青海国の魔術師

青海国の魔術師(第12話)

 青海国の第一王女がアザール王国の世継ぎに嫁いだ。
 婚礼行列の中、飾り立てられた騎竜の背に揺られつつ沿道の人々に惜しまず笑顔を向ける美しい花嫁はたちまち民衆を魅了し、街には熱狂的な歓声が響いた。王子妃が分厚いベールを被ることなく素顔をさらし、貴族でもない人々に微笑みかけ手を振るなどアザール王国史上初めてのことだ。ましてや新郎新婦は滅多に見られぬ美男美女である。この婚礼行列は後々まで語り草となり、アザール王都民の自慢の種となった。
「さすがフィーアル、人心掌握に長けているねえ」
 歓声を上げる人々を眺めながら、のほほんと感想を述べたのは、その三つ子の弟、ルーヴァルだ。彼は竜にひかせた、馬車ならぬ竜車に乗っている。騎竜になるのは性質の穏やかな地竜の一種で、初心者でも簡単に乗ることができるのだが、運動能力に恵まれていないルーヴァルの場合は転げ落ちる可能性があるために竜車で運ばれることになったのだ。ちなみに普通は花嫁も竜車に乗る。
「まずは民衆と竜騎士団を味方につけて貴族連中に対抗しようというところですかね」
 ひょいと窓から手を伸ばし、落ちてきた花をつかんだ従者のウィレンが呟く。この辺りでは見かけることのない鮮やかな青紫色の花は、海岸部からジェナイスが魔術で運んだものだ。それを上空から竜騎士達が撒き散らし、地上の人々のもとへ降らせている。その役を担う竜騎士達はオーリス王子に仕える者がほとんどだが、王子妃に新たに仕えるようになった者も含まれている。フィーアル自らが「再教育」を施した竜騎士達だ。自分の暗殺のために送り込まれてきた騎士達を半年ほどで自分の味方に変えてしまうあたり、さすがとしか言いようがない。そしてその騎士達のなかには、青海国出身の娘を妻に伴って帰国した者もいる。着実にフィーアルはアザール王国へ楔を打ち込んでいた。
「フィーアルに関しては心配することはないね」
 契約主の言葉にジェナイスは深く頷いた。

 婚礼の翌日、青海国の魔術師は契約主から一通の書簡を手渡された。早朝、飛竜運送組合所属の小型飛竜によって運ばれてきたという。送り主は王家の商船団長の娘、ファリである。同封の手紙について調査すべきではないかとあり、その手紙を入手した経緯が書かれていた。飛竜運送組合が配達した手紙なのだが、何者かによって途中ですり替えられ、本来届けられるはずのものが消え、代わりにその手紙が配達されてしまったのだという。
「……なんて書いてあるの?」
 隣からのぞきこんでいるウィレンにジェナイスは尋ねた。西大陸の言葉をジェナイスはなんとか話せる程度で読み書きはほぼできない。
「あ〜、ちょっと声に出して読むのが恥ずかしいな。要約すれば、自分は政治的な理由から結婚するけど、君とのつきあいはこれまで通り続けたいとかいう身勝手な野郎のたわごとが書かれてる。……って、これ、オーリス王子の署名じゃないですかっ」
 ウィレンがぎょっとして大声を上げた。
「そうなんだよね。筆跡もそっくりなようだ」
 義兄の浮気の証拠とも言うべきものを前にルーヴァルは落ち着き払っている。その様子にジェナイスとウィレンは顔を見合わせた。どうやら「虚偽」とルーヴァルは判断したらしい。
「……ま、俺の知る限りじゃ、オーリス王子はこんな甘い言葉は使いませんね。それにこんなに深い仲の女がいるんだったら、どんな手を使ってでも事前にセーナル様が手を切らせているはずだし、仮にそういう関係の女性がいたとしても、ばれるようなヘマはしないでしょうし」
 ウィレンの言葉にジェナイスはうんうんと頷いた。なにしろオーリス王子は、いい根性をしている青海国の世継ぎの友人だし、やり手のフィーアル王女が夫に選んだ人物だ。筆跡が同じであっても、おかしな点が多すぎる。
「フィーアルに対する嫌がらせなんじゃないかと考えているんだけどね」
 おおいにありうる。また深くジェナイスが頷いたとき、当のオーリス王子の声が聞こえた。
「君達の評価が高くて嬉しいよ」
