女王と騎士

第一部 闘技大会編 (2)

 闘技大会初日、主催者として開会の挨拶を述べた女王は特別観戦席に近衛騎士を一人伴い着席した。美人と名高い若い女王を一目見ようと人々が目を凝らしても、紗の垂れ幕が視線を遮り、その容姿を隠している。しかしながら、垂れ幕で隠したいものは女王の容姿ではなく、その態度であった。
 女王は片手でほお杖をつき、むすっとした顔で試合を見ていた。右手の指は肘掛けをこつこつと叩いている。
「どうなされました、陛下?」
 近衛騎士隊長の問いに不機嫌な琥珀の目が向けられる。
「顔が悪い」
「それは彼らの罪ではございません」
 真顔で騎士は答えた。
「もう少し、見目のよい腕利きの者がいてもよいと思わぬか?」
「特に思いませぬな」
「つまらぬ男だ」
「申し訳ありませぬ」
 過去に何度も繰り返された会話である。女王の近衛騎士隊長は彼女の幼い頃からの守役でもあった。

 女王の目は確かだ。
 他国人には聞かせられない、とても女王とは思えぬ言葉で、試合の批評をする女王の声を聞きながら少年は感心して頷いていた。
「馬鹿ではないのか、あの男は。そこで魔法を使って何になる!」
 素人の私でもわかることだぞっと、文句をつけるが、女王の眼力は「玄人」並だ。
 先刻から華々しい炎魔法が繰り広げられているが、実際には威力がないことを少年もまた見抜いていた。
「まったく救いようがないな」
 酷評された騎士は西部のどこぞの国の王族だった。
 フィルは垂れ幕の外に出て目を凝らした。
「…顔はいいようですから、陛下の目を引くことが目的だったのではないですか?」
「はっ!あの程度の顔で私の気を引こうなど、へそで茶がわかせるわっ!」
 …どこでそんな言葉を覚えたんですか?
 聞いてみたいような、聞きたくないような、騎士見習いとしては実に複雑な心境である。
 市井で育った王妹のアシュリーズならともかく、女王は宮廷の奥で育てられたはずだ。
 父親の親友だったという近衛騎士隊長にちらりとフィルは目を向けた。
 女王が幼い頃から仕えている彼ならば知っているだろうが…。
 フィルは軽く肩を竦めて、疑問を胸の奥に仕舞い込んだ。

 ふと、アシュリーズは遠くの特別観戦席を見上げた。
 騎士見習い兼女王付き従者の少年の姿が見える。
 顔がいいという理由だけで近くにおいているわけではない。見習いとはいえ、その実力は群を抜いている。人手不足の近衛騎士に代わり、女王の身辺警護にあたっているのだ。名を呼ばれ、アシュリーズは立ち上がった。
 …女王陛下の機嫌を悪くしない為にも、手早く片付けねばならないな。
 対戦相手の顔を見ながら、アシュリーズはそう判断した。

「おお、良い判断だ!」
 二倍以上の体重がありそうな巨漢を一撃のもとに地に沈めた双子の妹にやんややんやと喝采を送る女王を横目に近衛騎士隊長は静かな溜息をもらした。
「体格の良い男は好きだが、顔がいかん、顔が」
「陛下、筋骨隆々とした体にルーダル殿みたいな顔という人物はいいのですか?」
 親友の忘れ形見は知らず知らずのうちに女王の影響を受けているようだ。
「多少アンバランスなのは認めるが、十分、許容範囲だ。だから、安心して父親のように、でかくなってよいぞ、フィル」
 シェイドは空を見上げた。
 母親に顔が似たばかりにお前の息子は苦労しそうだ。
 親友が苦笑いするのが見えるような気がした。


