青海国の魔術師

海神の贈り物(後編)

 一仕事終えた青海国の姫君は布袋を持って城に向かっていた。
 城に帰るなら、ついでに持って行って下さいねと干した香草の束が入った袋を青年医師に渡されたのだ。義母がお茶を入れるのに使うものである。
 さっきから使い走りをさせられているのだが、王族としての特別待遇に縁のないリーシャルは気にしていなかった。 香草は西大陸の方が種類が豊富だ。青海国にも幾つかは持ち込まれて根付いているが、それほど多くない。
 南大陸では茶の木の栽培が盛んで、よくお茶を飲むそうだが、その時は好みに合わせて香草をまぜるという。
 西大陸から香草を持ち込めば、結構売れるような気がするんだけど、どのくらいの儲けが出るかが問題よね。
 そんな姫君らしからぬことを考えているうちに城にたどりついた。
 義母はこのところ体調が悪いらしく、自室に引きこもりがちだ。本当に体調が悪いのか、何か計画を練っているのかは、分からないのではあるが。
 この義母は、怒鳴っている時よりも、静かにほほ笑んでいる時の方がより「危険な」状態にあるのだと教えてくれたのは隊長だ。彼女達は互いに気心が知れており、二人で話している時は主従というより友人同士のように見える。
 …隊長が口止めしていることを、教えてくれるはずがないけど。
 聞くだけ聞いてみようとリーシャルは義母のもとに向かった。
「早かったのね、リーシャル」
 義母の部屋に顔を出すとそう言われた。
 青海国の王女は一度城を出たら夕方まで戻って来ないことが多い。
「ちょうどお茶をいれるところでしたのよ。飲んでいらっしゃいな」
 招かれるままに、リーシャルは部屋に入ると小さな椅子に腰掛けた。
「これ、イーフェさんから。香草だって。義母上は何か仕事してたの?」
 書き物机に上にのった書類を見ながら、リーシャルは尋ねた。
「ええ、南大陸の通商権拡大を考えていますの。リウが一度、南大陸に帰る予定ですから、その時、ついでに指示書を持って行って貰おうと思って」
 香草の入った袋の中身を確かめながら、王妃は応じた。
「リウさん、起きたの?」
「ええ、さっき。ちょうど、聞きたいことがあったから、予想より早く起きてくれて助かりましたわ」
 魔術師の眠りは使った魔力に比例して長くなるらしい。
 船を丸呑みするような化物魚を封印したので、十日くらいは眠るのではないかと王妃は予想を立てていたのだ。
「隊長も聞きたいことがあるって言ってたよ」
 前に置かれた茶の入った器に手を伸ばしながら、リーシャルはさりげなく伝えた。
「あら、ファルが?」
「うん。それでね……」
 リーシャルは船長と隊長の様子を、さらにサリドに言われたことを話して聞かせた。
 王妃は聞き終わると、楽しそうに笑い声を上げた。
「ごめんなさいね、リーシャル。残念だけど、私の口からは言えないわ」
 ほぼ予想通りとはいえ、この反応はなんだろうとリーシャルは首を傾げた。
 すてきな偶然になるとよいのだけどと更に意味不明の言葉を王妃はつぶやいている。
「お茶を飲み終わったら、リウを連れてファルのところに行ってごらんなさいな。答えがわかりますわ」
「本当?」
「ええ」
 途端にリーシャルは一気にお茶を飲み干した。
「ごちそうさま。それじゃ」
 茶器を下に置くなり、すぐに駆け出す。
 あまり行儀の良い行動ではなかったが、王妃は咎めなかった。
「あらあら。お話ししたいことがありましたのに…」
 勢い良く走り去った義理の娘を見送りながら、つぶやいた王妃の声は誰の耳にも届かぬままに消えた。

 目覚めて間もない魔術師は猫猿に果物をやっていた。
 王妃のペットである白い猿は、親しい人間が手ずから渡す餌しか受つけないために、餌やりができるのは限られた人間だけだ。
 魔術師はたまに周辺海域に出没する怪物を追い払ったりするのに駆り出される以外、特に仕事はないので、よく猫猿の面倒をみていた。
「リウさん、今、餌やってるくらいだから暇だよね?」
 リーシャルは前置きなしに魔術師に確認をとった。
「え、ええ」
 その勢いに少々たじろいだ様子で魔術師が応じる。
「隊長さんが用があるって。行こ」