 どうやら聞いていたらしい。苦笑を浮かべながらオーリスは近づいてきた。彼は図星をさされたからといって、怒るような狭量な人間ではない。その後ろに従っている黒髪の竜騎士も笑いを堪えている様子だ。
「そちらと同じ便で私にもリュードから書簡が届いた。仲違いさせたがっている人間がいるらしいと警告してくれたよ。犯人探しについては飛竜運送組合が協力してくれるそうだ。商売の邪魔をされて、組合長は大変機嫌が悪いらしい」
 元アザール王国の騎士で、現在は飛竜運送組合の飛竜乗りであるリュードからの知らせによると、文書が入れ替わったのは、届ける途中に街中でぶつかってきた男が慌てて落とした文書を取り違えたという、ごく単純なミスだったそうだ。今は文書偽造専門業者からその男の身元を割り出しているところらしい。いくら信用第一の裏社会の専門家といえ竜にすごまれては隠し通すことはできないだろう。
「フィーアルの耳には入れてあるのですか?」
 ルーヴァルが義兄に問う。聞きようによっては脅しているようにも取れる言い方だ。
「いや、まだだ。勇気がなくてね」
 ジェナイスは首を傾げた。
「このような一目で偽物とわかるものを見たところで、怒ったりはしないと思いますが」
 おっとりした口調でルーヴァルが言う。
「だからこそ、だ。妬いてくれないのは、それはそれで寂しい。あっさり片付けられるのを目のあたりにするには心構えがいる」
 ……これは、のろけ?
 判断しかねて、眉間に微かに皺を寄せて固まっているジェナイスの肩をウィレンがぽんっと叩いた。

 問題の手紙は義兄に代わってルーヴァルの手でフィーアルのもとに届けられた。フィーアルは書面を一瞥すると予想通り、鼻で笑った。
「コレクションが増えたわ。でも、この文書屋はいい腕ね。筆跡の偽造だけなら、これまでの中で最高のでき映えじゃないかしら」
「コレクションって?」
 聞いたルーヴァルに答える代わりにフィーアルは近くの籠を指差した。無造作にカードや書簡らしきものが放り込まれている。
「右側が私の筆跡を真似たもの、左側がオーリスの筆跡を真似たもの。さも手違いで入ってしまったかのように、婚礼祝いの贈り物の中に紛れ込ませてあったわよ」
 婚礼祝いの贈り物の管理はフィーアルに全て任されている。どの国の誰とどの程度の付き合いがあるか把握するのに都合がよいからだそうだ。
「考えることは皆似たようなものなのね」
「これをどうするつもりなんだい?」
「送り主のリストを作って、今後の外交の参考にするのよ。ミアラって誰だったかしら」
 新たに加わった書簡を見ながらフィーアルが呟く。
「商用の書簡と入れ替わってしまったらしいよ」
 あら、とフィーアルは声を上げた。
「それならあるわよ。穀物の取り引きについてでしょう?」
 フィーアルが目配せすると、侍女のエスリンが書物机の引出しから書簡を出した。さすがにこちらは純粋な手違いだと判断していたようだ。
「ああ、ゼレイアのミアラ王女ね。昨夜、会ったわ。確かにこんな文書を偽造させそうな人ではあったわね。ところで、こちらの書簡は飛竜運送組合に返すべきかしら?」
「これらは私が処分しておきますわ」
 にこやかに言ってエスリンが引き取った。
「そう? では、よろしくね。ルーヴァに少し聞きたかったのだけど…」
 フィーアルはさして気にも留めず、三つ子の弟に贈り物の品定めに関する相談を始めた。オーリス王子が言った通り、嫉妬のかけらもないようだ。しかし、その代わり、腹心とも言うべきエスリンから何やら不穏な気配を感じる。
「ねえ、ジェス、ちょっとお願いがあるのだけれど」
 案の定、何やら企みの香りをぷんぷん漂わせながらエスリンはそっと魔術師の腕を引っ張った。

 故郷の青海国から遠く離れたアザール王国へ何のためらいもなく女主人に付き従ったエスリンにしては当たり前といえば当たり前のことかもしれない。でも、本人がたいして気にしていないのなら、放置しておいてもいいのではないだろうか。おずおずとジェナイスがそう言うと、妙に迫力のある笑みを侍女は浮かべた。
