青海国の魔術師/外伝

竜魚の宝−(4)−
 翠鈴島は西大陸南西部に点在する島々のうちのひとつだ。そのほとんどの島はごく小さいもので、人は住んでいない。その代わり、竜魚はたくさんいる。知られているだけで翠鈴島以外にも、同じ群島内で二つの島に竜魚の巣があった。よって、この海域は「竜魚の海」と呼ばれ、船が通ることはめったにない。ましてや巣のある島に船を向ける者は命知らずと言われるだろう。その命知らずの青海国の一行は追っ手を振り切り、邪魔されることなく、「竜魚の海」に到達した。
 青海国の国王夫妻は甲板に並んで立ち、嬉しそうに近付いて来る島影を眺めていた。仲睦まじい姿に溜息をもらす独り身の男達もいたが、そんなことは彼らの知ったことではない。
「あ、気付いたわ。もうすぐ、こっちに来るわ」
 言って、サーリェはくすくす笑った。
「どうして、ユーナルが海の中にいないのか不思議に思ってるわ」
 竜魚と意思疎通のできる少女に言われて、ユーナルは肩を竦めた。
 人間達に「青海国の竜魚」と呼ばれる男は、竜魚からも同じ竜魚と思われていた。仲間と認められている彼は竜魚に襲われたことは一度もない。それどころか、竜魚に助けられたこともあるくらいだ。ユーナル自身はサーリェと違い、竜魚と話すことはできないが、なんとなく心は通じるという。
 波間で青銀の鱗をきらめかせて竜魚がはねた。尾びれや背びれは透き通った青緑だ。同時に、笛のような鳴き声が響いた。竜魚は、通常、思念だけで意思を伝え合うが、感情が高まっている時は声も発するのだ。他の人間なら威嚇されたところだが、これは歓迎の意思を示しているとサーリェは言う。疑わしげな顔をする水夫達にイセーはかまわず船を進めるよう命じた。
「王妃様は巫女の島の御出身なのですか?」
 国王夫妻の様子を見守っていたセノルに不意に尋ねられ、イセーは軽く眉を上げた。
 巫女の島とは通称で、本当は銀砂島という南大陸の西南部にある島だ。通称通り、うせ物探しや天候をあてる能力を持つ巫女一族によって治められている。そして、南大陸で唯一竜魚が生息する島であり、世界で唯一人間と竜魚が共存している島でもある。
「そうだよ。よく分かったね?」
「あの島には何度か立ち寄ったことがあるものですから」
 言葉の抑揚と顔立ちで、そこの出身ではないかと推測したのだという。油断のならない男だねと、内心、舌打ちしながらイセーはさりげなく話を続けた。
「何しに行ったんだい?」
「その年の作物の出来を知るためです。天候が分かれば、ある程度、予測できますから」
 食糧を扱う商売をする上で収穫のよしあしを予測するのは重要なことだ。
「なるほどね。当たるのかい?」
「ええ、おおよそは。それに巫女の予言だけではなく、各地の人々からの情報もこまめに得るようにしていますから」
 巫女の予言よりも、その土地の老人の予測の方がよく当たるくらいですしねとセノルは笑う。巫女の託宣は気休め程度でたいしてあてにしてないということだ。
「それで、サーリェが巫女の島の出身だと何か問題でもあるのかい?」
 イセーの鋭い目付きにセノルは困惑したようだ。わずかに眉根が寄せられる。
「あそこの島の人間、とりわけ巫女一族は島外の人間との婚姻を禁じていると聞いているものですから、珍しいと思っただけです」
 巫女一族だけが、王妃のように髪を長くのばすこともセノルは知っているらしい。
「そうかい。あたしはまた、人さらいに賞金でもかけられているのかと思ったよ」
「人さらい、ですか?」
 セノルはわずかに首を傾げた。
