女王と騎士

第一部 闘技大会編 (6)

 王宮の庭を散策する異国人達を二人の騎士見習いが興味深そうに見守っていた。騎士見習いとはいえ、彼らは王宮警備の任務についている。十三才から一五才にかけての二年間、国中の騎士見習い達は王宮に集められ、近衛騎士をはじめとする騎士達によって特訓を受けることになっているのだが、警備も訓練のひとつに含まれているのだ。
 朱金の髪も銀髪も、この国では珍しい色合いだ。加えて彼らはそれぞれに目立つ容姿をしている。人目をひかぬはずがなく、王宮で働く若い娘達がきゃあきゃあと騒いでいたりもするのだが、当人達は気にしている様子はない。
「化物だよな」
 暁王国の将軍に視線を定めながら友人がつぶやく。
「剣技だけなら、絶対、シェイド殿が上だと思うけど」
 フィルは頷いた。
「僕もそう思う」
 間近に暁王国の将軍の剣裁きを見た上での判断だ。身内びいきをしているわけではない。
「本気で手合せしたら、どっちが勝つだろうな?」
「正直言って、わからないな。魔法力がある分、彼の方が有利だとは思うけど」
 軽い足音がして少年達は振り返った。騎士見習い仲間が駆けて来る。
「フィル、ユリク、明日、非番だよね?」
 きらきらと緑の目を輝かせて、少女は言った。
「どうしたんだ、エセル?」
 少女は声をひそめて、二人に耳打ちした。
「それは…」
「本当に明日なんだろうな?」
「確かめてある。私は行くよ。止めても無駄だからね」
 そんなことは、言われるまでもなく承知している。
「さすがに、連続で罰をくらうのはいただけないが」
「見逃すわけにはいかないよ」
「決まりだ」
 三人の騎士見習い達は顔を見合わせ、にんまりと笑った。


 王都のはずれにある闘技大会会場は閑散としていた。もうしばらくしたら、設備の多くは片づけられることになっていた。普段は騎士や騎士見習い達の訓練場として使われる他、年に数回開かれる大市の会場に使われているのだ。
 見物人は女王と近衛騎士達、そして立ち会い人として招かれたクルスとジラッドだけしかいない。もっとも、小鼠が三匹ほど、紛れこんでいるのだが。
「どうします、隊長?」
 イェナが判定人である近衛騎士隊長に小声で尋ねた。
「見物に来てはならぬという命令は出していない」
 単に他の人間に知らせなかっただけだ。
 知っているのは重臣達と近衛騎士達だけだが、彼らが口外するはずはない。
 シェイドは女王に目を向けた。
「陛下、何か騎士見習いにおっしゃいましたか?」
「うん?試合の勝敗で縁談が左右されると聞いたら、女としてどう思うかエセルに尋ねはしたが。リーズに言うべきかどうか、迷ったのでな」
 女王はしばしば騒動の原因となる騎士見習いを気に入っており、時折、そばに呼んでは話をしている。
 女王は面白そうに眉を動かした。
「来ているのか?」
「ええ。エセル、ユリク、フィルの三名が」
「どうりで、『お出掛けになる予定はありますか?』などと尋ねるはずだ。てっきり、ヴェルシュの目を盗んで何か悪さでもするつもりかと思ったが」
 ヴェルシュは直接、騎士見習い達を指導する役目にある。騎士見習い達は彼らを総括する近衛騎士隊長以上にヴェルシュの目を恐れているのだが、懲りない人間はいるのだ。