 魔術師の寝癖のついた濃淡のある朱金の髪をいじっていた猫猿がリーシャルの肩に飛び移ったが、リーシャルは気にせず、魔術師の腕をひっぱって歩き出した。
「一体、何の用で…」
「それがわからないから、私も気になってるのっ」
 面倒なので、長いものにはとりあえず巻かれておこうという性格の魔術師は反抗しなかった。
 ふっとリーシャルの肩が軽くなったかと思うと、猫猿がちょうど部屋から出て来た王に飛び付いていた。
「ああ、リーシャル、おまえに…」
「あーとーで!」
 父親の言葉を遮り、リーシャルは魔術師を引きずっていく。
「リウ・ソイレス、そんな女未満の子供にいいように引き回されているようでは、とてもでないが、いっぱしの女には太刀打ちできないぞ。お前は絶対、将来、尻にしかれる」
 真面目な顔で国王に予言された魔術師はなんとも情けない顔になった。
「いいじゃない、リウさんは父上よりずっと性格いいから、十何年もこぶつきやもめ生活を送ることはないでしょ」
 魔術師の代わりに即座にリーシャルが言い返す。
 少しは性格改善して、義母上に捨てられないようにすればいいのに、少しも改める気配はないんだからと心のなかで毒づく。
「シャル王女、そういうことを御父上に向かって言われるのはどうかと」
 良識のある魔術師に諭されたが、リーシャルは聞く耳を持たなかった。
「父上は国王で、家族以外に本当のことを指摘できる人間はいないからいいの」
 歩調をゆるめることなく、リーシャルはどんどん魔術師を引きずって行った。

 王女の手によって連行されてきた魔術師を見上げ、女騎士は軽く眉を上げた。
 それからリーシャルを見て、うなずいた。
 この国の王女は時折、せっかちなほど行動が早い。起きぬけの魔術師を引っ張ってきたのだろうと推測したらしい。
「御用というのは何でしょうか?」
「たいした用事ではないんだがな。子供ができたかもしれないので、確認を頼む」
 さらりと言われた言葉にリーシャルは目を見開いた。
 しかし、魔術師に驚いた様子はない。
「ああ、それで…。ちょっと待ってくださいね」
 言って魔術師は目を閉じた。
 魔術師の集中の邪魔をしてはいけないので、リーシャルは黙っていたが、しゃべりたくてしょうがなかった。
 唇を引き結んで、魔術師と女騎士を交互に見やる。
 女騎士はいつものごとく落ち着き払っていた。
 やがて魔術師は目を開けた。
「おめでとうございます」
「あまりめでたくはないんだが」
 来春には航路周辺の海賊共を脅し付けておこうと思っていたのにと隊長はぶつぶつ文句をつけている。
 サリドが言っていたように、楽しみにしていた「仕事」に支障が出るから、不機嫌になっていたらしい。
 隊長の不機嫌の、そして船長の上機嫌の原因は判明した。
「ねぇ、どうして魔術で子供ができたかどうか分かるの?」
 リーシャルは早速、質問を発した。
「魔術というほどのものでもないですよ。気の流れを読み取るだけですから」
 生命の鼓動を探ればいいんですと魔術師にしか分からない説明をされたが、リーシャルはそれ以上、追及しなかった。
 要するに、魔術師の「診断」は産婆が様々な症状から判断するより、確実なものらしい。だから、魔術師が必要だったわけだ。
「隊長さん」
「なんだ?」
「なんで、船長さんに口止めした?」
 そんなことをしてくれたお陰で、むだ足を踏まされたとは言わないが、苦労させられたのだ。
 リーシャルは自分の好奇心の強さを棚に上げていた。
「あれは、放っておいたら、べらべらしゃべるだろう?はっきりしないうちに、そんなことをふれ回って、もし違っていたら、面倒なことになる」
 確かに。あの様子だと、会う人ごとに言って回りそうだ。
「ヴィクさんの気持ちも分からないでもないですよ。ようやく結婚してもらえるんですからね」
 くすりと魔術師が笑った。
「なにそれ?」
 リーシャルは軽く目を見開いて尋ねた。
「『子供ができたら、しかたないから結婚してやる』とファレン・スール殿は、長年、ヴィクさんの求婚を突っぱねていたんですよ」
 リーシャルはこめかみを押えた。
 子供ができたからと結婚を迫るのは普通、女の人の方じゃなかったろうか?