「そうさ。ユーナルが石頭の連中を説得するような面倒なことができると思うかい?サーリェの同意の上で、かっさらってきたんだよ。ま、他にも二人ばかり一緒に連れてきたから、人さらいじゃなくて脱走を手伝ったとも言えるけど」
 目を丸くした青年は二十四歳だというが、そんな表情をすると二、三歳は若く見える。
「一応、秘密だからね。何かの拍子にあの島の人間にサーリェのことを話されちゃ困る。あんたは馬鹿じゃないから教えたんだよ」
 牽制の含まれた言葉にセノルは重々しく頷いた。
「私には『青海国の竜魚』の怒りに触れる度胸はありません」
「頭のいい男で助かるよ」
 にやりと笑ってイセーは青年の肩をたたいた。今回も、多分、痛かったはずだが、セノルがそれを表情に出すことはなかった。

 巨大な魚影がぐるぐると船の回りを動くのを甲板から身を乗り出して水夫達は眺めている。竜魚をこれほど近くで見ることのできる機会はめったにない。そこに小舟を降ろすようイセーは指示した。
「副長、後は任せたよ。遅くても今夜中には戻る」
「へい。お気をつけて」
 副長は落ち着いているが、他の男達は違った。心配顔でイセーの周りに群がっている。
「姉御、本当に竜魚の巣に行くんですかい?」
 代表格の男が口を開いた。イセーとともに、子供の頃から、船に乗っている男だ。
「何度もしつこく聞くんじゃないよ。ユーナルとサーリェがいるんだから大丈夫だって言ってるだろ」
「万が一ってこともあるし、何人か連れて行った方が」
「そっちの方がよっぽど竜魚の気に障るだろうが。それとも、フォーンの宝がどうしても見たいってのかい?」
 それなら連れて行ってもいいがとイセーはひそかに考えていたが、男達は首を横に振った。
「宝なんてどうだっていい。ただ、万が一、姉御の身に何かあったら」
「がたがた抜かすんじゃないっ。あんたら、そんなにあたしが信用できないのかい?」
「とんでもないっ」
「じゃあ、どういうわけだい?」
 怒り狂った竜魚のように青い目をぎらつかせるイセーを前に、それ以上、言葉が続くはずもなかった。
 このやり取りを、やや離れて眺めていたセノルは、すぐ横で同じように成り行きを眺めているユーナルを見上げた。
「ひょっとして、イセーさん……その手のことには鈍くていらっしゃる?」
 ユーナルがにやりと笑って青い目を細めた。
「もともと鈍いってのもあるが、イセーにとって連中ははなっから対象外なんだ。家族も同然ってとこだな。あいつらも、幸せなんだか不幸なんだか」
「大変そうですね」
 セノルが同情の目を向ける先で、イセーに殴られた男が吹っ飛んでいた。


 竜魚の青緑の背鰭が波をわって現れた。
 あまり近付いたら、小船が転覆すると分かっているのか、一定の距離を保ってゆっくりと小船に並行して泳いでいる。
 あれの背中に乗った方が楽そうだと言いながらも、楽しげに青海国の王は小舟を漕いでいた。小舟の操り方は板に付いたもので、漁師になっても十分にやっていけるだろう。
 そのユーナルとは対照的に不機嫌な顔でイセーはぶちぶちと愚痴をこぼしていた。
「まったく、なんだい、あいつらは。揃いも揃って、あたしを自分の面倒も見切れない小娘みたいに扱いやがって」
「二十歳って言えば、船乗りとしちゃあまだまだ半人前だろうが」
 まあ嫁にいってておかしくない年だけどなと笑いながらユーナルが言う。
「そりゃ、副長なんかから見りゃ、そうかもしれないけどねっ」
「みんな、イセーが好きなのよ。好きな人の身を案じるのは当然のことでしょう?」
 やんわりとサーリェが諭す。見た目も実年齢もイセーの方が年上なのだが、こういう時になると立場が逆転する。
「そう言ってもねぇ。サーリェ、あんたは、こいつが海に出るのを心配するかい?」
