女王と騎士

第一部 闘技大会編 (5)

 騎士の回復力というのは常人に比べると遥かに早いとはいえ、アシュリーズはまだ安静にしていなければならないはずだった。だが、本人はすっかりそのことを頭から追い払っていた。
「馬鹿野郎っ!」
 罵声とともに枕が飛ぶ。
 そんな攻撃にあたってやるほど、お人よしではない騎士はひょいと軽く枕をかわした。カップ、書物、花瓶、手の届く範囲にあるものが全て宙を飛び、床や壁に当たって派手な音をたてた。騎士の腕力でもって投げたのだから、その騒音たるや甚だしい。音を聞き付けて、すぐさま医師が飛んで来る。
「何をなさっておいでですかっ」
 投げ付けるものがなくなったので、殴り掛かろうとしていたアシュリーズを医師は凄まじい見幕で叱り付け、寝台に引き戻した。
「王妹ともあろう方が何事です!」
「知るかっ。十五年間、王女だなんて知らずに育ってるんだ、今更、王族らしくできるもんかっ」
 完全な八つ当りだということは分かっていたが、それでも止められるものではなかった。そして、怒鳴るのをやめたら、泣き出してしまうことも分かっていた。
「…お前自身の問題を人に聞いてどうする」
 わざわざ神経を逆なでする言葉をウェイはぼそりとつぶやいた。
「出てけ−っ!」
 正論なんかは、もうたくさんだ。そんなものはいらない。
 アシュリーズは毛布を頭から被ってつっぷした。
「…まったく、騎士の回復力というものには驚きますな」
 医師の皮肉まじりの声も、ウェイが扉を開けて出て行った音も、痛みと怒りで頭が一杯のアシュリーズの耳には届いていなかった。


 ちょっと付き合えと大柄な暁王国の騎士に部屋から引っ張り出されたクルスはそのまま王妹の部屋の前へと連れて行かれた。
「求婚した手前、一応、見舞いくらいはしておくべきだろうと思ってな」
「…一番、顔を合わせたくない相手のような気がするが」
 クルスのつぶやきをデュリルは聞いていなかった。
 あらかじめ、面会を申し込んでおいたのだろう、女官が二人を部屋に招きいれた。
 随分、すっきりした部屋だというのがクルスの感想だった。
 華美な装飾品はもとより、女性の部屋によく見られる類いの小物もない。本当に王族の部屋かと疑わしいくらいに質素だった。
 もともと少なかった小物が完全に姿を消したのは昨日のことであったのだが、クルスがそれを知るはずはなかった。
「具合はどうだ?」
 王族にふさわしい堅苦しい挨拶などというものをすっぱり省いてデュリルは寝台の上で重ねた枕にもたれかかって上半身を起こしている王妹に声をかけた。
「悪くはない」
 これまた王族らしからぬ返答を王妹が返す。
 女官が天を仰ぐのが見えた。
 無理もない。
「そうか。しかし、あんたも丈夫だな。俺はもう二、三本は骨が折れたかと思ったぞ」
「私もそう思った。『戦神』などと大層な異名を取るはずだ」
 他人事ながら、もう少し別の話題をふったらどうだと思わずにはいられない。
 いつの間にか話題は戦の話にまで転じていた。
「紅砂王国の砦攻か。あれは棚からぼたもちというヤツだ。城主が馬鹿だったお陰で、向こうから勝利が転がりこんで来た」
「何をやったんだ?」
「ちょっと、挑発してやったら、頭に湯気たてて自分から出て来たんだ。馬鹿だろう?」 
確かに、とクルスは王妹とともに頷いてしまっていた。
「お前なら、どう守った、クルス?」
 クルスは軽く眉を上げた。
「決まっているだろう、できるだけ良い条件を引き出して、さっさと降伏する」
「面白くない奴だな」
「私は私にできる最良の選択をするまでだ」
「あんたはどうだ?」
 褐色の目を王妹に向ける。
「私も同じだ。一騎士としてなら一騎打ちを挑むのもいいが、城主ならば降伏を申し出る」 
デュリルはにやりと笑った。
「あんたは騎士として生きるのが一番だな」
 どういう意味かと王妹が怪訝そうな顔をする。
