青海国の魔術師

青海国の魔術師(第13話)

 「学びの都」は西大陸南東部にある都市国家の一つだ。もともとは、南部で勢力を誇る都市連合に属する都市のひとつだったが、数代前の元首が大金をつぎ込んで学舎を開き、中立宣言をしたのが始まりだ。いかなる手段を講じたのか、他国に侵略をしないことを条件に竜の守護まで得て、その地位は保障されている。そのこともあり、学舎には大陸中から学者が集まるだけではなく、貴族や豪商の子弟も教養を身につけるべく送り込まれるようになった。才能ある人間の発掘を目的に推薦入学なども行われているので、出身層は幅広い。また、共学ではないものの、十年ほど前からは女生徒の受け入れも始まっていた。実際のところ、教養を身につけさせるという口実のもとに、よい縁談を結ぶことを目的とする者が多いといわれている。
 そのように学びの都の概要を語った青海国の世継ぎへ、ジェナイスは魔術をかけた鏡越しに不審の目を向けた。西大陸中央部のアザール王国に嫁いだ青海国王女と、もしものときに直接連絡が取れるよう準備していた甲斐があって、なんの支障もなく海を隔てた青海国にいる世継ぎの君とは連絡が取れた。が、なにか不具合があって本当はうまく通じなかったのではないかと思いたくなるような予想外の反応だった。
 第二王子が学びの都に行きたがっているんですが、強制的に帰国させてもいいですかという、お伺いに対する返答の代わりがこの説明なのだ。もし学びの都にある大陸一の蔵書を誇る図書館に第二王子が入り込んだら何年でも出てこないおそれがあるにもかかわらず、だ。
 青海国にいる世継ぎにもジェナイスの姿は見えているはずだが、魔術師の反応を気にした様子もなく、さわやかに微笑んでのたまった。
「そういうわけで、玉石混交、馬鹿者から切れ者まで人材がそろった場所でもある。せっかくだから君たちも3ヶ月くらい学んでおいで」
 魔術師とはいえ、まだ年若い君には同年代の人々と触れ合うことも大切だろうとかなんとか、それっぽいことを言っているが、目的は別にあるはずだ。
「君たち、とは具体的に誰が含まれるんですか」
「ルーヴァルと君とウィレンとファリ」
 第二王子と魔術師と従者と王家の船団長の娘である。
「目的は?」
 だめでもともとと思いつつ聞いてみると、あっさりと答えがもらえた。
「表向きは人脈を広げるため」
「表向きじゃない目的は?」
「本当に聞きたいかい?」
 優雅に微笑まれてジェナイスは反射的に首を横に振った。世の中、知らなくていいことがあるのだ。
「ファリには使いを出して現地で合流できるよう手配した。イセーに父上の捕獲を依頼したから、そのついでにね」
 青海国王夫婦は娘の婚礼に先駆けて西大陸を訪れ、そのまま物見遊山の旅を続けているのだ。その「約束した期限」が迫っているらしい。ルーヴァル王子が学びの都を訪れるのも、すでに打ち合わせ済みだった可能性がある。
「3ヶ月後はルーヴァルが抵抗しようと帰国すること。よろしく頼むよ」
 よろしく頼まれたくないです。
 そう口に出せるはずがなく、ジェナイスは不承不承ながらもわずかに顎を引いて頷いたのだった。


 青海国の魔術師と王家の船団長の娘は考え込んでいた。
 先ほど専用宿舎での滞在手続きを済ませ、二人に用意された部屋へ案内された。荷物は先に運び込まれていたので、荷解きしようとしてその先客に気づいたのだ。
 彼女たちの視線の先で、赤と白と黒のまだら模様の蛇がとぐろを巻いている。
「……実験用の毒蛇が逃げてきたとか?」
 ジェナイスは思いつきを口にしてみた。変な研究をしている学生もいると聞いたことがある。
「これは毒蛇じゃないよ。毒を持つ海蛇の一種によく似ているけど。ニセマダラとか呼ばれてる、おとなしい種類。海岸部に生息しているから、内陸のこの場所で自然に迷い込むことはありえないね」
 動揺した様子は全くなくファリが説明する。
「誰かが持ち込んだってこと?」