「実に勘がいい娘だな」
 感心する女王と対照的にヴェルシュは軽くこめかみを押えていた。


 近衛騎士の青年は落ち着きはらってデュリルと対峙していた。
 青年が双刀を帯びているのを見て、デュリルは目を細めた。
 どうやら、今度は本気で立ち会うつもりらしい。
 得物はそれぞれに使い慣れたものをということでデュリル自身は幅広の大剣を帯びていた。デュリルは軽々と扱っているが、並の男なら持ち上げるのもままならないだろう。
「…ひとつ、聞いてもよろしいだろうか?」
 青年が静かな口調で尋ねた。
「なんなりと」
「貴公がアシュリーズを望んだのは国のためか、御自身のためか」
「その両方だな。優秀な『騎士』は国の役に立つが、何より俺の役に立つ」
 灰銀の瞳が鋭い光を宿した。
 目に見える変化はそれだけだったが、デュリルには十分だった。
 ゆっくりと闘争心がわき上がる。
 実に久しぶりの感覚だった。
「…ならば、貴公に渡す訳にはいかない」
「それは『兄』としてか、男としてか?」
「…両方だ」
 デュリルはにやりと笑った。
 そこに、クルス達と軽口をたたいている時の面影はなかった。
「ならば、手加減は無用だな。俺は将としてアシュリーズを望み、男としてお前と戦うことを望んでいる」
 合図の声がかかった。二人は瞬時にして刃を抜き放ち、激しい勢いでぶつかった。ほぼ同時に魔法が発動する。強烈な風刃と火炎は瞬時に霧散した。
 ひゅうっと尻上がりの口笛が響いた。
「よくまあ、あんな大剣をあの速度で抜けるもんだ」
 オルトの言葉にルーダルが頷く。
「あの重さにあの速さが加わるんですから、ぞっとしますね」
「あたしは、あの魔法にぞっとするわよ。よくまあ、同時に二つの攻撃をしかけられるわよね。どういう頭の構造してるのかしら」
「頭で考えているのではなく、ほとんど本能でしょう」
 軽い口調で良いながらも近衛騎士達は視線を二人から離さなかった。
「ようやく本気になったらしいな…どちらも」
 ジラッドがつぶやく。
 黒髪の青年の動きは闘技大会で見せた動きとは全く違うと言っていいほどだ。そして、デュリルにもまた変化があった。みなぎる闘気はそれだけで足をすくませるに十分だ。「戦神」の一睨みで金縛りにあうという話もうなずける。
「私もあやつが本気で戦うのを見るのは初めてだ」
 女王がどこか楽しげに言った。
「…見ないでいられる方が幸せですよ」
 茶色の目の騎士がつぶやいた。
 試合場では切れ目なく攻防が続いている。
 両者の動きを目で追うことは訓練を積んだ騎士にも困難だが、女王ははっきりと動きを見極めているらしい。
 クルスは内心、舌を巻いていた。
 女王は騎士の戦闘能力は持たないが、眼力だけは備えているらしい。
「どちらかと言えば、ウェイは『水』に近い動きをすると思っていたが、『炎』のようだな」
 女王の言葉に、近衛騎士の青年が小さく笑った。
「冷静なのは表面だけで、実は恐ろしく激しい男なんですよ、とりわけ、『リーズ』に関しては」
 凄まじいまでの破壊力があるだろう大剣の一撃を黒髪の騎士は片手で跳ね返した。
 クルスは眉を寄せた。
 魔法力、か?
