昔日夢〜狭間にある者〜
9.人ならぬ者


 魔物退治を終えて衛士達が一休みしているところに、気絶した王子を砂袋のように無造作に肩に担いだ黒髪の魔術師と見知らぬ紅色の髪の青年を連れてシャザが引き返して来た。隊長は逃げた馬を探しに行ったという。シャザよりも珍しく背が高い青年は、「な、な、いいだろ?」と言いながら、子犬のようにぐるぐるとシャザの周りを回っていた。図体もでかく、二十歳前後に見えるのだが、妙に子供っぽく見える。
「王子、どこか怪我したのか?」
 アルフェリールに怪我させるような魔物が出たのだろうかと脅えた顔をしながら、衛士の一人が問う。
「心配ない。ちょっと眠らされただけだ」
 眠らされたって誰にという問いかけに、魔術師は赤茶の髪の衛士に視線を向けた。凄まじく機嫌の悪そうなシャザに声をかける勇気がある者はいなかった―子犬のような青年を除いて。
「しつこい男は嫌われるぞ」
 魔術師が衛士の一人が提供した馬の背にアルフェリールを無造作に乗せながら言った。衛士達はその言葉の解釈をどうすべきか迷っている様子で互いに顔を見合わせている。彼らはシャザの性別を知ってはいるものの、現在の状況を理解するのに躊躇いを感じずにはいられなかった。はっきり言って、シャザが女と妖魔以外に口説かれたのを見たこともなければ、そういう話を聞いたこともない。
「そんなこと言ったって、早いところ約束を取り付けないと、他の奴らに取られるじゃないか。な、いいだろ、シャザ」
「断る、と言ったでしょう」
 常になくシャザは冷ややかだった。人当たりの良い、時として押しに弱い彼女にしては珍しいことである。
「けち」
「けちで大いに結構」
「そんなこと言わないでさぁ、俺の卵産んでくれよ」
 衛士達が固まった。
「卵なぞ、産む気もなければ、産めるはずもないと何度言えばわかるんです?」
「シャザなら、きっと産めるって」
 衛士達の視線が宙をさまよい始める。すさまじく不機嫌なシャザに答えを求めるわけにいかず、彼らの視線は魔術師の上で止まった。魔術師は彼らの視線の意味をじっくり吟味した後に口を開いた。
「あれは竜族だ。シャザも多少、竜族の血を引いている。竜族というのは自分より強いものにひかれる傾向がある」
 竜よりも強いって、と衛士達は虚ろな目を見交わした。一般常識において、竜とは最強の生物であると認められている。
「生粋の竜族でも出来の悪い竜はいるし、あれはまだ成竜していない」
 出来が悪かろうと子供だろうと竜に違いはない。人と竜を比較対照すること自体が本来、間違っている、と衛士達は思っていた。竜の血を引いているならば、シャザの馬鹿力も理解できるが、しかし、生粋の竜よりも強いだなんて、果たしてシャザを人に分類していいもだろうかという疑問も彼らのなかで芽生え始めていた。
 出来の悪い孫をわざわざ助けにやって来るとは親馬鹿ならぬ、じじ馬鹿だと心のなかでつぶやきながら、シャザは曲がった鉄杖をぐっと握り、逆方向へ曲げた。それを見ていた衛士達がぴたりと口を閉ざす。触らぬ神に祟りなしと沈黙を決めたようだ。

