青海国の魔術師

青海国の魔術師(第10話)

 西大陸屈指の強国、アザール王国の飛竜騎士団は勇猛を誇る。
 しかしながら、その飛竜騎士達は、現在たった一人の少女に、すなわち青海国の魔術師に脅えきっていた。目が合ったら石にされるとでも思っているのか、魔術師の姿を見かけるや否や蜘蛛の子を散らすように逃げて行く。あまりに見事な逃げっぷりときたら、ちょっと本当に石に変えてみようかなとジェナイスがつい呟いてしまうほどだ。
 この調子ならば、自分が少々離れたところで契約主に危害を加える恐れはあるまいと判断したジェナイスは、なるべく早く戻りますからとルーヴァルに言い置いて、ウィレンを伴い帰国した。行きと違って、魔術を用いたために、一瞬で移動は完了する。ルーヴァルがひらひら手を振る姿がかき消された直後には山海を隔てた青海国に二人は到着していた。
 なにか違う。
 馴染みのある空間のはずなのに、ジェナイスは何故か違和感を覚えた。転移術の基点に使う広間の一角を普段仕切っている布が取り外されているからというのが原因ではない。空気が違うのだ。悪い感じではないが、なにやら浮き足立った気配が漂っている。
「あら、お帰りなさい、ウィレン」
 柔らかな女性の声がした方向へジェナイスが目を向けると、小柄な黒髪の女性と連れ立ってフィーアル王女が歩いてくるところだった。
 誰だろうとジェナイスが思っていると、ウィレンがさっと足を引き、めった目にしたことのない、正式な礼を取った。
「お久しぶりです、王妃様」
 ジェナイスは、ぽかんと開きそうになった口を慌てて閉じた。
 聞き間違いでなければ、王妃、と聞こえた。
 国王がいて、その子供達がいるのだから、王妃がいて当然なのだが、ジェナイスは今の今まで王妃がいるとは知らなかった。話題にすら上ったことがなく、早逝したのだろうと勝手に思い込んでいた。おまけに、今目の前にいる女性は二十歳近くの子供達を持つような年には見えない。せいぜい三十歳そこそこに思えた。黒髪に藍色の瞳と容姿も似ていると感じさせる部分はない。
「魔術師のジェナイス・エーレスね。私はサーリェ、この子達の母親よ。はじめまして」
 紛れも無く二十歳近くの子供達の母親だと女性は名乗った。ジェナイスは我に返ると慌てて礼をとった。
「はじめまして、王妃殿下。御挨拶が遅れたこと、お詫び致します」
「あら、そんなこと、王妃は休業していたのだから気にしなくていいのよ」
 にこにこと笑顔で王妃はそんなことを言う。通常、休もうと思って休める「仕事」ではない。
「ジェス、母は銀砂島出身で、先代の巫女長の妹にあたるの。四年前に巫女長が急逝したために、その娘が成人するまでの後見人として島に帰っていたのよ。ついでに、母のことを話題にしなかったのは、どこぞの国王が妻恋しさに国外逃亡するきっかけをなるべくつくらないように緘口令がしかれていたの」
 母親に任せていては埒が明かないと思ったのか、ジェナイスの驚きを悟ってか、手短にフィーアルが説明してくれた。銀砂島の存在はジェナイスも知っていた。予知に長けた巫女一族が治める島であり、南大陸で唯一竜魚がすむ島だ。過去に何度か大国の侵攻を受けそうになったが、竜魚の守りと魔術の用いにくい場所であるために、小さいながらも独立を保ってきた。今では南大陸の国々は不可侵協定を結んでいるが、隙あらば支配下に置きたいというのが君主達の本音だろう。予知能力というのは使い方によっては「武器」になりうる。
「では、陛下が時々、姿をくらましていたのは……」
「母に会いに出かけていたのよ」
 やっぱり、とジェナイスは苦笑をこぼした。数ヵ月国王不在でも問題が起きないのは青海国くらいかもしれない。
「フィーアル達は会いに来てくれなかったわね」
 恨めしそうに王妃が呟く。
「父上が国外逃亡するたびに、しわ寄せが全部こちらにきてたのだもの、そんな余裕はないわ。本当に大変だったんだから。セーナルが帰国したらしたで、より一層仕事増やしてこき使うし」
