青海国の魔術師/外伝

竜魚の宝−(1)−
 王家の商船団。
 そう呼ばれる船団が青海国には存在する。
 平時には国王の代理として交易を行い、有事の際には海軍として徴用される。
 この独立した一種の海軍組織は東大島を拠点にする一族によって担われて来た。
 代々、船団を率いるのは、島長の跡継ぎと定められている。数十年ぶりに女の船団長が誕生したのは二年前のことだった。

 その船は海賊船だった。
 護衛を連れていない中型の商船を見付けた一団は手頃な獲物を見付けたとばかりに、喜び勇んで商船を追いかけた。
 すぐに追い付けたことを、彼らは不審に思うべきだったのだ。そして、その所属を示す旗がいちはやく別の旗にすり替えられたことに気付くべきだったのだ。
 船を寄せ、乗り移って来た海賊どもを甲板で出迎えたのは若い娘だった。若い娘と言っても、ただの娘でないことは、一目瞭然だ。男物の服をまとい、男でも振り回すのは難しいだろう大振りの曲刀を片手にさげている。銀髪を一つに束ねた娘は不敵な笑みを刻んだ。
「あたしの船に汚い足で乗るんじゃないよ」
 次の瞬間、先頭にいた男が血しぶきを上げて倒れていた。
 それを合図に、船乗りにしてもさらに体格のいい男達が、うおーっとときの声を上げて海賊達に襲い掛かった。
 自船の甲板から様子を見ていた海賊の頭が大立ち回りを演じる女の姿を認めて目をむいた。
「ありゃあ、青海国のイセーじゃねぇかっ!逃げるぞ」
 青海国の女船団長イセーは勇名を轟かせている。
 海賊の頭は慌てて船同士をつないでいる鎖を外して逃げるよう命令を発したが、遅かった。次々に青海国の猛者達が乗り込んで来て、あっと言う間に船を奪われてしまった。どちらが海賊か分からない、手際のよさである。
 捕まれば縛り首が待っている海賊達は最後まで抵抗して戦ったが無駄だった。血を流すのは掃除が面倒だし、刃こぼれするとのイセーの言葉で海賊達は海に投げ込まれた。海神の加護があれば、ひょっとしたら生き延びることができるかもしれない。
「姉御、下に人質がいましたぜ」
 その声にイセーが振り返ると、部下の一人がやせた男を連れてこちらに近付いて来るところだった。男はだいぶ弱っているようで、逞しい腕に支えられていなかったら、立ってはいられない様子だ。
 あたしより、軽そうだねぇ。
 イセーは無精髭に覆われてよくは見えないが、確かに顔色の悪い男の姿を上から下まで眺め回した。
 腕相撲をしたら、絶対に自分が勝つだろう。労働とは無縁の男だ。
「一体、どこの坊ちゃんだい?」
「私は身代金目的で捕われたわけではありません」
 思いの外、しっかりした声で男は答えた。
「そうなのかい?」
 海賊の仲間には見えないし、何か悪さをするようにも見えない。イセーは首を傾げたが、衰弱している男をいつまでも立たせておくわけには行かない。理由を聞くのは後回しにして、船医のところへ連れて行ってやるよう部下に命じた。
「思ったより、蓄えありましたぜ、姉御」
 海賊船より引き上げて来た副長が意気揚々と声をかけた。見れば、ずしりと重そうな袋を担いでいる。他の部下達もそれぞれ戦利品を運びこんでいるところで、一財産はありそうだ。
「なかなか羽振りのよい連中だったんだねぇ」
「姉御、知らなかったんですかい?」
 副長が苦笑する。頭のすっかりはげ上がった副長はイセーのことを姉御と呼んでいるが、年齢は彼女の父親と言っていいほどの年で、この船の中では船医のじいさんと並ぶ古株だ。
「ありゃあ、大海賊フォーンの下にいたこともある、ルドって奴で、南大陸じゃ結構名の知れた海賊だったんですぜ」
「そうかい。ユーナルにやられていない奴がまだ南大陸にもいたんだね」
 即位して間もない青海国の王は海賊討伐を趣味にしており、今よりまだ自由のきいた即位以前には南大陸を中心に海賊相手に暴れ回っていたものである。
「ま、鉢合わせしないよう逃げ回ってたって話ですがね」
 何故、南大陸の海賊が西大陸と青海国の間の海域に出没したのかと副長は首をひねっている。
「ふうん。それじゃ、あたしが仕留めたってユーナルに自慢してやんなきゃね」
 にんまりとイセーは笑った。このところ政務に忙しく、思うように海に出れないでいる幼なじみはさぞかし悔しがるだろう。
「そうだ、なんか女物の装身具とかはなかったかい?王妃様にふさわしいような」
「あの王妃様は姉御の土産話の方を喜ぶと思いますがね」
「ああ、別に喜ばせようってんじゃないんだ。愛しの奥方様にこれみよがしな贈り物してユーナルを悔しがらせようってだけさ」
「そういうことですかい。それなら、この箱の中にいくつかあったみたいですぜ」
 幼なじみの競り合いに慣れている副長が指さした箱のひとつをイセーは喜々として漁り始めた。


