青海国の魔術師

青海国の魔術師(第5話)

 青海国には優秀な世継ぎがいる。
 しかし、だからといって、国王が政務をさぼって良いという理由にはならない。
 城にいるより船の上にいる時間が長いと言われる国王は、その日、朝からおとなしく政務を執っていた。第一王子に見張られて、である。第一王子は父王に休みを与える間もなく―それだけ、王が政務をさぼっていたのだが―書類に必要な署名をさせ印章を押させていた。
「慣れないことをすると疲れる」
 半日、執務机に縛られていただけで、へばっている国王に息子は冷やかな目を向けた。
「在位二十年に及ぶ国王なら慣れているはずなのですが」
 皮肉をたっぷり込めた口調にも動じることなく、国王は侍女の運んで来たお茶に手を伸ばした。
「人それぞれだ」
「何事にも限度はあります。そう、限度と言えば…」
 ちらりとセーナルは父親に青い目を向けた。
「父上、私達の年齢をご存じですか?」
「うん?十八歳だろう?…ああ、そう言えば、来月には、また誕生日が来るな。祝宴のことか?」
 子供の誕生日はちゃんと覚えているぞと胸を張る。
「それもありますが、問題は私達の年齢にあります」
「どうかしたのか?」
「南大陸では十五才、西大陸では十七才。これが何を意味するか、わかりますか?」
「はて?成人年齢…ではないな。平均したら、もう少し下のはずだ」
 首を傾げる父王に第一王子は静かに言った。
「王侯貴族の女性の平均結婚年齢です」
「よくそんな数値を出したな」
 面白がっている父親にセーナルはもう一度言った。
「フィーアルは今度幾つになります?」
「幾つって、お前と同じだろうが…」
 息子の言わんとするところを、ようやくにくみ取った国王はわざと視線をそらしてお茶を飲んだ。セーナルの海を思わせる青い瞳はしかし海のようには波立たない。
「そろそろ、なんらかの手を打っていただかなくては」
 国王は素知らぬ顔でお茶をすすり続けたが、じわりと額に汗が滲んでいた。


 珍しく深刻そうな顔をしている第二王子をどうしたのだろうと従者と魔術師は不思議そうに眺めていた。国王に呼ばれてから様子が変である。お茶を一口飲んで、ルーヴァルは彼らに向き直った。
「…ウィレン、君は来月に行われる行事を知っているね?」
「え?来月と言えば…ルーヴァ様達の誕生祝いですね」
「そう。…招待客リストを見たかい?」
「ちらりと…若い人が多いなとは思いましたが」
 そこまで言ってウィレンは、はっとした顔になった。
「そういうことなんだよ」
 ルーヴァルは深々と息を吐いた。
「絶対に国として親交を持ちたくない国以外から、フィーアルの嫌いな『馬鹿』を除いた適齢期の王族男子がやって来るというわけだ。忙しくなるよ、ウィレンもジェスも」
 力なく笑いルーヴァルは庭を散歩してくると言い置いて部屋を出て行った。
 主の言葉も態度もジェナイスには理解できなかった。
「…どういうこと?」
「見合い合戦が始まるってこと。これだけの適齢期の王族が集まる機会はそうそうない。息子だけでなく、娘も一緒に送り込まれる。青海国の世継ぎだけでなく、他にも色々婿に欲しい人物が集まるわけだからさ。前にも一度、あったんだよ。お披露目兼ねて、この国での成人年齢である十四才の誕生祝いの時に」
 あの時、まとまった縁談が結構あったからなぁとつぶやく。
「客同士の争いの仲裁から刺客の撃退まで、やることはたくさんあるんだ。あの時は俺、まだ餓鬼だったから、ルーヴァ様にくっついているだけで良かったんだけどさ。まあ、ルーヴァ様守るだけでも大変だったけど」
 何から守らねばならなかったのか、ジェナイスには察しがついた。だからこそ、敢えて、この件には触れるまいと無視した。男女問わずもてる王子というのも困りものだ。
「魔術師もついて来るかしら?」
「そりゃあ、南大陸の方面から来る連中は護衛に組み込むだろうな」
 南大陸では宮廷魔術師のいない国はない。どんな貧乏国でも二、三人の魔術師を召し抱えているものだ。もっとも、実力差はぴんからきりまで激しい。
「ふうん…。来月の何日?」
「第十二日。客の受け入れは第十日から第二十日までの十日間」
「…長いのね。しばらく下準備に部屋にこもるわ」
「了解」
 俺も下準備するかなとウィレンは衛兵の詰所に向かって歩き始めた。警護の配置やら、話し合うつもりなのだろう。彼は臨時の警護主任でもあるのだ。
「来月の第十日というと、月齢は…」
 ぶつぶつとつぶやきつつ、魔術師は自分の部屋へと向かった。