 将来、自分もいざとなれば、この手を使おうと考えていたのだが。
「隊長さん、どうして今まで結婚しなかったの?」
 何かの参考になるかもしれないと思って、リーシャルは女騎士に尋ねた。
「あれが子供好きだからだ。私は子供ができにくい体質らしいんでな」
 子供が欲しいと思っても、結婚していたら、他の女に生ませるにも差し障りがあるだろうと淡々とした口調で言う女騎士にリーシャルは複雑な表情を向けた。
 船長から愛情の一方通行かと思っていたけれど、そうでもないらしい。
 まったくもって、恋愛というものは奥が深い。
 ちゃんと恋愛できるだろうか。
 そういう感情がなくても結婚はできるみたいだけど。
「それにしても、これも海神の御加護でしょうかね。王妃様と同時期に懐妊なさるなんて」
 のんきに魔術師が寝耳に水の発言をした。
 えええっと思い切りリーシャルは声を上げると、魔術師につかみかからんばかりにして問いかけた。
「義母上、子供ができたのっ?」
「まだご存じじゃなかったのですか?リーシャル様にすぐにお知らせしようとおっしゃっていらしたのですが」
 余計なことを言ってしまっただろうかと魔術師は困ったように首を傾げた。
 なんてことだ。ひょっとして、あの時、父上が声をかけたのも……。
 しまったなぁとリーシャルは舌打ちした。
 でも、まあ、いいや。帰ったら、まずはおめでとうを言って、それから、えーと……。
 早速、リーシャルはこれから生まれてくる弟か妹に王位を押し付けるべく日頃から考えていた計画を反芻しはじめた。
 父上と義母上の子供なんだから、素質は十分あるはずだよね。
 賢く丈夫に育ってもらうための手助けはできる。こっそり、将来は王様になるんだよと言い聞かせることもできるだろう。
 そんでもって、王位を継ぐのは厭だとか言い出さないうちに、とっとと嫁に行く、と。
 問題はどうやって相手をみつけるかだけど、それは交易船に乗ってあちこちに行けばいいし。交易で持参金を稼いでおけば、より相手は見付け易くなるし。
 いざとなれば、父上みたいな持参金目当ての子持ちやもめでもいいし。
「よしっ、がんばろ」
 拳を握り締め、声に出して自分に言い聞かせるリーシャルの心の声が聞こえたかのように、隊長がゆっくり口を開いた。
「シャル王女。男を押し倒すつもりなら、武術の心得があった方がいいぞ」
「やっぱり?」
 そんな気はしてたんだよねぇとリーシャルはちょっと首を傾げた。
「隊長さんも押し倒したの?」
「私か?私は」
「やめてくださいっ、お二人ともっ!」
 魔術師の悲痛な声が遮った。
「いいですか、姫君。この方々は特例です。参考にはなりません」
 いつになく強い口調で魔術師が断言した。
「もし、本当に姫君が手っ取り早く嫁入りなさることを望んでいらっしゃるのなら、男性達に黙ってにっこりほほ笑みかけるだけで結構。向こうから、よって来ます」
「本当?」
 それなら、とても楽だなと考えながらリーシャルは聞き返した。
「ええ。ですが、口をきいたらおしまいです」
 今、なんだか、ひどいことを言われたような気がする。
「それはシャル王女にとっては、息をするなというくらいに無理なことだと思うぞ」
 またも、ひどいことを言われた気がするが、確かにずっと黙っているなんてことはできそうにない。それじゃあとリーシャルは期待に満ちた目を魔術師に向けた。
「魔術を使って」
「駄目です」
 最後まで言わないうちに、魔術師に拒絶されてしまった。とてもとても悲痛な表情を魔術師はしている。
 自分の性格にはなにか根本的なところで、変更を加えねばならない部分があるようだ。
 やだな、これじゃ、父上と同じみたいじゃない。
 よく似た父娘だという自覚がリーシャルには全くなかった。
 でも、父上でも結婚できているし。
「それから、姫君、国王夫妻も特例ですから、参考になさらぬように」
 こっちも駄目なようだ。
 お祖父様達ならどうだろう?うん、こっちは大丈夫な気がする。
「それじゃ、お祖父様のところに行ってみるね」
 今度は魔術師も反対しなかった。魔術師も、彼らは良識的な人々だと信用しているらしい。
