女王と騎士

第一部 闘技大会編 (1)

 憂いを含んだ琥珀色の瞳を窓に向け、美貌の少女は溜息をこぼした。
 白い指先が長い黒髪を弄ぶ。
 何か面白いことはないだろうか。趣味と実益を兼ねた何か。
 南陽王国の若き女王は退屈していた。
 暇をもてあましているわけではない。政務ならば山のようにある。
 ただ日常生活に刺激が欲しかった。
 そして考えついた企画は即刻、重臣達の会議にかけられ、認可され、実行されることが決まったのであった。

 女王は朝から妙に機嫌が良かった。常ならば大使の接待なぞ途中で飽きて視線が泳ぎ出すはずなのだが、やたらめったら愛想がよい。相手が彼女好みの美形ならともかく、ありふれた中年男である。さすがに不気味に思えて、アシュリ−ズは謁見を終え、執務室にひき上げた女王にどうしたのかと声をかけた。
「このところ、国際状況も安定し、国内においても豊作続きで平穏であろう?この機会に国を挙げてのお祭り騒ぎをぱあーっとしてはどうかと思ってな。大臣どもに提案したら、快く受け入れてくれた」
 たまにはこの女王も大臣達が快く受け入れる提案をすることもあるのかと思いながら、アシュリーズは提案の内容を尋ねた。
「私の花婿探しだ」
「……はあ?」
 アシュリーズは我が耳を疑った。
 女王が婿取りに積極的だとは初耳だった。
「私も、今度で十七歳だからな。そろそろ花婿を物色してもよかろう。それで今朝この書状を周辺各国に送ったところだ」
 ぴらっと差し出された書状に目を通し、双子の姉ながら何を考えているのかさっぱりわからんという結論にアシュリーズは達した。
「国を挙げて闘技大会を開催するのはともかく、何故、闘技大会で予選を通過して本選に出場することが花婿の条件なんだ?」
 通常、王族に求められるのは戦闘能力ではなく政治的能力だ。
 それに、とアシュリーズは続けた。
 これが一番重要な点だ。
「大体、ラーナは面食いだろうが?」
 この程度の顔で私の婿になれるかと見合い用の肖像画を情け容赦なく火にくべるような人間だ。不細工な大使と謁見をさせられようものなら、一日中機嫌が悪い。それを今では周辺諸国も承知していて、なるべく女王に不快を与えない顔の者を大使として遣すようになっている。
「無論、顔の良いことは絶対譲歩不可能な条件だが、それだけではつまらん。どうせならば、腕が立つ方がよかろう?」
 護衛にもなるし、と取ってつけたように言う。
「リ−ズ、そなたも出場するがよいぞ。私の妹に勝る顔良し腕よしの男なぞ、そうおらぬだろうがな」
 ほとんど同じ造作の顔を持つ双子の妹への称賛はすなわち自画自賛である。しかし、男女で比較してどうするというのだろう。深く考えてはいけないなとアシュリーズは頭を振った。
「それに、こうでもしなければ、婿候補を一度に集めて比較検討することはできまい?他国からも見物人が来よう。されば、我国の経済も潤うというものだ」
 おそらく大臣達を説得するために、後で考えついた理由だろう。
「…治安は?」
 こめかみを押えながら、アシュリーズは尋ねた。
「うん?」
「王族は無論、大会参加条件に身分の制限をつけていないだろう?賞金目当てに傭兵やごろつきが流れ込んで来るぞ!」
 ほりほりと女王はほおをかく。どうやら、そのことは考えていなかったようだ。いや、考えてはみたかもしれないが、無視することに決めたのかもしれない。
「そうだな、それは王都警備隊に頑張ってもらうことにして、近衛の連中にも応援に行かせよう」
「一体、近衛騎士が何人いると思っているんだ?ラーナがさんざん顔と技量にこだわったせいで、たったの七人だぞ、七人!」
 通常近衛騎士団というのは30名から50名で構成される。戦時においては国王に直属し、国王軍の中核となる。
「だが、その分、一人で十人分の働きをしてくれるではないか。職場の環境というのは重要だぞ。快適な環境だと能率も上がる。不細工な騎士に視界に入られては気持ちよく執務に集中できん。おや、そろそろ会議の時間だ」
「アシャラ−ナ!」
 聞く耳を持たない姉に、ついつい女王と近衛騎士という身分を忘れて怒鳴りつけていた。
「そう怒るな。王都周辺の騎士団からも人手を回すよう要請しておく」
 女王はそそくさと立ち上がって、執務室を出た。
 …あなたに必要なのは顔と腕の良い男ではなく、一般常識を備えた男だと思うぞ…。
 女王の妹にして近衛騎士は女王の後に付き従いながら深い溜息をついた。