 港は賑わっていた。
 各国の王家の旗を翻した船が次々に入港し、異国の貴人を見ようと見物人達も集まって来る。なかでも美しく着飾った姫君達は注目の的であった。
「セーナル様達の方がずぅっと奇麗じゃん」
 子供は正直である。その口を母親が慌ててふさいで連れ去るという光景もよく見られた。万が一、姫君達の耳に届いては大変だ。なにしろ、フィーアル王女だけでなく、男である王子達と比較されての言葉だからだ。青海国の三真珠を見慣れた民の基準はひどく高くなっていた。

 王家の麗しの三つ子は仲睦まじげに寄り添い、海を越えてはるばる来訪した客人達をにこやかに迎え、ねぎらっていた。まさに三真珠という言葉にふさわしい煌びやかさだ。
「時々さ…」
 やや離れて彼らを見守る第二王子付きの従者が言った。
「ありゃあ誰だよ?って気にならないか?」
 ジェナイスは深々と頷いた。
 にこやかにほほ笑む美貌の主達は後光が射していてもおかしくないように見える。
「揃って演技力がおありだからな」
 第一王子付き従者のティレンは僅かに苦笑を浮かべた。
 客達は男女問わずにこの世のものとは思えぬ光景にうっとりと見入っていた。また一人、客が案内されて広間に入って来た。
「見ろよ、ルーヴァ様達に対抗できるぜ」
 その言葉にジェナイスは新たな客に注意を向けた。それは背の高い青年だった。青海国では珍しくもないが、大陸では珍しい銀髪に、深い紫の目をしている。青海国の王子達のやや中性的な美貌と違い、こちらは美丈夫というにふさわしい力強さのある顔立ちだ。
 ティレンが眉を上げた。
「あれは…」
「オーリス!」
 嬉しげにセーナルが立ち上がった。
「君が来てくれるとは、嬉しい限りだよ」
「前に言っておいたはずだが?」
 親しげな様子で握手を交わす。
「彼はアザール王国の世継ぎだ。留学先の御学友で…セーナル様の本当の御友人と言っていいだろう」
 双子の兄の説明にウィレンは目を見開いた。
「本当のっ!?」
 完璧な外交用の仮面を被っているセーナルには「友人」が多い。しかし、仮面を外して付き合う人間はごく少ないことをウィレンは知っていた。
「アザールって言えば、あれだろ?徹底的な純血主義を取る、排他的で、銀髪紫眼以外の人間は人間と思っていないってゆー偏見を持つ貴族集団のいる国」
 不思議と銀髪が多いとはいえ、混血の進んでいる青海国の人間にしてみれば、とんでもない国である。そういう国の王子と純血主義など鼻でせせら笑うセーナルが友人になれるとは思ってもみなかった。
「ああ、そうだ。オーリス殿下はそれを変えようと奮闘している方だ。一見したところは、そう、まるで我らが陛下のような方だが、中身はセーナル様とよく似ている」
 淡々とした評価にウィレンは複雑な表情になった。
「それって、すごく怖いじゃないか…」
 ジェナイスも頷いて同意を示した。
「だから、本当の御友人だと言ったろう?」
 魔術師と従者はなんとも言えぬ表情で銀髪の集団を眺めていた。

