青海国の魔術師

青海国の花嫁(3)

 それは一種異様な光景だった。
 狭い厨房で若い娘3人が膝をつき合わせるようにして木箱に座り、真剣そのものにイモの皮をナイフで剥いている。南大陸でよく採れるイモは長期保存に適しているので船の上にあっても珍しくもなんともない。女が船に乗ることは少なくても全く無いわけではないので、娘達がこの場でイモの皮を剥いているのも、異様というほどのことはない。
 異様なのは彼女達の状態であろう。
「人生を賭けた夢のためよ、夢の…」
 つぶやきながら、ぎこちない手つきでイモの皮を剥いている娘がいれば、
「まったく、やってらんないってーの。何が悲しくてイモの皮むきなんざ、しなきゃならないんだって」
 と、ぶつくさ言いながら、荒っぽくイモの皮をむく娘もまたいた。
 黙々と真剣な表情で、ゆっくりではあるが、確実にイモの皮を剥き続けている娘も一人。
 彼女達はいずれも十代後半の年齢と思われ、南大陸に多い黒っぽい髪をしており、城で見かけたことのある皇女付き侍女と同じゆったりしたブラウスにくるぶしまでのスカートを身につけていた。
「おねーさん達、何してんの?」
 突然の侵入者に注意も向けずに作業を続けながら、娘達はそれぞれに答えた。
「花嫁修業」
「職業訓練」
「夕食の準備」
 作業の共通目的は三番目の「夕食の準備」であろうが、それが意味するところは一人一人で違うらしい。そして、すぐにこちらの言葉で答えたところを見ると皆こちらの言葉を前もって学んでいたのだろう。
 リーシャルはしばし考えた。
 皇女様はイモの皮むきをするだろうか?
 絶対にしないとは言い切れない。
 再度、リーシャルは問いかけた。
「花嫁修業って、おねーさんも皇女様みたいに結婚するの?」
「そうよ。愛しの人と暖かい家庭を築くのが私の夢なのよっ」
 花嫁修業と答えた娘が力説した拍子にイモにナイフが深く食い込んだ。
 華やかな美貌がしばし強張ったが、何もなかったかのようにナイフを抜き取って再び作業を開始した。
「そっか。やっぱり普通にお嫁に行くには料理できないと駄目なんだ」
 うんうんとリーシャルは頷いた。
「おねーさんのお相手も料理作って欲しいって言ってるんだね」
 ぴたりと娘の動きが止まった。
「違う」
 夕食準備と答えた娘が淡々とした口調で言った。

「これから相手を探すんだ。料理ができた方が相手は見つかりやすいだろう?」
「おねーさんみたいに美人なら料理なんかできなくても、金持ちの男とか引っかけられそうなのに」
「それができるなら、今こんなところでイモの皮をむいていない。この島の子供ならば、知らないだろうが、帝国では王宮で侍女をしていたと言ったら、本来なら、いくらでも嫁の貰い手はある」
 慎重に薄く皮をむきながら娘は言う。美人とまではいかないが、涼しげな顔立ちの娘は性格も「涼しい」ようだった。
「この人の場合はねぇ」
 職業訓練と答えた娘が口を開いた途端、しゅっと何かが空を切って飛んだ。
 ひょいと首を傾げた娘の顔のすぐ横を通り、銀色に光るナイフが壁に突き立った。
「こういう理由で貰い手がないんだよ」
「喧嘩を売るなら、買うわよ、ファー」
 半分据わったぎらぎらする目で「夢見る乙女」が睨みつける。
「本当のこと言っただけじゃん、シオナ」
「それを喧嘩を売っているとゆ〜のよぉ!」
 我を忘れたらしい娘がイモ入りの木箱を投げつけようとした時にはファーと呼ばれた娘の姿はそこになかった。放り出されたイモが転がっている。
「ファ〜!」
 木箱を放り捨てるとシオナという名の娘はスカートをからげて厨房を出て行った。
 リーシャルは木箱を見下ろし、おもむろに腕を伸ばした。
 重い。
 どうにか動かすことはできても、持ち上げることは出来ない。
 年齢差を考慮しても、シオナという娘はかなり力があるのだろう。
「え〜と」
 リーシャルはしゃがみこんだ。
 シオナという娘は嫁に行きたがっている。皇女であれば、「花嫁修業」の必要もなく、問題なく嫁入りしたことだろう。よって、彼女は皇女ではない。
