魔法のカクテル

「ゼフェルさま、だ〜いすきっ!」
突然アンジェリークがゼフェルに抱きつき頬にキスをした。
その瞬間。
ゼフェルは真っ赤になって硬直し、
ランディは飲みかけのコーラを吹きだし、
マルセルは切り分け中のケーキをお皿ごとテーブルにひっくり返し、
リュミエールは演奏中のハープの弦を思いっきり弾いて切らせ、
オリヴィエは目をむいてキャハハと笑いだし、
オスカーがにやりとグラスを傾ける中、
ロザリアの「アンジェリークっ!」と怒鳴る声が響きわたった。
「あんたってコは、恥を知りなさいっ!」
ガタンと席を立つなり、ロザリアは猛然とダッシュしてゼフェルにピトッとくっついているアンジェリークを引き剥がしにかかる。
「やーだもん。」
とろんとした瞳のアンジェリークが頬を膨らませた。

 今日はゼフェルの誕生日。飛空都市で行われている女王試験も終盤にさしかかっており、ちょっとした息抜きを兼ねてささやかなゼフェルの誕生パーティが開かれた。発起人は女王候補であるアンジェリークとロザリアであったが、会場提供はオリヴィエ、料理がランディとマルセル、飲み物がオスカーとリュミエールの担当で、しかも年長の守護聖が揃って加わっていないと聞くに及ぶや、何やら勘ぐりたくなったゼフェルの感は、あながち間違っているとはいえないであろう。しかし、ゼフェルの杞憂をよそに、オリヴィエの乾杯で始まったパーティは、予想以上の盛り上がりをみせ、楽しいひとときを刻んでいった。

 ひととおり食事が終わったあと、オリヴィエの提案で、デザートは別室に用意されており、リュミエールの即興の演奏を楽しむため、アンジェリーク達は思い思いの甘い物を手にしようとしていた。
「お嬢ちゃん、たまには大人っぽく、カカオでもどうだい?」
数種類のケーキを前に迷っていたアンジェリークにオスカーが、生クリームがふんわりフロートされたカクテルグラスを選んで手渡した。グラスの縁に渡されたカクテルピンにチェリーの赤が鮮やかに映えている。甘い香りがアンジェリークの鼻をくすぐった。
「これ、もしかしてお酒が入ってませんか?」
上目遣いに尋ねたアンジェリークにオスカーはわざと驚いて見せた。
「それがわかるようなら大丈夫、立派なレディになれるぜ。」
ウインクしたオスカーに、思わずアンジェリークは頬を染めて俯いた。
「こんなとこまで来て、何、ナンパしてんだよ、おっさん。」
いつの間にかゼフェルが背後から現れてオスカーを睨み付けている。
「違うんです、ゼフェル様。オスカー様は・・・。」
「いいってことだ、お嬢ちゃん。」
オスカーは笑いを含んだアイスブルーの瞳で、もう一度アンジェリークにウインクすると透明なカクテルグラスを手に二人から離れていった。

「あ、あの・・・。」
「座ろうぜ。」
「は、はい。」
だがあいにくと1人用の椅子は全て塞がっており、空いているのは複数掛けのソファだけであった。自分から座ろうと声をかけた手前、ゼフェルは今更立っておくのも格好がつかず、アンジェリークと同じソファに少しだけからだを離して腰かけた。耳に心地良いリュミエールの優しいハープを聞きながら、アンジェリークはゼフェルと話をするタイミングがつかめなくて、もじもじとしている。時折視線がかち合うと、どうしていいかわからず、俯いてグラスの飲み物をちびりちびりと舐めて誤魔化した。グラスの中身が減っていくのにしたがって、アンジェリークは頬が火照ってくるのを感じていた。真っ赤なチェリーを摘んだとき、それはゼフェルのルビー色の瞳と交差した。アンジェリークの手からグラスがはずれ・・・。
「ゼフェルさま、だーいすきっ!」
アンジェリークの陽気な声が響きわたる。

