何ら疑問を持つことなく過ごしてきたが、第256代にして新たな宇宙の女王となったアンジェリークは違った。
「大きくて美しい豪華な部屋だけど、広すぎて使い勝手が悪い・・・。」
アンジェリークは聖殿内に位置する女王の居住区にいたく不満であった。

☆       ☆       ☆

聖地には守護聖も住まわっている。こちらは聖地内に独立した屋敷を構えていたが、同時に聖殿内にも執務室に隣り合わせて私室を持っていた。その職務の特異性ゆえに、泊まり込みで遂行せねばならない事態も多々あるからである。場合によっては数日間続けて泊まり込む事もあるので、簡略的にと言いながらも、それぞれの個性がよく表れた部屋となっていた。

地の守護聖ルヴァの場合は、ご多分にもれず、部屋中が本に満たされている。
「おい、ルヴァ、また増えたんじゃないのか?」
「あー、ゼフェル。うーん、そうみたいですねー。」
「そうみたいですねーって、おい、この前図書館へ移したばっかりだぞ。」
ルヴァの本が増えすぎて私室に入り切らなくなると、ゼフェルやマルセル達が溢れた本を図書館へ移動させる。
「そういやー、いつもに比べて少なかったよな。」
その時の事を思い出してゼフェルがぼやいた。
「でも、ゼフェル、どれもよく見る本ばかりですから、置いてあった方がみんなも便利だと思うんですよー。」
確かにそこに置いてある本は、よく参考にする物が多い。
わざわざ図書館にまで行って探す手間を思えば、同じ聖殿内にある方が圧倒的に便利に決まっている。
「んで、てめーのベッドまで置き場になってりゃ世話ないよな。」
「はあ、そうですねー。」
心ここに在らずと相槌を打つルヴァにゼフェルは処置なしと部屋から出ていった。ルヴァののんびりしたマイペースぶりは今に始まったことではないが、飛空都市から戻ってきて、更にひどくなったようだともっぱらの噂である。その原因は、当人より周りの者たちの方がよく知るところであり、故に成り行きをヤキモキしながら見守っていた。

☆      ☆      ☆      ☆

「ロザリア、相談したいことがあるんだけど・・・。」
執務の合間のティータイムにアンジェリークは、有能な女王補佐官であると同時に親友でもあるロザリアの部屋を訪れ、女王の住まいの不満について相談した。
「つまり、広すぎて落ち着かないってこと?」
「うん。」
大貴族の令嬢として育ってきたロザリアには正直いって理解できない悩みであったが、当のアンジェリークにとってはかなり深刻な悩みであるらしい。
「あんなに広い部屋じゃ、落ち着いて眠れないわ。」
アンジェリークはロザリアに訴える。
「これ以上眠れないと、身体壊しちゃうかも。」
さりげなく脅しをかけてくるアンジェリークに、ロザリアはうーんと眉間にしわを寄せた。
「模様替えでもしてみたら?」
「もうやったわよ。でも、広すぎるのはどうしようもないわ。だから。」
アンジェリークは上目遣いにロザリアを見上げて言った。
「ロザリアの執務室の隣にお部屋を移しちゃ、ダメ?補佐官室の隣に空き部屋があったでしょ。あそこでいいの。」
「あそこでいいって・・・あんな狭いところ?」
「狭いって言っても、元の私の部屋より広いわよ。」
アンジェリークは頬を膨らませて言った。
「それに、そうすればわたしもみんなと一緒に泊まり込みでお仕事ができるでしょ?」
「あんたねぇ・・・。」
どうやらそれが目的かとロザリアは深く溜め息を吐いた。
「でも、それってジュリアスに通ると思う?」
「う・・・。」
アンジェリークはそう言われると後に言葉が続かない。
あの格式と慣習を重んじるジュリアスに、「部屋が広すぎて眠れない」などという理屈がとおるはずがないのである。
「ロザリア〜。」
しかし、こればかりはロザリアにもどうしようもない。
そもそもロザリアにアンジェリークの感覚が理解できないのだから、説得できる理屈を持ち合わせていないのだ。
「私、眠れないまま働いて倒れるのね。」
最後は泣き落としにかかるアンジェリークであった。

