−Messenger Dragon−
それは、青海国の末裔の物語・・・。
300年ぶりに青海国に宮廷魔術師として仕えることとなった
ジェナイス・エーレスに関係するらしい。
青海国の三真珠の時代から下ること約100年。
彼らが恋愛した結果なのか、
それとも、妥協の産物なのかは定かでない。
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空が澄み渡っていた。
樹木の葉は色を変え、木立のなかには秋の気配が色濃く立ち込めている。
…平和だ。
若干十六歳の魔術師はのどかな日常をしみじみと味わっていた。
あの人がいないというだけで、なんと平穏なことだろう。
自分の求めているのは、ただひとつ、心の安らぎだ。
一人幸せをかみ締めている少年は、自分がひどく若者らしくないと陰で噂されていようと全く平気だった。
小さな影が過ぎり、ふと魔術師は顔を上げた。
ひくりとほおがひきつる。
彼のそんな反応にはおかまいなしに、その小さな来訪者は彼の頭上まで降下してきた。
「毎度、至急便でーす」
赤い小さな竜は二股に分かれた尾をくねらせながら告げた。
この二股の尾が、数多くいる飛竜の中でも知能と魔力が格段に高いことを示している。もっとも、魔力がなければ、本来竜の生息する西大陸を離れ、はるばると海を越え、この青海国までやって来ることはできない。竜達のよく利用する「気脈」、世界を循環する魔力の流れにのって、到着したのだろう。
「…御苦労さま」
なんか受け取りたくないと思いつつ、魔術師は手を伸ばしたが、飛竜は脚につかんだ書簡を離そうとはしなかった。
「着払いですぜ、旦那」
「あ、そう」
厭な予感をますます強めながら、魔術師は懐を探った。
「いくら?」
「三千ギール、えー、こちらの金貨なら十枚になりますかね」
びちっと魔術師は小型飛竜の尾をはじいた。
「僕が通貨の交換相場を知らないと思っているのかな?」
冷やかに魔術師が見詰めると、てへっと竜は笑った…ようだった。
「たいしたもんですね、旦那。王子様って言うから、箱入り息子かと思ってましたのに」
「他国ではいざ知らず、我国は交易で成り立っているんだ。王家に生まれたものが箱入りじゃあやっていけないんだよ」
ティアズ・シャーザ・ドリーン、魔術師にして第二王子はにっこりと笑って金貨七枚を手のひらに載せた。手品のように鮮やかな手つきである。
「君が詐欺を働こうとした分、料金から差し引いてあるよ」
飛竜が何か言うより先にティアズは減額の理由を述べた。
「組合を相手どって訴訟を起こしてもいいんだけどね、そんな手間暇はかけたくない」
彼が訴訟を起こしたら、確実に自分の所属するドラゴン運送、すなわち、飛竜運送組合側が負けることを感じ取った赤い飛竜は仕方ないとばかりにさっと尾の先で金貨に触れ、組合の金庫へ金貨を転送すると同時にぽとりと書簡をその手の平に落とした。
この飛竜、なかなか優れた魔術の使い手のようだ。
不器用者が多い竜にしては、優れた技を使う。
しかし、ティアズは感心してはいられなかった。
…ああ、なんか、開けたら後悔するような気がする。
厭な予感にさいなまれつつ、ティアズは封を切り、がっくりと肩を落とした。
のたくる文字で書かれた文面はざっと以下のようなものである。
今、オルーガ王国の王都の牢に入っている。
とりあえず保釈金約20アルラ送ってくれ。
かわいい弟へ 兄より。
興味津々にのぞきこんだ飛竜がへぇと尾をくるくる動かした。
「あの旦那、王子様だったんですかい。とんと気付きませんでしたぜ」
間者か何かかと思ってたんですがねぇとのんきにつぶやく。
ティアズはぐいっと飛竜の尾をつかんだ。
「な、なにするんで、いきなりっ」
「…王家の秘密を知ったからには生かしておけない…」
がっしともう片方の手でばたばた動く翼を押え込み、ティアズが低く唸る。
「ひ、秘密?ひょっとして世継ぎの君が牢に入れられてしまうような放蕩者だってことですかいっ!?」
「ふふ、今更、そんなこと」
あの兄王子が放蕩三昧を尽くしていることなど、すでに遠くの国々まで知れ渡っている。今更、取り繕って取り繕えるものではない。
「…秘密はこれからできるんだよ」
大きな目を半分に細めて青海国の第二王子兼魔術師は冷たい笑みを浮かべていた。
退屈だ。
藁の上に転がった銀髪の青年は暇をもてあましていた。
同じ牢に入れられていた男はつい先程、保釈金が届いたとかで出て行った。
このままでは罪人として鉱山に送られてしまう。