 第一王子セーナルは国王代理として十二分に政務をこなすが、それだけでなく世継ぎとして将来を見据えた計画に着手しているため、人使いはかなり荒い。そして第二王子ルーヴァルは、書類整理なら得意だが、外交など人と接する仕事には向かない。フィーアルの苦労は推して知るべしだ。
「でも、ユーナルの分の政務なんて、たかが知れているのではなくて?」
 事実ながら、結構、辛辣なことを王妃が言う。
「それでも、あるのとないのでは大違いなのよ。そもそも、コーレンさえいてくれれば、父上がいなくても問題はないんだけど」
「でも、コーレンがいなくちゃ、私もどうしようもならなかったのですもの」
「わかってるわ。だから、恨み言を私達に言うのはお門違いと言いたかっただけ」
 ジェナイスは首を傾げた。コーレンというのは何者だろう。名前からするとウィレン達の血縁者と推察されるのだが。
「それはそうだけど、寂しかったのだもの」
「父上が頻繁に会いに行ったでしょ」
「でも、あなた達ではないわ」
 おっとりと答える王妃を眺めながら、我が契約主ルーヴァル様は母親似だったのかとジェナイスは納得していた。総体的にフィーアルは父親似だが、はたしてセーナルは誰に似たのだろう。
「あなたがお嫁に行くのも、ユーナルに聞くまで知らなかったのよ」
「手紙を出さなかったのは悪かったと思うけど、それどころじゃなかったのよ、馬鹿が多くて」
 刺客として送り込まれた騎士達を返り討ちにしたあと、港の造成現場で働かせながらフィーアルは再教育を施していたのだ。嫁入りの際には荷物持ちとしてまとめて帰国させる予定である。
「こんなに急いで決めなくてもよかったのに」
「いつまでも居座っていると風当たりが強いのよ」
 あそこからのね、とフィーアルは手にしていた扇でこちらに向かって歩いてくる世継ぎを指し示した。
「自分は嫁をもらわないくせにね」
「それは政治的な配慮というものだよ。娘を王妃に差し出したい人間はうまく利用するに限る」
 婚姻をちらつかせ、有利に商談を運ぼうというのだろう。青海国の世継ぎは、利用できるものはとことん利用する。
「君の婚礼に使用してくれと山ほど南大陸から貢物が来ているよ。早急に仕分けをしてもらいたいのだけど」
「わかったわ。母上も手伝ってくださるかしら」
「いいわよ。セーナル、フィーアル宛てに届いたのだから、フィーアルがいいと思ったものは、ちゃんと渡すのよ?」
 自分よりずっと背の高い息子を見据えながら王妃はきっぱり言い渡した。
「信用がありませんね、私も」
 セーナルが苦笑をこぼす。
「だって、あなたもコーレンも、『青海国』を一番に考えるのですもの。こんな時くらいは順序を入れ替えてもいいと思わない?」
「わかりました、母上の仰せのままに」
「いい子ね、セーナル」
 にっこりと笑って王妃は娘と共に去って行った。その姿が見えなくなったところで、ゆっくりとセーナルが振り返る。
「ジェナイス、その珍しいものを見たという顔はやめてもらえるかな?」
 穏やかに言われてジェナイスは慌てて瞬きを繰り返し、丸くしていた目を元に戻した。
 しかしながら、実際に珍しいものなのだから仕方ないだろう、と心の中で呟く。
 この世継ぎの君が素直に譲歩するなんてことがあるとは思ってもみなかったし、完全に子供扱いする人間がいるとは知らなかった。国王は、全く子供扱いしていないというわけではないが、ほぼ対等に扱っている。
「いや〜、相変わらずですね、王妃様は」
 笑いをかみ殺した様子でウィレンが言う。彼もめったにないことを面白がっているのは間違い無い。
「母上が変わることなど、まずないだろうね。さて、帰国早々に悪いのだけど、ジェナイス、少し働いてもらえるかな?」
 相変わらず質問形ながら有無を言わさぬ態度でセーナルが言った。
「どのようなことでしょうか」
「どこの物好きだか知らないが、銀砂島を出てからずっと母をつけている者がいるらしい。その始末を頼みたい」