「いいえ。海の上でユーナルが死ぬことはないもの」
 巫女の能力はないが、何らかの常人にない感覚を持つ王妃はそれを確信しているようだ。
「だけど、港で喧嘩したりして、怪我するのではないかとは心配するわ。イセーも同じよ。あなたが嵐に遭って死ぬことはないけれど、人との戦いは別。信用していようと、心配するのは当然よ」
 イセーは黙り込んだ。サーリェの言っていることは分かるのだが、それでもしゃくに触るのだ。笑うのを堪えているような表情のセノルと目が合う。
「何がおかしいんだい?」
 ぶすっとした声で言うと、今度は本当に小さく噴き出した。
「失礼」
「失礼だって思うんなら、理由を言いな」
「知らぬが花ってこともあるぞ?」
 からかうようにユーナルが言葉を投げる。
「お前のとこの頑丈な野郎どもとセノルは造りが違うんだからな。正直に答えて、殴られるのも厭だろうさ」
「それじゃ、私が代わりに言ってあげましょうか」
 ちょんと首を傾げてサーリェが言う。こちらは夫と違って大真面目だ。
「イセーが拗ねているのが、かわいいと思ったのよ。違う?」
「なっ……」
 あまりのことに、イセーは絶句した。
 セノルは否定せず微笑とも苦笑ともつかぬ笑みを浮かべ、ユーナルはにやにやしている。この反応を見る限り、三人が三人とも、同じように感じていたのだろう。
 年上のセノルや同じ年のユーナルまではともかく、年下のサーリェにまでそう思われるとは、不本意なことこの上ない。
 だが、ここで怒り出せば、自分が子供っぽいことを証明するようで、イセーは、顔に血を上らせたまま、黙り込むしかなかった。
「分かりやすい奴だよな、お前は」
 笑いを堪えて言うユーナルの足をイセーは蹴飛ばした。
「裏表がないと誉めているのよ、ユーナルは」
 とりなすようにサーリェが言うが、イセーの機嫌はしばらくの間、直らなかった。

 断崖絶壁に囲まれた島の、入り江の奥に竜魚の洞窟はあった。この洞窟が自然にできたものなのか、竜魚が体当りして掘ったものなのか、知る者はいない。
 潮が引き始め、入り口が海面にのぞいていた。どうにか小舟ごと入れそうだ。完全に潮が引くのを待てば、無理なく入れるだろうが、イセーもユーナルもそれほど気が長くはない。先導する竜魚が甲高い声を発した。サーリェによると仲間に「海の上の竜魚」を案内して来たことを知らせたのだという。竜魚は入り口の前まで来ると、ぐるりと大きく回って小舟から離れた。後は、自分達で行けというのだろう。
「セノル、お前、泳げないってことはないだろうな?」
 ふと思い出した様子でユーナルが確認した。内陸育ちの人間には泳いだことのない人間も少なくない。
 そう言えば、セノルの出身はどこなのだろうとイセーはふと気になった。何かの話の折りに、クイーダの港には子供の頃にやって来たと聞いていた。
「ここ数年、海に入ってませんが、子供の頃はよく泳いでいましたよ」
「それなら問題ないな」
 もし、中で天井が低くなったら小舟をおりて、泳がねばならないだろう。内部がどのような構造になっているのか、竜魚の巣に入るのは初めてのイセーには見当もつかない。サーリェにしても、故郷にあった竜魚の巣は人の手で造られたものなので、「自然の」巣は見たことがないのだ。
 小舟のすぐ下を竜魚が通って、ぐらりと揺れた。巣の中には三匹程度の「お守役」がいて、海水の循環をよくするためか、交互に外に出てはまた入るという行動を繰り返すらしい。
 洞窟内に入ると、イセーは念のためにとランプを取り出した。まだ明るいが、どれほど暗くなるかは分からない。手早く火を点けると、火種入れをすぐに防水を施した革袋のなかにしまう。革袋の中には、食糧と水も入っている。もし何か起きて、今日中に戻れなくなった時のためにだ。