 良家の子女が寝起きする場所としてととのえられた宿舎は学院の敷地内にあり、はめをはずさぬよう監視も置かれ、不審な者が出入りすることはまずない。ジェナイスとファリにあてがわれた部屋に入れるのは、内部の人間しかいないことになる。
「贈り物ってことはまずないだろうし、どう考えても嫌がらせだよねぇ」
「嫌がらせ? 魔術師相手に?」
 いい度胸だとジェナイスは怒るよりむしろ感心した。
「ジェスが標的ではないはずだけど」
「そうなの?」
「ん。でも、まあ、一緒に嫌がらせされたら同じことだよね。多分、こっちにいる魔術師って手品師みたいなのがほとんどだしさ、そういうのと同じだと思っているんじゃないかな」
「それって」
 思わずジェナイスは目を輝かせた。
「わたしを普通の女の子だと思っているってことよね」
「多分ね」
 おそらく、青海国王一家と同じくジェナイスが魔術師であることを気にしていないファリにはなんでもないことなのだろうが、ジェナイスにとっては重要なことだった。
 生まれて初めて普通の女の子に区分された。そのことにジェナイスの心は舞い上がった。
「宿舎の管理人に届ければいいかな」
 言ってファリはとぐろをほどいて這い出した蛇にさっと近づくなり頭をつかんだ。素晴らしい早業だ。
「届けるって、なんて言って?」
「落し物」
 広い意味では間違いではないだろう。
 心浮き立って判断力が低下していたジェナイスはそのままファリを見送った。
 その結果、宿舎内に悲鳴が響き渡ることになった。


 蛇をつかむなんて気持ち悪い。なんて野蛮なの。
 そんな聞えよがしな声が食堂のあちこちから聞こえてくる。
 なぜ、あの時止めなかったのだろうとジェナイスは後悔していたが、ファリは機嫌よく夕食を取っていた。給仕はなく、用意された鍋や大皿から自分で皿によそおう食事形式だが、船上では食べることのできない新鮮な果物が食べ放題という環境に満足しきっている。
「気にならないの?」
 一応、ジェナイスは聞いてみた。
「なにが?」
「悪口」
 あははとファリは笑って手を横に振った。
「こんなの悪口のうちにも入らないって。お上品だよね、さすがに」
 食べるものが他になかったら、蛇の皮はいで食べることもあるなんて言ったら卒倒するかもねとニヤニヤしている。
「わたしに嫌がらせしたいなら、腰をすえてやってもらわなきゃ、嫌がらせにならないんだけど」
 軽く言うファリにジェナイスは驚いて尋ねた。
「どうしてファリへの嫌がらせだと思うの?」
「噂が流れているから」
「どんな?」
「わたしがここに送り込まれたのは青海国王妃にふさわしい教養を身につけるためだって」
 ジェナイスはあやうく口の中のものを吹き出すところだった。
「ち、違うわよね?」
「だから、噂って言ったでしょ」
 わざと流したのとファリは小声で告げた。たとえ偽りだろうと恐ろしい話である。ファリは度胸があるとジェナイスはつくづく感じいった。
「なんのために?」
「さあ? そんな話が出たときの動きを見てみたいってことだったけど」
 本当のところは分からないよねぇとファリはのんきだ。
「……そういう噂を流されてもファリは平気なの?」
「ただの噂でしょ? 妙な噂が流れるのは今に始まったことじゃないし」
 慣れているから平気だという。これまでにも母親は青海国王の愛人といわれ、本人は国王の庶子といわれ、さんざん悪質な噂を流されているのだ。今さら噂が増えたところでどうということはないと笑っている。本人は気にしていなさそうな様子だが、青海国の宮廷付き魔術師として、おめおめと嫌がらせを受けさせるわけにはいかないだろう。ルーヴァルも自分への嫌がらせなら平然としているだろうが、ファリへの嫌がらせはよしとしないはずだ。嫌がらせをやめさせるのは、契約主の意向にも沿うだろう。
「セーナル様から指示はあったのかしら? 噂は放置しろとか、おとなしくして動くなとか」
 念の為に確認してみる。
「ん? ないよ。いつもどおりにしとけばいいって」