アンジェリークのほんのりピンク色に上気した頬がゼフェルの間近にあった。甘くて熱い吐息がゼフェルに降りかかる。
「まーったく、だれが酔うまで飲めって言ったんだよ!」
ゼフェルは真っ赤になりながらもアンジェリークをどうにかしゃんと立ち上がらせた。
「水なら、食堂だよ〜。」
オリヴィエがひらひらと手を振って言った。
「わたくし、いただいてきますわ。」
「こういう時は、外の風に当たった方がいい。」
オスカーがロザリアを押し止めた。
「ひとりで大丈夫だな、ぼうや?」
「ああ。」
ぶっきらぼうに返事をすると、ゼフェルは足下のおぼつかないアンジェリークを支えるようにして、その部屋から連れ出した。

吹き抜けの廊下に出ると、心地よい風が二人に流れてくる。
「ちょっとここで風にでも当たってろ。オレは水を持ってくるから。」
アンジェリークを壁際に持たれかせ、手を離したゼフェルは、逆にマントに引っ張られ蹴躓きそうになった。
「あぶねーだろっ。」
振り向いて怒鳴ったゼフェルにアンジェリークはぽつりと呟いた。
「酔ってなんか、ないです。」
ゆっくりと顔を上げたアンジェリークの瞳は、いつもの深い緑色の光を宿していた。
「おめー・・・。」
呆気にとられたゼフェルに、アンジェリークはぺこりと頭を下げた。
「ごめんなさい、ゼフェル様。」
ぎゅっと拳を握りしめ、アンジェリークはゼフェルを正面から見つめ直した。

「もうじき、ロザリアの大陸が中央の島に着くから・・・試験は終わります。」
ゆっくりと、一言一言、自分に言い聞かせるかのようにアンジェリークは話し始めた。
「試験が終わったら、ここにはもう居ることできないから・・・。ゼフェル様とも、お別れしなくちゃいけない。」
溢れてきそうになる涙をアンジェリークは必死で堪えていた。
「でも、どうしても伝えたくて・・・、ゼフェル様に、私のこと、覚えててほしくて。・・・わたし、ゼフェル様が好きでした。」
アンジェリークは声が掠れそうになるとお腹に力を入れ、か細く声を震わせながらも最後まで言い切ると、くるりときびすを返した。
「ちょっと、待て!」
駆け出そうとしたアンジェリークの腕を捉えるとゼフェルはぐいっと自分の方に引き寄せて身体を向かいあわせた。
「何で過去形なんだよ。」
不機嫌な声が投げかけられる。
「おめー、今はオレのこと好きじゃないってことなのか?」
「ちがいます!」
アンジェリークは激しく首を振って否定した。
「わたし、今でもゼフェル様が。」
「だいすきだよっ!」
ゼフェルの大きな声がアンジェリークの声をかき消した。
アンジェリークの濡れた瞳が弾かれたようにゼフェルを見あげている。
「アンジェリーク、おめーが好きだ。」
ゼフェルの声はいつになく真剣で、アンジェリークの心に水紋のごとく広がっていく。
「女王になんかならなくたっていいんだ。その方がずーっといいんだよ。」
次第にそれは、やさしい響きとなってアンジェリークを包み込んでいった。
「おめーには、オレが付いててやる。」
力強い腕がアンジェリークの背にそっとまわされ、金色の髪と銀色の髪が触れ合った。
「これからもずっと一緒にいようぜ。絶対、絶対だからな!」
「はい、ゼフェル様。」
ゼフェルは力一杯アンジェリークを抱き締めた。

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〜舞台裏〜
「ふーむ。お嬢ちゃんは意外とイケる口らしいな。」
「オスカー様、それ、どういう意味ですの?」
オスカーの視線の先にはアンジェリークが先ほどまで飲んでいたカクテルグラスがあった。
グラスの底に僅かに残る甘い香りは、クレームドカカオ(カカオリキュール)。
「オスカー様!」

アンジェリークが飲んだのは「ANGEL'S KISS」。
オスカーがもらったのは「エンジェル・パンチ」。
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