SPRING HAS COME

「ランディ様、これ、私の気持ちです!」
風の守護聖ランディは、ヴァレンタインデーにアンジェリークからかわいらしい包みのチョコレートを贈られた。
耳まで真っ赤に染めて、それでも緑色の瞳はしっかりとランディを見つめている。
「ありがとう、アンジェリーク。うれしいよ・・・。」
対するランディも、アンジェリークに劣らず真っ赤になって受け取ったのである。
あとは、ホワイトデーにランディがアンジェリークにお返しをして、ふたりはめでたし、めでたしとなるはずである。
が・・・。

飛空都市を何気なく歩いていたランディに花屋が目に留まった。
いつもならそのまま通り過ぎるのだが、その日はなぜか店先の花に引き寄せられたとでもいうので
あろうか、気がつくとお店の中で花を頼んでいた。
店にはいつも色とりどりの花が置いてあるが、あの中でもチューリップとスイートピーがランディの目を引きつけた。
隣り合わせに置いてあった黄色いチューリップと赤いスイートピーが風にゆれて折り重なったとき、
ふわふわの金髪に赤いリボンの案の姿がダブって見えたのである。
「これ、ください。」
思い浮かんだイメージのままに、ランディは花を注文した。
「・・・これ、ですか?」
「はい、その、黄色いチューリップと赤いスイートピー。かわいらしく花束にしてもらえますか?」
店主はランディの顔と、注文された花を交互に見ていたが、
「近頃は変わったのかな?・・・」
と呟きながら、注文どおりの花束を作って渡したのだった。
「ありがとう!」
ランディは勢いよく店を飛び出し、女王候補寮へ駆け出していった。

「アンジェリーク!」
ランディが女王候補寮に着いた時、アンジェリークもちょうど帰ってきたところだった。
「ランディ様!」
ランディの声にアンジェリークは嬉しそうに駆け寄ってきた。
頬を薔薇色に染めて、頭の上で赤いリボンが揺れている。
「あの、アンジェリーク。この前は、その、ありがとう。」
勢いづいてここまで来たものの、いざ本人を目の前にすると、緊張してしまって
うまく言葉が出てこない。
「これ、俺の気持ちだから。」
恥ずかしそうに俯いているアンジェリークに手にした花束を渡すと、そのまま一目散に駆け去った。
礼を言うまもなく一目散に駆け去ったランディの後ろ姿を見えなくなるまで
見送ったアンジェリークは幸せな気持ちで手渡された花束に改めて目を向けた。
黄色いチューリップと赤いスイートピー。
瞬間、アンジェリークはその場に凍り付き、その瞳からは涙が溢れ出した。

もう1人の女王候補ロザリアがその日の予定を終えて寮に戻ったのは、日が暮れてから随分と経ってからのことだった。
「あら、アンジェリークもまだなのかしら?」
今日は早くに戻ったはずだと首をかしげながら、それでも念のため声をかけてみた。
「アンジェリーク、いないの?」
部屋の中からアンジェリークの返事はなかったが、何となく人の気配はする。
「アンジェリーク、帰ってるの?」
もう一度声を掛けると同時に、ドアを押してみた。
鍵はかかっておらず、薄暗い部屋の中に、アンジェリークはいた。
テーブルに突っ伏し、肩をふるわせ、嗚咽を必死で押さえて泣いている。
驚き駆け寄るロザリアに、アンジェリークはとうとうこらえきれずに声を出して泣きついた。
「ロザリア、あたし・・・もう駄目・・・。」
泣きじゃくるアンジェリークに、事情もわからず、ロザリアはただ立ちつくしていた。
「ランディ様に嫌われちゃったよ〜。」
絶対にありえないと思われるその言葉にロザリアは当惑し、アンジェリークは泣き続けるのだった。