「フィーアル様の視界には入っていなかろうと、私にとって目障りなのよ」
 エスリンの言い分はこうだ。ゼレイアの第二王女はオーリス王子と同時期に「学びの都」へ留学していたのをいいことに、昨夜の祝宴の席でこれみよがしに親しさを強調してみせたのだという。さらには島国の王女とは違うのだとばかりに自らの教養の高さを誇示して、よりによってフィーアル王女を田舎者扱いしたそうだ。
「留学とは名ばかり、婿探しが目的で、色目使って過ごしていた馬鹿女の分際で! よくもまあ、青海国をこけにしてくれたわね。ゼレイアなんかよりずっと発展しているわよ」
「本当に教養のある人なら知っていることで、自ら馬鹿っぷりを人前でさらしたわけだし、そんなに怒らなくても」
 まあまあとばかりになだめるウィレンをぎっとエスリンは睨みつけた。
「その馬鹿女が馬鹿にしたのが許せないのよっ」
「フィーアル様は相手にすらしてないんだろ」
「言ったでしょう、私にとって目障りなの!」
 従姉の怒りっぷりにウィレンは遠くへ視線をさまよわせ、やっぱ親が双子だもんな、母さんと似ているとこがあってもおかしくはないよなと意味不明な呟きをもらしている。
「だから、ジェス、この署名を消して」
 先ほどの偽文書をエスリンは勢いよく魔術師につき付けた。
「……署名を消しても一応、筆跡はオーリス王子のものなわけで」
「あのね、これはオーリス王子と本当に親しい人ならすぐに偽物と分かるのよ」
 まるで子供に言って聞かせるかのように、ゆっくりはっきりとエスリンは言った。
「どうして?」
 そう言えば、ルーヴァル王子といいフィーアル王女といい、取りたて調べる様子も無く偽物と断定していた。
「書体が違うの。西大陸中央部の国々の王族は、慣例的に私文書と公文書で書き分けているのよ。いくら私的な文書を受け取る人間の数が限られていようと、それすら知らないくせに、たばかろうなんて浅はかさがますますむかつくのよっ!」
 ジェナイスはウィレンに助けを求めたが、彼はとおに諦めたらしく遠い目をしたまま帰って来ていない。
「それでは署名を消すまでもないんじゃ…」
「人の記憶に残られても困るし、敢えて公用の書体で書いたと思われても困るわ。筆跡は同じなんだから」
「契約主の許可がないと魔術は……」
 もごもごとジェナイスは反論を試みた。なんとなく、フィーアル王女に問い詰められるルーヴァル王子のような気分だ。
「使えるでしょ、こんなささいなことなら。いくらでも抜け道はあるでしょ」
 全くその通り。エスリンの知識はたいしたものだ。さすが青海王家に仕えるだけあると素直に感心した。だが、それでも引き受けるのにはためらいがある。
 実際のところ、エスリンの言うように、契約しているとはいえ多少なら契約主以外の依頼でも魔術を使うことはできる。ただジェナイス自身、大規模な魔術なら得意だが、インクを紙から分離するような繊細な魔術は決して得意ではないのだ。これは父親も同じで、細やかさを要する魔術は叔父や従兄のほうがずっと上手だ。
 返事を濁すジェナイスに侍女は指をつきつけた。
「クレムグ・エーレスを雇うわよ」
「うっ」
 エスリンは人の弱点というものをよく把握している。
「……やらせていただきます」
 例え細やかな魔術は苦手でも、父親にかかわらせるぐらいなら何が何でもやってみせる。父親が引き受けるとは思わないが、連絡を取ったついでにちょっかいを出されても非常に迷惑だ。
「よろしくね」
 青海国の魔術師に向かって忠義者の侍女はあでやかに微笑んだ。

 婚礼祝いにアザール王城を訪れた姫君たちは小広間でかたまって談笑していた。オーリス王子狙いだった者も中にはいるようだが、そのほとんどは際立った美貌の主であるフィーアルを目にして諦めがついたらしく、新たな結婚相手探しに尽力しているらしい。そうした情報をもたらしてくれたのは、隣国トルヴェの公女だった。「困ったことがあったら彼女に相談するといい」とセーナルが妹に紹介状を渡してあり、それをエスリンが持って公女を訪ねたところ、いちもにも無く協力を申し出てくれたという。まだ十五歳で、学びの都にて留学中だという公女は年齢の割りに落ち着いた少女だったが、何故かしら紹介状を読んだ途端に激しい動揺を示したそうだ。