「実戦で磨かれた腕は実戦でこそ真価を発揮する。騎士として生きるなら、暁王国はいい国だと思うぞ」
 この男は、とクルスは内心呆れた。
 妻ではなく、朋友を望んでいる。
「南陽王国では騎士として生きれないと?」
「身分に邪魔されるだろうが?」
「暁王国なら、身分に邪魔されないと?」
「ああ」
 王妹はゆっくりと笑みを浮かべた。
 それは双子の姉とよく似ていた。
「いずれ我国もそうなる」
 女王がそうするのだと言外に告げていた。
 たいした自信というよりは女王への信頼であろう。
 朱金の髪の男は楽しげに頷いた。
「そうだな」
 この男…何を考えているのか。
 王妹も同じことを考えたのか、奇妙なものを見る目で暁王国の将軍を見た。
「では、何故、勧誘するんだ?」
 …勧誘ではなく、求婚なのだが…確かに、これでは勧誘の言葉がふさわしい。
 どこをどう間違っても、求婚した男と求婚された女には見えない。
「まだ先のことだからだ」
 十年後か二十年後か。国の改革というのは時間がかかる。
「ま、考えておいてくれ」
 あっさり言って、デュリルは立ち上がった。
 クルスも続いて立ち上がる。
 どこまで本気なのか。
 つくづくわからない男だとクルスは軽く肩を竦めつつ、王妹の部屋を辞した。


 近衛騎士ヴェルシュは自身と同じく会議室の前に立つ幼なじみの様子を横目で伺った。
「どう思う?」
「何がだ?」
 わざととぼけているわけではないことは長い付き合いであるだけにわかっていた。
「暁王国の『戦神』の申し出だ」
「我々が関知することではあるまい。選ぶのはアシュリーズ本人だ」
「それはそうだが」
 お前はそれでいいのかという言葉をヴェルシュは飲み込んだ。言ったところで、この男が素直に答えるはずもない。
「それにしても『戦神』も大胆だな。うちの女王様がああいう方でなければ、即刻開戦になっててもおかしくない。まあ、戦するにはちょっと遠すぎるが」
 いくら試合上の事故とはいえ、通常、王族の腕をへし折ったとなれば国際問題である。
「ところでアシュリーズ様の具合はどうなんだ?」
「知らん」
「知らんってお前…」
 呆れて言葉が続かない。
「昨日は元気だったが。俺が顔を出すと患者が興奮するからと医師に出入りを禁止された」
 それならばと頷ける。
「またお前、何か言って怒らせたな」
「お前と同じことを尋ねるので同じことを答えたまでだ」
「…それはちょっと、冷たいんじゃないか、仮にも『兄貴』だろう?」
「王族としての問題であって、俺の『妹』としての問題ではない」
 この石頭が、と内心毒づく。
 同じ言葉をアシュリーズにも言ったに違いない。
「後悔しても知らないぞ」
「何を?」
「自分で考えろ」
 二人の近衛騎士は沈黙したまま職務を続行した。


 カッカッカッと勢いの良い足音がしたかと思うと、恐ろしい形相で女王が賓客として滞在中のクルスらのいる部屋に飛び込んで来た。その手には書状らしきものが握り絞められている。新しくできた友人二人とカードゲームをしていたクルスはあっけに取られた。女王は座った目で暁王国の「戦神」を睨みつけた。陛下、暴力はいけません、勝ち目ないですからと近衛騎士の若者が後ろで言った。
 女王はデュリルに向かって書状をつきつけ詰め寄った。
「貴公に聞きたいことがあってな、しばし二人きりにさせてもらおうか、アルク・デュリル殿」
「陛下、それはなりま…」
「黙れ、オルト!」
 女王は鋭い声で近衛騎士を一喝した。
「おとなしく外で待っていろ。貴公らには悪いが、しばし、席を外してもらいたい」
 ジラッドと顔を見合わせ、逆らうまいとクルスはおとなしく席を立つと部屋の外に出た。弱り果てた様子の近衛騎士とともに扉の前で待機する。
「一体、何があったのだ?」
 ジラッドが困り顔の近衛騎士に尋ねた。
「それが俺にはなんとも…。書状に目を通しておられた陛下が突如、お怒りになり始めまして」