 お祭り気分で盛り上がっている南陽王国の王都では喧嘩騒ぎが絶えなかった。また一組、路上で剣を抜く男達がいて、通りには人だかりができていた。
 おお、やってるやってるとデュリルはやじ馬根性丸出しで人垣越しに覗き込んだ。東方の暁王国出身の彼はこの国の民より一回り以上体格がよいので、楽に人の頭越しに騒ぎの中心部を覗けた。往来で剣を抜くだけあって、どちらもたいした腕は持たないようだ。そこへ騎馬が一騎、駆け付けた。
「双方とも剣をひけ」
 深い声が響く。
 声の主は渋い中年騎士である。
 眼光鋭い青い目、黒い髪。
 典型的な南陽王国民だ。
 人垣がさっと割れた。シェイド様だとささやきかわす声がする。
「喧嘩騒ぎを起こした者は出場資格を取り消される」
 ひらりと馬から降りた騎士は戦いに熱中する二人に近付き、剣を一閃させた。何が起きたか分からぬうちに二人の手から剣が落ち、その首にかけられていた出場許可札が路上に落ちて乾いた音をたてた。
「早々に王都より立ち去るがいい」
 騎士が冷やかな声で告げると、喧嘩をしていた男達はこそこそと逃げ出した。
 格が違うということがわかる程度の脳はあったらしい。
 わあと歓声が起こる。騎士はじろりとそんな人々をねめつけた。水を打ったように、ぴたりと騒ぎが静まる。
「そのほうらも、このような場所で喧嘩騒ぎを喜んで見物するとは何事だ。各々、仕事があろう、己が仕事に励むが良い」
 実に謹厳な意見を述べると颯爽と騎士は去って行った。デュリルは近くの住民を捕まえて、今の騎士は何者なのか尋ねた。
「近衛騎士隊長、シェイド・エウリク殿さ。我国一の騎士と呼ばれるお方だよ」
 自慢げに男は答えた。
 その表情だけで、人気が高い人物であることが知れる。
「大会に出場するのか?」
「しないだろ。若手の人材発掘ってのが、この大会の主旨なんだからよ」
  人材発掘…なるほどね。女王の婿も人材ではあるわけだ。ありがとよと礼を言ってデュリルは歩き出した。面白い奴がいればいいんだがとのんきに彼は考えていた。

 取っ組み合って店内を転がる男達に若い騎士はずかずかと近付いた。
 着くずしてはいるが、身にまとっているのは近衛騎士の制服だ。
「おらおら、やめろって」
 一人の首根っこをつかんで引きはがそうとすると、邪魔するなっともう一人の男が手近の皿を投げ付けた。頭に血が上っている男には有名な近衛騎士の制服も目に入らぬらしい。ひょいと交わしたものの、若い騎士が怒りを覚えたのは明白だった。ぴくりとこめかみがひきつる。
「どーして人が口で親切に言ってるうちにやめないかねっ」
 乱暴に一人を投げ飛ばし、もう一人をも続けて投げ飛ばす。
「こちとら、寝不足で気がたってんだ。暴れ足りないって言うなら俺が相手してやるぜ?このオルト・マフィズがよっ」
 黒髪の間で光る緑の目を見た瞬間、男達には理性が戻って来たらしい。さああと顔が青ざめる。オルト・マフィズ、騎士団随一、喧嘩好きな男である。
「よしよし、分かったならよろしい」
 二度と騒ぎを起こすんじゃないぞと言いながら、なんだか物足りなさそうな顔をして若い騎士は去って行った。