「あー、兄貴から聞いたところ、西大陸で唯一セーナル様の本性を知る女性で、何やらセーナル様に弱みを握られているんだとか」
 そうウィレンから聞かされたとき、ジェナイスは心から公女に同情した。知らなければ幸せだったろうにと思わずにはいられない。
 小広間の隅でウィレンと壁かけを眺めるふりをしながら、ジェナイスはさりげなく姫君たちの集団を観察していた。トルヴェの公女は取りたてて目の引くところのない少女で、積極的に会話に加わる様子もない。対照的に問題のゼレイアの王女は華やかな美貌の持ち主で、会話の中心にいる。有力な国の王女ということもあり、自信のほども知れるというものだ。
 ようやくエスリンが姿を現し、侍女らしく、そそとした所作でゼレイアの王女に近づき、声をかけた。女主人あての贈り物に紛れ込んでいたのだが、王女宛ての手紙ではないかと言いながら、手紙を差し出している。王女が微かに満足そうな笑みを浮かべるのをジェナイスは見逃さなかった。皆の前で、偽手紙を広げる機会に恵まれたことを喜んだのだろう。エスリンが言うように、確かに浅はかな女性かもしれない。なぜ、それをわざわざ人のいるところへ運んで来たのか、不審に思わないのだから。
 隣にいた姫君が横からのぞきこみ、まあと大仰に驚いた。
「ひょっとしてオーリス様からのお手紙じゃなくて?」
 別の姫君が手紙に目をやり、頷いた。
「確かにオーリス様の字のようですわ」
「さようでございますか」
 エスリンは落ち着き払っている。怪訝そうな顔でゼレイアの王女が手紙を調べ、眉をひそめた。オーリス王子の署名がないことをおかしいと思ったのだろう。
「よく似てはいますけれど、違いますわ」
 そっと手紙をのぞきこんでトルヴェの公女が穏やかに言うと、最初にオーリスの名前を挙げた姫君が唇をとがらせた。
「わたくし、オーリス様のお書きになる文字はよく目にしましたけれど、とてもよく似ていますわ」
 そうだそうだと幾人かの姫君が同意する。だが、公女は首を横に振った。
「アザールでは、私の故国と同じで、公の場で書かれるものと私的なものとでは書体を変える慣わしがありますもの。こちらは公文書用の書体で書かれておりますわ。こうした手紙は私的なものでしょう? ですから、これは偽物ですわ。ひょっとしたらオーリス様のふりをして、ミアラ様を欺こうとした者がいるのかもしれません」
 深刻そうな顔つきで公女は言う。なかなかの役者だ。
「そう言えば、この周辺の国々では公私で書体を変えると私も耳にしたことがありますわ」
 一人の姫君がつぶやくように言った。
「これを書いた人がそれを知らなくて何よりですわ。その程度のことも知らずに欺こうとするなんて。あまり頭のよろしい方でなくて助かりましたわね、ミアラ様」
 そう言って、悪気のかけらもない笑顔を公女は浮かべる。ゼレイアの王女の顔が強張った。
「一体、誰かしら。ミアラ様にふられた誰かさんかしら」
「オーリス王子に青海国の姫を取られた、どこかの若君かも。お二人の仲を裂くためにしたのかもしれませんわ」
 ああだこうだと姫君たちは他愛もない話に興じている。誰も深刻なものとして受け止めていないようだ。
「ただの悪戯でようございましたわ。未婚の姫君に不名誉な噂が流れては大変ですから。このような手紙を受け取ったとあれば、姫君のお名前に傷がつきますから、こちらで処分いたしましょう」
 さも親切ぶってエスリンが申し出る。その言葉で幾人かの姫君がはっとした顔になった。ライバルを蹴落とす、いいネタができたことに気付いたのだろう。そして、その危険性にゼレイア王女自身も気付いたようだ。
「ええ、お願いするわ。そんな手紙に心当たりはありませんもの」
 なんでもないことのように言って手紙をエスリンの手に戻したが、王女のもう片方の手はぎゅっと扇子を握り締めていた。