 しばらく低い声で話し合うのが扉越しに聞こえたが、その内容は聞き取れなかった。規則正しい足音がして近衛騎士隊長だという中年の騎士が姿を現した。
「シェイド殿」
 若者がぴんっと背筋を伸ばした。ちょうどその時、扉が開き、女王が出て来た。先程に比べれば険しさは激減しているが、不機嫌な様子は拭い去られていない。
「貴公らには迷惑をかけた、すまぬ」
 女王は悪びれず謝罪した。
 近衛騎士隊長が眉を動かした。
「陛下」
「なんだ、シェイド」
「あれほど軽率な行動は慎まれるよう繰り返し申し上げましたのに、陛下は」
「シェイド、客人らの前だぞ。説教は後だ。邪魔したな、ゲームを続けてくれ」
 では失礼すると女王は背を向けた。
「陛下!」
 近衛騎士達が後へ続く。首を傾げつつ部屋に入るとデュリルはにやにやしていた。
「いやー、面白い女王だ」
「一体、何があったのだ?」
「ちょっとした、たくらみごとだ。女王の協力も得られたし、後は待つだけだ」
「協力?不機嫌そうだったぞ」
 にやりとデュリルは笑った。
「ほぉ。近衛騎士の手前、そうせざるを得なかったわけか。面白い見世物になると思うぞ」
 にやにやするばかりで答えようともしない。この男が面白いと思うことは多少、普通の感覚と異なっている。
「どのくらい待つことになる?私はあまり長くは滞在できぬのだが?」
 見物する気なのかジラッドが尋ねた。
「うーん、明後日あたりには準備が整うのではないかな」
「ならば良い。ところで、デュリル、カードの数が違うぞ」
 テーブルを見遣りながら指摘する。
「抜目ないな、ジラッド」
 デュリルもデュリルだが、ジラッドもジラッドだ。どうもこの連中にはついていけないものを感じる。ゲームを再開しながら、クルスはそんなことを考えていた。


 女王は近衛騎士達を前に集めて告げた。
「実はな、暁王国のアルク・デュリル・ゼノファにはすでに許婚がいることが昨日判明した」
 え?と近衛騎士達は顔を見合わせた。
「あの王国では一夫多妻制だそうで、問題はないとアルク・デュリル殿は言っている。つまり、アシュリーズを第一夫人に、その許婚を第二夫人にするつもりだと」
「そんな、許せませんわ」
 憤慨した様子でイェナが言う。
 女王は頷いた。
「私もそう思う。だが、大臣どもは乗り気でな。国のためだと言い張る。私もそう言われては強気に出れない。それで昨夜、先方から断ってくれないかとアルク・デュリル殿に直談判に言ったのだがな…」
 女王は不機嫌そうに続きを言った。
「あの男、自分に誰か一人でも勝てる騎士が我国にいたらば、申し出を取り下げてもいい、などとぬかしおった。お気楽そうな調子で、自信たっぷりにっ、あの程度の顔でっ!」
 だんっと机を拳でたたいた。
 顔はこの際、関係ないのではと誰もが思ったが、女王にはおおありなのだ。
 しばし間を置いて、女王は顔を上げた。
 目が完全にすわっている。
「よって、そなた達に命じる。あの男と試合をして勝て」
「承服しかねますな」
 女王に水を差すことを厭わぬシェイドが即座に言った。
「試合をすることはともかく、勝てとは」
「弱気だな、シェイド。私の妹の人生がかかっているんだぞ」
 女王は激しい目で睨み付けたが、近衛騎士隊長はいささかも動じなかった。
「我々の主君は陛下であらせられます」
「その私が命じておるのだ」
「では、私の意見を申し上げます。現在、アルク・デュリル殿に勝てる可能性のある者はヴェルシュとウェイ、この二名だけです。命じるのであれば、この二名に」
 女王はむっとした様子でしばし黙っていた。しばし、近衛騎士隊長との睨み合いが続いたが、勝者は決まっていた。ようやく女王は口を開いた。
「先刻の命令は撤回する。ヴェルシュ、ウェイ、その方ら二名に命じる。アルク・デュリル・ゼノファと試合せよ」
 二人の騎士は承諾の礼をとった。ここで逆らうほど二人とも愚かではない。そして、否やという筈もなかった。
