青海国の魔術師

青海国の花嫁(4)

 青海国の王城の前庭を仲睦まじく(?)そぞろ歩く王子と白い生き物の姿を人々は遠巻きに見守っていた。白い生き物は王子の肩の上をちょろちょろと動き回っている。
「やっぱ、殿下、どっかいかれちまったんじゃないか?あんな愛想がいい殿下なんて、見たことないぜ」
 警護を任されている若者達がぼそぼそとつぶやいていた。
「けど、もともと動物好きな方だからなあ」
「まあな。人間に対するよりも犬に対する扱いの方が優しいし」
「ま、うまくいってるんなら、あれはあれでいいんじゃないの?」
「だな」
 無責任なことを言い合っている若者達に青海国の姫君はつかつかと歩み寄った。
「よくないっ!」
 突然、響いた少女の声に若者達がわっと驚く。
「いくら父上だって、動物に子供は産ませられないでしょっ!」
 びしっと指を突きつけて言い放ったリーシャルに若者達はたじろいだ。
「それだと私が困るんだからねっ」
 子供が産ませられるんなら、義理の母が動物でもかまわないのかと若者達はちらと考えたが、それに対する返答が恐ろしくて口には出せなかった。
「ね、侍女とか護衛の騎士とかはどこにいるの?」
「殿下が二人きりの一時を邪魔するものではないとかなんとか言って、部屋に帰したみたいですけど」
 単に、にこやかな顔を続けるのが面倒くさくなったのだろうとリーシャルは見当をつけた。
「ふーん」
 ちょうどいいと言えば、ちょうどいい。
 リーシャルは「二人きりの一時」とやらを過ごしている父親目ざして歩き始めた。
 邪魔しちゃいけませんよ〜などという若者達の声は無視する。
 近づくにつれ、なるほど、懐くはずだとリーシャルは納得した。
 白い猿は自分の仲間と思っているのか、青海国の世継ぎの君の毛繕いをしていた。銀髪は猿の毛色に似ていなくもない。
「父上」
 猿を肩にのせたまま、ゆっくりとライアルは振り返った。
「なんだ?」
「皇女様って、どれ?」
 これだろう、とライアルは肩の猿を指さす。
「身代わりじゃなくて本物の。城にいるはずなんだけど。父上のことだから、見当はつけているんでしょ?」
 思い切り白い目を向けながら、リーシャルは言った。
「いや」
「けち。教えてくれてもいいでしょ」
「教えようにも、それらしいのはいないぞ」
 ついでに、私は娘に信用がないらしいなとわざとらしくライアルは猿に話しかける。自分の所行は棚に上げているらしい。
「本当に?」
「城にいる侍女七人のうち一人は南領公の娘ということは分かっているが」
「それって、どーゆーこと?」
「公家の娘ともなれば、侍女などする必要はない。せいぜい、皇女の話し相手というところだ」
「じゃあ、その人も身分を偽っているってこと?」
「そのようだ。残る六人にも不審な点はないらしい。お前のその様子だと、船にも、いなかったということだな」
「うん。どこに隠れているのかなぁ?」
 隠れることができる場所なんかないのに、とリーシャルは眉を寄せた。
「本当に、城にはいないの?騎士のなかにも?」
 隊長のことを思い出して、リーシャルは念を押した。
「ああ。城にいる騎士三人が全員男だということは確認してある」
 うーんとリーシャルは腕組みした。
 あれ…?
