女王と騎士

第一部 闘技大会編 (7)

 医師に安静を言い渡された男の枕元で恨めしそうな視線を無視して銀髪と黒髪の青年達は酌み交わしていた。
「しかし、あの騎士が本当に勝つとはな。貴公を倒せる男がいるとは思わなかった」
 ジラッドが琥珀色の液体を揺らしながら言う。すぐにクルスも同意を示した。
「まったくだ。化物はデュリル一人で十分だと思うが」
「化物に挟まれた諸国が震え上がるぞ」
 本人を前にして言いたい放題である。
「俺よりもあいつに向かって言え。多くの騎士と戦ってきたが、あんな戦い方をする男は初めてだ」
 面倒そうな口調でデュリルが文句をつける。
 それはクルス達も同じであった。
「…衝撃波を使ったと言ったな?」
 クルスは横たわる男に確認した。そうだとデュリルは頷いた。
「風魔法では珍しくないが…恐らく陽魔法との連続技だろう」
「ほう?」
「初めに陽の精神攻撃で感覚を奪い、次に風の物理攻撃で動きを奪った。この連続で攻撃を受けた者は完全に動きを封じられた錯覚を覚える」
「どういうことだ?」
 デュリルが太い眉を寄せた。
「全身が痺れて動かないと言っただろう?だが、私の目にはそれほど損傷を受けたようには見えなかった。つまり、本当は衝撃波による麻痺はなかったということだ。デュリル程の戦士になると感覚を失っても体が動けば闘えるし、さして支障を来さない。だが、その直後、例え短い時間でも実際に動きを封じられれば、自分はもう動けないと思うわけだ。実際、それまでに結構な損傷を受けていたわけだからな。簡単に言えば暗示だ」
「つまりは、なんだ?俺は騙されたというわけか?」
 何とも妙な表情である。ジラッドがくつくつと笑った。
「そのようだな。貴公が言ったように、向こうが一枚上手だったということだ」
「…やられた」
 デュリルは天井を睨んだ。それからふうと息を吐いた。
「それにしても、お前、よく見抜いたな?」
「私は一応、魔法士だからな。魔法に関する知識は普通の魔法騎士より深いつもりだ」
 加えて、あの騎士の使った魔法には現在、使われている魔法と違う種類のものが含まれていたように思えるのだが、それは推測の域を過ぎないのでクルスは黙っていた。
「うちの騎士にならないか?」
 待遇はいいぞと、まんざらでもなさそうな顔でデュリルが言った。
 ほら来たとばかりにジラッドが興味津々の目を向ける。気分はすでに野次馬だ。
「…参考までに聞くが、筋骨逞しい男と若い美人に誘われたらどちらについて行く?」
「そりゃ−、聞くまでもなく…女王に誘われたのか?」
「昨夜、押し込みにあった」
 ほおとジラッドが眉を上げた。なんてことだとデュリルがふてくされた表情になる。
「そんなことなら、求婚を引っ込めるんじゃなかった」
「おや、貴公、あの男と本気で手合せしたいがために求婚したのではないのか?」
「それもあるが、結構、好みだったんだぞ。優秀な女騎士であることを抜きにしてもな」
 くつくつとジラッドは笑った。
「欲張るからだ」
「それに、許婚がいるのだろう?」
「形ばかりだ。幼なじみでな、互いにいい年して独り身だと周囲がうるさいから、とりあえず、いい相手が見つかるまで婚約しておこうという仲だ」
「それは気の毒に」
「全然、気の毒がってなかろう、ジラッド?お前の許婚を寝取りに宵闇公国まで行ってやろうか?」
 まるきり冗談とも言い切れない口調だ。
「不可能だな」
 涼しい顔でジラッドは応じた。
「随分、自信があるじゃないか」
「我が許婚の姫君はまだ十三才の子供なんだ」
 それじゃ、手だしできんなとデュリルは笑った。
「改めて正式に口説いてみるかな」
「仮に強引に縁談を取り付けたにしても、あの様子では、まず、手に入らないだろう」
「確かに見込みはないな」
 ジラッドの言葉をデュリルも笑って肯定した。
「…ところで、クルス・アディン、貴公、本当にこの国にいつくのか?」
 ジラッドが探るように紫の目を向けた。
「まだ決めていない。だが、誘い文句は効果があったな」
「どんな?」
「秘密だ」
 クルスは笑って酒を飲んだ。
 自分以外の男には効きそうにない誘いであったが。