 その夜、早速に刺客の襲撃があった。予想外にも、狙われたのは国王でも世継ぎでもなく、王女フィーアルであった。
「どうして、私が狙われなくてはならないのよ?」
 睡眠妨害された王女はしごく不機嫌だった。刺客は王女つき侍女の手によって、速やかに縛り上げられている。剣など手にしたこともなさそうなエスリンであるが、彼女は従弟とともに剣術に修行をしていたことがあるのだ。その従弟は青海国でも五指に入る剣士と言われている。彼いわく、小さい頃は従姉に勝てた試しがないそうだ。
 今、王家の三つ子は揃って刺客を取り巻いていた。場所はフィーアルの寝室前の廊下である。
「西大陸の者ですね」
 気絶している刺客の衣服を改めていた第二王子付き従者が言った。
「専門の暗殺者ではないと思いますわ。全然、気配を消すことができていませんでしたもの」
 ショールを巻き直しながら、第一王女付き侍女が言い添えた。
「顔形から見れば、アザール人だ。明日、オーリスに確かめてみるよ」
 第一王子は淡々と言った。動揺したそぶりはみじんもない。
「どうしてアザール王国の人間に狙われなくてはならないのよ?セーナル、あなた、何をしたの?」
 怒っているらしく、眠気も吹き飛んだ様子のフィーアルが兄を追及する。
「私は何もしていない。まあ、理由も推測できるのだけど、確認してからでないとね」
 セーナルは眠そうな顔をしている魔術師に目を向けた。
「すまないけど、逃げられないように、どこかに隠しておいてもらえないかな?自害する可能性もあるから、身動きもできないようにして」
「わかりました」
 あくびしないように気を付けながらジェナイスは答えた。
「それじゃ、後は任せたよ」
「ちょっと、セーナル!」
「続きは明日、日が昇ってからだ」
 断固とした口調で言い、第一王子は振り向きもせず立ち去った。
「これだから寝起きの悪い男は…」
 ぶつぶつとフィーアルが文句をつける。あまり眠そうには見えなかったが、実は弟と同じで寝起きは悪いらしい。
 フィーアルがきつい眼差しを黙ったまま突っ立っている第二王子に向けた。
「立ったまま、寝てるんじゃないわよ!」
 手を伸ばしてぐいっと頬を引っ張った。
 ルーヴァルは瞬きすると、ゆっくりとジェナイスに目を向けた。
「よろしく。ウィレン、手伝いを頼むよ」
 専属契約を結んでいる魔術師に言うと、ふらふらと波間に漂うクラゲのように頼りない足取りで第二王子は自室に向かった。すぐ近くなのだが、たどり着けるか心配である。
「悪いわね、ジェス。後はお願いするわ」
 フィーアルも言って扉の向こうに消えた。
「で、どこに、運ぶ?」
 靴の先で刺客をつつきながら、ウィレンが尋ねた。
「そうねぇ」
 魔術師は、とりあえず近場に運んで睡眠時間を確保することにした。