 その騎士は壁に向かってぶつぶつとつぶやいていた。場所は闘技大会会場の控室である。薄暗い片隅で月のような銀の髪がほのかに光を帯びていた。
「なんだって、私がこんなところにいなくてはならないんだ。女王になんて全然、興味ないのに」
 凛々しく整った顔に、なんとも情けない表情を宿している。
「大体、横暴なんだ、兄上は。いくら私が厄介者だからって。こんな暑い国で剣を振り回してたら倒れるぞ。私は生来、軟弱者なのだから」
 いや、案外、そこが目的かもしれない。
 兄にとって自分は邪魔物でしかない。
「軟弱な割によく勝ち残っているじゃないか、ええ?」
 青年は振り返った。彼より二回りは幅のありそうな男がおかしそうにこちらを見ていた。年齢は二十代後半だろうか。いかにも快活そうな男である。
「いくら魔法を使えるのが有利だからって、本物の軟弱者ならば予選落ちしているぞ」
 青年は彼に見覚えがあった。魔法騎士であろうに、今まで魔法を使わずに勝ち進んでいる男だ。その剣技があまりに際立っているので、ろくに他者の試合に注意を向けていない彼の印象にも残っていた。
「俺はデュリル。暁王国出身だ」
 屈託なく男は大きな手を差し出した。ごつごつとしたその手は剣以外の武具にもなじんでいるようだ。貴族のたしなみ程度の武芸では、このような手はつくられない。
「私はクルス。氷晶王国出身だ」
 その手を握り返しながら応じる。
 この男とだけはやりたくない。
 しかし、デュリルは逆のことを思ったようだ。
「あんたと当たると面白いんだが。あんたが本気で戦うところを見てみたい」
「私は御免だ」
 クルスは即答していた。
 その時、うわああと熱狂的な歓声が上がった。何事かとクルスは試合場を覗き見た。南陽王国民であろう二人の黒髪の騎士が向かい合っている。そのうち一人は女だ。
「あれは、女王の妹だな。ふーん、近衛騎士同士の対戦というわけか。これは見ごたえがあるぞ」
 クルスは軽く目を見張った。
「女王の妹? 南陽国の女王は一人子だと聞いていたが?」
 先代国王が逝去した際には、一人娘しかいないということが原因でさんざんもめたと聞いた。今まで女王の即位は例外的にしか認められていなかった。
「この国の習慣で、双子は別々に育てられるのさ。十五歳までは互いに会わせてはならないとかいう奇妙なしきたりがあるんだ。それで双子の妹の方はどこかの騎士の娘として育てられたそうだ」
 随分と他国の事情に通じているようだ。
 ゆったり構えている男を横目に見遣る。
 一体、何者なのか。
 きゅいんと激しい音が上がった。魔法戦で最も一般的な風刃の術だ。
 やや驚いてクルスは試合場に目を戻した。
「いきなり魔法戦か?」
「互いによく知ってるんだろ、手加減できないってな」
「ふーん。近衛騎士なぞ、宮廷儀礼用のお飾りにすぎないと思っていたが」
 少なくとも故国の近衛騎士は容姿と血筋だけで選ばれる。
「この国では違うらしいぞ」
 両者は激しく切り結んだ。刃がぶつかり合うと火花が散った。
 まさに真剣勝負である。
 刃だけではない。魔法攻撃も切れ目なく続く。魔法攻撃と直接攻撃を同時に行うにはかなりの技量を要する。両者の力量が知れるというものだ。
「妙だな」
 クルスはつぶやいた。
「なにが?」
 そのつぶやきにデュリルは即座に反応した。
「あの男、魔法力を防御にしか使っていない」
 魔法力自体は女騎士の方が上だ。攻撃は無効にされると考えて良いが、それでも、相手の攻撃を抑制する効果はある。
 魔法の風が埃を巻き上げる。
 一瞬、視界が閉ざされた後、男の手から剣が飛んだのが見えた。判定人が女騎士の勝利を告げる。どっと会場が沸いた。負けた騎士が己の剣を拾い上げ、礼をとると、こちらに向かって歩き出した。勝者は特別席の女王に向かって恭しく礼をとった。礼が済んだ途端、凄まじい勢いで歩き始めたのだが、クルスの関心は控室に入って来た青年にすでに移っていた。この国の民にしては背が高く、思ったよりも若い。青年は負けた悔しさのかけらも見せず、無表情だった。頬に一筋、風刃で切れた傷が薄く入っている。
 自分より、確実に二、三歳は年下だろう。せいぜい二十歳になるかならないかだ。だが、剣の切れは年齢に不相応なほどだった。
「ウェイ!」
 女騎士が勢い良く飛び込んで来た。控室にいた男達が驚いて見遣る。
「わざと手を抜いたな!」
 長身の騎士に詰め寄って胸倉をつかみ、睨みつける。怒りで琥珀色の目が爛々と輝いている。騎士の娘として育てられたというのは事実だろう。「王女」として育てられていれば、人前でこのような振る舞いに出る筈がない。この場を見た限りでは誰も王妹とは思わぬだろう。
「…なにを言っている」
「とぼけるなっ。私に目がないとでも思っているのか」
「目がなければ、そんな恐ろしい目で睨むはずがないだろうな」
 青年は淡々と応じる。
 ぶっとデュリルが噴き出すのが聞こえた。
「ウェイ!…私が、女王の妹だからか?」
 口惜しそうな表情で女騎士は睨みつける。
 どうやら、手加減されたことを見抜いているようだ。
 珍しい。
 手加減されていることに気付かず、いい気になっている者が王族には少なくない。
 ふうと息を吐いて、騎士は女騎士の手をつかんで下ろした。
「どうして、女王陛下御本人ならともかく、その妹というだけで遠慮しなければならん?それより、ここは男用の控室だ。お前が着替えを見物したいというんなら、そこにいてもかまわないが」
 そう言って青年は上着を脱ぎ始めた。
「この性格破綻者!覚えてろっ」
 女騎士はそう捨て台詞をはいて出て行った。怒りと羞恥心の両方で顔は真っ赤になっていた。くつくつとデュリルは笑い続けている。
「生きのいいお姫さんだ」
「騎士ならば怒るのも無理はない。何故、わざと負けたんだ?」
 答える義務はないとばかりに青年騎士はクルスの問いかけを無視した。
「女王の妹ねぇ。美人だな」
「そうだったか?」
 顔立ちはほとんどクルスの印象には残っていなかった。あまりにも瞳の輝きが力強かったせいだ。
「見る目がないな、クルス。埃まみれで、髪はばさばさ、おまけに騎士のなりをしてたら分かりにくいかもしれんが、ちょっと磨けば、とびきりのいい女になるぞ。これは女王も期待できるな」
「そんなものか」
 彼らの不遜な会話を尻目に近衛騎士は無表情のまま着替えを済ませると控室を出て行った。
「あの男も面白い。女王の妹という身分に『敬意』を払わぬなど、他の国では首が飛ぶぞ」
「確かに。私個人としてはもっともな言葉だとは思うが」
「俺も同感だ。気が合うな。早く手合せしたいもんだ」
 それはいやである。
 再び壁に向かって腰を下ろし、クルスは嫌々ながら出番を待った。