 次のデュリルの言葉に、クルスは危うくむせかけた。
「お前、押し倒されたんじゃなかろうな?あの女王ならやりかねん」
「有り得る話だが」
 うんうんと男達は頷いた。
「何を考えているんだ、二人とも…」
 呆れてクルスは額を手で押さえた。
「なに、免疫なさそうだし」
「勢いで負けているしな」
「放っておいてくれ。これでも女に迫られることには慣れている」
 憮然として応じる。
「押し倒されることにもか?」
「仮にも騎士がどうしてそう下世話なことを聞きたがるっ」
「騎士である前に男だからな」
 異口同音にさらりと二人の騎士は言った。クルスは天を仰いだ。
 まったく、この二人は。
 軽いノックの音が響く。
「盛り上がっているな」
 女王がひょいと顔を出した。
「これはこれは女王様」
 ジラッドが恭しく礼をとる。軽く頷いて女王は部屋に滑り込んだ。
「アルク・デュリル殿、加減はどうだ?」
「酒が飲めなくて死にそうだ」
「そればかりはどうしようもないな」
 朗らかに女王は笑い、それから真面目な顔になった。
「こんな時に言うのもなんだが、一応、釘をさしておこうと思ってな。今更、いくら欲しがっても、アシュリーズはやらぬぞ」
 よく考えたならな、と続けた。
「アシュリーズがいなくなれば、ウェイもいなくなる。国の利益を考えると、アシュリーズは他国に嫁がせるより、我国に近衛騎士として置く方が良いとの結論に達してな。大臣共もそれで納得した」
「本当か?」
 疑わしげにデュリルが聞く。
「うむ。第一、私にはまだ世継ぎがいない。よって、アシュリーズを他国に嫁がせるのは、時期尚早である。第二に、暁王国の『戦神』に匹敵する騎士に去られては困る。ウェイは地位にも名誉にも興味がなく、私の近衛騎士やってるのはアシュリーズがいるからだからな」
 さもあらんと彼らは頷いた。
「本当にそれで納得したのか?」
 女王はにんまりと笑った。
「いや、まだ続きがある。実はこれが大臣どもには最も説得力があったのではないかと思ったのだが。もし、アシュリーズを他国に嫁がせたら、私が大臣達の醜聞を国中に言い触らすと脅した。そうすれば、国民の信頼感は薄れ、政務に支障が出るからな」
「…醜聞?」
「かわいいものだぞ。だれそれは夫婦喧嘩して歯を折ったとか、何回失恋したとか。こんな低俗なことを女王が触れ回っては大臣どもより女王の権威ががた落ちだから、お願いだからやめてくれと泣きつかれた」
 ぶははとデュリルが笑い出す。ジラッドも口元を押えている。
「残念だ、女王でさえなければ、求婚したのに」
「女王でなくともお断りだ。私は自他ともに認める面食いだ」
 間髪入れずに女王は言い切った。
「ひどい女だ。傷付いたぞ、俺は」
 しかし、女王はデュリルの文句なぞ聞いてはいない。
 くるりとジラッドに向き直って言った。
「というわけで、今、クルス・アディン殿を口説いている最中だ。協力を頼む」
「だそうだが、デュリル、かまわないか?」
 完全に傍観者の顔でジラッドがデュリルに尋ねた。
「断れ。俺も勧誘中なんだからな、協力するなら、女王よりは付き合いの長い俺に協力しろ」
 むっと女王は唸った。
「貴公は面食いではないのか?」
 クルスに向かって言う。
「え、ええ、まあ…」
 とりわけ、容姿を気にしたことはない。
「ジラッド殿について宵闇公国に行くというなら、まだ許すがな。この程度の顔の男について暁王国に行くなど私の美意識が許さないぞ」
 くつくつとジラッドは先程から笑い通しである。
「…戦の多い国には行きませんので御安心を。それに面食いではありませんが、私も男ですから、女性のお誘いの方がいいです」
「それを聞いて安心した。だが、アルク・デュリル殿、貴公には体が回復し次第、出て行ってもらうぞ。ライバルは消すに限る」
 きっ、とデュリルを睨みつけて言う。
「はいはい。ところで、女王様、この男をどうやって勧誘したんだ?」
 興味津々の目を向けて尋ねた。ジラッドの笑いもぴたりと止んだ。
「それは、勿論、待遇の良さを強調し、理由を述べ、誠意を込めて説得した」
 そう女王は胸を張って答えた。
 …説得?
