昔日夢〜狭間にある者〜
4.旅路


 アルフェリールが第五衛士隊を率いて王都を発ったのはよく晴れた日の朝だった。目的地は隣国東部のヴェアラッド公領。およそ十日の旅程だ。
「絶好の旅日和だねぇ」
 馬を進ませながら、のんびりした口調でアルフェリールが言う。
 背中に温かな日差しを受けて衛士のなかには馬上で舟を漕いでいる者もいた。よく訓練された軍馬はそんな乗手を振り落とそうともせず、一定の速度を保っている。真面目な衛士がこの光景を見れば、朝からたるんどるっ!と青筋立てて怒ったかもしれないが、この王子直属の第五衛士隊では先頭を行く隊長からして昼寝を貪っているのだから、咎める者がいるはずもない。
 うとうととシャザがまどろみかけていると、アルフェリールと魔術師の会話が聞くともなしに耳に入った。両者ともに低いがよく通る声をしているのだ。そして、内容さえ気にしなければ、その声は耳に心地よくもある。
「この辺りでは魔物がよく出るのか?」
「周辺諸国の中では少ない方だけど、まあそれなりに」
 国王が掃討して回ったために、王国内からは魔物が巣くうような場所はなくなっていた。しかし、他の地域から流れ込んでくるものは防ぎようがない。
「退治はよく任されるのか?」
 王子の噂を耳にしたことがないというのは本当らしい。魔物退治に失敗したことのない、剣も魔法も優れた王子様だが、女装が趣味の変態だと、二つセットで噂になっているのだから。
「時々かな。私を次代の王に戴くのを不安に感じる連中がいるからね」
 不安というより、不満と言う方がより正確だろう。権力を欲する者には王子がいかに優れていようと、自身が下にあるということが気に食わないのだ。魔物が少なくなると、それが誰のお陰か忘れて身の程知らずにも自分も王になれるのではないかという野心を抱く者が現れる。この世界において王とは魔物から民を守る存在に他ならない。その役目を為し得なくなれば、その王家は廃されるが、逆に言えば、役目を果たす力を持つ限り、存続を許されるのだ。
「例え女装趣味の変態王子でも、実力のほどを見せつけておけば、刃向かおうという気持ちは起こらないだろうと父上は考えているんだ。私としてはそんな連中、後腐れなく、たたき潰した方が気分爽快なんだけどね」
 その気になればやれないことはないと言わんばかりだ。実際、やろうと思えば、文字どおり、たたき潰せるだろう…家屋ごと。それほど非常識な魔力の持主なのだ。
「ほう、変だという自覚はあるのだな」
 身も蓋もない感想を魔術師は口にする。
「ちょっと違うな。私は自分を変態だとは思っていないけど、他の連中が私をそうだと思っていることを認識しているだけだよ」
「個々の認識には食い違いが生じるというよい見本だな」
 飽くまで淡々と会話するが、あまりの内容に眠気がふっとんだ衛士達も少なくはない。微妙な空気の震えを察知してシャザは横に目を向けた。
 熟睡しているように見えた第五部隊長ドゥイー・ダハがひくひくと腹筋に痙攣を起こしている。
 こういう人だから、アルフェリール様直属の部隊長なんかやっていられるんだよな。
 旅先で国王と知り合い、出自も経歴も不明のままに衛士に取り立てられた人物が隊長の地位についても文句が一切出ないのは、王子直属の地位に耐え得る人物が他にいないからに違いないとシャザは確信していた。

