昔日夢〜狭間にある者〜
8.竜


 馬を止めたアルフェリールは、なるほどねと一人頷いていた。
 そこは石が見え隠れする草地だった。遥かな昔は建物があったものと思われるが、今や、その面影を留めるものは風化の進んだ石の土台だけであった。
「これは魔神と呼ばれている古代の民が残したものだよ」
 怪訝そうな顔をしているシャザにそう説明してから、アルフェリールはドゥイーに向き直った。
「竜を捕えておくのに最適な場所はどこだい?」
 その言葉にシャザはぎょっとした。最強の種族である竜を捕えることが可能などとは考えてみたこともなかった。竜までも、合成術の材料にしようとしていたのだろうか。
「北にある防御結界の中心が妥当なとこでしょうや」
 平然と応じる上司にシャザは眉を寄せた。竜が囚われていると聞いても、驚かなかったことよりも、そんな知識を持つことが意外だった。ドゥイーはそんなシャザに片目をつぶってみせる。暗色の目が光る。
「ほれ直したか?」
 ふうとシャザは息をはいた。
「…うさん臭さなら倍増しましたよ」
 自分の周りには得体の知れぬ人物が多すぎる。
 まあ、自分自身も父の血を引いている以上、その一人に含まれるのだが。
 馬を降りて北に向かって歩き始めたアルフェリールの後を追う。
「リール様、ひょっとして、魔力を感知できないんですか?」
 いつもなら、わざわざ足を向ける事なく、離れたところから魔法でいきなり攻撃をしかけるのだ。卑怯とかいう考えはちらとも浮かばぬらしく、迅速なる殲滅活動を第一に掲げているのである。もっとも、シャザとしても魔物相手に義理立てしても仕方ないことくらい分かっているので止めはしない。
「そういうこと。気配も全く消している。もっとも、奴の実力ではなく、この遺跡の持つ力のお陰だけどね。魔神というのは知ってのとおり、竜族と並ぶ強力な魔力を備えた民だった。彼らの造ったものに、その残滓がこびりついているのは当然だろう?」
「そんなに魔力とは残るものなのですか?」
「そうらしいよ。竜族の話だと、彼らが滅びたのは三千年も前だそうだけど」
 三千年…。それがいかなる「時」なのか、想像もつかない。竜は個体差はあるが、およそ千年の寿命があるというから、彼らにとってはそう遠い昔のことではないのかもしれないが。
「どうして滅びたんですか?」
「頭がいかれてたんだ。連中には他者の魔力を奪って自分のものにするという特技があってな、延々と争い続けた結果、気付いた時には手遅れなまでに数が減っちまってたんだ。ま、自業自得って奴だな」
 愚か者は滅びるといういい見本だななどとこきおろす。
「なんで、そんなことをドゥイー殿が知っているんですか?」
「最後の魔神って奴に縁があってね」
「でも三千年も前に滅びたんでしょう?」
「種族として滅びたってことだ。生粋の魔神ってのは、俺の知る限りじゃ、そいつ以外いなくなっちまったが、魔神の子孫ってのはいる。今いる魔術師の多くはその子孫だって言われてんな」
 なるほど、それで魔術師というのは長命なのか。
 ふと姿を消している魔術師のことが脳裏をよぎる。
 だが、彼の場合は…。
 くおぉ−ん、と地の底から咆喉が響いた。ごごごごっと凄まじい地鳴りがして地面が揺れる。
「おや、先方から出て来てくれるようだよ」
 手間が省けたとばかりに嬉しげにアルフェリールが言う。
 シャザは強靭な生命体の接近をはっきりと感じた。
 まず目に入ったのは鮮やかな色彩だった。
 紅。
 その色を纏った生物は巨体にもかかわらず、迅速な動きで草木を踏み分け突進して来る。
「ん−、ありゃあ、まだ幼体だな」
 角がまるいし、冠鱗が生えそろってない、などとドゥイーがのんきに言うのを耳にして、シャザは改めてこの上官のふてぶてしさを実感した。ぽんっとその肩をアルフェリールが叩く。
「しばらく君は彼の相手をしてやってくれ。私は馬鹿を始末してくる。いざという時にはリアドが来る。彼は絶対に君を見捨てたりしない」
 前半の言葉の意味を悟った時にはもう遅い。シャザの髪は銀色に、アルフェリールの髪は赤茶色に変化していた。
 遠目にも、きらりと竜の金の目が光るのが見えた。もはや、後半の言葉を吟味する時間は残されていない。
 素早い身のこなしでアルフェリールはその場から身を翻した。
「なんてこと、するんですかぁっ!」
 わめきながらも、シャザは吹き付けられた火炎を避けた。
「ほー、炎が吐けるとは、もう成竜間際ということだな。こりゃあ、ちょっと厄介かもしれんぜ、シャザ」
 他人事のような顔で―実際、竜が狙っているのはシャザ唯一人なのだが―ドゥイーが相変わらずのんびりと言う。
 ぶんっと唸りを上げて振り降ろされた長いしっぽを横跳びに避ける。濛々たる土埃が収まった後の地面はえぐれていた。
「なんで魔法を使ってこないんですか?」
「そりゃー、精神に制御を受けていれば、魔法は使えんさ。しっかし、本当に馬鹿だね、あの妖魔も。竜の醍醐味は魔法にあるってのに、これじゃあ、単なる破壊専門の道具じゃねぇか。もっと有効利用すりゃあいいのによ」
 もったいないと言わんばかりの口ぶりだ。
 確かに、精神に制御を受けているからこそ、この竜は自分と王子の区別がつかないのだろう。本来の竜族があの並外れた魔力の主を見誤るとは思えない。
 だが。
「有効利用なんかされちゃ、たまりませんよっ!」
 機敏な動きと莫大な破壊力だけでも手こずるのに、これに魔法攻撃まで加わるなんて冗談ではない。竜族だけは敵に回すのはよそうとシャザは心に誓っていた。
 …熱い。
 背後に熱を感じて、ちらと目を向けシャザはぎょっとした。
 薮が景気よく燃えている。気がつけば、周り中、火の海だった。
「よく涼しい顔してられますねっ!」
 のほほーんと腕組みして炎の中に立っている男に言う。「特殊素材」の衣服のおかげで、通常の炎によってやけどすることはないが、熱はそれなりに感じるはずである。そして何より、この状況、他国の領内で山火事を起こしたなどとばれたら大事だ。
 シャザは振り返り様、反射的に鉄杖でそれを殴りつけた。
 丈夫さが売りの竜であるが、シャザの一撃はやはり痛かったようだ。
 打たれたしっぽをくねらせて苦痛の叫びを上げた。
「ああっ曲げてしまった!」
 通常よりもかなり強度を持たせてあるはずの鉄杖がぐにゃりと変形している。
「無意識の方が力強いってのは問題ありだな」
 にやにやしながらドゥイーは髭を撫でた。
 いくら攻撃を避け続けても、このままでは蒸し焼きになってしまう。
 どうしたものかと逡巡していると、ごうっと冷気を帯びた風が吹き付けた。一瞬の間をおいて、どうんっと地響きが響く。
 目を開けると、紅の竜が仰向けに転がっていた。辺りを舐め尽くしていた炎は先刻の風のためか鎮まっている。
『たわけがっ!』
 落雷のような「声」が頭に直接響いた。さしものドゥイーも顔をしかめている。
『血族の娘に手を上げるとは何事かっ』
 ぶんっと何かが唸りを上げ、紅の竜がころころと転がった。形容としては、本当に軽やかに「ころころ」となのだが、実際は巨大であるために、その「ころころ」によって、すさまじい音をたてて草木が薙ぎ倒されていた。

