昔日夢〜狭間にある者〜
3.第五衛士隊


 訓練場は第五衛士隊の暇潰し場所と陰で言われている。それと言うのも王子直属の第五衛士隊というのは、王の手足として王国中を巡り歩く第一から第四衛士隊と違い、王子に同行して王宮の外に赴く以外に仕事がなく、日頃はほとんど王宮のごく潰しと化しているからだ。第五衛士隊所属の衛士達は暇と体力を持て余し、日がな一日、賭け試合をしたり、まだ巡回、すなわち、魔物狩りに出ることのない若手の衛士達の練習相手になってやったりして時を過ごしている。しかしながら、国一番の精鋭部隊はと問えば、第五衛士隊との答えが返ってくる。何故なら、王子が外に出掛けるのは、専ら大物の魔物退治のためであり、彼らは魔力と武力ともに並み外れた王子の足手まといにならぬ者として選び抜かれた衛士達であるからだった。欠点は統率性と規律に欠けるということだが、王子からして人と歩調を合わせることができないので、特に問題はなかった。
 ばきっと音を立てて六尺棒が折れて飛んだ。またやったのかとあちこちから苦笑がこぼれる。
「いい加減、諦めな」
 第五衛士隊隊長、ドゥイー・ダハがのんびりした口調で言った。ぼさぼさの髭面で、軍服をだらしなく着崩した、うだつの上がらぬ中年男そのものの風体だが、なかなかどうして侮れないと評判の男である。灰色の髪と髭が彼を年齢不詳にしており、一部では十年前から少しも変わっていないという噂があった。
「鉄杖じゃねぇとお前の腕力には耐えられんって、シャザ」
「でも、鉄杖を使うと誰も相手になってくれないじゃないですか」
 シャザが上官に恨めしそうな目を向ける。間違いなく長身の部類に入るドゥイーであるが、それでもシャザより幾らか背が低い。が、態度はどう見ても彼の方がはるかに大きく、ふてぶてしい。
「当たり前だろうが。まだ死にたくねぇからな」
 うんうんと周りの衛士達が頷く。
「俺の知る限りじゃ、お前が本気出しても五体満足でいられるのは、王子くらいだって。それと、お前の父親な」
「お前もクザートの知り合いか?」
 ぎょっとしてシャザは声のした方向に目を向けた。いつの間に来たのか、魔術師が壁にもたれて、こちらを見ていた。でかい図体をしていながら、今の今まで全く気配を感じさせなかったことにシャザは心底、驚いた。
「一応な。あんた、つかえるんだろ?シャザの相手、してやってくんねぇ?」
「あまり小回りはきかないのだが、まあやってみよう」
 リアドは壁をゆっくりした動作で離れた。
「得物はこれでいいよな?」
 壁に立て掛けてある鉄杖を両腕で持って放る。リアドはそれを片手で受け止めた。げぇっとあちこちから声が上がる。
「投げる隊長も隊長だけど、片手で受けるかぁ?」
 非常識なと声を漏らすが、非常識には王子で慣れている彼らはそこまで動揺はしていない。
「良かったな、練習相手ができたぜ」
 とドゥイーが片目をつぶって見せる。そうした表情をする時、この中年男は妙に猫のような印象を与える。シャザは軽く肩を竦めた。
 父親を知っているというので、ひょっとしたらとは思っていたが。
 王妃様と父の故国では皆怪力なのだろうかとシャザは真面目に考えていた。実は王妃もかなりの腕力があることをシャザは知っている。
 鉄杖を手に向かい合うと、シャザは間を置かず打ちかかった。かなりの重量の得物を手に、それこそ非常識な速さである。しかし、リアドもまた同じように軽々と鉄杖を操ってそれを受けた。押し返され、シャザは軽く眉を上げる。今まで一度たりと、父親以外に自分を押し返すことができた者はいない。
 知らず、口元が笑みを形づくる。