 風呼びが歌を歌っていた。
 風霊を呼び寄せるための古くから伝わる呪歌である。以前、港で出会った魔術師に聞いたところでは、風呼びの歌の言葉はとても古い言葉で、魔術師が使う呪文とほぼ同じ言葉だという。その言葉は魔力のないものが使っても、効果はほとんどないそうだ。
 イセーの母親は風呼びだったが、その能力を娘は受け継がなかった。そのことをイセーは感謝していた。何故なら、彼女は致命的に歌が下手だったのだ。
 だが、聴く分には好きだ。
 甲板から海を眺めながら、イセーが歌に耳を傾けていると、副長に声をかけられた。
 見遣ると副長は見慣れぬ若い男を連れていた。昨日、海賊船から助けた男だということに気づくまで、しばしの間があった。
 イセーは口笛を吹いた。
「結構、男前じゃないか。助けた甲斐があったってもんだね」
 髭をそり、こざっぱりした服に着替えた男は二十代も半ばというところで、ほどよく整った優しげな容貌をしていた。副長づてに聞いたところでは、名前は確かセノルと言った。
 むさ苦しいことこの上ない逞しい船乗り達に囲まれた生活の中、潤いができたというものである。
「姉御の方が『男前』だぜ」
 部下の一人が通りすがりに言う。イセーはすばやく足を伸ばして蹴飛ばした。
「調子はどうだい、セノル?」
 何事もなかったかのようにイセーは青年に聞いた。
「お陰様で、だいぶ楽になりました」
「そりゃあよかった。で、早速だが、どうして海賊にさらわれたのか聞かせてもらおうか」
「はい。私はクイ−ダである年老いた商人の会計士をしておりました」
 クイーダというのは南大陸の港町で、交易の重要な拠点のひとつだ。専門の会計士を必要とする大商人も大勢いる。
「先日、その雇い主は亡くなったのですが、あの海賊達の話によると、彼は昔、海賊だったらしいのです」
 イセーは眉を上げた。
「まさか、大海賊フォーンとか言うんじゃないだろうね?」
 フォーンは捕まることなく、足を洗ったと聞いている。フォーンの名がするりと出たのは、特に心当たりがあったわけでなく、この男を捕えていたのが、フォーンの部下だったからというだけのことだ。
「ええ、そうらしいです」
 青年はまじめな顔で応じた。イセーは冗談だろうと言いかけたが、やめた。この男は口から出任せを言うような人間に見えない。
「なんでも、フォーンは秘密の場所に宝を隠したとかで、あの海賊達はその隠し場所を教えろと私をさらったんです」
「知っているのかい?」
 大海賊の残した宝と聞いて、イセーは目を輝かせた。
「知っているというか……」