 そのシオナにファーという娘はナイフを投げられた。仮にもファーが皇女であれば、侍女であるシオナがそのような行為に及ぶはずがない。いくら避けると分かっていても、遠慮無い間柄であっても、帝国では主従の枠を超える行為は許されないだろう。よってファーは皇女ではないだろう。
「力持ちだね、今のおねーちゃん」
 今までの光景をおとなしく見ていた料理屋の三男が感心したように言う。
「シオナの腕力には並の男では太刀打ちできない。ゆえに相手が見つからない」
「どうして?」
 無邪気に子供は首を傾げる。
「自分より強い女が気にくわないという狭量な男が多いからだ」
 果たして狭量と言ってしまっていいのだろうか?かわいい男心と言えないこともない。
「うちの母ちゃんも父ちゃんより強いよ?」
「そうか。君の父親は心が広いのだな」
 尻に敷かれているだけとも言うがとリーシャルは心の中で呟いた。
「おねーさんはどうして、料理を習おうと思ったの?」
「できるに越したことはないからだ。料理ができた方が仕事も見つかりやすかろう?」
「働く場所を探しているの?」
「そうだ。近々、解雇されるやもしれないのでな。シオナのように嫁に行く気もなければ、もらう相手もいないのだから、少しでも早く職に就けるよう目下訓練中だ」
 この様子だと、この人物が皇女である可能性はほぼない。何しろ、皇女ならば貰い手はいるのだから。
「おや?ナジュ、あとの二人はどうした?」
 料理長であろう、野菜をいれた籠を抱えた男が厨房に入って来た。三十代半ばくらいで、気のよさそうな顔をしている。買い出しから帰ってきたところだろうか。
「いつものごとく軽い運動に出かけた」
「やれやれ、そんなことしている暇がありゃあ、イモの皮をむけばいいもんを」
 料理長が皮をむき終えたイモの入った籠に目を向ける。
「まだそれだけしか、終わってないのか?」
「努力はしている」
「まあ、船の上で食う連中は少ししかいないからいいけどな。ん?このちびさん達は何やってんだ?上でも、ガキどもがちょろちょろしてたが」
「船長さんの許可もらって、探検中なんだ」
 即座に南大陸の言葉でリーシャルは応じた。
「ふーん。軍艦は珍しいか?」
 リーシャルが言葉を切り替えたからか、料理長は今度はこちらの言葉で尋ねた。
 料理長までもがこちらの言葉を操るとは驚きだ。
「珍しいよ、こんな新型の軍艦は。最近じゃ、海賊すら寄りつかなくなったから、海軍は縮小されてる。大体、それ以前に財政難だし」
「子供なのに、よく知ってるなぁ」
「青海国が貧乏だってのは誰でも知ってるよ。ねぇ?」
 三男坊に同意を求めると、こっくり頷いた。
「お金持ちだったら、いっぱい船造って大陸に行くんだよね?」
「そうそう」
「しっかりしてんなぁ」
 料理長はからからと笑った。
「この船、隊長さんといい、女の人が多いみたいだけど、どうしてなの?」
「ん?ああ、隊長はともかく、皇女様の侍女が多いからな。全員、一度に城に送り込むのも迷惑だろうってことで、ひとまず、船に置いているんだ」
「宿に泊まればいいのに。窮屈でしょう?」
「見知らぬ土地で若い娘をうろうろさせるのも、なんだからな」
 料理長の言葉にナジュが喉の奥を鳴らした。彼女はどうやらこの件に関して別の意見を持つらしい。
「さて、このままじゃ、メシの支度が進まんから、連中を連れ戻しに行くか」
 連れ戻しても、進行速度はさほど変わらないような気がするとリーシャルは思ったが黙ったまま、さりげなく料理長の後に続いて厨房を出た。料理屋の三男は残って、ナジュに何やら話しかけている。皮むきのアドバイスでもしているのかもしれない。
 くだんの二人は甲板にいた。どう見ても二人とも、堅気の娘ではない。
 スカートをひらめかし、格闘している。
 回し蹴り、膝蹴りの他、リーシャルには分からない数々の技を披露している。
 繰り返される攻防は、動きが素早く、リーシャルの目では追いきれない。
 慣れているのか、周囲の水夫達は迷惑そうな顔をしているだけで、止めにも入らないでいる。
 皇女様の侍女って、武術の心得もあるわけ…?