「……始末とおっしゃいますと?」
 世継ぎの君の真意をはかりかねてジェナイスは聞き返した。
「単に海に沈めるだけなら君に頼むまでもなく、父上がやっている。なるべく穏便に済ませたいから、目的を聞き出したあとは記憶喪失などになって帰ってもらおうかと」
「魔術師も絡んでいるのですか」
「父上が南大陸沿岸で完全にまいたはずの船がこの青海国にまで現れたのだから、そう考えていいだろう」
 セーナルは、政務の能力はともかく、操船術については国王に信頼を置いている。
「わかりました。その船は今どこに?」
「港に停泊中。ティレンに検査と称して船内を調べさせている。この島に君が他の魔術師の干渉をはねつける術を張っていてくれたから、今ごろは多分、母上の気配を見失って途方にくれているだろうな」
「……まあ、術が破られた形跡はないですから、そこまで魔力の強い魔術師ではないと思いますが」
 それでも、王妃に術をかけた形跡もないし、王妃の気配のみで追跡してきたとなれば、かなり器用な術者であることは確かだ。
「では、行こうか」
「セーナル様も行かれるのですか?」
 意外に思ってきくと、セーナルは肩を竦めた。
「今、念のためにと父上が港の警備にあたっているのだけどね、暴走したら困る。それに母上がらみとなるとコーレンの妻まで暴走しかねない」
「あの、コーレン殿とは何者ですか」
「そうか、君は知らないのだったな。ウィレン達の父親で、父上の従弟であり、腹心だ。父上が王位に就いてから実質的に政務を担ってきた人物でもある」
 それでか、とジェナイスは納得した。
 セーナル達が成長して政務に携わるようになるまでの間、どうやってあの国王が政務をこなしていたのだろうと常日頃から不思議に思っていたのだ。
「では、その奥方が暴走するというのは?」
「俺達の母は王妃様付きの護衛で、めちゃくちゃ強いんだ。そして、父はその母に甘いから、暴走しても止めない」
 今度はウィレンが説明する。いまひとつ彼の母親については把握しきれないが、暴走したら困る人達が暴走しようと待ち構えているらしいことだけは分かった。
「急いだほうがよいようですね」
「ああ。君もつきあいたまえ」
 そろそろとその場を離れかけたウィレンに声をかけ、セーナルが先に歩き出す。
「帰ってきたばかりなのになあ」
 一人だけ楽をしようといったってそうはいかない。
 ジェナイスはウィレンを急き立ててセーナルの後を追った。


 問題の船は明らかに貴族の所有するものだった。外洋を航海するにたる立派な船であるが、無駄に装飾があり、なにやら紋章を船首には掲げている。南大陸西部カルダン王国の船だなとセーナルが呟くのが聞こえた。彼は両大陸主要貴族の紋章をほぼ記憶しているのだ。
「王妃様がまた正直な感想を口にして怒らせたとかいうわけじゃないですよね」
 うさんくさげに波止場近くの建物の影から船を見上げながらウィレンが呟いた。
「母上は宣託するふりして、声の聞こえぬところでにっこり笑っていただけだというから、それはないだろう」
 やはりルーヴァル様は母親似だとジェナイスは確信した。馬鹿正直に思ったことをそのまま口に出して相手を怒らせるのはルーヴァルの得意とするところだ。
 二人の会話を聞きながら、ジェナイスはそろりと魔力の糸をのばして船を探った。予想通り、さほど強い魔力を持つ魔術師ではないが、船に張り巡らせた防御の術から見る限り、腕はいいようだ。特に、あからさまな敵意を感じさせるものはない。気配からして武人と思われる人間も少ない。
 やがて港から、小走りに男がやって来るのが見えた。セーナルの従者ティレンだ。
「妙なことになってきました」
 困惑した様子でティレンはそう主に告げた。
「王妃様へ害意はないことは確かなのですが……」
 そうして語られた経緯に、ジェナイスは魔術探査の手を止めて沈黙するしかなかった。


