女王と騎士

第二部 北風と太陽-虜囚編- (14)

 男は人の気配を感じたような気がして、はっと顔を上げた。魔法の灯りに照らされた室内を見回したが、見慣れた家具しか目に入るものはない。気のせいかと書き物机の上に目を戻した男の首筋にすとんと手刀が落ちた。
「たまには浚い甲斐のある、いい男がいても罰は当たらないと思うのだが」
 つまらなそうな声が響く。
「いい男がこんな馬鹿なことに関わってたら、もったいないんじゃない?」
 処刑されなくても、牢獄暮らしになるだろうからさ、と手早く縄で気絶した男の体を縛り上げながら、侵入者の一人が言う。
「確かに。それにしても、ずさんな警備だな」
「誰も、こんな、おっさんが盗まれるなんて考えないからね」
 貴族の屋敷は大抵、敷地内全てに魔法力を感知する仕掛けが張り巡らされているが、それは魔法力を持たぬ侵入者には何の障害にもならない。ただ宝物庫の類には魔法力を感知するだけでない仕掛けが施されているのだ。かえって、そこに大切なものがあると知らせているようなものだけどねと仕掛けについて説明した青年は皮肉な笑みを浮かべたものだった。
 ひょいと背の高い方の侵入者が男の体を楽々と担ぎ上げた。この光景を何も知らぬ見た者がいれば、目を剥いただろう。軽いとは思えぬ中年男を軽々と扱っているのが、一般的にはか弱いはずの女性だったからだ。
「不細工でもただ一つ、良い点があるな。多少、乱暴に扱って顔を変形させたところで良心が痛まずに済む」
「良心なんて持ってたの?」
「私の良心は冥府の女神に捧げてある」
 夜間に押し入り、誘拐をやってのけた侵入者達は、呑気に会話を交わしながら、速やかに夜の闇に消えた。