 ますます、皇女の人柄がリーシャルには分からなくなった。
 その横で、仕方ないやつらだなあと料理長が呟き、一つ息を吸ってから、声を張り上げた。
「こらこら、嫁入り前の娘が何をしている」
 料理長の言葉は劇的な効果があった。まさに突き出されようとしていた拳がぴたりと止まり、ゆっくりと下ろされた。
「シオナはまず、その短気をなおさないといかんな」
「夫婦喧嘩で旦那を殺しかねないもんね」
「ファー、お前はその口だ。余計なことばかり言う使用人なんて誰も雇いたがらんぞ」
 すっかりおとなしくなった二人を連れて、料理長は引き返して行った。
 …ひょっとして、料理長は重要人物だったりして。
 見た目ではわからないからなと思いながら、横を通った水夫を何気なく目で追った。機敏な動作で水夫はマストに上って行く。
 これが、伝説のなんとかとゆ〜木で造られたマストね…。
 船長の言葉を思い出しながら、マストを見上げると、そのてっぺんで何かが光った。
 …あれ?
 ひょっとしたら、これは、ひょっとするかもしれない。
 折良く、船長が乗船してきた。また何か言ったのか隊長にひじ鉄を食らっている。
「船長さん、質問!」
「ん、なんだ、嬢ちゃん?」
 熊男は愛想よく応じた。隊長の注意がそらされてほっとしているのかもしれない。
「この船、魔術師が乗っているの?」
 ひげ面が強張った。
 明らかに、船長は動揺している。隠し事はできない性格のようだ。
「どうしてそう思うのだ?」
 代わりに隊長が動揺など微塵も見せずに尋ねた。
「あれって『風呼びの珠』でしょ?」
 マストのてっぺんを指さして言う。
 遠目でしかと分からないが、マストのてっぺんにある光物とくれば、青海国の人間ならば、誰でもそう思う。
 風呼びの珠はその名のごとく、魔術師が風の精霊を呼ぶのに使うものだ。よくは知らないが、この珠を使った方が、精霊が呼びかけに応じ易いらしい。
「よく知っているな」
「だって、西大陸から来る船には魔術師が乗っているもの」
「そうなのか?」
「うん。西大陸には南大陸から逃げてきたって魔術師が結構いるんだって。西大陸には竜がいるから、行きたくなかったんだけど、南大陸に残って処刑されたくないって」
「そうか。この国は魔術師を迫害しないのだな」
「当たり前だよ。交易に魔術師は不可欠なんだから」
「ならば、隠す必要はないな。確かにこの船に魔術師は乗っていた」
「今はどうしたの?」
「皇女とともに城に行っている」
 …魔術師がいるとなれば、皇女を隠すことなど、他愛もないだろう。
 隊長の言葉を信じると、皇女は確実に城にいるということになる。
 ちらりとリーシャルは船長に目を向けた。
「なんで隠そうとしたの?」
「そりゃあ、帝国では魔術師がいると知られたら、大騒ぎになるからな」
「でも、すぐにばれるんじゃない?」
「そうだ。だから、見て見ぬふりをするように、皇女が圧力をかけてたんだ」
「…皇女様って怖い?」
「敵に回さない限りは怖くないぞ」
 安心はできない言葉だ。
 しかし、それだけの力を持った人間が、何をやったら、小国に嫁がせられる羽目になったというのだろう。
「皇女様って、皇帝の不興を買ったって聞いたんだけど、何やったの?」
「ただの親子喧嘩だ」
 きっぱりと隊長が答えた。
「お前、あれをただの親子喧嘩ですませるか?」
「一言で言えばそうだろう」
「一言に要約していいもんじゃないと思うがな」
「…親子喧嘩で何やったの?」
 船長と隊長は顔を見合わせた。
「隠していてもいつかはばれるよな」
「遅かれ早かればれるのならば、今、ばらしたとて問題はあるまい」
 この二人の様子に、尋ねてはみたものの、答えを聞くのがリーシャルは怖くなった。
 やっぱりいい、と言う前に船長が答えた。
「半年近く前にあった小規模な戦で皇帝を罠にかけて窮地に陥れた」
「は?」
「皇帝が自治都市に対する増税を命じ、それに反対した自治都市を武力でねじ伏せようとしたのが悪いといえば、悪いんだがな」
 …皇女というのは、父親を諫めるために、そんなことまでするものなのだろうか?