「それじゃ、犯人探し出してもいいのよね?」
「うん。そうだね、犯人探しも楽しそう。やってみようかな」
 どこまでも軽くファリは言う。暇つぶしくらいの感覚のようだ。
 嫌がらせをおとなしく受けるのは気に食わないと思う自分は心が狭いのだろうか。
 ちょっと己を振り返ってみる魔術師だった。


 翌朝、ここは一つ素直に人脈を頼ろうという合意に達して、ジェナイスはファリとともに図書館を訪れた。
 目当ての人物、トルヴェ公女リエンナは、つい先刻まで静かな図書館で読書に没頭し、平穏な時間を過ごしていた。
それが、今、手にした書簡を凝視して深呼吸を繰り返している。気分を落ち着かせようと必死なのがはっきりと見て取れ、ジェナイスは彼女の心の平穏を奪ってしまったことを心底申し訳なく思った。正確にはその背後にある青海国の世継ぎという存在が、奪い去ったのではあるが。
「さすがに毒物は仕込んでないと思うよ」
 ジェナイスとともに「紹介状」を渡すべく図書館にやって来たファリが公女の反応をどう解釈したのか、そんなことを言った。
「代わりに精神的な猛毒が仕込まれているのではないかしら」
 ついジェナイスは正直な意見を口にしてしまったが、ファリは「確かにそうかも」とけらけら笑った。失礼極まりない言葉を口にできるのは、魔術で周囲に見えない「壁」をつくっているからだ。音声はほとんど聞こえないし、姿も意識されにくくなっているはずだ……術に失敗していない限りは。この手の細やかな魔術をジェナイスは苦手としていたが、使わなければますます苦手になるだけなのであえて挑戦したのだ。失敗はしなかったようで、周囲にちらほらといる学生たちがこちらに注意を払う様子はない。
 公女は意を決したらしく、息を大きく吸い込んでから封を切り、中身を一読したかと思うと机の上に突っ伏してしまった。
「えーと、リエンナ様? 大丈夫? 毒にやられちゃった?」
 横から覗き込むようにしてファリが尋ねた。
「いいえ…。あまりに、まともすぎる内容で気が抜けただけ。貴方達の滞在に便宜をはかってほしいとしか書かれていなかったわ」
 くぐもった声でリエンナは応えた。
「気を抜いていいの? だってセーナル様だよ?」
 幼なじみなだけあってか、はたまた王家の遠縁ゆえか、ファリは自国の世継ぎに対して遠慮がない。
「それもそうね!」
 がばっと顔を上げてリエンナは言い切った。
「あのセーナル王子だものっ」
 一体どれだけ今までひどい目に遭わされてきたのだろう。この学びの都を訪れるにあたって第二王子付き従者のウィレンが事前に仕入れてきた情報によると、公女は貴族の娘では異例の十二歳から学び舎に入ったという。つまりセーナルの留学期間はすべて同じ学び舎にいたことになる。
「この書簡によると、あなた方は三ヶ月間だけこちらに滞在するとのことだけど、それはあなた方の了承を得ていることなのかしら?」
 落ち着きを取り戻したらしくリエンナは改めて二人に尋ねた。
「うわー、そこから疑うんだ」
 さすがセーナル様とファリは妙な感心をしている。セーナル王子がこの公女には本性をさらけ出していたというのは確かなようだ。
「私は強制はされておりません。そもそもルーヴァル様の契約魔術師ですから、ルーヴァル様がこちらに滞在する以上、私も留まる必要があります」
 真面目にジェナイスは答えた。そうしないと気の毒に思えたからだ。
「あ、私も強制じゃないよ。面白そうだから話に乗っただけ」
「中身は言わなくてもいいけれど、ここにあるように『ちょっとした行儀見習』をするほかになにか任務があるのかしら?」
「今のところ任務はないよね、ジェス?」
 ファリから同意を求められてジェナイスは頷いた。
「何か目的はあるらしいんですが、聞かなくてもいいらしいことなので、あえて聞いていません」
 そう、と呟いてリエンナは少し考えこみ、それからファリをじっと見た。
「『青海国王家の商船団』船団長の息女ファリはセーナル王子の婚約者あるいは妃候補だという噂なんだけど、本当?」