 城にいるのは侍女七人、騎士三人。
 船にいるのは侍女三人、騎士一人。
 皇女に付けられたのは侍女十人に騎士五人だったはず。
 残る騎士一人はどこにいるのだろう?船長は…騎士に数えられないだろうし…。料理長も騎士にしちゃあちょっと…。あの医師だって、とてもでないが騎士には数えられないだろう。
「父上は…皇女を捜す気はないよね?」
「無理に探さずとも、しびれを切らして向こうから姿を現すだろう」
 ライアルが猿を皇女と扱っている限り、破談は望めない。無駄な労力を使わずに済むのであれば、長期戦になっても彼はかまわないのだ。
「わかった。それじゃ」
 まずは、お祖父様に宝物庫の鍵を貸してもらわなくちゃ。
 心を決めるとリーシャルは父親に背を向け、勢いよく歩き出した。


 青海国の城仕えの侍女達は「通い」がほとんどだ。一日中、城にいるのは侍女頭くらいのもので、後は交替で泊まることになっている。そして、ほとんどは行儀見習いを兼ねた嫁入り前の若い娘達で、報酬を払わずに済んでいる。財政難で無ければ住み込みの侍女も増やせるだろうが、そのような余裕はないのだ。
 よって、皇女の連れて来た侍女達をどう扱うかで、王妃は頭を痛めていたのだが、現在は花嫁衣装制作という臨時の仕事があるので、それに人手を回していた。
 猿に花嫁衣装を着せるかどうかの判断は王妃にとっては二の次だったのである。
 侍女達が集まっている裁縫部屋にリーシャルはひょっこり顔を出した。細かい針仕事は大嫌いという少女にしては珍しいことである。侍女達は伝統的な模様を、型紙にそって薄い布地に刺繍していた。
 娘達を指導していた侍女頭がリーシャルの存在に気づき、近づいて来る。
「どうなされましたか、姫様」
「皇女様付きの侍女の人達って、皆、ここにいるの?」
「一人は『皇女様』についているはずですけれど、残りの六人はここにいますわ」
 窓際に固まって、簡単な模様を刺繍している娘達がそうらしい。
「皆、お裁縫うまいの?」
「ええ、助かりますわ」
 こうした作業に不向きだから、あの三人は船に残されたに違いないとリーシャルは確信した。
「言葉は?」
「おおよそは通じますけれど、まだそこまで上達はしていませんわね」
「ふうん?」
 この辺りも何かの意図が隠されていそうだ。
 まあ、いいやとリーシャルは手に握った石をのぞき込んだ。
 乳白色の石に変化はない。
「…姫様は御婚礼が本当に行われると思われます?」
 声を潜めて侍女頭が尋ねた。
「遅かれ早かれ、いつかはね。だって、私、弟妹が欲しいもん」
 この作業は無駄にさせないから安心していいよとリーシャルは笑顔で応じた。
「それならよろしいのですけれど」
 布も糸もただではありませんからねぇと侍女頭が嘆息する。
「元を取り返せないことを、父上がするはずないよ」
 世継ぎの君の人なりを知る人間には実に心強い励ましの言葉をおくるとリーシャルは次の目的地に向かった。

 皇女にあてがわれた部屋は各国要人が滞在中に使う東の棟にある。正式に婚姻が済めば、南の棟に移されるだろうが、今は客人扱いなので、客室を使っているのだ。
 騎士達は皇女の護衛以外、他にすることもないのでこの付近にいるはずだった。
 自分なら。騎士は連れて来なくても、魔術師は連れて来る。
 そして、青海国における魔術師への処遇がどのようなものか分からない場合、ひとまずは、身分を隠すだろう。
 やっぱり、残る騎士の一人が「魔術師」の可能性が高いよねぇと考えながら、リーシャルが壁に沿って歩いていると声が聞こえた。
「予想以上にしぶといですわね」
 澄んだ女性の声は一階の部屋から聞こえてきたようだ。
「うん、正直言って、驚いた。妻に逃げられた情けない男と甘くみすぎていたね」
 足を止めたリーシャルはその言葉にむっとした。妻に逃げられた男といえば、父親に間違いない。事実ではあるが、肉親の自分が言うのと、他人が言うのでは全く違う。父親を遠慮無くこきおろしていいのは、娘である自分や祖父母だけだ。
 文句を言おうと口を開きかけ、リーシャルは止めた。代わりにこっそりと窓に近づき耳をそばだてる。ひょっとして、今のは皇女様が言ったのかもしれないと思ったからだ。しかし、あてが外れた。
「ああ、皇女様が男に生まれていらしたら、何も問題はございませんでしたのに。今頃は、間違いなく皇女様は帝位に就かれ、私は愛妾にしていただいていたはずですわ」
 ため息まじりに物憂げな声で言うが、その内容は過激だ。
「皇妃ではないんだ?」
 面白がっているのは、若い男の声だ。
「当然でございましょう。皇妃の身分では好きなように動けませんわ」
 この声の主は、おそらく城にいる侍女の最後の一人だろう。そして、「公女」ではないだろうか。
「ふうん。まあ、姉上が男だったら、嫁に行くこともなかったわけだし。僕としてもその方がよかったかな」
 ……姉上?