ロザリアは部屋の明かりをつけ、ともかくアンジェリークが落ち着いて話ができるまで待った。
「ごめんね、ロザリア。」
涙でくしゃくしゃの顔で、アンジェリークはロザリアに謝ると、ぽつりぽつりと話し始めた。
「・・・俺の気持ちだからって・・・おっしゃったの。」
再びアンジェリークの声が涙で曇る。
言われてみるまでロザリアも気がつかなかったのだが、テーブルの上には黄色いチューリップと赤いスイートピーがかわいらしく飾られていた。
「あんたねえ・・・。」
これが自分なら、速攻で生ゴミ行きだなと思うロザリアである。
いや、それ以前に突き返しているかもしれない。
「だって・・・せっかくランディ様からいただいたのに・・・捨てるなんて・・できない・・・。」
アンジェリークがしゃっくりあげる度に、金色の髪と赤いリボンが揺れる。
黄色いチューリップと赤いスイートピー、金色の髪に赤いリボン。
「・・・。」
両者を見比べ、ロザリアは深くため息をついた。

ランディは裏表ない性格で、物事をストレートに表現する。
そのランディが、アンジェリークに初めて花束を贈った・・・。
アンジェリークをイメージして、思ったままを素直に花で表現したことは想像に難くない。
花にはそれぞれ意味があるなんて、思いも寄らなかったに違いない。
それ以前に、「花言葉」の存在を知っているのかどうかもあやしいものだ。
しかし、仮にそうだとしても−ほぼ100%そうに違いないと思われるが−、黄色いチューリップと赤いスイートピーとはあまりにも酷すぎる。
思いを寄せる相手から、しかもヴァレンタインデーの直後に、「望みのない愛」と「別れ」を意味する
花束をもらったら、アンジェリークでなくとも大きな衝撃を受けること必須である。
「やっぱり、納得できませんわ。」
すっくと音もなく立ち上がると、ロザリアは猛然とアンジェリークの部屋を後にした。

「ランディ様、いらっしゃいます?」
バタンと、普段のロザリアからは考えられないほど、乱暴な音をさせて、ロザリアはランディの執務室を訪れた。
明かりがついていたので、てっきり居るとばかり思って訪れたのだが、意に反し、そこにいたのは緑の守護聖マルセルであった。
「ロザリア、どうしたの?」
今にも爆発するのではないかと思われるほどの恐ろしい剣幕で現れたロザリアにマルセルは一瞬たじろぎを覚えた。
「あら、マルセル様。ランディ様をご存じありませんか?」」
マルセルの存在に、ロザリアは思わず声のトーンを落としてランディの行方を尋ねた。
だが、厳しい表情は変わらない。
「ううん、僕も探してるんだ。それより、アンジェリークに何かあったの?」
ロザリアが爆発寸前でランディを探す理由といえば、これしか思い当たらない。
「ええ。緊急を要しますの。」
冷たい声は相変わらずである。
どうやら、ランディはとんでもないことをやらかしてロザリアの怒りをかっているらしい。
(ランディ、なにやったんだよ〜)
マルセルは思わず一歩下がって身構えた。
「あの、僕でよかったら話を聞こうか?」
マルセルの言葉にロザリアは凄みのある微笑みを浮かべて頷いた。
「ええ、是非、お願いしますわ。」
そして、事情を知ったマルセルもその場に凍り付いた。

ロザリアが帰っていった後、マルセルがひとり考えているところへようやくその部屋の主が戻ってきた。
彼はひとりではなく、炎の守護聖オスカーも一緒だった。
「どうしたんだ、マルセル。」
明るく笑い掛けるランディにマルセルの返事は極めて冷たい。
「ロザリアがカンカンに怒ってるよ。」
突然そんなことを言われても、ランディには全く心当たりがなかったから、ひどく面食らって聞き返した。
「ロザリアが怒っている?」
「そう。もう、すごかったんだから。」
口を尖らすマルセルに、やはり意味がわからないランディである。
「おまえ、アンジェリークに何したんだ?」
オスカーが横から口を挟んだ。
「え?」
尋ねられた瞬間、ランディは真っ赤になり、オスカーから視線を逸らした。
「まさか、押し倒したのか?」
「それだったら、怒鳴り込んでくるわけないでしょ。」
「ま、マルセル!」
慌てふためくランディにマルセルは最後通牒を突きつけた。
「アンジェリークに花束、あげたでしょ。」
ランディが頷いたのを見て、むしろオスカーの方が首を傾げている。
「恋人が花束を贈ってどこがお気に召さないんだ、あのお姫様は?」
オスカーの言いように、ランディは耳まで真っ赤になった。
「恋人に、黄色いチューリップと赤いスイートピーをオスカー様は贈られるんですか?」
マルセルの声は相変わらず冷たいままである。
「黄色いチューリップ?」
思わず聞き返したオスカーにマルセルは「と赤いスイートピー」と付け加えた。
「おい、まさか・・?」
「・・・アンジェリークに似合うと思って。」
ランディの声は聞き取れないくらい小さかった。
「贈ったのか・・・。」
そして、オスカーもその場に凍り付いた。