 セノルは曖昧に首を傾げた。
「私が聞いたことがあるのは、彼いわく、『わしが見付けた一番の宝』がある場所のことです」
「へえ?面白いじゃないか。で、どこにあるんだい?」
「西大陸南西部の翠鈴島と言ってました」
 宝のありかをよくそんな簡単に他人に教えるものだとイセーは呆れたが、次の瞬間、その島の名前を、何故、自分が知っているのか思い出した。
「ああ?竜魚の巣がある島のひとつだよ、それは」
「はい。その竜魚の洞窟の奥にあるそうです」
 イセーは腕組みして眉を寄せた。
「あんた、じいさんにかつがれたんじゃないのかい?」
 竜魚は極めて危険な生物だ。何もこちらから手だししなければ、襲って来ることは無いが、その巣の近くに来た場合は別だ。巣のある島の周辺海域を縄張りにしていて、船が島の近くを通りかかると警告に姿を現し、そのまま去れば何もしないが、島に近付こうものならば、群れ全体で体当りしてくる。小船くらいはゆうにある巨大な体で、次々に突撃するのだから、どんな頑丈な船でも沈没させられてしまう。
 そして、竜魚の洞窟というのは、まさに竜魚の巣がある洞窟のことで、その入り口は満潮時には完全に海中に没してしまうという。
「そうかもしれません。彼は竜魚と話ができると言ってましたから」
 どう思おうと、あなたの自由ですとばかりに青年は苦笑した。
 普通の人間が聞いたら、大ぼらふきだと相手にしないだろう。
 だが、イセーは違った。
「……そういやあ、フォーンは西大陸まで足をのばした時、竜魚の島付近でよく追跡を振り切っていたって話だね」
 フォーンが竜魚に襲われないのは悪運が強いからだとか、竜魚が嫌う何かを持っているからだと言われていた。何にせよ、フォーンの「箔付け」に一役買ったことは事実だ。
 イセーは青年の顔をのぞきこんだ。
「あんたは、フォーンを信じるかい?」
 言いながら、イセーはその時、初めてセノルの目が南の海のような青緑色をしていることに気付いた。珍しい色だ。
「彼が、私に嘘をついたことはありません」
 迷いもなくセノルは言い切った。
 他の誰がどう思おうと、この男はフォーンを信じているらしい。
「フォーンの宝ってのを手に入れたいかい?」
「手に入れたいとは思いませんが……どんなものかは、見てみたいです」
 雇い主とは良好の関係だったのだろう。セノルの顔に懐かしむ表情が浮かんでいる。
「よし。それじゃ、探しに行こう。ちょうど、あたしの知り合いにも竜魚と話せるってのがいるんだよ」
 セノルが驚いて目を見張るのを見て、イセーは満足そうに笑った。