 王妃を追って契約主とともにやってきた若い魔術師はやたら腰が低かった。城内に通されてから、ずっと頭を下げ通しだ。
「御迷惑をかけて申し訳ありません」
 魔術師が黒褐色の頭を何度もさげる一方、その契約主は周囲の様子など目に入らぬ様子で、窓辺に座って娘と語らっている王妃目掛けて突進した。
「ああ、ようやくお会いできた、うるわしの我が女神よ」
 この馬鹿はなんだとばかりに向けられたフィーアルの氷の眼差しにすら気づかずに、大貴族の跡取りだという若君は王妃の前に膝をついた。南大陸人らしい黒髪に赤銅の肌をした若者は、なかなかに整った顔立ちをしているが、熱に浮かされたような表情をしている。そして続けて紡ぎ出された言葉に、確かに熱があるに違いないとジェナイスは確信した。
「貴女こそは我が喜びの泉、貴女のいない我が人生など砂漠。この哀れな男が潤いある緑に満ちた人生を送れるよう、求婚する無礼をお許しください」
 目を丸くする王妃の横で、本当に無礼ねとフィーアルが呟いている。
 ティレンに聞いたところ、彼は銀砂島を訪れた際、王妃に一目惚れし、島に通い詰めた挙げ句、王妃が姿を消すとお抱え魔術師を使って後を追ってきたとのことだった。
「申し訳ありません、この方はちょっと特殊な性質で、恋に落ちたらもう何も目にも耳にも入らなくなるんです」
 へこへこと頭を下げながら魔術師が言うのも、その契約主の耳には届いていないようだ。
 彼の言うことは本当なのだろうと、いつの間にやらにじり寄って王妃の手を取り熱く語りかけている若者を見て、ジェナイスは頷いた。
「ひょっとして、私と結婚したいと言ってるの?」
 まくしたてられる賛辞と求愛の言葉に首を傾げながら王妃が言った。この様子だと、王妃が島にいる間、彼の存在を認識したことはなかったようだ。
「その通りです、女神よ」
 うっとりと王妃を見上げながら若者は頷く。
「私、あなたよりもずっと年上よ?」
「年の差などなんの障害にもなりません!」
「でも、駄目よ。私はもう結婚しているし、離婚する気もないもの。それに貴方は二十歳にもなっていないでしょう? いくらなんでも、子供と同じ年頃の男の子をそういう対象として見るのは無理よ」
 若者が固まった。
「……子供?」
「そう。この子は私の娘。近々、嫁ぐのよ」
 王妃が隣のフィーアルに手を添えて言う。
 若者はフィーアルに目を向けたあと、胸を押さえて、大げさによろめいた。
「なんと……なんたること……」
 まさか、こんなことが、とぶつぶつ呟いている。年の差など関係ないとは言うものの、よもやそれほどまでに年の差があるとは思ってもいなかったのだろう。そして既婚者であることも、子供がいることも想定外だったに違いない。
 ジェナイスは魔術師に近づいてその袖をひいた。魔術師はジェナイスを確認した途端に飛びずさり、へこへこと今まで以上の勢いで頭を繰り返し下げた。
「すみません、すみません。エーレス一族にたてつくつもりなど毛頭ないんです」
「喧嘩売られたなんて思ってはいないけど。いくら契約主だからって、わざわざこんなとこまで連れてくる必要ないでしょ?」
 腕のいい魔術師とはいえ、術を紡ぐ苦労は並大抵のものではない。追いかけてくるくらいなら、見失いましたと報告したほうが楽だったろう。いくら契約を結んでいるとはいえ、抜け道はいくらでもある。
「申し訳ありません。ふられたあと、次にいくまで船旅のおかげで時間が稼げると思いまして」
 その言い分にジェナイスは眉をひそめた。
「そんなに惚れっぽいの?」
「誰かに恋していない期間が一年に十日もあればましってくらいには」
 大真面目に、悲壮感を漂わせながら魔術師は答えた。
「暇な男だ」
 ジェナイスが心の中で思ったことを、そのまま口に出したのはセーナルだった。
「彼に婚約者はいないのか?」
「はい。……いれば、いくらなんでも海を越えてまで女性を追いかけることもないと思うのですが」
 困り果てた顔で魔術師が答えると、セーナルは意味深な笑みを浮かべた。
