正しいおかゆの作り方
 古くは平安の時代から、1月7日に「七草がゆ」を食べるのは、おせち料理で疲れた胃を労るためといわれているが、本来、1月7日は「人日の節句」、つまり「人の日」である。人を大切にすることが「身体を労る=胃を労る」と端的に取られて「おかゆ」となったらしい。
「でも、冬は野菜が高いのよね」
 それでなくとも正月は物入りが続いている。生活の知恵だかなんだか知らないが、わざわざ七種類もの青物を揃えておかゆを食べるのは割に合わないような気がすると、神谷薫は眉間にしわを寄せていた。だが、年末の大掃除の時、蔵の片隅で埃を被っていた古い本によると、七草がゆを食べると、邪気を払い、無病息災、長寿富貴を得られるとなっている。前のふたつはどうでもよいが、最後にある「富貴」の二文字は無視できない。
「やっぱり食べるべきよね」
 念のために、薫はその古本に書かれている「七草がゆ」についての記述に目を通した。毎年何気なく作っていた七草がゆだが、改めて文献を読んでみると、ただ作ればいいというものでもないらしいことがわかってくる。それによると、しきたりに沿った七草がゆというのは、前日の夜に、ヒイラギなどの刺のある木の枝や、蟹のはさみのようなとがったものを戸口にはさんで邪霊を払い、かゆに入れる七草は、七草叩きといって、唱えごとをしながら包丁でたたいたもの使うらしいのだ。
「もしかして、毎年食べてるのに、うちが貧乏なままなのは、こういうわけ!?」
 その本を読み終わったとき、薫は、今年こそ正しい「七草がゆ」を食べようと決心していた。

 巷では剣術小町と評判の薫だが、剣を使うほどに包丁は使えない。ことに剣心が道場に居候してからというものは、料理についてはほとんど剣心に頼りっぱなしであった。だが、七草がゆだけは、何が何でも自分で作らねばならないのだ。
「絶対に失敗しないって言い切れないし。材料はちょっと多めに用意しておく方がいいわよね」
 薫は自分の料理の腕前について、決して過信していない。幸いにして、材料の七草は、近くの川辺でほとんどのものが手に入るとの情報を長屋のおばさん達から聞いてきた。然して、薫は同行した剣心が呆れるくらい大量の草を取ってきた。
「薫殿、これでは大根や蕪がかすんでしまうでござるよ」
 さすがに大根や蕪までは川辺に生えていないから、これらは店で買ってきた。普通に使えば、1本でかゆの材料以外に煮物にするくらいは十分賄える。だが、薫が取ってきたセリなどの草は、背負い籠に山盛りいっぱいという途方もない量だったのだ。
「いいの、いいの。あとは私がやるから、剣心は先に休んでて」
 心配顔の剣心を無理矢理に台所から閉め出して、薫は気合いを入れてたすき掛けをした。

「えーと、まずは蟹のハサミとヒイラギを戸口に挟んで」
 薫は先日読んだ本のとおりに、まず、邪霊払いから行った。これは、特に難なく終わった。戸口に指定されたものを挟むだけだから、そもそも問題の起きようはずもない。薫の試練はこれからである。なにしろ、山ほどある七草を包丁で叩きながら、呪文を唱えなければならないのだ。
「上等だわ。一晩中でも唱えてやろうじゃないの」
 目の前にある草の多さにうんざりするどころか、やる気満々で、薫はナズナの束をまな板の上に取り出した。
 草に限らず、青物は生のままだとキレの悪い包丁ではいたずらに繊維質を傷つけるだけで形よく切るのは困難である。もっとも、刃物は使いようで、少々キレが悪かろうとも刃の持って行き方によってはそれなりに使えるのではあるが…。使い込まれた古包丁だが、剣心の手入れが行き届いているおかげで、最初のうちは薫でもリズミカルに刻めていた。しかし、時間が経つにつれて切れ味が悪くなってくる。それでなくとも、包丁で叩きながら切っているのだ。刃の痛みも通常よりかなり早い。そこへもってきて、使い手が薫である。剣を活かすことはできても、包丁を活かすことはできなかったようだ。
「き、切れない…」
 最後のあたりは、切るのを諦めて「叩く」ことに専念した。
「七草叩きっていうくらいだもの。大丈夫よね」
 無病息災、長寿富貴を唱えながら、薫は一心に七草を叩き続けた。まな板を力一杯叩く音は、剣心の寝床まで響き渡り、言いようのない不安が彼の眠りを浅くしていた。

 翌朝、剣心は締め切られた台所を恐る恐る開けてみた。とたんに、緑色の世界が目の前に飛び込んでくる。
「あ、おはよう、剣心。七草がゆ、もう少ししたらできるから、もうちょっと待ってくれる?」
 年の瀬の大掃除できれいに磨かれたはずの台所は草の汁がいたるところに散って緑の水玉模様を壁中にかもしだし、室内には青物の香りが充満していた。しかも、かまどで煮立っているのは、どうみても七草の青汁にしか見えない。
「か、薫殿?」
「なんか途中から包丁が切れなくなっちゃって。余らしても、もったいないから叩き出した汁でおかゆを作ってるの。これで今年は黄金持ち!」
 草を叩いた時に飛び散ったらしい青汁で顔まで緑に染めた薫が笑っていた。

おわり
<あとがき>
べにすずめ様の朱雀亭で、年末に企画されている「いつどこリクエスト」に応募して描いていただいた「るろうに剣心」(和月伸宏・(C)集英社)の「剣心と薫」のイラストにミニストーリーを付けさせていただきました
「るろうに剣心」を読んだのは、連載が終わってかなり経ってからだと思います。テレビアニメも遙か昔に終わってました。
きっかけは、新選組の斉藤一関連をいろいろあさっていて、「るろうに剣心」にも登場していると聞いたからです。どんな作品でもそうなんですが、私は生き残るキャラが好きです。なので、新選組で好きな人物は、斉藤一と永倉新八。人生、生き延びたが勝ち、滅びの美学なんぞ、クソ喰らえ!なのです。
斉藤一が出ているというだけで読み始めた作品ですが、剣心の生き方は、私のツボにすっぽりはまっていました。時の権力者に対する姿勢もですが、大事な物を見極める視点が弱者の立場からというのが一番大きいです。
薫さんについては、笑って剣心の側にいてあげて欲しい人ですね。それでいて、一方的に守られているだけではない女性なので、これまた好み。薫は家事が苦手だけど…ふたりの場合は、剣心ができるからいいんです。

リクエストに応えてくださったべにすずめ様、本当にありがとうございました。
→べにすずめ様のイラストはこちら
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