 あの一撃を片手で跳ね返すなど、いくら騎士であっても肉体的に不可能だ。
 肉体自体に影響を及ぼす術がかつて存在したことは知っているが、それは失われたはずだった。
「…ヴェルシュは知ってたのか?」
 女王が尋ねた。
「本人達が自覚する前から知ってましたよ。ウェイの表情を読み取ることに関しては、私は『リーズ』よりも上です」
 あれのどこに表情があるんだ?と緑の目の近衛騎士が首を傾げている。
 激しい音とともに風刃が空を裂き、地表に亀裂が走る。
 空気中の水分が氷結した無数の針が瞬時にして蒸発する。
 連続的な魔法の発動によって、空間にひずみが生じていた。
 もはや、どちらがどの魔法を発しているのか区別が付かないほどだ。
「まあ、リーズに関しては見る者が見れば、ばればれだが」
 騎士達は揃って頷いた。
 そういうことかと事情を朧げながらクルスも理解した。
 どうやら、デュリルはあの騎士を試合場に引っ張り出すために、王妹に求婚など申し出たらしい。
 はた迷惑な男だなと苦笑をこぼす。
 だが、それほど手間のかかることをしてまでも、本気で手合せしたがったのは、わかるような気もする。
 あの青年は半端でなく強い。
 そして、何より魔法力。感覚でとらえ得る限りでは、さほど大きくは感じられないが、実際は違う。
 魔法士としても十分通用する程の魔法力の持主であるデュリルの攻撃を相殺し得るだけの魔法力を備えているのだ。
 質が違う、ということだろうか。
「それにしても、リーズはあれで他人行儀なところがある。ウェイには我がまま言うのに、私には言わないんだぞ。今回の事だって、顔にはっきり厭だって書いてるくせに、口には出さない。たった一人の妹なんだぞ、言ってくれてもいいじゃないか」
 不満げな顔で女王がこぼす。
「十五年兄妹やって来たんですから、適うわけありませんよ。そのせいで、お互いに本心を言えずに苦労してるわけですしね」
 なだめる口調でヴェルシュが言う。
 ふと女王が考え込む表情になった。
「私は単にウェイが女王の妹という身分に気兼ねしているだけかと思っていたが」
「そういうことを気にする男に見えますか?」
「身分ってものに、あれほど無頓着な男も珍しいよな。誰に対しても平等にあの無表情」
「せいぜい形式的に敬語使うくらいよね。全然、敬意はなさそうだけど」
「…しゃべればの話ですが」
 口々に近衛騎士達が言う。
 やはり、この女王にして、この近衛騎士ありだ、などとクルスは考えていた。
「それにしても、ウェイ、強かったのだな。ヴェルシュ、お前とどちらが強い?」
「聞かないで下さい。隊長はあんなこと言いましたけどね、私がアルク・デュリル殿に勝つ見込みが十分の一だとすれば、あいつは二分の一ですよ」
 大体、気構えからして違いますからと近衛騎士は苦笑をこぼした。
「ふーん。道理でアルク・デュリル殿が手合せをしたがるはずだな」
 ふと青年が眉を寄せた。
「…もしや、陛下、この試合、単にウェイを引っ張り出すことが目的ですか?」
「いい勘だ。だが、私が言い出したことではないぞ。アルク・デュリル殿が」
 やはりそうだったかとクルスは納得したが、ヴェルシュは低い声で告げた。
「…陛下、覚悟の上のことでしょうね?」
「何がだ?」
「ウェイの奴、いざとなれば刺し違えることぐらいしてのけますよ」
 額に手を当てて言う。
「まさか、いくらウェイでも他国の後継ぎを…」
 鮮血が散るのが見えた。
 大剣が胴を、双刀が首筋を掠めたのだ。
 クルスは慌てて目を伏せた。
「…ちょっと心配になってきたぞ」
「あいつにとっては、国よりもリーズの方が価値が高いですからね」
 どうっという爆音とともに土埃が舞い上がった。
「いざという時は両者同意の上での立ち会いだったと我々が証言するが」
 ジラッドがなんともいえない表情で言った。クルスはその言葉をついだ。
「無駄だろうな」
 いくら同意の上の試合でも、さすがに殺傷したとなれば穏便に済むはずがない。
 …暁王国の国王がデュリルと同じ性格でない限り。
 土埃がおさまる。
 立っているのは黒髪の騎士だった。
 双刀が男の喉の前で交差して地面に突き立っている。ただし、肌に接しているのは峰の部分だった。
「勝者ウェイ」