「……悪い噂がしばらくは流れるわね」
 姫君たちに背を向けて、ぼそっとジェナイスは呟いた。
「既婚者と付き合いのある、身持ちの悪い王女ってのはかなり問題ありだよなぁ」
 小広間の外へと歩きながら、かわいそうにとウィレンは言う。
 真偽はどうであれ、確かに手紙は存在し、幾人かの目に触れているのだ。噂を呼ぶには十分だろう。
「人を陥れようとするからには、自分も陥れられる覚悟はしていてもらいたいけど、少々、気の毒ね」
「喧嘩を売る相手を間違ったんだな。もっとも買ったのは売った相手じゃないけどさ」
 自分が喧嘩を売るときは、相手を選ぶだけでなく、その周囲もよく見てから売ろう。
 売らないという選択肢を選ばないほどには、青海国王家の色に染まってきていることにジェナイス自身は気付いていなかった。

 アザール王家の新婚夫婦は、王族以外許可なしに立ち入ることのできない奥庭の東屋で向かい合ってお茶を飲んでいた。つる草に覆われ、すぐ横には水路があって水が音を立てて流れているため密談に最適の場所として選んだようだが、それは使い方を間違っているようにジェナイスには思えた。小さいながらも季節の花々が咲き、甘い香りの漂う空間は、本来なら王族が誰にも邪魔されずに愛を語らえるようにと造られたはずだった。その本来の目的に外れていることに気付いていないのか、敢えて無視しているのか、新婚夫婦はルーヴァルをまじえて今後の外交戦略を練っている。手持ち無沙汰な従者と魔術師は並んでぼんやりと水路を泳ぐ魚を眺めていた。
「そう言えば、トルヴェ公女、リエンナ様だったかしら? お礼を申し上げる間もなく、今朝早くに出立されてしまったのだけれど、何かあったの?」
 話が一段落ついたのだろう、フィーアルがそう尋ねる声が聞こえた。
「セーナルとほとんど同じ造りの顔を見ているのが苦痛になったんだろう」
 笑いを含んだ声でオーリスが答える。
「一体、セーナルは何をしたのかしら」
「あいにく私も知らないんだ。私が知っているのは、リエンナ嬢が非常にセーナルを恐れていることだけだ。そして知る限りでは彼女がセーナルの頼みを断ったことはない。中にはかなり無茶な頼みもあったんだが。知りたければ、本人に直接聞くしかないな」
 決して聞きたくない気がするのは何故だろう。
 フィーアルも関わり合いになりたくないのか、それ以上追及する気にはならなかったようだ。しかし、意外にもルーヴァルがいつものようにおっとりした調子で言った。
「聞いてみようかな」
 思わずジェナイスはウィレンと顔を見合わせた。
「……ルーヴァ、あなた、単に学びの都の大図書館に行きたいんでしょう? 行くのはかまわないけれど、下手に公女を巻き込むんじゃないわよ」
 呆れたようにフィーアルが言い、さすが三つ子、よく分かっているなとオーリスが感心している。全くその通りだ。
今後、わかりづらいルーヴァルの意図をフィーアルに解説してもらえなくなるのは、結構な痛手だ。故国を遠く離れて嫁いだフィーアル王女の先行きに不安はないが、自分たちと契約主の先行きは非常に危ぶまれる。
「大図書館か…」
「大図書館ね…」
 従者と魔術師はそれぞれ呟いた。
 大図書館なんてものに入り込んだら、ルーヴァルが出てくるのはいつになることか。そして、そんなにも長い間、国を離れていたらセーナル王子に何を言われることか。もちろん、従者のウィレンやジェナイスも責任を問われるだろう。
「こういうときこそ、契約外でも魔術は使うべきじゃないか?」
 重々しく低い声でウィレンがささやく。
「私もそんな気がするわ」
「結果的にはルーヴァ様にとってもいいことだし」
 三つ子の兄を怒らせたら、ルーヴァルもただでは済まない。世継ぎの君は身内により一層厳しいから余計に、だ。
 短い密談の結果、うっかり魔術を間違って帰国してしまおう、とジェナイスはひそやかに決意した。


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