Last Judgemennt(前編)

 白い光。
 気付いた時は病室にいた。
 覗き込む医師の顔。
 手足がひどく重い。
「君は運が良かったよ、ユナ。大丈夫、すぐに動けるようになるよ」
「私、怪我したの?」
 変にかすれた声が問う。
「そうだよ。宇宙船の事故でね」
「宇宙船?変だわ、私、学校から帰る途中だったのよ?」
 医師は驚いたように眉を上げた。
「記憶が混乱しているんだね」
 ぼんやりと思い出した。
「…ああ、そうね、学校から帰って、ママと一緒に旅行に行くことになったんだったわ。それでクリア星系行きの旅客船に乗ったのよ…」
 人のあふれる宇宙ステーション。
 出発を告げるアナウンス。
 いらいらしてたママの顔。
 幾つもの光景がぱらぱらと頭の中に浮かんでは消える。
「それから?」
「それから…」
 出発ゲートに向かって…それから?
 ぱったりと記憶が途絶えていた。
「…わからない」
 どうしてだろう、わからない。
「落ち着いて。よく考えるんだ。発見された時、君は宇宙服を着ていた。どうして、宇宙服を着ていたんだい?」
「宇宙服…そうだわ。停泊中、宇宙遊泳ができるポイントがあるってパンフレットにあったから、ママにお願いして買ってもらったの」
 ステーションを出てから、ママは機嫌がよくなっていた。
「早速、部屋で着替えて、ママに見せようと思って…」
 そう、ロビーだ。そこでママはコーヒーを飲んでいるはずだった。
「ロビーに行く途中ですごい音がしたの。船体に何かがぶつかって、破損したって…空気漏れの可能性があるって聞いたから、ヘルメットを被ってママのところに急いだの」
 ヘルメットをつけると、何も聞こえなくなった。走りながら慌てて、通信スイッチを入れた。ロビーには宇宙服を着た人達が何人もいて、これならママも大丈夫だとほっとしたのだ。だけど、床が赤くて…。
 悲鳴が喉をついて出た。
 嘘、嘘、嘘、嘘。
違う、こんなの違う。こんなことあるはずないっ!
「鎮静剤をっ」
 そんな声が遠くで聞こえた。


 自分が乗っていた宇宙船は宙賊に襲われたのだという。宙賊とは連合法に従わぬ宇宙放浪者の総称であるが、一般的には旅客船や輸送船を襲って物資を奪い、人質を取って身代金を奪う略奪者を意味する。今回の襲撃はその宙賊の中でも最悪の部類に入る連中によるもので、物資を奪い尽くした後に御丁寧に宇宙船を爆破して去ったために、生存者は他にいなかったらしい。自分は割れたロビーの窓から宇宙空間にほうり出されたことで助かったそうだ。宇宙空間を漂流した人間が助かる可能性は限りなくゼロに近い。宇宙船の残骸に交じって漂っているところを、近くを航行中に知らせを受け急遽かけつけた軍艦に発見されたそうだ。後、一標準時間も遅れていたら、酸欠で死んでいたところだったという。
 そのまま死んでいればよかったのに。
 そう口にすると、皆が怒る。せっかく助かったのに、そんなことを言うなんて、殺された人達の身にもなってみろと怒る。
マスコミは「奇跡の生還者」だとか言って騒いでいる。どこに行っても、感想を聞かれる。聞いてどうなるというのだろう。彼らの顔を見ていると、もっと、彼らの喜びそうなことを教えてやりたくなる。
 彼らは知らないのだ。
 「奇跡の生還者」が命を狙われていることを。
 自分が入院中、意識がない間に殺されそうになったことを。
 宙賊の顔を見たからだというが、自分は覚えていない。
 思い出すのは、血。
 血に染まったママ。
 軍医達は何度も催眠療法を試みたが、今のところ成果はない。彼らは思い出してもらいたいらしいが、パパは思い出す必要はないと言う。
 あれから、パパは妙に優しい。ママのことには一言も触れない。いつものように週末に帰って来て、一緒に食事をして、また出て行く。
 パパは相変わらず忙しい。
 自分はまた学校に通い始めた。
 友達とも、以前と同じように、おしゃべりして、笑って、時々遊びに行く。生活は変わらない。ママが家にいないだけ。ママは旅行に行ったのだ。
 約束を破って、一人だけで永遠に帰って来ない旅行に。