 なんだか期待に満ちて見えるのは気のせいだろうか。
「嘘」
 あっさりファリに否定され、目に見えてがくりとリエンナは落ち込んだ。
「そう……嘘なの」
「その噂が流れたらどんな動きが出るか確かめたいとか言ってた。それこそ本当かどうかは知らないけれど」
 期待していたのにとリエンナはぶつぶつ恨めしそうにつぶやいていたが、ふっと口を閉ざし再びファリをじっと見た。
「あなたはセーナル様のことをどう思っているの? 好意は持たないの?」
 なんだか何が何でも噂を事実にしたいようだ。
「もちろん、好きだけど?」
 あっさりした答えに、「えっ」と思わずジェナイスは驚きの声を上げてしまった。
「え? ジェス、セーナル様が嫌い?」
 逆にファリに驚かれてジェナイスはうろたえた。
「き、嫌いじゃないけど、好きといえるかどうかはかなり微妙で。いや、もちろん、好きか嫌いかどちらかしかないなら好きといってもいいんだろうけど、どうも憚りがあるというかなんとういうか」
 動揺のあまり、ごまかすこともなく本音が出た。
 そもそもそんなことを考えたこともない。青海国の世継ぎというのは査定対象外だ。
「そういう単純な分類はできない人間、よね」
 ぼそりと呟かれたリエンナの言葉にジェナイスは然りと力強く頷いた。
「為政者としては心の底から立派だと思うし、好感も持つわ。それは確かなのよ。だけど、好きなんて言うには複雑な要素が多すぎるのよね」
 うんうんとジェナイスは同意してうなずき続けた。
「そんなもの?」
 ファリは腑に落ちない様子だ。幼い頃から慣れ親しんでいた人間には、あの特異性がかえって分からないのかもしいれない。
「普通はそんなものよ!」  異口同音にジェナイスとリエンナは力強く断言した。
 まさにその瞬間、青海国の魔術師と公女の心は通じ合っていた。思わず顔を見合わせ、そこに共感を見出す。理解者がいるのはなんと心強いことであろうか。
 姿勢をあらためてリエンナが口を開いた。
「それで、私の手を借りたいことってなんなのかしら?」
「私たちの部屋に蛇を置いた犯人探し」
 ああ、あの騒ぎねとリエンナは失笑した。
「大体、見当はつくけれど、裏は取っていないわ。明日の朝まで待ってもらえるかしら?」
 そんなにすぐ片付くんだとファリが感心したように呟いた。
 セーナル王子に見込まれ、こき使われるだけのことはある。
 この公女の不幸は、才能に恵まれてしまったことだろうとジェナイスはちょっとだけ不憫に思ってしまった。


 「あれ、わたしたちと親しくしていると思われていいの?」
 朝食をのせた皿を手に挨拶しながら向かい側の席に滑り込んだリエンナにファリが首を傾げた。この公女は青海国の世継ぎとは人前では徹底的に距離を置いていたというからファリが不思議に思うのも当たり前だ。それを配慮して、昨日は周囲に人気がないことを確認した上、念の為に人の気をそらす魔術をかけて近づいたのだ。
「王子本人とじゃなければいいのよ。それに、わたしはもともと南大陸に興味を持って文献を読みあさっているから、あなた達に近づいて話を聞いてもなんの不思議はないわ。むしろ避けた方が変に思われるわね」
 そういうものなのか。うっかりセーナル王子とお近づきになってしまったのも、そのせいなのかもしれない。
「それにアザール王国の婚礼に招かれたときに話をしたことがあると何人かには言っておいたわ。婚礼の宴に出席した姫君たちでこの都に残っている人たちはいないから、不自然に思う人もいないでしょう。みな、宴で知り合った相手と探り合いをして、いい縁談をまとめるのに躍起になっているはずよ」
 用意周到である。
「やっぱり、ここに来るのって結婚相手を探すための人が多いの?」
「ええ。貴族以外でも教養を身につけて、よりよい家に嫁ぐのが目的という人がほとんどね。もちろん、学業を修めることを目的としている人も少数だけどいるわ」
 リエンナはその少数派の一人なのだろう。