 青海国の港はいつものように喧噪に満ちていた。
 周囲の物音に負けぬ大声でイセーは部下達に指示を飛ばし、今回の稼ぎの荷揚げを行っていた。
 まだ、初夏だというのに日差しがきつく、荷を運ぶ男達はさかんに汗をぬぐっていた。
「相変わらず暑苦しい野郎どもだな。イセー、たまに海にほうり込んでやりたくならないか?」
「たまにはね」
 応えながら振り向いたイセーはぶっと噴き出した。
「どうしたんだい、ユーナル、立派な王様に見えるよ」
 イセーに笑われたれた豪華な衣装に身を包んだ銀髪の男は海神のごとく堂々と胸をそらした。鍛え抜かれたイセーに手加減なしに肩を小突かれても、ぐらつきもしない。
「立派な王様なんだから、そう見えて当然だ」
 きらびやかな衣装に決して見劣りせぬ容姿を備えた男は自信満々である。
「笑わせてくれるね。何かあったのかい?」
「睡夢王国の王弟殿下の見送りだ。ったく、かったるい」
 言いながら、銀髪の青年は冠代わりの額飾りをむしり取った。
 さらに、夏用だが十分に重いマントと上着を脱いで一緒に丸め、無造作にその辺の木箱の上に投げようとした。
「なーんてことするんですか、ユーナル様!」
 お目付け役の青年がその丸めたマントを素早い身のこなしでひったくった。
「しみでもついたら、どうするんです。高価な素材を使ってるんですよ」
「そんなもんを俺に着せる方が悪い」
 素知らぬ顔で下に着ていた胴衣の袖を捲りあげながら王は答える。
「こんなんでも貴方が王様だから着なくてはならないんですよ」
 無礼な台詞を平然と口にした青年はイセーに向き直り、たいていの女ならうっとりするような笑みを端正な顔に浮かべた。
「お久しぶりです、イセーさん。航海は順調でしたか?」
「ああ。見ておくれ、今回の獲物だよ」
 くいっと親指でイセーは海賊から分捕った宝の山を示した。
「これは素晴らしい。艦を新造する計画がちょうど持ち上がっていたんですよ、この人が海賊船に船ごと突っ込んだりするもんですから」
「おや、こっちでも海賊船が出たのかい?」
 青海国の竜魚だとか呼ばれている男が王になって以来、海賊達は青海国の近海からなりを潜めていた。
「ええ、しけた海賊でしてね、こんなお宝は積んでなかったんですよ。まあ、貧乏だからこそ、睡夢王家の船を襲おうなんて考えたんでしょうけどね」
 羨ましそうに宝の山を眺めながら青年は答えた。
「それじゃあ、王家から礼金が入ったんじゃないのかい?」
 余程、けちな王家でない限り、体面を保つためにも礼金はよこすはずだ。
「それが、この人と来たら、礼はいらないなんて抜かしやがりましてね」
 城仕えでだいぶ丁寧になっていたはずの口調が、同じ一族のイセー相手となってか、くだけたものになっている。
「しみったれたこと言うんじゃないぞ、コーレン。礼儀をわきまえた王家から金をとってどうする。それにあそこの王弟はいい奴だ」
「はいはい、そうでしょうとも。おまけに、小さな島国の貧乏王家ですしね。一番悪いのは、後先考えず突進する馬鹿が青海国で王冠を被ってるってことなんですよね」
 毒舌を浴びせ掛けられても、王は素知らぬ顔だ。
「その海賊どもはどうしたんだい?」
「面倒だから、船ごと沈めた」
 使えそうな奴もいなかったんでなとユーナルはぐしゃぐしゃと前髪を掻き回した。その視線が一人の男の上に止まる。
「あれは新顔か?」
 荷物の確認を手伝っているセノルのことだ。会計士とあって几帳面で目配りの利く青年は荷揚げにあたって、たいそう活躍していた。
 彼は明らかに青海国の人間ではなかったから目を引いたのだろう。
「いや、海賊どもに捕まってたのさ。そう、それで、あんたに頼みがあるんだ」
「珍しいな」
 ユーナルは太い眉を動かした。
 イセーが頼みごとをすることはめったにない。
 にやりとイセーは笑った。
「ちょっとあんたの奥方を借りたいんだけど」
「駄目だ」
 即答である。一瞬たりと考えてみるふりもしない。
 だが、その答えはイセーの予想通りだった。何しろ、この王が竜魚と呼ばれているなら、その王妃は陰でひそかに「竜魚の卵」と呼ばれている。命が惜しくば、絶対に手出しをしてはいけない存在だ。
「大海賊フォーンの宝ってもんを見たくはないかい?」
 絶対にユーナルが無視できない言葉を口にし、にやにやしながらイセーは返答を待った。


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今日も青い空が眩しいぜ

「王家の商船団長イセー」 by CAROL様

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