 その近衛騎士はそそとした美少女、美貌の女騎士に見えた。純白の制服に青いマントがほっそりした体によく似合っている。淡い紫の瞳はその場の光景を目にして憂いを浮かべていた。
「あの、やめていただけませんか?」
 その声は少々細いが男のそれだった。だが、居酒屋の客達全員を巻き込んで繰り広げられる大乱闘の中で控えめな声は届くはずもなかった。いや、そもそも声を届かせる意志があったのかどうか。騎士は少々、困ったように戸口で首を傾げ、仕方ありませんねと息を吐いた。
 ざばっと大量の水が店内にふりかかり、男達はなんだなんだと動きを止めた。
「これ以上、騒ぎを続けるつもりならば、今度は水ではすみませんけど?」
 手に氷のはりついた剣を持った美貌の騎士は控えめにそう提言した。
 騎士の意図ははっきりしている。騎士が剣を振れば、水はたちどころに氷と化すだろう。
 ふるふると男達は首を振り、もう決してしませんと口を揃えて宣誓した。それではと、小柄な騎士は姿を消した。
「氷刃のルーダルか…」
 誰かがぽつんとつぶやいた。女のような顔をしてやることは近衛騎士一辛辣だとの噂が王都の隅から隅まで行き渡っていた。

 がちがちと歯を鳴らす男に、
「喧嘩両成敗」
 と無表情に灰銀の瞳の騎士は告げ、くるりと背を向けた。
「…お、おーい、誰か助けてくれぇ」
 己の剣と喧嘩相手の剣で壁にはりつけにされた男は弱々しい声で助けを求めた。下手に動くと首が切れそうだ。一方、恐ろしいまでの剣さばきで、上着を切り裂かれ、上半身を丸裸にされた彼の喧嘩相手はあまりの恐怖に声を失っているようだ。
「止めに入った相手が悪かったね」
 近くにいた見物人がよいしょと深々と壁につき立った剣を抜こうとしながら言った。
「剣鬼のウェイ。剣裁きじゃシェイド様にも劣らない凄腕さ。おい、これ、抜けないよ」
 何人かの力自慢が寄ってたかって抜こうとするのだが、剣はびくとも動かない。
「どうした、どうした」
 大柄な異国人がよって来て事情を聞いた。へえと感心した声を上げ、しげしげと剣を眺める。明るい朱金の髪が東部出身であることを示している。
「その騎士って魔法騎士か?」
「あー、噂だと、そんな力もないわけじゃないとか」
「そのせいだな」
 男は剣をそれぞれ手に持つとえいとばかりに一息に引き抜いた。
「無意識に魔法力を込めてしまったんだろうよ。俺もよくやる」
 ずるずるとはりつけにされていた男がへたりこんだ。
「その騎士、大会に出るのかい?」
「さあ、どうだろうな。あんた、大会に出るのかい?」
「ああ、見かけたら応援してくれ」
 この国には面白い騎士がいるなとしきりに感心しながら、男は去って行った。

 ぐえええっと男は聞くに耐えない声を上げてもんどりうった。その首に巻き付いていた鞭がひゅっと音をたてて離れる。
「あんた達って最低だわね」
 けだるげに黒髪をかきあげながら、美女は軽蔑の眼差しを投げた。
「性格さえよければ、そんな顔でも女に不自由することはないのに」
 すうと黒い瞳が細められる。
「厭がる女に悪さしようだなんて、そのどぐされた根性、たたき直してやるっ!」
 鞭が唸りを立てて、聞き苦しい男達の悲鳴が上がった。
「大丈夫ですか?」
 震える娘にふわりと自身のマントをかけて、少年は優しく言った。その顔立ちは情け容赦なく鞭をふるう美女によく似ていた。娘はこっくりと頷いた。
「家はどこですか?送ります」
「…でも、あの方、お一人では」
「大丈夫です。心配する必要はありません。ああ見えて母は女王様の近衛騎士の一人ですから」
 娘は目を見開いた。驚きの理由は彼女が女騎士だからではなく、この少年のような、どう見ても十代前半の子供がいるような年には見えないということにある。
 女近衛騎士は二人いる。女王の双子の妹とそしてもう一人。
「…イェナ様?」
「ええ。妖女とか男嫌いだとか言われてるあのイェナです。だから、母のことは放っておいて行きましょう」
 にっこりと母親譲りの美貌の少年はほほ笑んだ。


