青海国の魔術師/外伝

竜魚の宝−(3)−

 港町の一角にある居酒屋でイセーとユーナルは今後の寄港先について話し合っていた。目指す翠鈴島は西大陸でも南西部にあり、この東南部にある「大陸の玄関口」からはまだ遠い。荷もいくらか積んでいるので、それもさばかねばならないのだが、多少の問題があった。
「サーザは駄目だぞ。この間、あそこの大使を殴ったからな」
 都市国家のサーザは都市連合の盟主国だ。一国の王が大使を殴ることなど他国ではあり得ないだろうが、青海国では違う。イセーは特に驚かなかった。
「気が合うね。あたしも、この間、元首の馬鹿息子を殴りつけたばかりだ」
 ユーナルは賄賂をもって通商権の独占を持ちかけた大使を、イセーは都市連合の盟主という地位をふりかざし同様の話を持ちかけた元首の息子を、それぞれ殴っていた。もともと血気盛んな彼らは交渉事には向かず、それぞれ部下に任せている。今回のことは、無理に彼らを交渉の場に引きずり出した先方の失敗と言えた。
「なんだ、俺とお前と同時に抱き込むつもりだったのか」
「ったく、けったくそ悪い連中だよ。まあ、都市連合の加盟都市は避けた方がいいね」
 広げた地図を指先でたたきながら、イセーは言った。都市連合は南部に勢力を広げているので、なかなか厄介だ。だが、後悔なぞ一瞬たりとしていない二人である。
「ちょうど睡夢王国がある。あそこなら歓迎してもらえるぞ」
 西大陸の南にある島国をユーナルは指した。この島は、海上にある山という感じで、ほとんど平地がない。国外に売りに出すほどの農産物は取れないし、特産物もあまりない。そのため、通常の交易ルートからは外れていた。
「ああ、その手があったね。あそこで荷をさばくにしても、通商権はあるのかい?」
「くれるというから、もらっておいた。あの国でとれる花茶は南大陸で重宝されるからな。使者の手土産にすると喜ばれる。おっ、これで南側の通商航路は確保できたな」
 別に航路のことを考えて、睡夢王国に恩を売ったわけではないらしい。まず間違いなく、この男はサーザの大使のことは忘れ去っていたはずだ。コーレンあたりが知恵を働かせて、睡夢の王弟に手回ししたのだろう。
「そうだね。花茶は交易を成り立たせるほど生産量はないけど、ついでに仕入れるくらいでいいんだろ。まあ、なんとか儲けは出るよ。どうせ都市連合もそのうち詫びを入れて来るだろ」
 痛手を被るのは南大陸との交易ルートを断たれた都市連合側だ。こちらとしては、迂回するのに、多少、不便になるだけで、損失はそこまで大きくならない。
「よし、決まりだな。さて、そろそろ宿に引き上げるか」
「もう?」
 全然、飲み足りないよとイセーは文句をつけた。
「客がいるようなんでな。待たせるわけにはいかんだろ?」
 人の悪い笑顔でユーナルは言う。
 イセーは眉を上げた。何人かの男達がこちらの様子を伺っている気がしたのは気のせいではなかったらしい。
「わかったよ。セノル、あんたの方はもういいのかい?」
 隣のテーブルにいる青年に声をかける。彼は、彼の行方を追って来た部下を南大陸に先に帰るよう説得していたのだ。はげ頭の船長は何やら恨みがましい目をイセーに向けている。
「ええ。この港で待機することで話がつきました。いくらか、こちらの産物も仕入れておきたいですしね」
 穏やかな笑顔でセノルは言う。さすがは商人だとイセーは感心した。多分、南大陸に先に帰れというのは「ふっかけた」だけで、譲歩したように見せかけておいて、この港で待機させ、仕入れを行わせるのがもともとの計画だったのだろう。
「サーリェ、帰るぞ」