 あれは、説得だったのか…?
 ついクルスは考えこんでしまっていた。
「女の武器は使わなかったのか?」
 思わず睨みつけたが、暁王国の戦神は意に介さない。
「そうしようかと思ったのだがな、それだけはやめろとシェイドに止められた。あの男、私がいっそ色香で落としてやろうかと言ったら、なんと言ったと思う?『陛下、戦とは万全の準備を整えて挑むものだとお教えしてきたはずですが。その程度の兵力で戦場に乗り込んでも玉砕するだけです』とぬかしおったのだ」
 はじけるように笑いが起きた。クルスは笑っては悪いと必死で笑いを堪えていたのだが、友人達はそんな遠慮を持たなかった。
「そこまで言うのか、この国の近衛騎士は」
 ふんっと女王は鼻を鳴らした。
「女王に意見できぬような根性なしは即刻クビだ。私は言いたい放題の人間だからな、同じように言い返してもらわねば困る。実際、政策会議など他国の者が聞いたら、卒倒するような意見が飛び交っているぞ」
「一度、拝聴したいものです」
 ジラッドが苦しそうに笑いを止めて言う。生憎、と女王は真面目な顔で言った。
「関係者以外会議場には立ち入り禁止なのだ。国の『品位』ががた落ちするのでな。クルス・アディン殿、私の夫になれば、いつでも傍聴できるぞ」
「…魅力的ですね」
 クルスはそれだけどうにか答えた。


 普段なら人が部屋に入って来ただけで目を覚ます男が枕元でこうやって顔を覗き込まれても目覚めないなんて、よほど疲労しているに違いない。
 青年の寝顔を眺めながらアシュリーズはつぶやいた。
「全く…。化物だ、どっちも」
 瞼が動いた。
「…リーズ?」
「いくら女王の命令だからって、こんなになるまで闘うことないだろ」
 目を覚ました青年にここぞとばかりに早速に文句をつける。
「女王の命令だからではない。お前のためだ、リーズ」
 めったに見せぬ微笑を浮かべてウェイは言った。
 アシュリーズは俯いた。
「…私は自分のせいでウェイにこんな目に遭って欲しくない」
 手が伸びて引き寄せられた。
「近衛騎士になる時、女王に代わってお前を守ることを約束した。女王は女王であるために、お前を守れぬことがあるだろうから」
「私は守られることなど望んでないっ。こんなふうに、自分を守るために誰かが傷付くのは厭だ」
 銀灰色の瞳を見据えながら言い返す。
 青年は苦笑をこぼした。
「それは女王も同じだろう。お前は自分を犠牲にしてでも、女王を守ろうとするだろうから。俺はお前をお前自身から守るように言われた」
 私自身から…?