鉱夫として、しばらくの間、働いてみるのも楽しそうだが、さすがに三年もの間、国を離れるのはまずいだろう。
いくら自分と違って、刺激のない平穏な日常をこよなく愛している弟がいるとはいえ、彼は母親の跡を継がねばならない。
すなわち、宮廷魔術師になるべく運命付けられているのだ、彼の弟は。
母親の実家、エーレス家の始祖が青海国に来たのは、今から百余年前のことだ。その後、魔術師の血は連綿と受け継がれ、そして王家と魔術師の友好関係も絶えることなく続いた。それが高じて、エーレス家の当主たる宮廷魔術師が王妃に迎えられるという事態になったわけだ。
エーレス家では代々、最も魔力の強い子供が家を継ぎ、宮廷魔術師に就任する。彼の弟のティアズ以外にもエーレスの血筋の魔術師はいるが、生憎、彼に勝る魔力を持つ者はいなかった。
国王と宮廷魔術師が兼任できれば、問題はなくなるんだよな…。
弟に聞かれたら、ぎゅうぎゅうに締め上げられそうなことを考えていると、すぅと空気が動いた。
「お迎えに上がりましたよ、兄上」
忽然と姿を現した魔術師は背中がむずむずするような極上の笑みを浮かべていた。
「あっしは、ちゃんと案内いたしましたからねぇ〜っ!」
何やら叫んで赤い物体が小さな明かりとりの窓から飛び出して行くのが視界の隅をかすめた。
自分が偶然、窓の外を通り掛かったのを呼び止めた飛竜に違いあるまい。
「なんだ、わざわざお前が来ることはなかったのに。金を持たせてくれれば…」
弟は兄に最後まで言わせなかった。
ずいっと顔を近付けると、母親譲りのでかい目でじっとりと睨みつけた。
「馬鹿な人間に20アルラも支払うような余裕は我国にはないんですよ」
「そんな冷たいことを言うなよ」
「言わせてもらいますとも。大体、兄上、おわかりになっていますか?ただの傭兵に20アルラもの保釈金が払えるはずはないでしょう。兄上は身元を疑われたんですよ。ひょっとしたら、いいところのドラ息子ではないかとね。そして身元がばれたら、20アルラくらいではすまなくなりますし、20アルラ支払ったからといって速やかに解放してもらえるはずがない」
なんだそうだったのかと頷く兄を弟は冷たい目で眺めていた。
「どうりでおかしいと思ったんだよな、一緒に牢に入ってた奴はやたら素性を聞きたがるし、牢番は結構いいもん食わせてくれたし」
ふと青海国の第一王子は弟の視線に気付いて表情を改めた。
「で、どうするんだ?」
「決まってるでしょう、脱獄するんです。万が一、王子だなんてばれたら、どれだけの身代金を要求されることか。それに、宮廷魔術師が、世継ぎの王子を救出する以上の大義名分はありません」
他の選択肢など一切ないと言わんばかりの口ぶりだ。
「そうか」
さすがに世継ぎの君を不当に拘束したと捩込み、逆にふんだくってやろうとは思わなかったらしい。
兄は柔順に弟に従った。
赤い小竜はふるふると二股に分かれた尾を震わせていた。
飛竜運送組合本部に戻った彼は叱責覚悟で今回、料金を減額されたことを「上司」に報告したのだ。
彼の上司は非常に金銭面に口やかましく、支払いを踏み倒そうというものがあらば、自ら赴いて料金をきっちりと取り立てる。巨大な竜に凄まれて、料金を踏み倒す度胸のある者などいない。
意外なことに、赤竜の報告を聞いた上司は金の目に怒りではなく困惑の表情を浮かべていた。
「…青海国の魔術師だと?」
「へぇ…第二王子らしいんですが、魔術師でもあるようで」
「ふん、そう言えば、王家に魔術師が嫁いだという噂を耳にしたことがあるな…」
何やら記憶を探って遠い目をしていた上司だったが、赤竜がびくびくしているのに気付いてか、視線を彼に戻した。
「相手が悪かったな」
赤竜の尾が動きを止める。
「若いお前は知らぬだろうが、青海国と名のつくものに関わってはならんというのは我らの間では常識だ」
このくらいですんで良かった、と巨大な竜は満足そうに言うと用は済んだとばかりに体を丸めて目を閉じた。
赤竜を追及しなかったのは、追及することによって触れたくないことに触れねばならぬ羽目になることを避けるためだったのかもしれない。
西大陸に住まう古参の竜達にはエーレスの名を冠する魔術師にトラウマがあるのだ。
…ひょっとしなくても。
彼は落ちつきなく尾をぱたぱたと動かしていた。
もし、自分が、青海国の王子達が脱獄などという不名誉な真似をしたと正直に上司に告げていたりしたら、本当に命はなかったのかもしれない。
命拾いをした赤い竜は記憶を葬り去ることに決めたのであった。
その後、飛竜運送組合は配達地域を西大陸内に限定するという布告を出したという。
おわり