 その後、早速、祖父母のもとに出かけたリーシャルは二人のなれ初めなどを聞き出し、ようやくそういうことにも興味を持ち始めたのねと祖母を喜ばせることになったのだった。


 一年で最後の夜、青海国の浜辺では巨大な篝火が赤々と闇を照らしていた。
 海神に感謝を捧げ、そして願いをかけるための篝火だ。他の島々の浜辺でも同じように篝火がたかれていることだろう。
 青海国の姫君は、気合を入れて、燃えさかる炎のなかに木切れを投げ込んだ。
 ぱっと火花を散らして、燃え上がるのを眺めながら、リーシャルは海神に祈りを捧げた。
 今まで、何度も海神に願った願いごとは叶ったから、今年は新しいお願い事だ。
 自分が投げ込んだ木ぎれが炎に熔けて見えなくなった瞬間、海神が叶えてくれた願い事こそが、本当の「海神の贈り物」なのだということにリーシャルは気づいた。
 あの父親が、子供が欲しいと願掛けしたかどうかは分からないが、多分、父親が望むだろう国の安泰には世継ぎの存在も含まれてくる。
 だから、確かに自分は「海神の贈り物」だったのかもしれない。
 篝火の向こうに父親と義母の姿が見えた。
 父親が願ったのは、今年も青海国の安寧だろう。義母もそれに近いことを願ったに違いない。
 その安寧には、自分の願ったことも含まれる。
 だから、三人分ということで、よろしくお願いします、海神様とリーシャルが念を押していると、声をかけられた。
 冬にもかかわらず、頭のなかが春になっている船長だった。
「随分、熱心にお願いしてたみたいだな」
「人生かかってるんだもん。船長さんは何をお願いしたの?」
「そりゃあ、もちろん、子供が無事に生まれてくるように、だ」
 幸せいっぱい夢いっぱいの顔で答える男に聞いた自分が馬鹿だったとリーシャルは、ふっと小さく息を吐いた。
 しばらく炎を眺めていたリーシャルはふと思いついたことを尋ねた。
「船長さんは、子供に跡を継いでもらいたい?」
「んー、同じ仕事に就いてくれりゃあ、嬉しいかもしれんが、選ぶのは本人だからな」
 あごひげを撫でながら、比較的「まともな」顔で船長は応えた。
 意外と、そういうところは冷静なようだ。
 自分の父親の場合、子供に跡を継いでもらって嬉しいということはまずないだろうが、跡継ぎは必要不可欠と認識しているだろう。そして、より優秀な者を跡継ぎに選ぶことに迷いを覚えないはずだ。
 これから生まれてくる弟か妹が、自分より優秀に育つという可能性は高い。なにせあの父と義母の子供だ。
 だから、やはり問題となるのは、義母が自分に気兼ねすることないよう、うまく国を離れることができるかどうかだ。
 そして、それは結婚という形が、世間的にもっとも穏便で望ましい。
 やはり、自分のお願いは妥当だったとリーシャルは結論づけた。
「シャル王女、まさか、王位を継がないですみますように、なんて願かけしたんじゃないだろうなぁ?」
 笑いながら、船長が言った。
 なかなか勘が鋭い。
「近いけど、違うよ。すてきな男性と出会えますようにって、お願いしたんだよ」
 どうだ、まともだろうとばかりに得意げに答える。
「おお、女の子らしいじゃないか」
 一体、どうしたとばかりの驚いた顔を船長はしてみせるが、目が笑っている。
「女の子だもん」
 胸を張って応じたが、実際のところ、リーシャルのお願いの言葉は「女の子」らしからぬものであった。
 条件の合う適当な男の人を、船を難破させて漂着させてもいいですから、私の目に入るところに送り込んで下さい。
 そうリーシャルは海神にお願いしていたのだ。
 相手をその気にさせるのは自分の力量次第だが、人の出会いというのは偶然に左右される。よって、神々に任せるしかない。
 ただし、男神とされる海神が、この願いを聞いて、絶句したか、大笑いしたかは、人知の及ばぬところだ。
 人々の願いがこめられた炎は海神の目を楽しませようと明るく夜を照らしていた。

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