 …眠い。
 足を引きずるようにしてアシュリーズは予選会場に赴いた。
 治安維持のために他の近衛騎士達とともに一晩中駆けずり回っていたのだ。疲れたという思いはないが、とかく眠たい。
 本選出場資格は十人抜きである。対戦者の名前などろくに聞いておらず、自分の名に反応してはアシュリーズは試合場に立ち、剣をふるった。
 殺さなければよい。
 それぐらいしか、注意できることはなかった。
 幼いころから鍛えられた体は無意識のうちに相手の動きに反応し、攻撃していた。
 なにやら聞き覚えのある声もしたが、アシュリーズは気にしなかった。
 十人抜きが終わると、アシュリーズは振り返る事なく、王宮に帰った。

「すごい顔ですね、アシュリーズ様」
 足を止め、ぼーっとした目を声の主に向ける。
「そんなに凄い顔か?」
 ええと青年は深々と頷いた。心配そうに茶色の目を向ける。
「邪魔する者は血祭りに上げてしまいそうな顔をしてますよ」
 アシュリーズは頭をかいた。
 幼なじみである青年は言葉こそ丁寧だが、遠慮がない。
 しかし、彼が言うからには、実際、そんな顔をしているのだろう。
 青年が立っているのは女王の執務室の前であった。
「今日は、ヴェルシュが当直か」
「ええ。アシュリーズ様は非番のはずでしたよね?」
「そうなんだが…夜勤明けでそのまま予選会場に行ってきたところなんだ」
 青年は昨日のうちに予選落ちしている。それが、わざとだということを彼を知る者は誰でも知っている。余計な体力は使いたがらないのだ。
「そうでしたか。手ごたえのある対戦者はいましたか?」
 しばしアシュリーズは考え込んだ。
「…覚えてない。ともかく、早いところ片付けようと思ってたから。…じゃ、おやすみ、ヴェルシュ」
 ふらふらとアシュリーズはさらに階段を上った。眠くてたまらない。ようやく自室にたどりつくと、マントを脱いだだけで、ばったりと寝台に倒れ込んだ。そして、翌朝、侍女に起こされるまで夢も見ずに昏々と眠り続けたのであった。


 年若い美貌の騎士はふうと息を吐いた。
「怖いですね、ほとんど無意識で動くアシュリーズ様は」
 殺されるかと思いましたと付け加える。
「…いーじゃないか、ルー、お前は無傷だったんだからよ」
 肋骨を折られたオルトは寝台に横になったまま言い返した。
「こっちは本当に殺されそうになったんだぜ?」
「貴方が早いところ降参しないからです。引き際が肝心なんですよ」
 自業自得とばかりに淡々とルーダルは言う。
「引こうにも引けなかったんだ!」
 十人抜き最後の対戦者であったオルトに対し、アシュリーズは手加減なしに打ち込み、反撃の余地も降参する時間も与えなかったのだ。
 半開きの琥珀の目に睨まれたオルトは女王に対すると同じくらいの脅威を感じた。
「これで本選に残ったのはウェイとアシュリーズ様だけですか」
 近衛騎士は隊長をのぞいて全員参加を命じられたが、予選でことごとくぶつかり合ったのである。というより、女王は参加を命じておきながら、わざと彼らを予選落ちさせるべく、早い段階で対戦するように仕組んだのだ。
「陛下の考えることはわかりませんね」
「俺達が勝ち残っても意味ないだろ。王族には優先的に腕の良くない連中と当たらせるようにわざわざ仕組んだぐらいだったから」
 飽くまで目的は女王の婿捜しだ。自国の騎士が活躍しても意味はない。考え過ぎかもしれないが、女王は自国の騎士の実力を隠したがっているようにも思えた。
「それでも本選に出場できたのは申し込み者の半数に満たないんですよ」
 嘆かわしいことですと顔のわりに、なかなか辛辣なことをいう。
「いいんじゃないのか?王族が皆、アシュリーズ様みたいだったら、俺達近衛騎士はお役御免だ」
「まあ、そうですね。何か食べますか?」
 女王から見舞として届いた果物を見ながら、ルーダルは尋ねた。
「遠慮する。…何が入っているか、わかったもんじゃないからな」
「どうやら頭の方はしっかりしているようですね」
 友人のその言葉に、深々と枕に頭を埋めるオルトだった。