ランディがオスカーと供にいたのは、オスカーの代理として、主星を訪問する用事を命じられたからであった。
「とりあえず、先にこちらを済ませてきます。」
ランディは二人に頭を下げた。
アンジェリークのことも気になるが、深夜に近いこの時間ではとうてい会うことはできないし、第一、ロザリアが断固として会わせてくれないであろう。
「ほんの2〜3時間のことでしょう。早朝までには戻ってきます。」
「そうか。」
「あの、ランディ。」
マルセルが遠慮がちに口を開いた。
「ランディの考え方は間違ってないと思うよ。だから、アンジェリークにはまた花を贈ってあげてね。」
「ありがとう、マルセル。でも、俺、正直言って、花のことよく知らないんだ。」
今回のこともたぶん、その花を直接目にしたから贈ろうと思ったのであって、そうでもなければ、「花を贈る」こと自体思い浮かばないでいたにちがいないのだ。
「アンジェリークのイメージねえ。」
確かに、ランディの選択は非常にまずかったが、イメージとしては間違っていない。
「無難と言えば白い花だが・・・。」
「かわいくて、白い花か。あ、スズランなんてどうかな。」
ぽんっと手を打ってマルセルが提案した。
「スズラン?」
「うん。それにこの花だと特別な意味も持ってるし。花束に向かないってことが難点だけどね。」
「いいんじゃないか、鉢植えでも。」
「どんな花なんですか?」
「白くてかわいくて、釣り鐘の形をしてる。見ればすぐにわかるよ。」
「大抵、鉢植えで売っているしな。」
ランディはもう一度、深々と頭を下げた。
「じゃ、行って来ます。」
「ああ、頼んだぞ。」
「ランディ、いってらっしゃい。」
二人に見送られて、ランディは次元回廊を主星へと降り立った。

主星はまだ冬だった。
季節暦の上ではとっくに春なのだが、この寒さはどう考えても冬である。
主星での用件はごく簡単なものだったのですぐに終わったが、意外と時間をとられたのが、次元回廊のポイントから目的地までの移動である。
けれども、主星の人から見れば何の変哲もないその街並みを、ランディは物珍しそうに眺め、結構楽しみながら歩いていた。
そして、何個目かの信号待ちのとき、一軒のグリーンショップが目に付いた。
ちょうど赤信号だったこともあり、ランディはその店をそっと覗いてみた。
中には女性客が大勢いて、結構繁盛しているらしい。
「やあ、いらっしゃい。」
気さくな店主の声に、ランディは思わず声を上げそうになり、あわてて口を押さえた。
「あ、あの・・・。」
一斉に女性達の視線がランディに向けられた。遠慮のない興味津々のその視線にランディは戸惑いを隠しきれず、視線が空を描いている。と、ある棚の前でその視線が固定された。その棚には、鉢植えの花が置かれていた。ランディの目に止まったのは、白いかわいいしずく型の花である。見方によっては釣り鐘型に見えなくもない。ふっくら開きかけたつぼみの先が、淡いグリーン色というのも印象的だった。
「こ、これ、ください!」
ランディはその白い花の鉢植えを指さし、大きな声で叫んだ。一瞬しーんと静まり返った中を店主だけが平然と進み、指さされた鉢植えの花をかわいらしくラッピングして差し出した。
「希望の花だからな。大切にしてやれよ。」
「はい!」
「請求書は、回しておくよ。」
淡々と事務的な口調ながら、その目はクックッと笑いをたたえている。ランディは花を受け取ると、周りを取り囲みつつある女性軍の間を真っ赤になってかき分けつつ、店を後にしたのだった。