 しゃん、と鈴の音が響く。
 豊作を願う祭りと言っても、氷晶王国の王宮で行われるのは大地の女神に奉納舞を捧げる荘厳な春迎えの儀式であった。国中の主立った貴族が集まり、一様に厳かな表情を湛え参列している。飲めや歌えやのお祭り騒ぎならともかく、こうした堅苦しく神聖な儀式というものは、アシャラーナにとっては天敵とも言えた。必死であくびを堪えているのだが、美しい娘達の優雅に舞う姿さえ、眠りへ誘っているかのように感じられ、一定間隔で鳴らされる鈴音がさらに眠気を催させた。
 微動だにしなくなった「王妹」をちらりと横目で見遣り、シェイドは周囲にばれぬよう苦笑をかみ殺した。目を開けたまま眠るという、いささか不気味な特技を南陽王国の女王は持っているのだ。眠気を誘われたのは女王だけでなく、暁王国の騎士も同様だった。盛んに瞬きを繰り返し、睡魔と戦っている。静かな音楽はにぎやかな音楽に慣れた南方人及び東方人には子守歌にしかならないようだ。
 王族のためにしつらえられた席にシェイドは目を向けた。現国王には三人の姉と七人の弟妹がいるが、他国に嫁いだり、婿に入ったりで、列席しているのは王弟の三人だけである。フェルス・アレンの隣の空席は恐らくクルス・アディンのものであろう。死後一年間はその席を残しておくというのが、この国の慣習だった。
 並んでいる兄弟の容姿はこうして見ると似通っている。しかし、おおらかな印象を与えるのはフェルス・アレンくらいであろう。国王には心の内を全く見せぬ冷厳さがあり、すぐ下の弟は傲慢さが滲み出ている。残る一人は他者におもねる卑屈な性格が垣間見えた。母親が官位の低い小貴族の娘だったために、そのようにならざるを得なかったのだろう。フェルス・アレンのように、更に身分の低い母親から生まれていれば、かえって母親の一族に気を遣うこともなく、自由に振る舞えたかもしれない。
 奉納舞が終わると、貴族達が下位のものから順に国王に挨拶を述べ始めた。貢ぎ物も持参しており、あるものは王妃へ、あるものは王子へなどとご機嫌とりに余念がない。
「私からも陛下に贈り物があるのです。お気に召せばよろしいのですが」
 貴族達の挨拶がようやく終わった時、フェルス・アレンがおもむろに口を開いた。空気の流れの変化を察知してか、女王が身じろぎした。
 フェルス・アレンの言葉に神官達の後ろにいた人物が前に進み出る。女神官達の被る薄布を取り去り、国王の前にひざまづく。
 ほんの一瞬、驚愕の表情を国王は見せた。
 その表情をシェイドは少々意外なものに受け止めた。驚愕にも種類があるが、国王が見せたそれは喜びを含んでいた。
 驚きの声があちこちから漏れた。
「お久しぶりです、国王陛下」
 頭を垂れると銀の髪が流れた。女王の指が肱かけをぐっと握り締めるのがシェイドの視界の隅に映った。
「今までどこにいた、クルサーディン?」
「それは、そこにおられるカドヴェーン異母兄上がよくご存じかと」
 皮肉な響きを持つ声が響く。人々の視線が年長の王弟に集中する。
「私を御自ら厳重な監視下に置いてくださいましたゆえ」
「いい加減なことを申すなっ!何の証拠があって、私を侮辱するかっ」
 激高した王弟が立ち上がる。告発した人物の自然な態度に比べ、その様子はいかにも芝居がかって見えた。
「証拠、ですか?では、まずは、ひとつ。この人物に見覚えはおありですか?」
 また一人、女神官の衣装を纏った人物が進み出て薄布を取り去った。金茶の髪を持つ少女は、宮廷人達が最近、目にした覚えのある異国風の騎士の礼を取った。
「そのような小娘が何の証拠になる?」
「彼女が月神殿で神官見習いとして存在したことを証言する者はいくらでもおりましょう。そして、彼女を神殿から連れ出し、私の世話役にあてがったことは副神官長殿が証言して下さいましたよ。不幸にも、副神官長殿は具合が悪く、本日はこの場に居合わせることはできませんでしたが」
 具合を悪くした理由に南陽王国の女神官も関わっているのだろうとシェイドは思わず苦笑をこぼした。儀式の準備の手伝いとは、そういうことだったに違いない。
 何よりも、と銀髪の青年は言葉を続ける。
「この少女は南陽王国の騎士見習いにして神官見習いでもあります。彼女の身元に関しては、そこにおられる南陽王国の方々が証人となって下さるでしょう。異母兄上、我国においては、神官見習いは神官と同じく、裁きの場において真実の証人となれるのですよ」
 人々の目が少女と南陽王国の「王妹」との間を行き来する。「王妹」は軽く頷いて見せた。
「まだ不十分とおっしゃるなら、他にも証人を召喚いたしますが」
「…お前を『監視下』においたことは認めよう。だが、それで私に罪をかぶせることはできぬぞ」
 残念ながら、と青年は頷いた。
「貴方が私にしたことは、自ら手引した暗殺者から私を救い、標の塔に匿っただけのことですからね。その間、暗殺者を向けたのは国王陛下だと私に信じ込ませようとしたことなど、知っているのは私だけですから、立証もできません」
 目を伏せた青年の口から淡々と紡がれる言葉は意外なまでに影響を及ぼした。急な展開にただ呆然としていた人々が、告発された男には非難の目を、告発した青年には同情の目を向け始めたのだ。確たる罪の証拠がないにも関わらず、すでに人々の中で判決が下されたのである。誰も青年が嘘を言っているとは思わないらしい。女王に言わせるならば、一目瞭然、悪役面をしているのはどう見てもあちらだということになる。青年は己の容姿と自分への人々の評価を計算に入れていたに違いない。
 シェイドは女王の「眼力」を改めて認識した。女王の人間の本質を見抜く目は「一目惚」においても十分に活用されていたということだ。
「…ですが、私が貴方を告発するのは別の件においてです」
 静かに青年は再び口を開いた。
 壁際に控えていた神官が進み出て、銀の盆に載せた書状を恭しく国王に差し出した。
「私とクルサーディンからの贈り物の目録ですよ」
 金髪の王弟が皮肉な笑みを交えて説明を加えた。
 国王の目がすっと細まる。だが、それ以上の感情の動きは表に出さない。
「これは、また随分と品揃えがよいことだな」
 感情のこもらぬ声音で王が言った。
「お気に召していただけましたか」
 国王は無表情のまま、自分の側近を招き寄せ、書状を見せた。これまた神官を兼ねている側近は驚愕に目を見開いた。貴族達は興味津々の顔で成り行きを見守っている。ほんの数人だけが、自分の隣にいる人物が血の気を失っていることに気付いた。
「我が弟にも見せてやるといい」
 国王の側近は一礼すると、それを憮然とした表情の王弟の前に運んだ。
「何か、言うことはあるか?」
 書状を目にした途端、血相を変えた弟に王は冷やかな声で問うた。
「これは…策略でございます。私を陥れようというフェルサーレンめらの」
「私どもが異母兄上を陥れて何の得があるのか聞いてもよろしいか?」
 がらりと口調を変えて、冷たく突き放す声で金髪の青年は言った。
「自分が欲するところのものを他の者も欲すると思うのは、あなたの悪いところだ、異母兄上」
 フェルサーレンは彼の側近に目配せした。
「さらなる証拠をお見せいたしましょう。少々、見苦しいものなので、御婦人方には誠に申し訳無いが」
 神官の青年が出入り口近くにいた人々に丁重に声をかけて道を開けるように頼んだ。扉が開かれ、引き出された「証拠」を目にしたアシャラーナが噴き出しかけた。無理もない、とシェイドは苦笑を漏らす。
 手首を縄で縛られ、首に結ばれた鮮やかな色のリボンで数珠つなぎにされた男達の姿は列席している貴族達に、なんとも形容しがたい表情を浮かべさせた。引き出された面々には殴られた痕跡もあり、これまた女神官の存在をシェイドに感じさせた。最初の衝撃から立ち直った人々の間で、あれはどこの誰それだというささやきが交わされる。
 国王がぐるりと広間を見回すと、ざわめきは静まった。
「私への反逆を企て、そこに名を記した者は進み出るが良い。私を納得させる理由があらば、罪を減じてやろう」
 国王への反逆。
 その言葉に、これが非常に由々しい事態であることを遅まきながら人々は悟り、広間はしんと水を打ったように静まり返った。
 静寂のなか、幾人かの貴族が進み出て王座の前にひざまづく。
「他の者は理由を持たぬということだな」
 近衛兵を国王は呼んだ。
「今から名を挙げる者達を捕えよ」
 その言葉に身を翻して逃げようとした男が突如、凍り付いたように動かなくなった。他にも、その場で金縛りにあったように動かない男達が数名いた。国王はその様に軽く眉を上げ、すぐ近くにいる神官長を見遣った。
「貴方も関わっていらっしゃったとは」
「なるべく、怪我人が出ないようにして欲しいとクルサーディン様に頼まれたのですよ」
 反逆者をぼこぼこにさせておいて何を今更と思えるが、クルスが配慮したのは無関係の人々に害が及ばぬことだ。
「これでようやく我らが国も春を迎えることができましょう」
 穏やかな笑みを浮かべて神官長は告げた。
 そして我らが女王陛下も春を迎えられるということになるなとシェイドはそっと笑みをこぼした。


