【青海国の魔術師/外伝】
竜魚の宝−後日談−
南大陸の夏は嵐が多い。よって夏場は沿岸を遠く離れることはせず、用心深く港から港へ船を進める。大陸間を航海する船も減るが、完全に途絶えることはない。
その日も西大陸からの荷を積んだ青海国の船が南大陸きっての交易都市クイーダの港に入って来た。青海国の「王家の商船団」とクイーダに本拠地を置くトルン商会とは協定を結んでいるので、珍しいことではない。ゆえに青海国に多い銀髪青眼の人間もこの港では見慣れたものであったが、その人物が目を引いたのは性別が女でありながら男の服をまとい、更に、片手に二本の酒瓶をぶらさげていたからだ。
銀髪青眼の大柄な女は道行く人々の好奇の視線を気にも留めず悠々と歩き、商館の立ち並ぶ地区の中で最も大きく立派な商館の中に姿を消した。
「元気にしてたかい?」
案内も請わず、ひょっこりと顔を出した人物を商館の主は笑顔で迎えた。
「珍しいですね、イセー。この時期にあなたが南に来るなんて」
嵐を避けながら、ちまちま船を進めるのもくそ暑いのも苦手だと言って、夏の間は故郷に戻っていることの多い女船長は肩を竦めた。
「ユーナルのとこに子供が生まれたからさ、早く知らせてやろうと思って」
黒髪の青年は軽く眉を上げた。
「おや、何人でしたか?」
「三人。男二人、女一人。あんたの勝ちだよ」
ほら、とイセーは手にしていた酒瓶をテーブルの上に置いた。
「約束通りの西大陸産極上葡萄酒だよ。エズメ王国産だからね」
言って、イセーは椅子をすすめられる前に、勝手に近くにあった椅子の上に腰を下ろした。
王妃懐妊の知らせを、たまたまこの場所で受け取った際、生まれる子供は何人かで賭けをしたのだ。王妃と同じ島の出身で、付人である兄妹も双子だったし、王妃も双子だったと聞いたので、イセーは双子に賭けたのだ。
「わざわざ有り難うございます」
くすくすと笑ってセノルは酒瓶を手に取り、封を確かめた。間違いなく、良質の葡萄酒を産出する地方の印が施されている。
「約束では一本のはずでしたが?」
「もう一本はあたしが飲むんだよ」
そうですかと笑って頷くと、セノルは使用人を呼び、ささやかな酒宴の用意を言い付けた。すぐに用意が整ったところを見ると、イセーの訪問を知るや否や準備を始めていたのだろう。イセーは毎回、この商館に顔を出すたびにただ酒にありついていた。仕事の話をする時もないわけではないが、ほとんどは雑談を交わすだけだ。情報交換の目的もあるが、イセーにとっては息抜きになる。
自分で持って来た葡萄酒を一口飲むと、イセーは満足して頷いた。
「うん、いい酒だ」
「ええ」
セノルも頷き、目を細めている。イセーのようにがばがばと酒を飲むことはないが、この青年も酒好きだった。さらに、大酒飲みだが限界のあるイセーと違い、飲ませればいくらでも飲む。ユーナルと二人がかりで飲ませたことがあるが、ついぞ酔い潰すことはできなかった。
「早いもんだね、もう三年か」
「え?」
「フォーンの宝探しからだよ。思ったんだけどね、あの鱗、持ってかえって売れば、結構、いい値で売れたかもしれない」
この南大陸では竜魚の骨や鱗は海難よけのお守りになっている。ましてや珍しい緑色の鱗だ。船乗りでなくとも好事家なら高値をつけるだろう。
「それは私も考えないでもなかったのですが、あの場所に手を加えるのもどうかと思えましてね。それに私は別の宝を見付けたからいいんです」
「別の宝?」
なんだいそれはとイセーが眉を寄せると、セノルは笑顔を見せた。
「あなたですよ」
ぶっとイセーは酒を噴き出しそうになった。顔が赤くなったのは、むせかけたからというだけではない。
「…よくもまあ、酔ってもいないうちから、そんな台詞をしゃあしゃあと」
「本当のことですから。まあ、手に入れたと言えるかどうかは微妙なところですが」
照れも恥じらいもなく黒髪の青年は言ってのける。
「思い出したように不意打ちかけるのはやめておくれよ」
「いつも言っていたら、価値が下がるでしょう」
希少性をつけることも大切なことだと笑う。
「もっとも、あなたが常に聞きたいと言うのであれば、再考しますが」
「冗談じゃないよ」
ためらいもなくイセーは即応した。セノルはそんな様子にくすくすと笑っている。イセーが睨みつけたところで効果はない。
わざとらしくイセーは大きなため息をついた。
「あんたみたいな性格の子供が生まれたら、あたしは育てないからね」
「かまいませんよ、私が育てますから」
笑顔のままセノルは応じる。柔和そのものの姿は交渉にはさぞかし役に立つことだろう。
……これも一種の賭けだねぇ。
外見と頭脳だけ、セノルに似るというのが一番いい。
イセーは勢いよく酒杯を空けるといちかばちかの勝負に出た。
「セノル、賭けをしようか?」
この賭けに、青海国の女船団長が勝ったのか負けたのか、それが分かるのはまだ先のことであった。
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