「結局、不利となった皇帝側から和解を申し入れ、増税の件はなくなったが、後から影で糸をひいていたのが、皇女だとばれたのだ」
 影で糸を引く…?およそ姫君というものには似つかわしくない言葉だ。
 自分も「姫君」らしからぬことは分かっているが、皇女も自分とはまた違う意味で「姫君」らしからぬのではなかろうか。
「で、皇帝がその件でちくりと嫌味を言ったら、皇帝の地位にある人間が戦場などに出向くのが悪いと皇女が言い返してな。で、皇帝陛下ってのは、短気な性分でな、女がこざかしいことを言うなと怒鳴りつけ、その女に手玉に取られたのは誰かと皇女にやり返され、そのまま、昔のことに遡って延々と口論した挙げ句、『さっさと嫁に行け』、『行ってやりますとも!』と売り言葉に買い言葉でけりが付いた」
「皇女も皇帝ほどではないが、短気だからな」
 リーシャルは頭を抱えた。
 ってことは、この縁談はまさしく渡りに船だったというわけだ。
 喧嘩の熱が消えぬうちに、どこからかこの縁談が伝わり、これ幸いとばかりにさっさと決めてしまった、と。
 そういう状況で決めた縁談ならば、冷静になった時点で破談にしたくなるわけもわかるというものだ。航海中に冷静になる時間はたっぷりあったはず。
 …理由は分かった。そうなると、後は本人を捜すだけだ。
 でも、捜し出したところで、どうすればいいんだろ?
 多分、皇女は破談にすべく、猿を身代わりにしたのだ。青海国側から破談の申し入れがあれば、願ったり叶ったりのところだが、申し入れがなくとも、帝国の権勢をもってすれば、一方的に破談にできる。もちろん、世間体もあるし、いくばくかの慰謝料は払うだろう。
 …そうなったら、ますます父上に嫁の来てがなくなるじゃないっ!
 一度ならずも二度までも嫁に逃げられた男なんて、人の目にはどう映ることか。
 うーっとリーシャルは唸った。
 父上は金が入ればそれでいいだろうけど、それじゃあ、私が困る。
 誰がなんと言おうと、弟妹が欲しいのだ!
 船長と隊長が眉間にしわを寄せて唸っているリーシャルを面白そうに眺めているが、リーシャルは気づかなかった。
 皇女は、嫁ぐ気は無く破談にして欲しい。
 父上は、嫁はいらないが金は欲しい。
 私は、父上に嫁をもらって欲しい。
 ひとつの考えがリーシャルの脳裏でひらめいた。
 うん、そうだ。皇女ともなれば、顔は広いはずだ。
 父上だって、持参金付き嫁なら無下に断らないはず。
 よし、皇女に破談の交換条件で別の嫁を紹介してもらおう!
 皇女の口利きなら、先方も断れないはずだ。
 常識的かつ良心的なお祖父様が回復して、破談にしようと言い出す前に、皇女を見つけて直談判しなくっちゃとリーシャルは決心した。
「お、解決したらしいぞ?」
「晴れ晴れとした顔をしているな」
 二人の声にリーシャルははっと我に返った。
「もう一度、確認したいんだけど、皇女様は城にいるんだよね?」
「そのはずだが?何か問題でも?」
 わずかに隊長が訝しげな表情になる。
 問題は大ありなんだけど…ひょっとして、隊長達は皇女が「猿」だってことになっているのを知らないのかな?
「白い毛の、しっぽが長い、耳のとがった生き物」
「ああ、オルーガ…こちらの言葉で言えば、猫猿だな。あれがどうかしたのか?」
 船長が平然とした顔で言う。
 やっぱり。
 皇女が身代わりを立てたと知っているのは、おそらく城に一緒に行ったわずかな人間だけなのだろう。
「ううん。なんていう生き物なのか、気になっただけ」
 あれは変な生き物だからなあと屈託なく船長が笑う。
 このことも、ひょっとしたら、取引材料に使えるかもしれない。
「私、もう帰るね」
「ちび達はいいのか?」
「時間になれば、自分で帰るよ。ありがとう、船長さん、隊長さん」
 笑顔で言うと、リーシャルは軽い足取りで船縁に向かった。
「なあ、ファル」
 その後ろ姿を見送りながら、船長が小声で言った。
「なんだ?」
「あの子はひょっとすると、『王女』じゃないか?」
 隊長は片方の眉を上げた。
「年格好は合うな。…ふむ、頼もしいことだ」
「皇女とはお似合いの母娘になれそうじゃないか?」
「ああ。周囲の人間は、さぞや頭を悩ませることだろうがな」
「俺たちの頭が痛むことはないから、いいけどな」
 そんな会話は潮風にさらわれて、城へと急ぐリーシャルの耳には届かなかった。

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