 王子が泊まるにしては、かなり格の低い宿屋にアルフェリールの一行は宿をとっていた。格が低いだけでなく、給仕をする女達が裏で客を取るような極めていかがわしい宿屋である。
「あたしの部屋は右の奥から二番目だから。もちろん、お金はいらないわ」
 そう耳にささやいて横を離れた娘を気のない笑顔で見送って、シャザは深い溜息をついた。
 何が悲しくて、同性に口説かれねばならないのだろう。
 シャザは同性と妖魔にだけはもてた。同性は自分の性別を勘違いしているだけ罪がないが、妖魔は性別を問わずに口説いてくる。妖魔の目から見れば、自分はひどく「おいしそうな」生気の持ち主らしい。彼らは恒常的にその生気を摂取すべく、恋人の地位を目指すのだ。
 うっとうしい視線を感じ、シャザはそちらに顔を向けた。
「なんですか、リール様、その目は」
 なんとも恨めしそうな目つきで見ている王子に向かって言う。アルフェリールはかなりの酒が入っており、酔い潰れるのも時間の問題と思われた。緑の目にはねっとり淀んだものがあった。
「どうして、いつもいつも、君ばかりもてるんだろうね」
「私に聞かれても困ります」
 憮然として応じる。何も好きで同性にもてているわけではない。
「先月、一緒に風邪をひいて寝込んだ時に女性からもらった見舞い品の数も君の方が多かったし」
 ぶちぶちと文句をつける。
 またそのネタか。よほど気に食わなかったらしい。
 同じ文句を聞き飽きていたシャザにはまともに相手にする気はない。
 見舞い品の数だけなら王子の方が遙かに多い。しかし、彼にとって男からの見舞いなど、一切、価値を持たないのだ。
「私の方がいい男なのに」
「顔に関してなら」
 淡い緑の目を細めてちらりとシャザが主を見遣る。
「たいていの女性は自分より奇麗な顔の男性の隣に立ちたくないものですよ」
 なにせ自分もそうである。男装で通し、男と思われているから、耐えられるというなんとも皮肉な立場である。アルフェリールの性別を知った時、絶対に、この人がいる場所でドレスは着ないと心に誓ってもいた。実はこういう男こそ、女の敵ではないだろうかと真剣に思う。
「私なら、喜んで自分より奇麗な顔の女性の隣に立つよ」
「たいていの男性がそうです」
 まったく何を言っているのだろうか、この人は。
 ぐいっとシャザは酒を煽った。
 飲まねば、やっていられない。
「あんまり、飲むんじゃねぇぞ」
 ドゥイーが隣に腰を下ろし、シャザの手元にあった酒瓶を取り上げて、自分の杯を満たした。
「連中を運んでもらわにゃ困るからな」
 ぐでんぐでんに酔っ払っている部下達を見ながら言う。
「たまには酔わせてください」
 酒瓶を取り返し、自分の杯に注ぐ。
「お前が暴れ始めちゃ、誰にも押えられねぇだろうが。王子が止めるはずもねぇし、魔術師の旦那もいなくなっちまったし」
 ようやくシャザはいつの間にかリアドが席を空けていることに気付いた。先程まで、黙々と酒を飲んでいたと思ったのだが。
「リアドなら酒の肴を調達に行ったよ」
 うっすらとあまり感じのよくない笑みを浮かべてアルフェリールが言う。酒気を帯びた顔には、どことなく妖艶さが漂っている。酒場女が寄りつきたくないのも、よくわかるというものだ。
「酒の肴なら注文すればいいじゃないですか」
「この店のものは口に合わなかったらしい」
 くつくつと笑う。
 王子に負けずに安酒を浴びるように飲んでいた人物が料理にケチをつけるような味覚を備えているとは思えないのだがとシャザは眉を寄せた。
「彼が気になる?」
「いい男だもんなぁ。腕は立つし、お前より背は高いし」
 ドゥイーがにたにたと笑う。じろりとねめつけたが、効果はない。
「なんですか、二人して」
「ん−、シャザも年頃だし」
 へらり、とアルフェリールが笑う。
「妙な勘ぐりはやめてください。中年おやじの隊長はともかく、リール様まで」
「…中年おやじ」
 アルフェリールは肩を震わせて笑い始め、ドゥイーは傷付いたと壁にのの字を書き始める。
 なんだって、とシャザは天井を見上げた。
 こんな連中が私の上官なんだろ。
 ふーっと息を吐くと、シャザは一気に酒杯をあけた。



BACK/TOP/NEXT