 戸惑うアシュリーズに重ねてウェイは言った。
「リーズ、お前が女王に幸せであることを望むように、女王もお前が幸せであることを望んでいる」
「それはわかる。わかるけど、私だって、私のためにウェイに犠牲になって欲しくないんだ」
「犠牲になぞなっていない。女王の命令も関係ない。これは俺の意志だ」
 アシュリーズは目をつり上げた。
「暁王国の後継ぎと戦うことがか?馬鹿げてる。ウェイが戦って怪我する意味なんか、どこにもないじゃないかっ」
「ある。俺はお前を奪おうとする男と戦ったんだ。俺はお前を他の男に渡したくない」
 ウェイは手を伸ばし、そっとほおに触れると、そのままアシュリーズを胸に抱き寄せた。
「お前だけは失いたくない」
 心臓が口から飛び出しそうな状態とはまさにこのことだとアシュリーズはしばらく声を出せなかった。
「…初めから、そう言ってくれれば、すぐに断ったものを。どうして、ウェイ、言ってくれなかったんだ?」
 返事はない。
 すでにウェイは寝息を立て始めており、アシュリーズの文句を聞いてはいなかった。
 …この男っ!
 一瞬、たたき起こしてやりたい衝動に駆られたがどうにか抑えた。
 穏やかな寝顔を眺めながら、きつく握り締めた拳をゆっくりと緩める。
 今度目を覚ましたら、自分の言ったことを忘れているのではないだろうか。
 だが、その時は、女王命令に従って、自分から口説くのみだ。姉に負けていられない。
「…今日のところは勘弁してやる」
 溜息まじりに言うとアシュリーズは医師に見つからぬうちにと自室へと戻った。


 常識外れの体力と医師に言わせた暁王国の将軍は試合から二日目、早朝から寝床を抜け出して王宮の庭をうろついていた。王宮警備にあたっている騎士見習い達は彼に気付くと、なんとも複雑そうな表情で黙礼する。彼らにとっては、他国の王族が王宮内部を自由に闊歩するなどとんでもないことだろう。しかし、それを許可したのは女王自身だ。
 南陽王国の王宮は他国に比べると、ひどく警備が薄い。王宮警備に騎士見習いを使う国など他のどこにもない。経費削減と能力の見極めが狙いの一石二鳥の制度だと女王は説明していた。
 池のほとりに立っている銀髪の青年を見付け、デュリルは近付いて声をかけた。
「早いな、クルス」
 ゆっくりと氷晶王国の王弟は振り返った。
「もう出歩けるのか?」
「あちこち痛むが、じっとしているよりは楽だ」
 クルスはしょうがない男だなと笑った。
「考え事か?」
「…まあ、そうだな。心の整理をしていたところだ」
 光の加減で瞳が灰青色から澄んだ青色に変化する。
「女王の求婚を受けるのか?」
 いきなり核心をついた質問を発したが、クルスははぐらかさなかった。
「…わからない。だが、正直言って、彼女にひかれている。自分にないものを持っているからだろう」
「とことん前向きな人間だからな、あの女王様は」
 デュリル自身も気にいっている。めちゃくちゃな行動をしているようだが、統治者としてやるべきことはやっている。女王の我がままの形で改革された制度が幾つあることか。為政者として参考にすべきものがその中には含まれていた。
「お前のような男とはうまく釣り合うだろうよ」
「自国への勧誘はやめたんだな」
「俺は勝てぬ戦はしない主義だ。それに、気にいっている連中が一国にまとまってくれていると、遊びに来るのも楽だ」
 細い月を思わせる眉が上がる。
「また、部下達の目を盗んで『脱走』するつもりなのか?」
 当たり前だとデュリルは笑って言い返した。
「平時の将軍など邪魔なだけだぞ?俺の留守を狙って動き出す連中もいることだし、そいつらをおびき出すにも役に立つ。帰国したら、まずは大掃除だ」
「…つくづく怖い男だな。頭にまで筋肉が詰まっていそうな無骨な武人のふりをして」
「言ってくれるじゃないか、ええ?」
 銀髪の青年は軽く笑った。