「承知つかまつりました」
「明後日、試合を行う。それまでゆっくり準備しておけ。下がってよい」
 近衛騎士隊長を残し、騎士達は女王の執務室を辞した。扉が閉まる。
「陛下」
 シェイドがゆっくりした調子で呼びかける。女王はそっぽを向いたまま応じた。
「なんだ?」
「何をたくらんでいらっしゃる?」
「何のことだ?」
「私の目はごまかせませぬ。アルク・デュリル殿とどのようなたくらみごとをなさったのです?」
 女王はふうと息を吐いた。
「つまらぬ男だ」
「申し訳ありませぬ」
 女王は仕方なく白状した。


 打撲の痛みはだいぶ和らいだのでアシュリーズは寝台の上に起き上がって物語を読んでいた。王宮に滞在中の氷晶王国の王弟が届けてくれた北国に伝わる伝承をもとに書かれた物語だという。王都見物中に古書店で見付けたのだと聞いたが、そんな場所に何用で出向いたのかは不思議だ。扉の開く音に顔を上げると、ウェイが入って来た。ここしばらく、顔も見せなかった薄情者である。アシュリーズは彼が医師によって面会禁止を言い渡されていることを知らなかった。背の高い近衛騎士は何も言わずに枕元の椅子に腰掛けた。沈黙が続く。根負けしたのはアシュリーズだった。
「何かあったのか、ウェイ?」
「…お前、昔、国ごとの風習について勉強をしていた時、一夫多妻制度など冗談じゃないと言っていたな?」
「ああ?」
 いきなり何を言い出すのだろう。変だ、今日は特に。
「それは今も変わらないか?」
 アシュリーズは眉を寄せた。 
「…暁王国がそうだと?」
 ウェイは黙っていた。つまり答えは是、である。
「国のためだというなら、嫁ぐのもやむを得ないかとも思うが…」
 王妹なら、当然のことである。しかし。
「あの男は騎士としての私が欲しいのであって、妻として私を望んでいるわけでもない。…向こうは騎士も妻も得られて、私は主君だけというのはあんまりだ。私だって、女なんだからな。それに…」
 本当は…どこの王家にも嫁ぎたくない。大国の王妃にだってなりたくはない。
 だが、それを言葉にして言うことは王妹としてできない。
「あの男には嫁ぎたくないのだな?」
 あの男でなくとも…。
「…厭だ」
 この青年にしか言えない言葉だった。
 そうかと言ってウェイは立ち上がった。
「ウェイ、私は」
「安心しろ、お前の望まぬ相手に嫁がせたりはしない」
「ウェイ?」
「大丈夫だ、リーズ」
 女王の妹として王宮に戻った日から決して使わなかった愛称で呼び、子供の時のように、くしゃくしゃと髪を手でかきまわすとウェイは出て行った。
 一体、何があったのだろう。
 誰か事情を説明してくれる人はいないのかと訪問を待っていたが、こんな時に限って姉も近衛騎士達もやっては来なかった。


 夜更けに扉をたたく者がいて、クルスは一体、誰だと思いながら扉を開き、硬直した。女王はそんな彼にかまわず、ずかずかと部屋に入り込み、後ろ手に扉を閉めた。
「な、何事ですか?」
「夜ばい」
 クルスの思考が停止した。くすくすと女王は笑った。
「冗談だ。ちょっと聞きたいことがある。夜更けに悪いが、昼間はなかなか時間が取れなくてな」
 琥珀の目を向ける。
「単刀直入に聞こう。クルス・アディン殿、貴公、何ゆえ、故郷では神官、すなわち、魔法士なのだ?」
「…そのことですか」
 以前、ジラッドに話したように簡潔に説明する。
「つまりは保身か。魔法騎士、しかも腕利きとなれば、兄王はその存在を許すまいな」
 女王はさらりと言った。
「先の王は聡明な末息子をたいそう、かわいがっていたそうだな?そして貴公はそのため、父王が病床についた際、どこぞの山奥に長兄の手によって幽閉された。父王には死んだと知らされたらしいな。やがて、長患いの後、父王が世を去り、長兄が王となった。そして、さらに数年後、ようやく末弟を幽閉から解放した。その末弟は気弱で、政治に携わることもせず、片田舎の小領地に引っ込んでひっそりと暮らしていたという話だが」