 学校から家に帰ると、パパがいた。
「どうしたの、パパ?お仕事は?」
「おかえりの挨拶はなしかい?」
「おかえりなさい、パパ」
 笑いながら、ほおにキスする。
「それから、ただいま、パパ」
「おかえり、ユナ」
 キスのお返しがあった。それから、見知らぬ青年がいることに気付いた。
 標準年齢にして二十代前半。混血型に多い特徴のない容姿。だが、柔らかそうな栗色の髪と目は気に入った。
「誰?」
「新しく雇った私の第二秘書、イルクル・ファーニーだよ。大学を出たばかりなのだが、なかなか優秀でね」
 はじめましてと感じの良い笑顔で青年は挨拶した。
「今度のバカンスには一緒に連れて行こうと思っているんだが…。行き先は『海の惑星』だが、どうかな?」
「ええ、パパ、もちろんよ」
 すてきだわともう一度、ほおにキスをする。そんな自分を冷めた目で見詰めるもう一人の自分がいた。
 すてきなものですか。パパは少しもわかっていない。パパは平気なのよね、ママがいなくなっても。パパは…。
 ふうっと視界が回った。
「ユナ?」
「…なんでもない。用意しておくわね。新しい水着を買ってくれるんでしょう、勿論?」
「ああ、勿論だよ、ユナ」
 ごめんなさい、パパ。
 自分は二人いる。


 宇宙ステーションで落ち合うはずの父親はまだ来ていなかった。第二秘書の青年が社長は急な仕事で、後の便で来ることになったとすまなそうに説明した。
「いつものことよ、気にしてないわ」
 この人がこんな顔する必要ないのにと思いながらユナは言った。青年はおっとりしていそうな外見に似合わず、てきぱきと乗船手続きを行った。宇宙船に乗り込むと、急に気分が悪くなった。
「医務室に行きますか?」
 心配そうに覗き込む青年に首を横に振ってみせる。
「いいの。医務室に行っても、治らないわ。…これは私の心の問題だわ」
 小刻みに震える体を抱き締める。宇宙に出るということが、どうしようもなく怖いのだ。だけど、これでは駄目なのだ。青年は部屋まで付き添ってくれた。出て行きかけた青年に声をかける。
「ファーニーさん」
「イルクルでいいですよ」
「じゃあ、イルクル、ここにいてもらえる?出港するまででいいから」
 そうでなくては、宇宙船から飛び出してしまいそうだった。
「…無理しなくていいんですよ、ユナさん」
 この人も知っているのだ。いや、知らない人の方が少ないだろう。
「ユナでいいわ。…宇宙恐怖症でも宙軍士官学校に入れると思う?」
「克服できないものではないですからね。ユナは宙軍士官になりたいんですか?」
「なりたいわけじゃないわ。でも、ならなくちゃ、ママの仇がとれないもの」
 宙賊討伐は宙軍の管轄だ。
「娘を危険な目に遭わせたがるような母親はいませんよ」
「だって」
 出港のブザーが鳴った。ぎゅっと目をつぶる。
「おや、この船室にはティーセットがついているんですね。特等室なんて入ったのは初めてです。キッチンまである」
 のんきに言う青年の声が聞こえた。
「知ってますか?紅茶というのは人にいれてもらったものが一番おいしいんですよ。旧式のポットと沸き立てのお湯を使うんです。お茶の葉はどれにしましょうか。ユナはどこの葉が好きですか?」
「どこでもいいわ。紅茶はあまり飲んだことないの」
「そうなんですか?私の家族は皆紅茶党でしてね、それぞれお気にいりがあるんですよ。ティー・カップも色々揃えていて、毎日、その日の気分に合わせてティー・カップも選ぶんですよ」
「…家族は何人いるの?」
「祖母に両親、それに兄一人と姉二人、弟二人に妹一人。大家族でしょう?」
「ええ、本当」
「下の弟はちょうどあなたと同じ十三才ですよ。これが、なかなか手に負えない、いたずら小僧で…」
 気がついたら、イルクルの家族の話に聴き入っていた。紅茶を飲んで、スコーンを食べながら、気分の悪さもどこかに消えていた。そのことを言うと、イルクルはにこっと笑った。
「弟の恥まで話した甲斐がありましたよ。これなら、きっと、弟も許してくれることでしょう」
「…そうかしら?私が、イルクルの弟なら、許さないわ、絶対に」
「困りましたね、これは二人だけの秘密にしましょう」
 とぼけた調子で言う。ユナはくすくす笑った。
 この時、ユナは一人だった。