「私も女王を見習って、言いたいことを言うことに決めた」
「ほお?それなら」
 殺気をこめて繰り出した拳をクルスは左手で受け止めた。
 一瞬、その顔から表情が失われる。
 にやりとデュリルは笑った。
「本性も出せ」
 深々とクルスは息を吐いた。
「…いやな男だな。いつ気付いた?」
「最初、握手しただろう?あの時、妙だとは思ったんだ。お前の右手は剣になじんでいないからな。だが、お前は普段も右利きだから、確信は持てなかった。あのウェイという男が両利きなのを見て、ふと思いついたんだ。左利きの人間が書き物をする時には右手を使うことがあるように、右利きの人間が剣だけは左手で使うこともできるだろうとな。どうせ騎士の能力があることがばれるなら、もったいぶらずに左手を使っても良かったんじゃないのか?」
 哀しげに青年は微笑した。
「…デュリル、私は本当に手加減ができないんだ。私が覚えたのは相手を確実に殺すための剣だ。君やジラッドほどの騎士ならば、殺さずに済むだろうが…」
 青い瞳がかげりを帯びる。
「私は本当に血が苦手なんだ。…もう、十分だ」
「ったく、繊細なやつだ。どうせ女王を見習うんなら、あの図太さ見習え」
 デュリルは銀髪の友人を軽く小突いた。
「言っておくが、俺はお前など足元にも及ばぬほどの血を流してきている。だが、生きてここにあることを後悔はしていない。そのことで責任を負うものがあるならば、それは運命とやらを握っている神々だ」
 クルスは微かに笑みを浮かべた。
「こらっ!戦神!人の恋路を邪魔する気かっ!」
 鋭い声が割って入る。
 池の向う側に近衛騎士を従えた女王が立っていた。
「…恋路?どこにそんなものがあるんだ?」
 クルスのつぶやきは、池を回って近付いて来る女王の耳には届かなかったようだ。
「人の恋路を邪魔すると馬に蹴られるぞ」
 びしっと指を突き付けて言う。
「…馬に蹴られたくらいではびくともしないと思いますが」
 女顔の近衛騎士がぽそっと言った。
「む、それもそうだな。馬の方が怪我をする」
 くるりとデュリルは青年に向き直った。
「前言撤回するぞ、クルス。見習うのは、やめておけ。馬に蹴られようが俺は気にせんから、いつでも俺のところに来い」
 女王が目を吊り上げた。
「いい女をいくらでも紹介してやる。お前ほどの男が色気も足りん小娘一人に縛られることはない」
「まだ成長の余地はあるぞっ!」
「十分過ぎるほどにな。その余地を満たすことができるかどうかは怪しいが」
「なにぃっ」
 女王があわやつかみ掛かるかと思われた瞬間、見計らっていたかのように近衛騎士隊長が現れた。
「陛下、火急の使者が参っております」
「放っておけっ。この男と決着をつけぬ限りは」
「陛下」
 わずかに騎士の声音が変化した途端、女王はぴたりと口を閉ざした。
「…わかった。この勝負、預けおく!」
 挑戦状をたたき付けるがごとく言い放つと女王は踵を返した。
 女王が十分に遠ざかったところで、近衛騎士隊長が言った。
「アルク・デュリル殿も人がお悪い」
「このぐらいの意地悪はさせてもらってもかまわんと思うがな」
 なにしろ、先に目を付けていた騎士を取られるのだ。
 デュリルは呆れ顔の青年に目を向けた。
「気を付けろ」
 銀色の眉が寄せられる。
「女王に押し倒されんようにな。戸締りはしっかりしておけ」
 氷晶王国の王弟は救いを求めるように近衛騎士隊長を見た。
「生憎ですが、陛下の持物の中には王宮中の鍵が含まれております」
 真顔で言われ、クルスはその場にへたりこんだ。
 近衛騎士隊長は目が合うと微かに笑みを浮かべた。目礼して、ゆっくりと立ち去るのをデュリルは見送った。
「この国にいれば、退屈しないことだけは俺も保証できるぞ」
 返事はなかったが、暁王国の将軍は気にもとめず、脱力している氷晶王国の王弟をその場に残して悠々と歩き去った。