 リーシャルは眉を寄せた。
 皇女が「姉上」ということは、この声の主は皇子ということになる。
「よりによって、こんな辺境の田舎者のこぶつきやもめに嫁ぐだなんて、許せないよ」
 その「こぶ」がここで聞き耳立ててるんだけどなと心の中で呟いて、リーシャルは拳を握りしめた。それで、自分が握っていた石の存在を思い出し、慌てて手のひらを開いて石を確かめた。白乳色の石に変化は無い。
「あら、若君は相手が誰であれ、気にくわないのでしょう?」
「そりゃあね。何かいい手ない?早くしないと、戻って来てしまうよ」
「飽くまで向こうから断らせなくてはいけませんものね。あの王子は一筋縄でいかないようですし、国王側から手を回す方がよいかもしれませんわ」
 それは困る。「侍女」の身分では国王に接触する機会はそうないだろうが、油断は出来ない。
 それにしてもとリーシャルは首を傾げた。
 この会話を聞いた限りでは、どうもこの婚姻に反対しているのは皇女本人ではないようだ。
 だけど、皇女様の同意なしには猿を身代わりに立てるなんて出来そうにないしなぁ。
 リーシャルが眉間にしわを寄せいていると、鋭い誰何の声が上がった。
「何者だっ!」
 ひゃあとリーシャルは飛び上がった。
 一番最初に港で見た細身の騎士が剣の柄に手をかけたまま、こちらをにらみ据えている。こんなので騎士が務まるのかと思ったものだが、その迫力たるや海賊以上だ。
 若者が怪訝そうに眉を寄せた。
「貴方は……」
 若者は軽く目を見開いたかと思うと、地面に膝をつき、頭をたれた。
「御無礼をいたしました、王女殿下」
「え?あっ、いや、そんな」
 慣れぬ反応にリーシャルの返答がしどろもどろになる。
 普通の「お姫様」ってこんなことされるものなのだろうか?
 一体、どうすればいいんだろう。前例のない事態にリーシャルが焦っていると、救いの手が差しのべられた。
「どうしました、リジュ・クラン。姫君が困っていらっしゃるではありませんか」
 柔らかな声で言ったのは南大陸では珍しい金髪碧眼の若者だった。これまた、見栄えのする若者で、宮廷の「お飾り」のように見えるが、見た目で判断してはいけないのだろう。
「この者が非礼を働いたのでしたら、私からも謝罪を申し上げます」
 優美な動きで礼をとられ、リーシャルは思わず逃げ出したくなった。
 慣れない。こうした煌びやかな人達に「姫君」扱いされるのは、居心地が悪いのを通り越して気味が悪い!
「その妙にへりくだった態度、やめてもらえる?ここは帝国じゃないし、私はあなた達の主君でもなんでもないんだから」
 おやと若者は金色の眉を上げた。
「それで、悪いと思ってるんなら、私の質問に答えてもらえる?」
「私どもに答えることができるものでしたら、何でも」
 にこやかに金髪の若者が言えば、黒髪の若者も同意して頷く。
 じゃあ、とリーシャルは一つ息を吸い込んでから尋ねた。
「城に報告されている、皇女様付きの騎士の数は五人でしょ?」
「はい」
 それがどうしたのかと二人とも怪訝な様子だ。
「船にいる騎士は隊長さん一人だよね?」
「隊長にお会いになられたのですね」
「そう。で、船には隊長さん以外に騎士はいないよね?」
「え、ええ」
「現在の所はそうですね」
 ちょっと引っかかりながら答えた黒髪の若者に対し、金髪の若者はさらりと答えた。要注意人物はより甘い容貌の金髪の方らしい。
「そして、城にいる騎士は三人。あなた達と…」
 リーシャルは振り返って、窓を見上げた。半地下の貯蔵庫が下にあるため、一階の窓でもリーシャルの頭より上の位置にあるのだ。
「あそこにいる人でしょ?」
 窓際に立って面白そうにまだ少年と言っていいような若者と侍女らしい美しい少女がこちらを見ている。
「ええ、そうです」
「じゃあ、残る一人はどこにいるの?」
「姫君は算術がお得意なのですね」
 金髪の若者がにっこり笑う。
 ひょっとして、わざと怒らせようとしてるのかなと思いつつ、リーシャルは気にせず先を促した。
「質問に答えて欲しいんだけど」