 厳かな声で判定人が告げた。クルスは試合場に飛び降りた。ジラッドもすぐ後に続く。黒髪の青年騎士は剣を収めるとその場に座り込んだ。朱金の髪の男はクルスが覗き込むとにやっと笑った。
「あいにく、生きてるぞ」
「半分死にかけのくせに、強がるな」
「いや、参ったぜ。すごい衝撃波だ。お陰で全身痺れて動けない」
「戦場なら首を落とされているぞ」
 ジラッドがからかう。
「そうだな。戦神の名は返上せんとな」
 目だけ動かして、対戦相手を探す。
「それほど大切ならば、さっさとものにしてしまえ。他の奴らに迷惑だ」
「聞こえてないぞ、多分」
 全く、お前はとぶつぶつ言いながら、ヴェルシュが足元のおぼつかぬ騎士に肩を貸している。
「俺も限界だ。後は頼む」
「敗因は?」
「簡単だ、向こうが一枚上手だった」
 デュリルは面倒そうに言って目を閉じた。


 騎士見習い達は、揃って息を吐くと脱力した。
 手に汗握るとはまさしくこのことだ。
「…一瞬、首を落としたかと思った」
 フィルはいささか驚いて少女を見た。
「見えたのかい?」
「ん?見えなかった?あ、そうか、フィル達は魔法力を持つから、かえって、見にくかったわけだ」
 魔法力を持つとその動きが目に見えるために、時として、肉体の動きを目で追うことが妨げられるのだ。
「ウェイ殿が双刀で、はね返してから動きを見失ったんだ」
「その直後、魔法だと思うけど、アルク・デュリル殿の動きが一瞬止まったんだ。で、引こうところに、踏み込んでそのまま双刀で押し切った。刃の方を向けていたら、確実に首が飛んでいただろうな。まあ、峰でも十分、痛そうだったけど」
 喉をさすりながら言う。
「…でも、しゃべってたよな」
 ユリクがぼそっとつぶやいた。
「どっちも化物だってことだろ、結局」
 あっさりとエセルが出した結論に、フィルは深く頷いた。
「あんた達、先に王宮に帰って、その化け物達のために医師の手配をしなさい」
 うわっと三人は飛び上がった。
「イェナ様!」
「母さん!」
 女騎士は軽く肩を竦めた。
「隠してもいない気配に気付かないなんて、まだまだね。早く行かないとヴェルシュがまた別の仕事を思いつくわよ」
 騎士見習い達は勢い良く駆け出した。


 なにやらばたばたと騒がしい。何事かとアシュリーズが首を傾げていると、女王がひょいと顔を出した。
「喜べ、アシュリーズ。縁談は流れたぞ」
「流れた?」
「うむ。我国の騎士がアルク・デュリル殿に勝てたら、この話はなかったことにしようと先方が言ってくれてな。見事ウェイが勝ったぞ。アシュリーズにも見せてやりたかった。きっとほれ直したぞ」
 台詞の後半はアシュリーズの耳に届いていなかった。
「ウェイは?無事なのかっ?」
 いくらウェイでも、あの化物のような男と本気で立ち会って無事で済むとは思えない。
「勝ったと言っただろう?ま、両者とも二、三日おとなしく寝てたら回復するそうだ。医師達も恐ろしい体力だと驚いていた。歩けるようだったら、見舞いに行ってやれ。ただし医師に見つかったらうるさいから、後でこっそりだぞ」
 なんだってそんなことをとアシュリーズは頭を抱えた。
「それはアシュリーズを手放したくなかったからだろう。私も同じだ。そなたが他国に嫁ぎでもしたら、ウェイもついて行きかねないからな。優秀な騎士を二人も暁王国に取られてたまるか」
 よって、そなたに命じる、とアシャラーナは姿勢を正して告げた。
「誰か他国の女に取られぬうちにウェイをものにせよ」
「…なっなに言い出すんだっ」
 アシュリーズは真っ赤になった。
「私も優秀な騎士をものにしようと頑張っているんだ。女王の妹としてそのくらいしてくれても罰は当たらないぞ」
 ふふんとばかりに女王は言う。
「昨夜、氷晶王国の王弟を口説きに行ったところだ」
「口説きにって…」
「大臣どもの認可は取っている。氷晶王国と手を結んでおけば、間にある緑森王国への牽制になる。あの国、やたらと周辺諸国に粉をかけているからな」
 それになにより、と女王は笑った。
「あの男は私の好みだ。気にいった男はさっさとものにせねば、他の女に取られては悔しいからな」
「…それで手応えは?」
 やっとのことでアシュリーズは言葉を絞り出した。
「今一つ。なかなかの強情ものだ。軟弱ぶっているくせに。だが、諦めないぞ、私は。ということで、そなたも頑張るのだぞ」
 呆然としているアシュリーズに力強く言い置いて女王は出て行った。