 ようやく、シャザはその巨大な姿を認識した。紅の竜よりも三倍はありそうな黒い竜が爛々と目を光らせている。大きさも紅竜と違うが、何よりも貫禄があった。
「よお、遅かったじゃないか、旦那」
 気安げに声をかけたドゥイーに気付き、黒竜は頭を低くした。
『すまんな。少々、道草を食い過ぎた』
「食ってたのは『草』じゃないだろーに」
 ふっと竜が笑った気配がしたかと思うと、姿が消えた。消えたのではなく、縮んだのだとシャザが気付くまでに少々間があった。黒髪の魔術師がゆっくりと近付いて来た。
 その時になって、ようやく、シャザは「ヴァーダル」の名が意味するところを思い出した。それは名でなく、称号だった。竜族の長、それがヴァーダルが表す意味であった。竜族の長の地位は一重にその魔力と力によってのみ獲得されるものだ。
「いいのか、あれ、放っておいて?」
 気絶したのか、ぴくりとも動かぬ竜をドゥイーが指さす。
「かまわん。それよりシャザ、怪我はないか?」
 気遣わしげに尋ねる。
「ありません」
「それは何より。…髪の色が変わると、クザートにやはり似ているのが分かるな」
 どこか懐かしげに目を細める。
 なんだか、シャザは厭な予感を感じながらも、聞かないではいられなかった。
「先程、『血族の娘』とおっしゃいましたよね?あれはどういう意味ですか?」
「竜族の間ではな、女子供は大切にする。あれもまだ成竜していないとはいえ、それを弁えていなければならぬ年なのだ」
 なんだか微妙に問題点がずれている。しかし、こうした事にはアルフェリールで慣れていた。
「だから、どうして、それが私に適用されるんですか?」
 何を当たり前のことを聞くんだと言わんばかりの顔で口を開きかけ、リアドはようやく合点がいったようだ。
「そうか。知らなかったのだったな」
 忘れていた、とつぶやく。
「まあ隠しておいても、いずれは知ることになろう。クザートは私と妖精族の女との間に生まれた息子だ。あれも、その娘のシェレンも竜族より妖精族の血が濃く現れたが、お前は竜族の血が濃く出たようだ」
 前半の言葉よりも、何げなく言われた後半の言葉にシャザは耳を疑った。
「…王妃様が父の娘?」
「それも知らなかったのか?シェレンはクザートが妖精族の女との間になした子供だ」
 驚いたように軽く眉を動かす。
「旦那、旦那。人間は親子なのに外見年齢が変わらないなんてことはないんだぜ」
 茶化すようにドゥイーが口を挟んだ。
「そうだったな。ああ、それで、黙っていたのか」
 リアドがようやく納得したという顔になる。
 王妃様が父の娘。母は普通の人間。すなわち、自分と王妃様は異母姉妹。となると…。
 そこから導き出される結論にシャザは思い切り顔をしかめた。
「シャ〜ザ」
 ぴたりと冷たい手がほおに触れた。
 うわあっとシャザは飛びのこうとしたが、できなかった。指が両側から頬をむにっと引っ張る。
「その不満たらたらの顔は何なのかしらぁ?せっかく、晴れて血縁が認められたのだから、もっと嬉しそうな顔をしてもいいはずですわよ、お・ば・う・え」
 全身の血が呪わしい!
 思った瞬間、シャザはアルフェリールを殴り倒していた。

じじぃふたり組(^^;
ヴァーダルとドゥイーの肖像画 by NARUMI&れいり様



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