「カルダン王国に拠点を持つのも悪くはないか。ティレン、適当な人材は何人ほどいる?」
 いったい何の人材なのか、ジェナイスにはわからなかったが、ティレンにはわかったらしく即答した。
「十五歳から十八歳に限って、今なら三人は東大島にいると思いますが」
 そしてその双子の弟ウィレンもすぐに理解したらしく、更なる情報を付け加えた。
「三人とも銀髪青目、南大陸人には喜ばれますよ。おまけに、みな十人並以上の容姿は備えてます」
 まさか、とジェナイスは思ったが、そのまさかであった。
「では、傷心の彼に素晴らしい女性達を紹介してあげよう」
 にこやかに告げると、セーナルは自分の世界に浸って悲しんでいる若者へ近づいて行った。男女問わずたらしこめるであろう微笑を浮かべて話しかける姿に、セーナルを知る者は恐怖を覚えたに違いない。
「あ、あの」
 魔術師の若者はあからさまにうろたえていた。
「ふらふらしている若君には、しっかり者の嫁が必要でしょう? 悪い話ではないと思いますが」
 穏やかにティレンが魔術師に向かって言う。
「そ、それはそうなのですが」
「カルダン王国にとっても通商が発達するのは歓迎すべきことではありませんか」
 それに、とティレンは立て板に水とばかりに青海国とつながりを持つことの利点を並べ上げていく。
 やはりティレンはセーナルの従者をやっていることだけはある。
 半ば呆れつつもジェナイスは感心して、舌先三寸でそれぞれの標的を丸め込んでいく主従を眺めていた。


 青海国の第一王女は、嫁入り道具の目録を作成していた。傍らでは、王妃がそれらの荷造りをしている。ジェナイスは、その品々に簡単な魔術でしるしをつけていた。何者かに盗まれても、すぐに見つけ出せるようにだ。
「まったく、他人に嫁の世話をするくらいなら、自分がもらえばいいのよ」
 目録のインクを乾かすべく、扇子で風を送りながら、フィーアルがこぼした。
「あれにどんな相手が適当かなんて思いつけないけど」
 王女の言う「あれ」とは、間違い無く三つ子の兄のセーナルのことであろう。一癖も二癖もある世継ぎの君にどのような伴侶がふさわしいかは想像し難い。
「王妃に迎えるなら、少なくともフィーアルと同等以上の外交能力と容姿を持つ女性でなくては駄目だと言ってたわ」
 碧玉の首飾りを柔らかな布でつつみながら王妃が応じた。
 それは王妃を迎えるつもりがないと言ってるも同然ではないかとジェナイスには思えた。
「人材補充が目的なのが見え見えね。一年もすればまた条件が変わるわよ」
「そうね。ルーヴァルのことは、やはり東大島に行かせるつもりなのかしら」
「最終的にはファリに選ばせると言っていたけれど、セーナルのことですもの、選択肢を他に残しておくはずがないわ」
 そうかしらねと王妃は首を傾げている。
 だが、確かにフィーアル王女の婿選びに当たっても、最初っからセーナルはアザール王国のオーリス王子を用意していたように思われる。そして、それをフィーアル自身も見抜いているのだ。ジェナイスに国政のことはよく分からないが、見抜いた上でも他に選びようがない状況にセーナルは妹を追い込んでいたのだろう。
 ジェス、とフィーアルが呼びかけた。
「あなたも利用されないように気をつけるのよ。セーナルは、複数の選択肢を用意して決断を迫るように見せかけて、実はひとつしか用意していないんだから」
 ジェナイスは乾いた笑いをこぼした。
 例えこの先、誰かと恋に落ちることがあっても、そう仕向けられたのではないかという疑いを持たずにはいられないであろう。
「セーナル様って誰に似ていらっしゃるんでしょうね」
「誰にも似てないわよ」
 フィーアルの答えには、あんな人間が二人もいてたまるかという思いが込められていた。そしてまた、ジェナイスもその答えに何やら安堵感を覚えたのであった。

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