「よくご存じで」
 否定するような無駄な真似をクルスはしなかった。
 決して近くはない異国の事情をここまで深く知っているとあらば、よほど諜報機関が発達しているのであろう。
「なに、私はゴシップ好きでな。はしたないとたしなめられるが、どうもやめられん」
 飄々とした態度である。
「貴公、もはや、故国には帰らぬつもりであろう?仮に帰ることを望んでも兄王はそれを許すまい。ふぬけの弟ならともかく、腕の立つ魔法騎士ではな」
 器の小さい男よなと実の弟を前にして、こきおろす。もっとも、クルスには弁護する理由もない。
「例え、貴公が故国に帰らぬつもりでおっても、兄王は貴公が死ぬまで安堵はできぬ。きっと、刺客を送り続けるだろう」
 それはクルスの読みと全く一致しており、驚くには値しなかった。
「そうかもしれません。ですが、それが陛下、何か?」
 クルスが王宮を出れば、南陽王国にはもはや関係ない。
 それともすでに刺客が続々と送られて来ていて、迷惑だから早く出て行けと言うのだろうか。
「だから、私と取引しないか?」
 女王はごく真面目な顔である。
「取引?」
「私は貴公に女王の夫という安全な地位を与えよう。代わりに貴公はその能力を私にくれ。この縁組、断るほど氷晶王国の王も愚かではあるまいからな」
 ずるっとクルスはへたりこんだ。
「あの、陛下」
 額をおさえながら、どうにか声を出す。
「何だ?」
「何だって私のような者をそれほど高く評価して下さるのか、私にはわからないのですが」
「わからないだと?簡単だ。世の中、腕の立つ男も、頭の良い男も、顔の良い男も少なからず存在する。だが、それらを合わせ持つ男はごく少数しかいないからだ」
 そんな当たり前のことがわからないのかと言わんばかりの表情である。
「…私は情けない男ですよ?争うことを避ける臆病者で、騎士としての誇りも持たない、おまけに血が大の苦手だという役に立たない魔法騎士です」
 ふむと女王は目の前に座り込み、間近に顔を覗き込んだ。
「だけど、他の騎士の誇りを尊重したのだろう?我身に危険がふりかかることを承知の上で、手を抜いたりはしなかった。そんな人間は臆病者と言わない」
 それになと続ける。
「争いを好む者になど用はない。いかに争いを回避して民の生活を守るかが主君のやるべきことだと思う。それに血が苦手なことくらい血が大好きだと言うような変態に比べれば、どうってことはない」
「しかし」
「なんだ、そんなに私の夫になるのが厭なのか?それは私はこんな性格で女らしくないし、頭も良くないし、容姿だってずば抜けていいというわけではない。だが、とりあえず、地位は高いし、臣下にも恵まれている。財産もあるな。どれが不満だ?顔か?体か?性格か?」
 妙な迫力を持って畳み掛ける女王の目から不思議と目が離せなかった。
「いえ、不満など…」
「なら問題なかろう?それとも、好きな女がいるのか?」
「いえ…」
「では何が問題だ?権力を掌握したいというのは無理だぞ」
 一呼吸おいてクルスは言った。
「心です」
 琥珀と青の目が交差する。
「…それを言われては、手も足も出せないではないか」
 ふうと女王は息をはき、やれやれと立ち上がった。
 クルスは女王を見上げた。
「…ひとつだけ、正直にお答え下さい。私のどこが一番お気に召したのですか?」
「顔だ」
 即答であった。
「今にも逃げ出したいと思いながら、なんとか踏み止どまっているという、情けない顔が気にいった」
 女王は笑った。
「この男なら、どんな窮地に陥っても一緒に悪あがきしてくれるんじゃないかという気がしたのだ」
 …参ったな。
 クルスは頭を抱えた。
「…もうしばらく時間を下さい。…考える時間が必要です」
「そうか。邪魔したな、ゆっくり休んでくれ」
 女王はそう告げて、部屋を出て行った。