「申し訳ございませんが、姫君、そのご質問に我々は答えることができません。その者は主命により、この地を離れておりますので」
 その行く先を告げるわけにはいかないということらしい。
「ふうん?この国にいないのね」
「そういうことになりますね」
 にこやかな金髪の若者と対照的に黒髪の若者は苦虫を噛み潰したような表情で押し黙っている。
 リーシャルはこっそりと手のひらの石に目を落とした。相変わらず変化はない。
「じゃ、次の質問。おにーさん達は隊長が怖い?」
「それはどういう意味ですか?」
「怒られると怖いのかなと思って。船長さんはいつもどつかれてるけど懲りてないみたいだし」
 金髪の若者は吹き出した。
「あれはじゃれているだけです。本気で怒ったら、とても怖いですよ、隊長は」
「どういう時に隊長は本気で怒るの?」
「そうですねぇ、分をわきまえぬ行動を取った時でしょうか。白兵戦の時など、足手まといは、ひっこんでろと怒鳴られますからねぇ」
 その怒鳴られる対象は船長さんではないだろうかとリーシャルはちらりと考えた。
「ふーん、そう」
 分をわきまえぬ、ねぇ。ここにいる人達もわきまえていなさそうな気がするんだけど、隊長さんを味方にひきこめるかな…。
「皇女様はこの結婚、乗り気じゃないんだよね?」
「そのようですね」
 今度はやや慎重に応じる。黒髪の若者が咎める目つきになった。
 これはばらすなという意味か、それとも勝手なことを言うなという意味か。
「で、あなた達も乗り気じゃないよね?」
「私どもは皇女殿下の命令に服すだけです」
 ほぉー。
「皇女様って素敵な方なんだ?」
「はい。仕えることができ、幸運だと思っております」
 心底そう思っているのだろう、二人の表情は誇りに満ちている。
「だから、わざわざこんな辺境まで付いてきたんだ」
 にーっこりとリーシャルは無邪気に笑った。
 そして、こんな僻地に大切な皇女様が嫁ぐのは気にくわない、と。
 皇女が今どこで何をしているかは分からないが、この茶番劇を仕組んだのは皇女ではないのだろう。
 なにより、皇帝を手玉にとるような人物だったら、もっとうまい手を考えたはずだ。
 皇女の意志なら仕方ないけど、本人無視して勝手に行動するのはいただけない。
 本人がいないから、確かめようがないけれど、こういう状況は納得しかねる。
「皇女様も幸せだね、あなた達みたいな臣下にめぐまれて」
 笑顔でリーシャルが言えば、
「お褒めいただいて光栄です」
 金髪の騎士が、これまた笑顔で返す。
 嫌味に気づいているかどうかは分からない。
 分かっているのは、この連中にもはや用はないということだけだ。
 それじゃ、またねとリーシャルは踵を返して歩き始めた。
 歩きながら、もう一度、リーシャルは手の中の石に目を移した。相変わらず変化はない。この青海国に伝わる虹玉石は魔術師が近くにいると魔力に反応して虹色に輝き始めるというものだ。それが本当かどうか、以前、交易船が立ち寄った時、実際にリーシャルは試したことがある。その時、実験台になってくれた魔術師の説明によると、魔力の強さで輝きの強さも変わるが、魔力がいかに小さくとも、全く反応しないということはないということだった。
 城にいるはずの魔術師は城にいない。そして、同じく皇女もいない。
 おそらく、二人は行動を共にしているのだろう。
 何をしているかは見当もつかないが、魔術ならば移動は容易だ。
 うーんとリーシャルは唸った。
 皇女が「取引相手」にならないのなら、婚姻をぶちこわそうと思っていないのなら、事態は全く異なる。
 リーシャルとしては、皇女が父親に嫁いでくれるに越したことはない。
 新たな花嫁候補を寄越すことなら、「皇子」や「公女」にも可能だろうから、取引はできる。
 しかし、それは気にくわない。
 よしっとリーシャルは拳を握りしめた。
 まずは隊長さんに相談して、皇女様の意志を確認しよう。
 リーシャルはさっき帰ってきたばかりの道を通って再び港に向かった。

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