「昨日の件だけど、一番奥の窓際にいる赤毛の子が見えるかしら?」
 極めてさりげない口調で言われ、ジェナイスとファリはそっと目を走らせた。十二歳くらいだろうか、気の強そうな赤毛の少女が数人の同年代の少女たちとテーブルを囲んでいる。
「あの子? 将来が楽しみだね。相当な美人になりそう」
「ええ。その子が犯人よ。気が強くてちょっとわがままだけど、これ以上陰湿な手段は取らないと思うわ」
「なんだ、もう終わりなんだ」
 拍子抜けしたというファリにリエンナは小さく笑った。
「終わりじゃないわよ。あの子がもうしないというだけで、きっと他の子たちが仕掛けてくるわ」
「ふうん?」
 ファリはちょっと失礼と告げて席を立った。おかわりでも取りに行くのかと思ったら、そのまま食堂を出て行った。何をしに行ったのやら。
「ねぇ、しつこいようだけど、本当にファリはセーナル王子の婚約者ではないの?」
 同じようにファリを目で見送って、皿に視線を戻したリエンナが尋ねた。
「残念ながら。でも、何故、そう思うのですか?」
「セーナル王子の好みそうな子だから。己を過度に飾り立てることなく、行動力があって、頭も悪くない。そしてなにより肝が座っていて、ささいなことで騒ぎ立てない」
 すらすらとリエンナは並べ立てた。
「……セーナル様がそうおっしゃった?」
「必要最低限の条件らしいわ。言い寄るご令嬢たちをあしらうのに疲れたときに、憂さ晴らしで私相手に毒を吐いていたのをまとめると」
 うわぁとジェナイスは小さく声を上げて半眼になってしまった。外面の良さは完璧だったというが、こんなところにしわ寄せがきていたのか。
「えーと……多分、なんですけど、ルーヴァル王子の婿入り先をファリに決めているのではないかと」
 期待をもたせたままにするのも気の毒だからとジェナイスは自分の見解を伝えてみた。
「そうなの?」
 残念だわとリエンナは溜息をつく。
 妃が立てば、緩衝材になってくれるのではと期待していたのだろう。
 その件はそれで終わり、あとは互いの国について尋ねるなどして和やかに会話を進めた。そうこうしているうちにファリが食堂に戻って来たが、なぜか席に戻らず、赤毛の少女のテーブルへ直行した。何か袋をぶら下げている。
 なんとなく嫌な予感がした。
 周囲の話し声がぴたりと止み、皆の視線がファリに集中したおかげで、ジェナイスたちにもファリの朗らかな声がはっきりと聞こえた。
「はい、落し物」
 こちらに背を向けていたため顔は見えないが、間違いなく満面の笑顔だったに違いない。そしてやはり見えなかったが、袋から何を取り出したかも一瞬後、食堂中にけたたましい複数の悲鳴が響き渡ったことで察知できた。それはリエンナも同じだったのだろう。
「……基本的なところはセーナル王子と同類なわけね」
「仕返しをしないという選択はないという意味でなら、確かに。表立って行動するか、陰でひっそりと行動するかの違いは大きいですが」
 ファリは晴れやかな顔で席に戻ってきた。何事もなかったかのように朝食を再開する。
「……理由を聞いても?」
 聞かないほうがいいかもと思いつつジェナイスは尋ねた。
「ちんけな嫌がらせは鬱陶しいだけでしょ。それなりの覚悟をもって、ばーんとしてくれる嫌がらせなら受ける甲斐もあるけど」
 仕返しされるのを覚悟の上で挑むならば相手をする価値があるというわけだ。
 ここはやはりあのイセーの娘だと納得するところか。
「……悪くはない手段ね」
 リエンナがぼそりと言った。
「ええ、悪くはないですよね」
 できればもっと穏便に済ませて欲しいところではあるのだが。このあたりがセーナル王子との最大の違いだろう。
 青海国の魔術師もトルヴェ公女も、もう何事もなかったことにして、これまでとはまた違う囁きが交わされる中、朝食を続けたのだった。


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