 さいころ賭博をやっているテーブルにいた王妃をユーナルが呼ぶ。少女は同じテーブルにいた男達にことわりを入れて立ち上がった。男達が一斉にほっとした顔になる。この調子で勝ち続けられたらどうしようと思っていたに違いない。サーリェは賭け事に天才的な才能を持つのだ。
「これでオルゥー達にお土産が買えるわ」
 律義に夫から借りた金を返しながら、サーリェが嬉しそうに笑う。
「土産代くらいユーナルに出させればいいだろ」
 イセーの呆れた声に、
「だって、私は働いてないもの」
 と真面目な顔で答える。この王妃、少々、事情があって公務の席には顔を出さないのだ。それでも、城の切盛は侍女頭などと協力してきちんと行っているし、働いていないというわけでは決してない。
「ユーナルのお守りだけでも立派な仕事だとあたしは思うけどね」
 とりわけ、王が怒り心頭に達している時に近付けるのは王妃とコーレンくらいだ。
 多少、思うところがあるのか、ユーナルも反論はしない。
 まだ飲んで騒いでいる部下達に飲み過ぎないように釘をさしてイセーはユーナルらと居酒屋を後にした。はげ頭はやけ酒でも飲むつもりなのか、相変わらず、イセーに恨みがましい目を向けたまま、四人が出て行くのを見送った。
 外に出ると月が明るく、路上に薄い影がのびた。襲撃には不向きな夜だ。
 のんびりと歩いて小さな広場に出たところで、五人の男達に囲まれた。
「その男を渡せ」
 唸るような声で一人が言った。南大陸の言葉だ。
「俺か?」
 ふざけた口調でユーナルが応じる。
「こいつだったら、やってもいいけどね」
 言いながら、イセーは曲刀を抜いた。これが答えだということは、さすがに分かったらしい。男達が一斉に得物を構えた。
「フォーンの宝って、そんなに凄いものなの?命より大切なものはないと思うのだけど」
 状況を正しく理解したらしい王妃の悲しげな声にも襲撃者達は心を動かされなかった。じわりと包囲の輪が迫る。イセーは空いている手で前髪をかきあげた。ユーナルと目が合う。
「やる気がそがれちまったよ」
「お前にはそれくらいでちょうどいいだろ。じゃ、お先に」
 言うなりユーナルは大きく一歩踏み出した。一番近くにいた男の腕から鮮血が噴き出す。イセーに守りを任せると言うらしい。
 先を越されたと舌打ちしつつ、イセーはユーナルの刃をかい潜って向かって来る男達への対応に回った。戦闘となると熱くなりがちなイセーだが、今回は守らなくてはいけない人間がいることと、王妃の言葉もあって、冷静に曲刀を振るった。致命傷にはならないが、確実に相手の動きを奪うことに専念する。その相手に妙な違和感を覚えたイセーはユーナルの背に声をかけた。
「ユーナル、こいつら、ひょっとして」
「ああ。予想以上にフォーンの宝の話は広まっているらしいな」
 やはりそうか。この連中の太刀筋は、海賊などの無頼者と違い、正規の訓練を受けたもののそれだ。どこぞの欲の皮の突っ張った権力者が送り込んで来たに違いない。
 やがて、満足に戦える者がいなくなると、ユーナルは刃を収めた。
 呻き声を上げてうずくまっている男達ではなく、やや離れた暗がりに青い目を向け、冷たい声で言い放つ。
「おまえらの主に伝えておけ。フォーンの宝は翠鈴島、竜魚の洞窟のなかにあるとな」
 それから、ユーナルは足元の男達に目を移した。
「馬鹿な主を持つと苦労するな。失血死せんようにさっさと止血しろよ」
 厭がらせにも思える言葉をかけ、イセー達に先に行くように目で合図する。イセーは周囲に気を配りながら二人を連れて歩き出した。騒ぎに巻き込まれてはたまらぬと野次馬さえ姿を見せない。しばらくするとユーナルが追い付いて来た。国王に背後を守らせるなんて贅沢ができるのは青海国の人間くらいのものだろう。