一段と大きな溜め息がロザリアから漏れたとき、部屋の扉がノックされた。
「どうぞ。」
入ってきたのはゼフェルとマルセルだった。
「あ、アンジェリーク、じゃない、陛下。」
マルセルがアンジェリークの姿を見つけて嬉しそうに挨拶した。
「何かありましたの?」
ロザリアが二人のためにお茶を入れながら尋ねた。
マルセルはともかく、ゼフェルまでとなると何か有ったと思う方が自然である。
「えーっっと・・・。」
マルセルはアンジェリークの方をチラリと気にして話し始めた。
「あの、ルヴァ様のお部屋のことなんです。」
アンジェリークの表情がはっとなるのがわかる。

アンジェリークは女王候補の頃から、ルヴァが好きだった。ルヴァが知を司る地の守護聖と知って、アンジェリークはがむしゃらに努力し、その甲斐あって完璧な女王候補と言われたロザリアをいつの間にか追い越してしまった。その結果、ルヴァがようやくアンジェリークに告白しようと決心したときには女王試験が終わってしまい、ルヴァは想いを伝えられないままに終わってしまったのである。

アンジェリークは旧宇宙を救うために女王となった。
だからといってその想いを諦めたわけではない。
新しい宇宙が求めたのは、新しいタイプの女王なのだ。
故にアンジェリークが女王になった。
だから、アンジェリークは諦めない。

「あいつの部屋、また、本で溢れてるんだ。」
ゼフェルが後を続けて言った。
「またって、この前、片づけたのではありませんの?」
「うん。でも、いつもより少なかったんだよ。それで、まだ移せる本がないかと思ってお尋ねしたら、
あとは全部よく見る本だからって。」
「確かに、ま、その通りなんだけどよ。あれじゃ、休むところもない。」
「ルヴァの部屋の本って・・・。いつも参考にさせていただいてるアレですわよね。」
ロザリアもそれらの本によく世話になっている。
「ああ。新宇宙へ移ってからいろいろあるだろ?前より見る本が増えたのは事実なんだよな。」
「ここにあった方がみんなが便利だからってルヴァ様はおっしゃるんです。」
「ルヴァらしい心遣いですわね・・・。」
「どこか、他に部屋はないの?」
アンジェリークが尋ねると、ゼフェルは「あれば苦労しねーよ。」と答えた。
「あちこちに空き部屋はあるけど、少々の部屋じゃすぐいっぱいになっちまう。それにバラバラと分散したらかえって探すのに手間だろ?」
「聖殿内には、もう広い部屋なんて空いてませんからね。」
「そうなの?」
アンジェリークがロザリアに視線を向けるとロザリアは残念そうに頷いた。

アンジェリークは何事かじっと考えている。
「陛下?」
「あの、図書館へ行くのと私の部屋までとどっちが便利かしら?」
ゆっくりとアンジェリークは3人を見回して尋ねた。
「そりゃー、陛下の部屋の方が同じ聖殿内にあるんだから、そっちの方が便利だろ。」
「うん。近いって点では、そう思うよ。」
ゼフェルとマルセルの答えにアンジェリークはにっこり頷いた。
「だったら、私の部屋に移動させない?」
「陛下の部屋に!?」
「私の部屋、広すぎて落ち着かないの。」
「だからって何も本を置くことねーだろ?」
「だって、他に置く物もないし。私の部屋なら広さとして申し分ないでしょ?」
「でも、そんなことしたら、陛下のお部屋がなくなっちゃうよ。」
「私には寝室だけでも充分すぎるくらい広いの。それ以外の部屋が本で詰まったって全然構わないわ。ね、ロザリア。」
アンジェリークはいたずらっ子のようにロザリアに同意を求めた。
「それに、みんなが必要とするってことは宇宙の為になるって事だし。」
アンジェリークはそれとなく理屈を捏ねた。
「だけど、必要とするってことは、よく利用するってことで、つまりは、しょっちゅう陛下のお部屋にお邪魔するってことで・・・!」
遠慮がちに口にしたマルセルは、次の瞬間、あっと声を飲み込んだ。
ゼフェルは呆れたようにアンジェリークを見つめたものの、やがてにやりと笑みを浮かべて言った。
「本を移動するの、手伝ってやってもいいぜ。」
「僕も手伝う!」
「ねぇ、ロザリア、いいでしょ?」
期待に満ちた緑色の瞳に、ロザリアは降参した。

