夜咄(よばなし)

地の守護聖の部屋に収まりきらなくなった書籍は、新しい宇宙に発生する問題に迅速に対処するため、同じ聖殿内にある女王陛下の私室に相当の量が運び込まれた。この一件で最大の被害を被ったのは、本の所有者たるルヴァだと密かに囁かれている。なぜなら、移動した書籍の大半はルヴァがよく利用する分野のものだったからである。そのためルヴァは事在るごとに執務室と女王の私室を往復する羽目に陥り、彼自身に付いて言えば、非常に非効率的な状態にあった。更に、運び込まれた書籍は、てんでばらばらに書棚に押し込められているため、目的の本を探すことからにして困難を極めていた。毎夜遅くまで自分の資料となる本を探さなくてはならないルヴァを気遣って、女王アンジェリークは自分の仕事が終わったあと、必要な本探しを手伝うようにしていた。臨時書庫とはいえ、元が女王の私室だから、アンジェリークが出入りするには全く問題がない。逆に、その部屋を通り抜けないと、再深部にある元寝室にして現在アンジェリークの私室となっている部屋に入れないのである。また、アンジェリークは女王候補生の頃から、本を探すのが上手かった。表向きはそういう理由で手伝いをかって出たのだが、本当はルヴァと少しでも一緒にいたかったからである。

「やはり一度きちんと整理しなくてはいけませんね〜。」
ルヴァは人知れず溜め息を吐いていた。
「ルヴァ、探していたのはこれかしら?」
本棚の陰からひょっこり金色の頭が覗く。
「ああ、陛下、申し訳ありません。」
ルヴァは差し出された本を確認するとほっとしたように受け取った。
「これで、全部ですか?」
「えーと、はい、そうですね。」
簡易テーブルの上に重ねられた本を確認してルヴァは頷いた。
「本当に陛下にはお手数をおかけしました。」
「そんなこと、ないです!」
アンジェリークはルヴァを見上げてきっぱり言った。
「私は一緒に・・・お手伝いできてうれしいです。」
女王候補の頃のような口調に戻ったアンジェリークに、ルヴァは一瞬戸惑いを覚えた。
「陛下?」
見返したルヴァに、アンジェリークは慌てて表情を取り繕った。
「これから調べるのでしょ。少し休憩しませんか?」
その笑顔につられて頷いたルヴァにアンジェリークは表情をほころばせた。
「お茶を入れてきますね。」
たたたっと、アンジェリークは部屋の奥へとかけっていった。

ほどなくしてアンジェリークはティーセットをかかえて戻ってきた。柔らかで落ち着いた香りがほのかに漂ってくる。
「そういえば、この部屋には椅子がなかったんだわ。」
アンジェリークの呟いたとおり、その広い部屋には天井まで届くかという書棚が羅列状に並んでいるばかりで、他の家具類はほとんど見あたらない。探し出してきた本を借り置きするためのミニテーブルがお印程度にあるだけなのである。アンジェリークは、先ほど探していた本が積み重ねられているテーブルに、ティーセットを置くと、「ちょっと待っててくださいね。」と言って再び部屋の奥に入っていった。
「うーん、やっぱりこれしかないわね。」
一通り部屋を見渡したアンジェリークはベッドに近づくと、ぐいっと力任せに毛布を引っぱり出した。巨大なその毛布を適当にまるめて抱えるとルヴァのもとへ戻っていく。
「お待たせしました。」
朗らかに言うと、続いて悪戯っぽい光を瞳に浮かべて笑いかけた。
「ピクニック風にしましょ。」
バサリと抱えてきた毛布を床に広げ、二人が座れるスペース分だけ残して端を適当に丸め込む。
「ルヴァ、座ってくださいな。」
くるくると楽しそうに動いてティーセットを前に座ったアンジェリークに、ルヴァは一瞬躊躇したが、小さな溜め息をひとつ吐くとゆっくりとその隣に腰を降ろした。
「はい、どうぞ。」
カップに注がれたハーヴティの心地よい香りがルヴァの鼻をくすぐった。

「候補生の頃に戻ったみたいです。」
両手で持ったカップをふうふうと吹いて冷ましながらアンジェリークは懐かしむように話し始めた。
「たくさんある書庫の中からたった1冊の本を一生懸命探して、でも、なかなか見つからなかったり、とんでもないところにあったり。」
その時のことを思い出したのか、アンジェリークはクスクス忍び笑いしている。
「梯子が間に合わなくて、本棚に直接登ったりもしたっけ。」
「はあ、あの時は本当に驚きましたよ。」
ルヴァも懐かしそうに相槌を打った。
「そのあと、本が崩れたんですよね。」
力任せにお目当ての本を抜き取ったまではよかったが、それだけでなく、周りの本も一緒に付いて出てきてしまい、ばらばらと書棚からなだれ落ちていったのだ。
「埃がすごくてびっくりしました。」
「あなたが落ちないかと冷や冷やしましたよ。」
異なる反応に目を丸くしたアンジェリークだったが、次の瞬間、小さくくしゃみした。
「あー、流石に夜は冷えますからね〜。」
「すっかり忘れてました。」
アンジェリークは薄い部屋着のまま本探しを手伝っていたのである。
「何か上着を・・・。」
「あ、これがあります。」
アンジェリークはにっこり笑うと、丸めてあった毛布を広げてぱさりと背中から羽織るようにかけた。
「うふふ・・。キャンプに行ったみたいです。」
「そうですねー。私の故郷も夜が冷えましたから、よく毛布にくるまってましたねー。」
「そうなんですか?」
「ええ、弟と一緒に、そう、ちょうどこういう感じで話をしながら過ごしたことがありましたねー。」
ルヴァは懐かしそうに毛布の端を手にとって重ね合わす仕草をして見せた。
「あ〜、寒くはないですか?」
「はい」
深夜の書庫はしんしんと冷えるけれど、心はほっこりあたたかくて、アンジェリークはコツンとルヴァの肩に頭をもたれて瞼を閉じた。

「あー、陛下?」
ずしりと肩にかかった重みにルヴァは戸惑いながらそっと声をかけてみた。アンジェリークから返事は返ってこず、規則正しく繰り返される呼吸の振動だけが身体に伝わってくる。
「疲れさせちゃいましたかね〜。」
あどけない寝顔でもたれかかるアンジェリークに、ルヴァは優しい眼差しを向けながらも内心では複雑な思いを抱えて苦笑していた。
「あなたの信頼にいつまで応えられるか、自信がなくなってきましたよ。」
ルヴァはアンジェリークを腕の中に抱き寄せると寒くないように毛布の端を二人の前で重ね合わせた。
「おやすみなさい、アンジェリーク。」
小さく呟くとルヴァは間近にひろがる金色の髪にそっとくちづけ、瞼を閉じた。

どこでも寝るアンジェとルヴァ様
どこでも寝るアンジェとルヴァ様 by ゆうえい様
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