 海の惑星はその名のとおり、惑星の表面の九十五パーセントが海に覆われていた。宇宙ステーションとつなぐシャトル発着場も海の上に建設されていた。そこから、コテージがある小島に向かった。
「海しか見えないわ」
 水平線を眺めながら、感嘆してつぶやく。なんて深い青だろう。吸い込まれてしまいそうだ。
「『神の怒りに触れた惑星』」
「え?」
 驚いて青年を見ると、彼は遠くに目を向けていた。
「この惑星の別称ですよ」
「どうして?」
「『…神は四十日四十夜の間、雨を降らせた』。昔の…旧時代より、遥か前に作られた物語の中に出て来る出来事で、この雨による大洪水で地上にいた生き物はすべて死に絶えたそうです。ノアという人間が作った箱船に乗ったノアの家族と動物達だけを残して。…その大洪水に見舞われたんだって、言われているんだそうですよ、宙軍士官達の冗談で」
「…どうして?どうしてその神はそんなことをしたの?」
「堕落した人間を罰するために」
「…この惑星にも堕落した人間がいたのかしら?」
「旧時代に人間がいたことは確かですよ」
 今も、と海面を指し示す。
「海底に遺跡があるそうです。今ある島々はかつての山頂部です」
「そうなの。あ、島が見えて来たわ」
 ぽつんと島影が浮かんでいる。ぐんぐんと近付く。
「どのくらいの大きさ?」
「二標準時間もあれば歩いて一周できます」
「あるのはコテージだけ?」
「レストランもありますよ」
「他は海だけなのね」
「ええ。少し行けば海底公園もありますけれど」
「遺跡が見れる?」
「いいえ。もし、見たいのでしたら、手配しますが」
「聞いてみただけ。…旧時代人はここで、どんな罪を犯したのかしら…」
 ユナは口を閉ざした。イルクルも何も言わなかった。二人は島に着くまで一言もしゃべらなかったが、ユナは気にもならなかった。


 人が居住できる惑星の衛星を「月」と呼ぶ。旧時代からの呼び名だが、その由来は忘れられてしまっている。ユナは浜辺に立って二つの衛星が照らす海を眺めていた。
 夜の海はどこか不気味だ。宇宙空間と同じ底知れなさがあって、引きずり込まれてしまうような気がする。
 砂を踏む音がした。
「若い娘さんが一人で戸外にいるには遅い時間ですよ」
 その言葉にくすりとユナは笑った。この青年は子供扱いしない。
「今は一人でないわ]
「おや。夜の浜辺でデートしていたなどと社長に知れたら怒られてしまいます」
「それはないわ。だってパパはあなたを信用しているのだもの」
「わかりませんよ。実は監視の目がどこかにあるのかも」
「十分に有り得ることね」
 パパは私から目を離したりはしない。そう考えて、ユナは眉を寄せた。どうしてそんなことを考えたのだろう?
「一人娘というのは、かわいいものらしいですからね。私はまだ娘を持ったことがないのでわかりませんが」
 青年の言葉に小さく笑う。
「一人娘じゃないかもしれないわ。パパはとても、もてるんだって、ママがいつも言ってたもの」
「おやおや。信用ないですね」
「だって、人間は幾つもの『顔』を持っているものでしょ?」
 イルクルは子供のくせに生意気だとは言わなかった。
「私も一つの『顔』しか持たない人間は知りませんね」
「あなたも幾つも顔を持っているの?」
 どうでしょうねと青年は笑った。
「…『月』には人を狂わせる力があるという伝承があります。月光の下でなら、他の顔も見えるかもしれませんよ」
「あんな小さな衛星にそんな力があるの?」
 ユナは青い双の月を見上げた。
 それから足元に目を落とした。
 わずかにぶれた二つの影。
「…どちらが本物かしら」
「どちらも本物ですよ」
 海から吹き付ける生暖かい風が声をさらっていった。



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