 妙な緊迫感の漂うなかに、ドゥイーがのんきな様子で馬を連れて戻って来た。
「どうした、リール様が息を引き取ったか?」
「それなら、こんなに静かなわけないでしょう?今頃、お祭り騒ぎですよ」
 刺々しい声でシャザが言う。
「へー、こいつ、嫌われてるんだ」
 陽気な声で竜族の青年が言う。ぴくりと銀の頭が動いた。
「…妖魔風情に支配された竜もどきに言われたくないね」
 ずるりと馬の背から滑り下りながら、アルフェリールがシャザにも負けぬ機嫌の悪い声を発した。アルフェリールは人に、とりわけ同性に馬鹿にされるの嫌う。それも竜の血筋ゆえということに本人が気付いているかどうかは怪しい。
「なんだよ、竜もどきってのはっ」
 むっとしたように竜族の青年が言い返す。彼も竜であるので、当然ながら馬鹿にされるのを嫌う。
「本物の竜ならば、妖魔ごときの支配を受けるわけないはずだろう。そんな情けない生物は図体のでかいトカゲと変わりない」
 二人の青年の間に火花が散った。妙な圧迫感は彼らの魔力が押し合っているからだ。
「はいはい、そこまで。全く、青いこった」
 アルフェリールの手に馬の手綱を押し付けてドゥイーが言う。
「こんなところで喧嘩始めたら、そこの『おじい様』に押しおきされちまうぜ?」
 王子と竜の青年が明らかにひるむ様子を見せた。
 最強の者が誰なのか悟った衛士達はわらわらと魔術師の周りに避難場所を求めて群がった。彼が何者であろうとアルフェリールの八つ当たりから逃れられるのであればそれでよいのだ。
「もう、帰るんでしょう?」
 身を突き刺すような険悪な雰囲気をものともせずに、ドゥイーがアルフェリールに声をかける。
「そうだね。どうぞ、曾祖父殿も馬鹿な孫を連れて、お帰り下さい」
 にっこりと魔術師に笑いかける。げーっと衛士達が驚きの声を上げた。
「この姿で曾祖父だとぉ?」
「でも竜が孫ってことは竜ってわけだ?」
「そんでもって、王子はってーとその曾孫」
「なーんだ、王子が変なはずだ」
 さすがに異常事態への対応に慣れている衛士達である。あっと言う間に、自分達のなかで整理をつけたようだ。あるいは臭いものには蓋ということで深く追及するのを恐れたのかもしれない。
「ふむ、そうするか」
 衛士達の素早い適応能力に感心しながらリアドが頷く。
「えー、じい様、もうちょっとだけ、な?」
 竜の若者はだだをこねたが、リアドは承知しなかった。
「駄目だ。女を口説くつもりなら、立派な竜になってからにしろ」
 むんずと首ねっこをつかんで、先に行けと放り投げた。ボールでも投げたように軽々と放られた青年は地面に落ちる前に変化し羽根を広げて舞い上がった。
「おおっ!本物の竜だ」
「すげぇ、初めて見る」
 衛士達がどよめきを上げる。
「半妖の娘にも約束は守ったと伝えておいてくれ」
 言って、リアドは一行から少し離れた場所に歩いて行ったかと思うと竜の姿に戻り飛び立った。勇壮な姿に衛士達は感嘆の息をこぼし、二頭の竜がぐんぐんと遠ざかるのを見送った。
「半妖の娘とは?」
 シャザはようやくアルフェリールに目を向けて尋ねた。
「公女のことだよ。彼女の母親は妖魔だった」
 それで、あれ、か。
 ふっ、とシャザは遠い目をした。
 竜と妖精の血を引く娘が王妃やっているなら、妖魔の娘が公女をしていてもどうってことはない。妖魔の気質を受け継いでいるならば、性別などの差違にこだわるはずもないのだ。妖魔がこだわるのは性別でも外見でもなく、生気が美味か不味いかの一点だけだ。
「せっかく縁があったのですから、公女を娶られればいかがです?さぞかし、素晴らしいお子様が生まれることでしょうよ」
 精一杯の皮肉を込めたつもりだったが、アルフェリールには効果なかった。
「それもいいかもしれないね。竜に妖精に妖魔の血を引いた子供なら、魔物なんか目じゃないし、国の征服なんて、あっという間かもしれない。それでもって、生まれた子供をシャザの生んだ子供と一緒にさせれば、次の代でも血は薄まらないし…三代でどこまで領土を広げることができるだろうね?」
 嫌味で言っているわけではないらしく、なんだかアルフェリールは楽しげだ。
 余計なことを言ってしまったかもしれない。
 後悔がシャザの胸をよぎっていった。

若者の正体見たり〜
「若者の正体は?」 by れいり様


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