 縄でぐるぐる巻にされて床に転がされた男が屈辱のあまり死んでしまいたいと思っていることは明白だった。
 彼はそのままの姿で、ほうきか何かのように、廊下の隅に立て掛けられていたのである。無論、その姿勢を自力で保つことができるはずもなく、魔術によって周囲とは遮断された空間に収容されていたのだが、それは可視的なものだった。触らないで下さいという張紙をつけられた男は朝からしばらく侍女達の笑いものにされていた。わざわざ見物にやって来た者もいるほどだ。そして今、その屈辱的な立場から解放され、青海国の三真珠の前に引き立てられたのである。
「まず、間違いなく、母上の手の者だろう」
 男を冷やかに見下ろしながら、アザール王国の世継ぎは言った。
「どうして、貴方の母君が私を狙わなくてはならないのかしら?」
 刺々しい気分を隠そうともせずにフィーアルが問う。セーナルの友人に対しては外交用の仮面を外すことに決めたらしい。
「私の母はどうしようもなく頭の固い御婦人でね。他国の汚らわしい血筋の妻を迎えるなど、絶対に認められないと言っているんだ」
「それで?私以外にも貴方の求婚対象となる姫君はたくさんいるのに、どうして、私を狙ったのかしら?」
 それは、と銀髪の青年はにっこり笑った。
「私が貴方に求婚すると宣言してきたからだろうな」
 ぴたりとその場に居合わせた魔術師と侍女と従者の動きが止まった。
 フィーアルは恐怖を感じさせずにはいられない、それはそれは奇麗な笑顔で言葉を返した。
「国交を結んでもろくな利益もない、山奥の大馬鹿集団を束ねる男を夫にする気はさらさらなくってよ」
 人種差別というものに激しい嫌悪感を抱いている第一王女の言葉はどこまでも辛辣だった。彼女は自己陶酔している愚か者が大嫌いなのだ。
 視覚と聴覚の伝える感覚が、そのずれに悲鳴を上げているようだとジェナイスは軽く頭を振った。どこまでもにこやかに、どこまでも冷え冷えした声を出せるのは何も第一王子に限ったことではなかったらしい。
 そこへ第三者がすかさず介入した。
「その山奥で採れるジベル鉱石は最も有用な資源で、その召し抱える飛竜騎士団は西大陸最強を誇る。国交を結ぶ価値は十分にあるよ」
 凍てつくような視線をフィーアルは兄に向けたが、青海国の世継ぎは不凍性だった。
 それにと涼しい顔で第一王子は先を続ける。
「彼自身はその馬鹿に属していない」
「そう。でも、私は馬鹿集団を相手にする気はないわ」
 あっさりとフィーアルは切り捨てた。
「まあ、君達次第だから、これ以上口は挟まないよ」
「友達がいのない男だな」
 オーリスが不服そうに言う。
「女性一人口説くのに他人の助けを借りたとあっては君の名折れだよ。女殺しと浮名を流した人物の言葉とは思えないね」
 セーナルは非難がましい視線を向ける友人に笑顔を返した。
「君は私の邪魔をしたいのか?」
「私は公正に情報を伝えただけだ。フィーアル、聞きたいことがあれば、遠慮なく聞いていいよ」
「この根性悪の口から歪曲された情報を伝えられては困るので、私に直接聞いてもらいたい」
 フィーアルは妙に迫力のある笑顔を二人に向けた。
「私の結婚相手は父にも兄にも弟にも似ていない人だと心に決めているの。それでは、失礼するわ」
 優雅な動きで踵を返し、王女は侍女を従え部屋を出て行った。
「私は君と似ているのか?」
 心外だとばかりにオーリスが友人に目を向ける。
 ひょいとセーナルは肩を竦めた。
「私は君ほどに騒ぎを更に大きくする才能には恵まれていないのだけどね」
「私だって君ほどに陰険な権謀術数を巡らしたりする才能は持たない」
 二人の青年は寒々しい会話を交わしていた。心配そうな顔をしている双子の弟と魔術師に、第一王子付き従者はいつものことだから気にすることはないと耳打ちした。
「…難しい望みだねぇ」
 沈黙を続けていた第二王子がおっとりとのたまった。どうやら、先程のフィーアル王女の言葉に対する彼の感想のようだ。
「どうしてですか?世の中の男のほとんどが陛下にも王子達にも似ていないと思いますけど?」
 聞きようによっては失礼な質問をその従者が投げかける。
「そのほとんどがフィーアルに慣れてはいないし、対等に張り合えるとは思えないだろう?その中から、結婚相手を探すよりは、残る少数から探す方が見つかる確率は高いと思うんだよ」
「一理ありますけど、その残る少数を探すのも一苦労じゃないんですか?」
「どうだろう?類は集まるというから」
 第二王子の青い瞳は兄とその友人とに向けられていた。