 ゆっくりと小舟は洞窟の中を進んだ。時折、体を屈めなくては通れないほど天井の低い場所や真っ暗で何も見えない場所があったが、竜魚も気を使ってくれたのか出入りを控え、転覆するようなこともなかった。思ったより、水深も深いようだ。
「洞窟と言っても、結構広いんですね」
 物珍しそうに周囲を見回しながらセノルが言う。
「以前、星晶を採取する洞窟に入ったんですが、あそこは二度と出て来れないかと思うほど狭い箇所が幾つもありました」
 星晶は南大陸の奥地の高山から採れる貴石の一種だ。見るからに体力のなさそうなセノルがそんなところに行ったことがあるとは、少々、イセーには意外だった。
「なんたって竜魚が出入りするところだからな。狭いと奴ら、潮が引いたら出られなくなるぞ」
 それもそうですねとセノルは笑う。その様子を想像したのだろう。
「星晶を採りに行ったの?」
 興味を引かれたらしくサーリェが尋ねた。
「採りに行ったというより、見に行ったんですよ。星晶を採取する一族と取引していましてね。その一族は毎年、同じ量しか採らないんです。星晶は成長する石で、その成長した分だけを採ることにしているのだとか」
「よく中に入らせてくれたな?山の一族はよそ者に対する警戒心が強いって話だが」
「しつこく頼みましたから。石が成長するなんて面白いでしょう?それで、どうしても見たくなったんです」
「ひょっとして今回もそれか?見たくなったから、おとなしくさらわれたとか?」
 明らかに面白がっている口調でユーナルが問う。
「まさか。案内人もいないのに、竜魚の洞窟に入ろうなんて思いませんよ。魔術師ならば竜魚の洞窟に連れて行くことができるのではないかと相談したことはありますが、竜魚は魔術に強い耐性があるので無理だと言われました」
 老齢のフォーンに連れて行けというのも無理がありましたからねと何でもないことのように言う。おとなしそうな顔をしているが好奇心はかなり強く、行動力もあるらしい。
「あの船長がはげた理由が分かった気がするな」
 にやにや笑うユーナルに、サーリェが首を傾げた。
「でも、あの頭はそっているのではないの?」
「よく分かりましたね?彼は中途半端に薄いのは厭だからと全部そっているんですが」
 鋭い観察眼をお持ちですねとセノルは感心している。
「……ひょっとして、サーリェ、あの勝敗の決め手は天然ものか、そうじゃないかっていうことだったのかい?」
 イセーの問いにサーリェは一瞬きょとんとした顔になった。それから、自分が下した判定のことを思い出したようで、こくんと頷いた。
「副長もイセーが心配で髪が抜けたと言ってたから、あの船長さんもそのうち同じようになるんじゃないかしら」
「言い掛かりだよ、それはっ。あたしが親父の跡を継いだ時には、副長の髪はもうほとんどなかったんだからねっ!」
 イセーの弁明に、ちょっと考えるようなそぶりをしてから、王妃は明るくのたまった。
「じゃあ、親子二代がかりで剥げさせたってことね」
「……ユーナル、あんた、面白いからって理由でサーリェを嫁にしただろ?」
 ユーナルはげらげら笑いながら頷いた。セノルも声もなく肩を震わせている。
「濡衣だよ、それは」
 まったくもうと舟の外にイセーは目を転じた。曲がりくねった水路の先にわずかな明かりをとらえる。
「向こうの方は、少し明るくなってるみたいだよ」
「外に出るのでしょうか?」
「どうだろうな?」
 ユーナルが漕ぐ手をゆるめ、舟はゆっくりと進んだ。次第に明かりが近付いて来る。外に通じているようだと思っていると、不意に視界が開けた。そこは大きな広い空洞になっており、天井の小さな穴から、わずかに光が注いでいた。