 自分で小回りがきかないと言っただけに、いまひとつ反応は鈍いが、それでも防御は完璧だ。実に久しぶりにシャザは力加減に気を使う事なく思い切り鉄杖をふるった。
「何になりたくねぇって、今、連中の手にしている鉄杖だな。見てるだけで痛い」
 恐ろしいと、衛士達は二人から離れた。ぶんぶんと空気がうなりを上げている。まかり間違って、一撃食らったら確実に死ぬだろう。
「おや、楽しそうだね」
 低い声が響く。ひぇえと背後を取られた衛士は飛びのいた。
「なんだい、人を化物みたいに」
「化物の方がましでしょーが」
 遠慮なくドゥイーは王子に向かって言った。
「そろそろ止めてくれませんかね?訓練場、ぶち壊したら、暇潰しの場所がなくなっちまう」
「そうだね、珍しくシャザが夢中になっているし」
 アルフェリールはひょいと手を伸ばして近くにあった槍をつかむと、シャザに向かって投げた。女衛士は難無く槍をはたき落として邪魔者をきっと睨みつけた。常人ならば、金縛りにあっただろう鋭く険しい視線だ。アルフェリールだと認めた途端、険しさが消える。険しさが消えたというより、諦念に近いものが現れたという表現の方が適切だ。対戦相手に視線を返すと、軽く頷いた。両者はぴたりと動きをとめて、得物を下ろした。
「ありがとうございました」
「こちらこそ勉強になった」
 恐ろしいことに二人とも息を少しも乱していない。まったくやんなっちまうと衛士達がぼやく。静かになったところで、アルフェリールが口を開いた。
「皆、揃っているようだね。明後日、出掛けるよ。サノワルのヴェアラッド公の招きを受けた。なんといったかな、そこの娘と引き合わせるとか。いわゆる、見合いというものだね」
 隣国のヴェアラッド公の娘と言えば、国一番の美姫ともてはやされている。そのような女性ならば、王子の容姿にも対抗できるかもしれないなとシャザは頷いた。
 数呼吸おいて、ええええええっと悲鳴にも近い驚愕の声が起こり、シャザは耳をふさいだ。脳に情報が伝達された後、それを処理するのに通常の数倍の時間を必要としたらしい。
「正気ですか、王子を婿にしようだなんてっ」
「わざわざ他国にまで恥さらしに行かねぇでも…」
「もの好きな女がいたもんだなぁ」
 ここぞとばかりに言いたい放題である。
 ふっと王子が酷薄な笑みを浮かべた。
「黙らないとキスするよ」
 途端に空気が凍り付いた。しんと静まり返った空間にのどかな小鳥の声が響く。
「物見遊山のつもりだけど、死にたくなければ特殊装備も忘れないことだね」
 特殊装備とは魔物と戦う時に身につける装束であり、魔力の込められた布でつくられている。それらはある程度の魔力をはじく上に、魔物の鋭い牙をもってしても裂くことのできないものであった。その布を織るための糸は特殊な金属を原料としているというが、それは「織り人」の秘密なので、何かは分かっていない。
「そりゃあ、国一番の美姫を変態王子になんか取られたくねぇ野郎が山ほどいるだろうし」
「恨みなら、老若男女人外問わず、覚えていられないほど買ってるし」
「人間には王子を殺せねぇことぐらい分かってるだろうし」
 まあ当然だよなと頷き合う。
 シャザはリアドの袖をひき、外に出ましょうと促した。
 地獄の底から響いて来るような低い笑い声が響く。
「それほどわたくしの口づけが欲しいのなら最初から素直におっしゃいなさい」
 シャザとリアド、そしてドゥイーがさっとくぐり抜けた扉が背後でばたんっと音を立てて閉まった。その後、閉ざされた訓練場では阿鼻叫喚の地獄絵図が繰り広げられたという。



BACK/TOP/NEXT