 女王は後ろにやって来た若い近衛騎士をちらりと見遣った。
「ウェイ、また怒らせたな」
 返事はない。だが、いつものことなので女王は気にしなかった。
「一度でいいから、本気で相手をしてやればいいものを」
「陛下、この者は小心者なのですよ」
 近衛騎士隊長が苦笑まじりに告げた。
「ウェイが?初耳だな」
 怯むどころか動揺した様子など一度も見せたことのない人物である。
「アシュリーズ様を傷つけずに勝つ自信がないので、わざと負けるしかないのです」
 なるほどと女王は笑った。
「おまえの『妹』思いには私もまいるよ。実の姉として肩身がせまい」
 皮肉をこめて言ったつもりだが、やはり若い近衛騎士は表情を動かさなかった。
 くるりと女王は近衛騎士隊長に向き直った。
「何度も聞くようだが、シェイド、本当にアシュリーズはこの男の親の手で、この男と一緒に育てられたのか?」
「さようでございます」
「どうも納得できん。アシュリーズは隠し事が下手で思っていることはすぐ顔に出るのに、この男は全く逆だ」
「それでつりあいが取れていたのでございましょう」
 なるほどと頷くと女王は試合場に目を戻した。
 朱金の髪の体格のよい男が試合場に出て来るのが見えた。
「お、あの暁王国の戦士か。顔はいまいちだが、あれはいい腕だ」
「まことに」
 あれでもう少し顔が良ければなと女王は実に自分本位な感想を述べていた。