「行き止まり、ですね」
 さっと周囲を見回したセノルが言う。
「そして、竜魚の巣、だ」
 見ろとユーナルが水底を指さした。一抱えはある大きな緑の球体が幾つも見え、そのすぐ近くで竜魚がゆっくりと鰭を動かしている。
「あれが竜魚の卵かい?大きなもんだね」
 なんとなく他の魚のように、図体の割に卵は非常に小さいものだろうとイセーは考えていた。
「やっぱり、卵も色が違うのね」
 サーリェが感心したように言う。西大陸の竜魚は青銀だが、彼女の故郷の竜魚は白銀なのだ。
「卵の色というより、中の稚魚の鱗の色だろう」
 熱心に海底をのぞきこみながらユーナルが応じる。よくよく見れば、海底にはたくさんの小さな鱗が落ちている。成魚のものにしては小さいから、幼魚のものだろう。成魚の鱗は青銀だが、それらは緑ががっていた。そしてさらに、卵の中の稚魚の鱗は緑味が強い。成長するにつれ、次第に色が変化するのだろうか。
「こいつら、何か言っているみたいだが、なんと言ってるんだ?」
 興味津々の様子で卵を眺めているユーナルがサーリェに尋ねた。
「赤ん坊と同じで余りはっきりしたことは分からないけど、喜んでいるのは確かよ」
 しばらく四人は竜魚の卵の観察を続けた。めったに見られぬものなので、すっかり見入っている。
「……で、フォーンの宝ってのは?」
 ふと我に返って、ユーナルが顔を上げた。
「私も、運が良ければ見ることができるとしか聞いていないもので……」
 竜魚の卵から視線を引きはがしてセノルが応じる。
「けちなじいさんだね」
 どうせ教えるなら、もっと詳しく説明すればよいものをとぶつぶつ言いながら、イセーは何かないかとぐるりと周囲を見回した。
 特に変わったものは目に入らない。
 その時、大きな波が立ち、ぐらりと舟が動いた。竜魚が泳ぎ出たのだ。
 と、一斉に光の乱反射が起きた。
 水中も、天井も、無数のきらめきに満ちている。緑がかった光だ。
 更に、澄んだ高い音が響いた。これもまた反響して、どこから聞こえるのか分からない。
 まるで光が音を立てているかのように。
 呆然としている間に、光も音もおさまっていった。
「これがフォーンの宝、だね」
 そう直感したイセーは息を吐いた。サーリェはまだうっとりした表情のまま余韻に浸っている。
「ああ。見事なもんだ。フォーンが『宝』と言ったのもわかる。だけど、あの光は何だったんだ?」
「ひとつは鱗、ですね」
 セノルが水中を指さした。
 水流で舞い上がった鱗がきらきらと光りながら、ゆっくり沈んでいくところだった。どうやらセノルにはもう光の原因に見当が付いたらしい。
「すみませんが、壁に舟を寄せてもらえますか?」
 壁に舟を寄せると、セノルは手を伸ばし、剥き出しになった岩肌に触れた。ランプを近付けて、じっくりと眺める。
「ああ、やっぱり。この中には光緑石が含まれています」
「なんだい、それは?」
「光を蓄え、それが、ある一定の量に達すると一気に放出するという性質を持つ石です。多分、あの穴から入って来る光に加え、水面が反射した光を受けて、今のように一斉に光り出したのでしょう」
「だけど、鱗も光っていただろ?竜魚の鱗は鏡みたいだって言っても、反射しただけって感じには見えなかったよ」
「推測に過ぎませんが、この光緑石が水にも溶け込んで、それを竜魚が体内に取り込んだのではないでしょうか。とても脆い石ですから」
「なるほどな。ここにある鱗は幼魚のものだし、幼魚はずっとこの中で暮らしているから吸収しやすいだろう」