☆     ☆     ☆     ☆     ☆

その日のうちに、どこをどう説得したのか有能なる補佐官は、地の守護聖の執務室と私室に溢れている「聖殿にある方が便利な本」を女王の私室に移動させることを、他の守護聖達に認めさせた。
「どの本を移動させるかは、皆様方にお任せします。ルヴァとよく相談して決めて下さい。」
同じ聖殿内といえど、地の守護聖の部屋と女王の部屋では多少距離があるから、頻繁に必要とする本はそのままルヴァの部屋に残し、そこそこに参考とする本を中心に移動させようというのがロザリアの意見であった。
「よっしゃー、任せとけって。」
「ゼフェルは張り切ってますね〜。」
「ルヴァだけに任せてたらいつ終わるか判らないからな。」
ゼフェルは意外とこの手の分類作業が得意であり、また的確でもあった。
「取りあえずはこのあたりからかな。おーい、マルセル、この棚移していいぞ。」
おおざっぱな振り分けをしつつ、ゼフェルが指示を出しはじめる。

「これは?」
「あー、それはですねー。」
「それは、残しとけ。それよか、こっちの全集をどけてだな。」
ルヴァが答えるより先にゼフェルがパラパラめくって判断を下した。
「あのー、ゼフェル、それは今私が担当してる区域の〜。」
「そんなの、ルヴァだけしか見ねーだろ。こっちは俺達が見るヤツだから、ここにあった方がいいんだよ。」
「じゃ、持ってくねー。」
「あ〜、マルセル〜。」
「はい、そこ、ちょーっと避けて。」
オリヴィエが空いた場所に自分の参考資料を押し込める。
「りゅーみちゃん、それもこっち入れちゃいなさいよ。」
「これは、どこに置くのだ?」
「これはですね〜。」
「こっちが空いてますよ、クラヴィス様。」
ランディがひょいと腕を伸ばしてクラヴィスの本を並べる。
「あの〜、そこにあった本は・・・。」
「ルヴァ様、申し訳ありませんが、その本を移動させますので。」
オスカーが片っ端からルヴァの前にある本を運び出す。
「ジュリアス様、ここが空きました!」
「うむ、すまぬな。」
「そのですね〜、あの棚の本は今調査中の・・・。」
ルヴァに相談する者はなく、あれよあれよという間に本は持ち出され、入れ替わっていった。

「うん、こんなとこだね。」
それまでとは見違えるほど広くなったルヴァの部屋に、マルセルは会心の笑みを浮かべている。
「どーせ、すぐいっぱいになるんだろうが、取りあえず寝床の確保はしてやったからな。」
広々とした私室のソファにどっかり腰を降ろしたゼフェルがうーんと伸びをした。
「あの〜、ゼフェル。」
「なんだよ。」
「私の調べかけの本をどこに持っていったんですか〜?明日までにロザリアにまとめてお渡しする約束なんですよ〜。」
「どこにあった本だ?」
面倒くさそうに見上げたゼフェルに、ルヴァは本のタイトルを並べはじめた。
「タイトルなんぞ覚えてねーよ。」
「あ、それなら俺が陛下のお部屋に運びました。」
「ええ!?」
「だとよ。ついでにその隣にあった関連書もリュミエールの資料と入れ替えたぜ。」
「リュミエールの資料って・・・。」
当初の予定では、陛下のお部屋行きに決まっていた本である。
「ま、細かいことは気にするなって。」
ゼフェルはひらひらと手を振った。
「ロザリアに今日中に渡すんだろ?早くしないと今日が終わっちまうぜ。」
「ゼフェル〜。」
むなしく抗議の声を残して、ルヴァは女王の部屋へと追いやられていった。