「……東部のなまりがありましたね」
 不意にセノルが口を開いた。確かめるような口調だ。
「ああ。十中八九、あの太刀筋はソルヤの人間だろう。あそこの王は欲深で有名だ。だが、どうしてフォーンの宝のことが耳に入ったんだか」
 そこまで分かるとは、さすがに南大陸で暴れ回っていただけあると素直に感心するイセーの横で、ソルヤ、とセノルが口のなかでつぶやいた。ソルヤは南大陸でも東部にある国だ。
「何か心当たりでもあるのかい?」
「……いえ、ただ噂がソルヤまで届くには早すぎると思いまして」
 言われてみればそうだ。
「確かに、あんたがさらわれたと聞いてから行動するにしてもソルヤは遠すぎる」
 誰かがわざわざ知らせたとしか思えない。
「宝のことを知ってる奴はあんた以外にもいるのかい?」
「フォーンの主立った部下は皆、知っていたと思います」
 酔った時によく話して聞かせていたらしいですからとセノルは付け加えた。
「宝の在りかを知っているのは、あんただけか?」
「他にもいたとは思いますが、私をさらった連中は相続人の私しか知らないと思いこんでいたようです」
「誰かに取りに行かせて、上前をはねようって奴が噂を広めたのかもしれないね」
 自分でセノルをさらうよりは、そのほうが安全だ。
「何にせよ、これからも暇潰しができそうだって事は確かだな。おまえらはともかく、サーリェだけは確実に守ってやる」
 降り懸かる危険を危険とも思わない男は御機嫌の様子で小柄な妻の肩に腕を回し引き寄せた。
「ちょいと。いちゃつくのは宿に帰ってからにしな」
「悔しかったら、お前もやり返してみろ。ちょうど手頃なのがそばにいるじゃないか」
 手頃なのと言われたセノルは困惑した様子だ。
「あたしに、あんただけは守ってやるってセノルに言えってのかい?」
「普通は男女が逆だが、お前らの場合はそうだな。大体、イセー、お前なら守ってやると言われたところで、『どうしてあたしがあんたに守ってもらわないといけないんだい』とでも言い返すだろうが」
 まったくもってその通りだ。過去にはそれが原因で別れた恋人もいた。
「当たり前だろ。あたしはね、支えてもらいたい時にだけ支えてもらえりゃいいんだよ。四六時中、つきまとわれるのもまっぴらごめんだね」
 大喧嘩したことまで思い出して、イセーは顔をしかめた。
 そんなイセーにユーナルはにやにや笑う。
「そうだろう。だからこそ、セノルのような奴の方がお前にはいいと思うんだがな」
「何勝手なこと言ってんだい。セノルにも好みってもんがあるんだよ」
 イセーの好みも、少なくとも自分よりは腕っぷしの強い、心身ともに逞しい男だ。
 いらぬ口出しをするなと睨んだところで、ユーナルには効果がない。
「そうか?セノル、お前はイセーをどう思う?」
「魅力的な方だと思いますが」
 急に言われても、慌てる様子なくセノルはやんわりほほ笑んで答えた。
「やだね、社交辞令って分かってても照れるじゃないか」
 イセーに思い切り背中をたたかれたセノルはよろめいたが、男らしく苦痛に耐えた。
「お世辞じゃないわ。イセーは本当に魅力的よ」
 まじめな顔でサーリェが言い添える。
「ありがとさん。あたしはサーリェみたいな女の子にはもてるんだよねぇ」
「そこらの男どもより男っぷりがいいからだろう」
「はっ。それだけ、ろくな男がいないってことさ」
「特にお前の周りはむさ苦しいのばかりだしな。もうちょっと風通しよくしたらどうだ?」
「あんたもそう思うかい?」
 やっぱり、若いのを増やそうかねぇ。世代交代ってやつも考えないといけないしね。
 乗員達に聞かれたら、泣きつかれてさらにうっとうしい状況に陥るだろうことを、本気で検討するイセーだった。