 闘技大会も中盤が過ぎると、女王を退屈させない見ごたえのある試合が続いていた。この五日間のために、今までにない速度で政務をこなし、余暇を作った女王であるが、それでも、女王の署名が必要な書類は存在し、特別観戦席の垂れ幕の陰で女王は仕事に励んでいた。護衛の騎士には顔と腕がいい騎士が出たら教えろ、と言い付けている。
 あ、あのぼうや、と嬉しそうにイェナが言った。
 女王は顔を上げ、試合場に目をこらした。
 試合場の中央に銀髪の北方出身の騎士がいた。
「イェナはああいうのが好みなのか?」
 意外である。
 端正な面差しの青年は自分の好みの範疇だが、この女騎士の好みとは思えない。
 イェナは笑いながら否定した。
「あのぼうや、いっつも悲壮な顔してるんですよ。巣から無理矢理、引きずり出された子犬みたいに」
「ほぅ?そこまでよく見てなかったが、かなりの腕前であろう?」
 運だけでここまで勝ち残ることはできない。
「ええ。だから、そのちぐはぐなところがおかしくって。あ、でも、お気にいりは別ですのよ」
「あの暁王国の男だろう?」
 そちらなら、わかる。
「ええ、うちの死んだ亭主に似てますの。クマみたいで、かわいいでしょう?」
 かわいい…?イェナの感覚は私とはかなり違うのだなと女王は考えた。
「母上、大の男にかわいいはないでしょう?父上もあの世で泣いてますよ」
 侍女に代わって女王に飲物を運んで来た少年が言う。
「いいじゃないの、フィル。なんでお前はあの人に似なかったのかしらね」
「私はフィルがイェナに似て良かったと思っているぞ。貴重な近衛騎士候補だ」
 父親も悪い顔ではなかったが、「合格ライン」には達していなかった。
「私にとっては夫が最高のハンサムなんですのよ」
 堂々とのろけられてしまった。
 かつてイェナは言い寄る男達をことごとく袖にして、今は亡き夫を口説き落としたという話だ。口説かれた側は最初のうちは困惑していたとシェイドから聞いた覚えがある。
 きんっと刃のぶつかり合う音が響いた。
「…ふむ、黒髪と銀髪とは映える組み合わせだな」
 女王は少々一般とは異なる視点で騎士達が激しく打ち合うのを熱心に観戦していた。


 闘技大会で敗退した騎士が酔って暴れているとの通報を受け、近衛騎士が酒場に駆け付けた時は騒ぎは収まっていた。
「…御協力、感謝する」
 無愛想な近衛騎士は問題の騎士を取り押さえた黒衣の人物に短く礼を述べた。その人物もまた騎士であることをウェイは一目で見抜いていた。そして、顔を見た途端、何者であるかを知った。宵闇公国の騎士にして第二公子ジラッド・リオス・ガイラール。女王が確実に目をつけているであろう容姿と技量の持主だ。
 切れ長の紫の目が向けられる。
「近衛騎士のウェイ殿、か。私は貴公と対戦するのを楽しみにしていたのだがな」
 その言葉には微かに非難の響きがあった。
 目礼してウェイは気絶している騎士を馬の背に無造作に放り上げると、その場を去った。
 自分に「騎士」の資格がないことなど百も承知している。騎士の能力はあっても、「騎士」ではない。
 そのことで、いかなる非難を浴びようと彼は平気だった。
 女王が彼を近衛騎士にとりたてたのも「騎士」としてではない。
「…反論なしか」
 その後ろ姿を見送っていた宵闇公国の騎士は小さく苦笑を浮かべると踵を返して夜の闇に消えた。


「女騎士さんよぉ、こっち来て酌でもしてくれよ」
 酔った騎士がへらへらと笑いながら言った。
 ひゃあとその場にいた地元の男達は顔色を失って逃げ場所を探した。
 騎士の体が一転する。派手な音をたてて床に仰向けにひっくり返った男の鳩尾に踵がめりこむ。鈍い音が響いた。
 店内は恐ろしいまでの静寂に支配された。
「…亭主殿」
 紫の目が居酒屋の主に向けられる。
「へ、へい」
「後始末は任せます」
 女顔の近衛騎士は涼しい顔でそう言い渡すと店を出て行った。
「任せるって…?」
「警備隊の詰所に届けろってことだろ、多分」
「その前に医者に連れていかないでいいのか…?」
 酔いがすっかり醒めた男達はうーんと頭を捻っていた。
 闘技大会三日目、王都の夜はまだまだ静かになりそうになかった。