☆     ☆     ☆     ☆     ☆

さて、一方アンジェリークは、次から次へと運び込まれてくる本の山に目を丸くしながらも、嬉しそうに部屋に満たされていく様を眺めていた。最初は自分も手伝いたいと言ったのだが、「女王陛下のなさることではありません」とジュリアスに一蹴されてしまったのだ。
「ホント、石頭なんだから。」
けれども、一旦運び込まれてしまえば、あとはアンジェリークの自由になる。
「ルヴァの本・・・やっぱり、好きだな。」
女王候補の頃、日の曜日の度にルヴァの執務室を訪れ、本に満たされた部屋でお茶をごちそうになったことが鮮やかに甦ってくる。アンジェリークは手近な本を手にとって懐かしそうにめくりはじめた。

ぼんやりと本をめくっていたアンジェリークの背後に人の気配がする。
「あの〜、お邪魔してよろしいでしょうか?」
「ルヴァ!」
本から顔をあげたアンジェリークの瞳が嬉しそうにルヴァを見上げた。
「こんな時刻に申し訳ないのですが、どうしてもロザリアに渡さなければならない資料がありまして〜。」
「いいえ、構いませんわ。」
にっこり笑って答えたアンジェリークに、ルヴァは遠慮がちに続けた。
「必要な本を探したらすぐ戻りますので〜。」
その言葉にアンジェリークの瞳が哀しそうな色を浮かべた。
「私が居てはお邪魔?」
冗談めかせてはいたけれども、アンジェリークの声は心なしか震えていた。
「私の方こそ、陛下のお部屋にお邪魔しているわけでして〜、ですから〜、その、邪魔をしているのは私の方で・・・。」
アンジェリークはじっとルヴァを見つめている。はじめはしどろもどろで答えていたルヴァであったが、更に声が小さくなり、やがて二人の間に沈黙が訪れた。向かい合った瞳をみつめていれば、互いの姿だけが映し出されている。ふたりだけの静かな時間がゆっくりと流れていった。

「あの〜。」
静まり返った部屋にルヴァの声が響く。
「抱えていらっしゃる本なんですが〜、今探していた本なんですよ〜。」
穏やかな優しい声にアンジェリークは手にしている本を思わずぎゅっと抱え込んだ。
「あなたは昔から本を探すのがお上手でしたよね〜。ですから、そのですね〜。」
ルヴァは大きく深呼吸してアンジェリークを見つめ直した。
「一緒に本を探していただけますか?みんなが勝手に運び込んでしまったものですから、どこに何が置いてあるかさっぱりわからなくなっちゃったんですよ〜。あの〜、こんな時間ですけど、一緒に居ていただけます?」
照れたように話すルヴァにアンジェリークの瞳が潤みはじめた。ゆっくり問うたルヴァの胸に、アンジェリークの金色の髪がふわりと流れていく。
「一緒にお手伝いさせてください。」
間近からアンジェリークのくぐもった声が返ってくる。
「これからも、ずっと・・・。」
ルヴァは答える代わりにアンジェリークの背に腕をまわした。
決して強くはなかったが、優しい抱擁だった。

おわり

<あとがき>
ゆうえいさんのHPで公開していた「守護聖様シリーズ」の中の1作です。
HP閉鎖に伴い、こちらに再録させていただきました。
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はりきるアンジェ by ゆうえい様
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