 翌朝、出港の準備をすべく、イセーは一足先に船に戻った。セノルの身辺警護にはユーナルがいるし、それにセノルの部下のはげ頭も宿におしかけて来ている。昨夜、話し合いがついたはずなのに、諦めが悪く、せめて自分一人だけでも同行させろと言って来たのだ。なんでもあのはげ頭は元フォーンの部下で、足を洗った後、ひょんなことで商人だったセノルの両親に命を助けられ、その下で働くようになったのだという。よって、セノルを子供の時から知っており、「若」という呼び方はその名残だという。
 やはり船が一番落ち着くねと甲板を見渡したイセーは顔をしかめた。縄で縛られた男達がごろごろと転がされている。
 一段とうっとうしいじゃないかと思いながら、イセーは手近に転がっていた男を蹴飛ばした。
「こいつらはなんだい?」
 不機嫌なイセーに慌てて見張りをしていた部下が説明を始める。
 停泊中のこの船を乗っ取ろうとたくらんだ男達だという。屈強な男達であるが、さらに屈強なこの船の男達には手も足も出なかったらしい。イセーの船に乗っている男達は半ば軍人でもあるので、適度に訓練を受けているし、何より実戦経験が豊富だ。
「ふーん。あんたらもフォーンの宝を狙ってるのかい?」
 つま先で男をつつきながらイセーは問いかけた。
 返事はなかったが、イセーはかまわず続けた。
「いいよ、在処を教えてやろうじゃないか」
 その言葉に男達がぴくりと体を動かす。
 イセーは人の悪い笑みを浮かべた。
「場所は翠鈴島。竜魚の巣の奥って話だ。きっと大歓迎してもらえるだろうよ」
 男達に動揺が走る。宝のありかについては、何も知らなかったらしい。
「うっとうしいから、さっさと片付けな」
 見張りにイセーは言った。
「どうするんで?」
「ああ?海にほうり込めばいいだろ」
 そんなこといちいち聞くんじゃないよとイセーは背を向けた。すぐに水音が起きる。
「ちょいと!縄は解いてやっていいんだよ」
 振り返ってイセーは声を上げた。
「姉御、熱でもあるんですかいっ」
 遠慮なくイセーは素っ頓狂な声を上げた部下をぶん殴った。
「水死体が幾つもぷかぷか浮かんでたら、港の皆さんに迷惑だろっ」
 無関係の人間には面倒をかけないのが、イセーの信条だ。その分、部下は厳しく躾る。八つ当りや喧嘩を含め、彼女の鉄拳を受けたことがないのは、船医と副長くらいだろう。
 イセーは副長と話をすべく船室に向かった。
「姉御、どうもおかしいですぜ」
 イセーの顔を見るなり副長が口を開いた。
「南からの船がうろうろしてるって評判になっておりやす」
「そうみたいだね。客もたんとあったようだし。フォ−ンの宝って聞いただけで、皆がこぞって船を出すほどフォーンの稼ぎは良かったのかい?」
「稼ぎ以上に気前がよくて太っ腹だったって、あっしは聞いてますがね。まあ、それでもこっそり自分の分の宝を隠しているに違いないって、勘ぐる奴はいるでしょうや」
 副長が苦笑いを浮かべる。
「げすの勘ぐりってやつかい」
 そんな連中はどこにでもいるもんだからねぇとイセーは腕組みをする。
 イセーだって、青海国の王の愛人だなどとユーナルが腹抱えて笑うに違いない噂をまことしやかに流されたりしている。
「手の空いている連中に、この船の目的地は翠鈴島だって触れ回らせようかね」
「素直に信じるとは思えませんぜ」
「そうだよねぇ。無駄なこったね」
 港を出たら、船足を一気に上げて振り切るとしよう。
 どっかりと船長用の椅子に腰を下ろすとイセーは船を空けていた間の報告に耳を傾けた。


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