夜明け前の飛空都市にランディは帰ってきた。
薄暗い飛空都市の道をランディは女王候補寮へと急いだ。
その手にはくだんのグリーンショップで求めた花の鉢が抱えられている。
「アンジェリーク、まだ眠っているだろうな。」
ランディはアンジェリークの部屋の窓の外に到着すると、そっと鉢植えを窓辺に置いた。
「ごめんよ、アンジェリーク。」
小さな声がランディの口から漏れたとき、突然、窓が開かれ、アンジェリークのくしゃくしゃの金色の頭が現れた。
「ランディ様?」
日の出前のうすもやの中でもアンジェリークの瞼が涙の為にはれぼったくなっているのがわかる。アンジェリークは一瞬、何故ここにランディがいるのかわからなかった。ロザリアが帰ったあと、なんとか眠ろうと思いながら、あとからあとから溢れ出る涙のために、結局一睡もできず、朝を迎えたのである。朦朧としているとき、ランディの声が聞こえたような気がして、ほとんど無意識のままに窓を開けた・・・。

「ごめん、アンジェリーク。」
ランディは何度もその言葉を口にした。そして、恐る恐る指の先で、そっとアンジェリークの涙で腫れた瞼に触れた。ランディの指は冷たくて、アンジェリークは瞳を閉じてそのひんやりした感触に、心が和んでくるのがわかる。自分は、ランディに嫌われたわけではない・・・。アンジェリークはゆっくりその緑色の瞳を見開いて、ランディを見つめた。ランディはアンジェリークの緑色の瞳が、再び自分を見つめてくれたことを知った。
「あの、アンジェリーク。」
ランディはもう一度深呼吸し、両手に持った鉢植えを差し出した。
「この花、アンジェリークによく似てると思って・・・その、かわいらしくて、一生懸命で・・・。」
いろいろな形容詞がランディの脳裏をよぎる。
けれども、形容詞は形容詞。
詰まるところは、言葉の飾りに過ぎないのだ。
「アンジェリーク、君が、好きだ。」
アンジェリークの瞳が一瞬大きく見開かれた。
「はい、ランディ様。」
次の瞬間、アンジェリークは微笑んでいた。
涙の跡の残るその微笑みは、どんな花よりかわいらしく愛おしい。
ふたりの間には、鉢植えの白い小さな花がある。
ランディの手から、アンジェリークの手へと、今、確かな心が伝わった。

その日の午後のこと。
ロザリアはマルセルとオスカーにランディの行方を再び尋ねていた。
「さあな。アンジェリークと一緒じゃないのか?」
「多分そうだよ。今朝、アンジェリークがランディの執務室に入るの、僕、見たよ。」
何分、昨日の今日のことだから、ロザリアはすぐには信じられなかった。
「きっと、ランディ、アンジェリークにスズランをあげたんだよ。」
「それは、まず、間違いないな。主星から鉢植え1つ、請求書があがってきた。」
「本当ですの?」
「陛下に誓って、本当だ。」
「わかりました。今日のところは失礼いたします。」

ロザリアはアンジェリークの部屋をノックした。
当然の事ながら、主はいない。
けれども部屋に鍵はかかっておらず、ロザリアはそっと部屋に中に滑り込んだ。
テーブルの上には昨日のままに、黄色いチューリップと赤いスイートピーが飾られている。
「あら?」
出窓に、昨日はなかった鉢植えの花を目に留めた。
「まあ・・・。」
ロザリアは花びらの先が淡いグリーン色の滴型の蕾をみて、思わず笑みを洩らした。
「純愛より、希望、という訳ね。いかにもランディ様らしいこと。」
冷たい雪の中からどの花より早く春の訪れを告げて咲くといわれる雪割草(スノードロップ)の蕾にロザリアは、優しい微笑みを贈る。
「アンジェリークには、何よりの「春」ですわね。」
ロザリアは、静かにアンジェリークの部屋をあとにした。

花言葉参照:講談社「四季花ごよみ」
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