 セノルの推測に感心したようにユーナルが頷く。
「それじゃ、あの音は何だい?」
「竜魚の笑い声よ」
 思わず、イセーはまじまじと小柄な少女を見詰めた。
「笑い声?竜魚が笑うのかい?」
「ユーナルだって笑うじゃない?」
 どこがおかしいのかと言わんばかりにサーリェは首を傾げる。
 何も青海国の国王を本気で竜魚扱いしているのは、竜魚に限られたことではないらしい。
「この子達、きらきらするのが面白くて笑ったのよ」
 王妃の言うこの子達とは卵の中の稚魚のことだ。
「水中では音は伝わりにくいはずですが?」
「竜魚の声は私達の声とは質が違うんですって。音は音なのだけど、私達みたいに喉を通して声を出すのではなく、魔力を使って音を出しているそうよ」
 イセーは髪をかきまわした。魔力だのなんだのという話は苦手だ。
「それじゃ、この連中を笑わせたら、またさっきの音が聞こえるってわけだね。何やったら面白がるんだろうね?」
 サーリェは夫に目を向けた。
「ユーナルが近くに行けば、喜ぶと思うわ。変わった竜魚を見たいのだけど、よく見えないみたいだから」
「俺に笑いものになれってことか?竜魚の卵を近くで見る機会なんざ、そうそうないから、構わんけどな」
 言いながら、ユーナルはさっさとシャツと靴を脱いだ。
 均整の取れた逞しい上半身には幾筋もの傷痕がある。その中でも、肩から胸にかけての刀傷が一際目立っていた。それほど深くはないが明らかに刀痕と分かる。
 つくづく悪運の強い男だとイセーはひとりごちた。こんな傷を負って海に落ちたら、助からなくて当然のはずなのだが、この男は何事もなかったかのように戻って来て、傷を負わせた連中を海にたたき込み返したのだ。
 舟をできるだけゆらさぬように、そっとユーナルは海に入った。息を大きく吸い込んで、一気に潜る。慣れたものである。
 ユーナルが水をかいて卵に近付いても、「子守」をしている竜魚は動かなかった。
「青海国の竜魚、ね」
 この異名は知れ渡っているが、実際に、竜魚によって仲間と思われていることを知る者はほんの少数だ。
 ぽこぽこと泡が上がって来た。卵から吐き出されたものだと認めた途端、先程と同じ音が響いた。
「……本当に竜魚の声だったんだねぇ」
「疑ってたの?」
「いや、そうじゃないけどさ」
 何かこう、生物が発した音とは思えないのだ。体を通して出す音ではないからかもしれない。
「フォーンは知ってたのかい?」
 イセーの問いかけに、どうでしょうねとセノルは首を傾げた。
「竜魚と話ができると言っても、王妃様ほどはっきりと意思の疎通ができたわけでもなかったようですし、細かいことは気にならない極めておおらかな性格でしたから。商売にしても、非常におおざっぱなもので、そのくせ利益を上げるのだから、かなり不思議がられていましたよ」
「イセー達と似ていたのね」
 サーリェの口調に悪意はないが、何やらずぼらだと言われているような気がする。しかし、否定できる根拠もないので、イセーは黙っていた。
 鈴をふるわせるような音に耳を傾けていると、この島の名前が改めて思い出された。
 翠鈴島。
「そうか……。ずっと昔にもこの島に来てこれを見聞した人間がいたんだね」
 誰に言うでもなく漏らした呟きにセノルが相づちを打った。
「そうですね。同じ『竜魚の海』にある『竜魚の島』で、どうしてこの島だけ名前があるのか不思議だったんですが、その謎が解けました」
 ちらりとイセーが視線を向けると、セノルは心底嬉しそうに、満足そうに微笑んでいた。
 本当に「知識を得ること」が好きらしい。
 変わった男だよとイセーは今度は心の中でだけ呟いた。


(3)/(TOP)/(5)