 契約主の望みに従って、ジェナイスはフィーアル王女の護衛についていた。それというのも、アザール王国の熱狂的な「愛国主義者」が王女を狙う恐れがあるからである。
「…ろくな人間がいないわ」
 息抜きに城壁の上を歩きながらフィーアルがつぶやいた。何故、城壁の上なのかというと、庭でも散歩しようものなら、各国からやって来た婿候補がぞろぞろとついて回るため息抜きにならないからだ。城壁の上なら、防衛上の理由から他国の人間が踏み込むわけにはいかぬというわけである。
「随分、少なくなりましたわね」
 リストをめくりながらエスリンが言った。ジェナイスがひょいと覗き込むと、何人もの名前が線を引かれて消されていた。
「これって?」
「フィーアル様が実際に話をしてみて、結婚生活が送れそうにないと思った方の名前を消していってるの」
「随分、絞り込まれたみたいね」
「そうじゃなくて、目の粗いふるいにかけただけで、これだけしか残らなかったということよ」
 不機嫌そうな声でフィーアルが口を挟んだ。
「王家に生まれた以上、いい加減、手を打たなくちゃならないと分かってはいるのよ。父上がああいう性格だから、好き勝手させてもらっているけれど」
 次の瞬間、男の野太い声が響いた。
「お命、頂戴つかまつるっ」
 ひょいとフィーアルが身を交わした。
 物陰から飛び出して来た男は目標を失ったが、勢いを失うことはなく、そのまま城壁から落下していった。死者が出るのも面倒なので、ジェナイスは地面に落ちる前にその落下を止めてやったが、男は白目を剥いて気絶していた。すでに転移術の下準備をしていたので、ジェナイスは難無く、そのまま男を地下牢へと送り込んだ。
「五人目」
 冷静にエスリンがつぶやいた。
「お命、頂戴つかまつるっ」
「六人目」
 見張り台の上から、フィーアル目がけて石を落とそうとしていた男の動きをジェナイスは奪った。何が起きたか理解できていない男は次の瞬間には地下牢にいた。
 フィーアルの扇子を持つ手が震える。
「…どうして、揃いも揃って馬鹿なのっ!?」
 本気で殺す気があるのかと聞きたくなるほど、この刺客達は間抜けであった。なにしろ、これから行動するぞという前に、必ず「お命、頂戴つかまつる」と声をかけるのである。何も言わずに行動すれば、ひょっとしたら成功する可能性だってないわけでもないのに、いちいち断りを入れる刺客に仕事を遂行させてやる馬鹿はいない。理由を問えば、「声もかけずに命を奪うような卑怯な真似は誇り高い騎士にはできない」との答えが返って来る。彼らの尺度では暗殺は卑怯な真似にはならないらしい。
「馬鹿すぎるわっ!」
 耐えられないとばかりにフィーアルが扇子でぱしぱしと手の平を打つ。
「私はなかなか楽しいと思いますけれど」
 エスリンが笑う。
「あんまりにもお馬鹿すぎて、ほほえましくなったりしません?」
「ならないわっ!」
 フィーアル王女はかなり頭に来ているようだ。馬鹿が嫌いだと公言して憚らない彼女の前に次から次にその馬鹿が現れるのだから、当然と言えば当然であった。ジェナイスとしては、あまりの間抜けぶりに、刺客として差し向けられた騎士達がむしろかわいそうになってきていたのだが、フィーアルはそうした感情とは無縁らしい。
「今日中に十人達成すると思わない?」
 エスリンの言葉にジェナイスは頷いた。
「一体、何人用意してるのかしら?」
「アザール王国は、人材があり余っているんでしょうね」
 ばしんっと凄まじい音がして、フィーアルの握る扇子でほおをたたかれた男が口を開けたまま、横倒れになった。決まり文句を言う前に、フィーアルに見つかり、張り倒されたらしい。
 七人目の刺客は涙目でフィーアルを見上げた。まだ若い、二十歳にもなっていない若造である。
「なんて野蛮なんだ。これだから、下賎の血の者は…」
 再び扇子が逆のほおを強襲した。ジェナイスは若者の顔がそれ以上変形する前に地下牢に送り込んだ。放っておけば口がきけなくなるまで、張り倒されそうな気がしたからだ。
「…もう、我慢ならないわ」
 殺気のこもった声で低くつぶやくと、フィーアルは決然と歩き出した。

 アザール王国の世継ぎは海のよく見える小広間の窓辺で、どこぞの姫君達に囲まれていた。彼女達はフィーアル王女の接近に敵意に満ちた視線を向けたが、所詮、深窓の姫君など束になったところで彼女の敵ではなかった。
「お話がありますの。少しよろしいかしら?」
 艶やかにほほ笑んだ口から有無を言わさぬ迫力に満ちた声が発せられる。
「もちろんです、姫君」
 にこりとほほ笑んで青年は彼を取り囲む人々に失礼と声をかけて窓辺を離れた。
「貴方は私に求婚するとおっしゃったわね?」
 他の人々に聞こえぬよう十分に距離をおいたところでフィーアルは切り出した。侍女と魔術師は、彼女が何を始めるのだろうと、どきどきしながら見守った。他国の世継ぎ相手に乱暴狼藉に及ぶのならば、止めなくてはならない。
「ええ、それが何か?」
「お受けするわ」
 すぱっとフィーアルは言い切った。
 いかなる乙女心の働きかとジェナイスは息を飲んだ。
 おやおやとばかりにオーリス王子は眉を上げた。
「理由は?」
「あんな馬鹿どもをこの世にのさばらせておくのが、我慢ならなくなったのよ」
 実に明瞭な答えである。
 エスリンがこっそり息を吐いた。
 怒りが我慢の限界を超えたフィーアル王女のなかで何かがぶち切れたようだ。敵を完全に粉砕するまで彼女の戦闘意欲が消えることはないだろう。こういうところは父親に似ていることを、彼女自身は気付いていない。青海国の国王は、フィーアルより許容度がかなり広いが、一度怒れば敵を殲滅するまで怒りがおさまらぬため、かつて一国を潰したことがあるのだ。
「それは嬉しい」
 オーリス王子は女たらしの見本に示したくなるような笑みを浮かべた。遠巻きにこちらを眺めている女性達が卒倒しそうな代物だ。
「それでは、改めて…」
 銀髪の青年はひざをつき、フィーアル王女の手を取り、紫の瞳で熱っぽく見詰めた。
「フィーアル王女、私と結婚していただけますか?」
 なかなかのりの良い人物らしい。
 これぞ、姫君達の憧れと言わんばかりの求婚風景だ。
 何やら見ている方が、これほど人の目を欺いてよいものかと罪悪感を覚える。
「ええ、喜んで」
 これまた、姫君はかくあるべしというような、はにかんだ笑みを浮かべてフィーアル王女が応じる。オーリス王子はそっと白い手に口づけた。
 うわあぁぁっ。
 ジェナイスは無性に叫び出したい衝動に必死で耐えた。
 二人の間に白々しい空気が流れていることにも気付かず、二人を遠くから見守っていた姫君達は、意中の人物を奪われたにも関わらず、乙女の夢の実現光景にうっとりしていた。幸せな人々である。彼女達はフィーアル王女が今、この時、馬鹿撲滅作戦を開始したことを一生知らずに過ごすのだろう。
 耐えられなくなって二人から視線をそらしたジェナイスの目がどこか冷めているエスリンの目と合った。
「…おとぎ話は信じてはいけないものなのよ」
 妙に悟り切った言葉に深く頷く魔術師だった。

 妹の縁談が内々にまとまったとの報告を受けた第一王子はくすりと笑った。
「思った通りだね。馬鹿な連中を連れて来るように忠告していた甲斐があったというものだよ。まさか、オーリスがしっかり覚えていて実行するとは思わなかったけど」
 主人のつぶやきに、従者は眉を寄せた。
「…こうなることを見越していらっしゃったんですか?」
「妹がどういう性格かは分かっているつもりだよ?以前、オーリスに妹に求婚しても良いかと尋ねられてね。一応、『攻略方法』を伝えてはおいたんだ。…さて、次はルーヴァルだが、ジェナイスのこともあるし、できれば、この国に残ってもらいたいものだね」
 専属魔術師と引き換えにするだけの価値のある養子の口はなかなかないことだし、と縁談一覧表をめくりながら、つぶやく。
 その隣で、自分のことが話題に上っているにも関わらず、第二王子はのんきにお茶をすすっていた。
「きっと、そのうち、向こうからやって来るよ」
 のほほんとした声で言う。
 類は集まる、と言いたいのだろうか?
 王子自身とよく似た花嫁を迎えてもらうと、ちょっと困る、と従者兄弟は各々の主について、ほぼ同時に考えていた。
 従者達の思惑などかまわずに、王子達はそれぞれの思索にふけっている。
 そのすぐ前で、慣れぬ政務に疲れ果てた青海国の王が執務机に突っ伏して伸びていたのだが、息子達はちらりとも関心を払わなかったのだった。

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