 ようやく来たか。
 夜の暗闇が訪れると共に二十日ぶりに姿を現した依頼主を目にして、退屈を持て余していたオルトは、これでようやく解放されると心底喜んでいた。
「依頼は取り消しだ」
 銀髪の男は出し抜けにそう告げた。面食らったオルトは、はぁ?と間抜けた声を上げた。
「なんでまた?」
「理由がなくなった」
 相変わらず感情を読ませぬ声で淡々と男は言う。
「おいおい、まさか、息子が生き返ったとか言うんじゃないだろうな?」
 依頼主の動機は復讐だったはずだ。こうした感情が消え去ることはそうそうない。
「そのまさか、だ」
 オルトは顔を引きつらせた。
「俺、そういう話、苦手なんだけど」
 動く死人なんて冗談じゃない。
 依頼主は意外だという表情で彼を見た。
「嘘だとは言わぬのだな」
「へっ?嘘なのか?」
「半分は。息子は死んではいなかったということだ」
「…人騒がせな奴」
 気抜けして、つぶやく。依頼主が奇妙なものを見る目で自分を見ていたのだが、オルトは気付かなかった。
「だけど、憎いことには変わりないんじゃないのか?」
「…そうだな。だが、憎しみだけでは人を殺める理由にならない」
「世の中には憎しみどころか、衝動だけで人を殺すような奴が山ほどいるぜ」
 ご立派な心がけだと思いつつも、そう言わずにはいられない。自分に息子はいないが、もし自分が彼の立場にあれば、二度とそのようなことが起こらぬよう、首謀者を始末するだろう。
「幸いにも、法的根拠をもって処罰する理由ができた」
「ふうん?…ま、いいけど。半金全部よこせとは言わないけど、足止め料くらいはくれよな」
 ずけずけとオルトは要求した。
「…私が証拠を消すとは思わないのか?」
 冷たい青い目が向けられる。
「あんたは、証拠を処分するという理由だけで人殺しはしない。そうじゃないか?」
 男はわずかに笑みをこぼした。
「そうだな。明日には解放する。あまり、この国に長居はせぬことだ」
「わかったよ」
 何が何だかさっぱり分からないが、解放された後、情報を集めれば大まかなことは分かるはずだ。だからこそ、この依頼主は早く国を出ろと言うのだ。依頼主も標的も、権力を持つ人間だから、正体を突き止めるのは、さほど難しくないだろう。
 ま、多少の稼ぎもあったし、よしとするか。
 この時、オルトは本来の任務を奇麗さっぱり忘れていた。

 寒い。
 体を震わせ、くしゃみをしてオルトは目を覚ました。
 目に入った景色はどこかの路地裏のものだった。まだ早朝らしく、もやがかかっていた。
「…あのおっさん、一服盛って、放り捨てやがったな」
 髪をがしがしと掻き回し、ふと懐に重さを感じて手を入れる。その正体は金貨の詰まった袋だった。
「律義なこった」
 にやりと笑ってオルトは立ち上がった。まずは冷えた体を暖めるために、朝食を取る場所を探さなくてはならない。騎士見習いの少女を探すのはそれからだ。黒髪の騎士は強張った体を伸ばすと、のんびりと歩き始めた。


 これは面白い。
 デュリルはにやにや笑いながら、あごを撫でた。長らく寝泊りしている宿屋に戻って来た彼が目にしたのは女神官に隅に追い詰められる騎士というものだった。どちらも、彼には面識があった。昼間のことで、居酒屋を兼ねる食堂には客入りは少ないが、それでも居合わせた人々は何事かと異国人達に興味津々の目を向けている。
「なんで、あんたがここにいるんだよっ」
 ようやく声を取り戻したらしい青年が南方語で喚く。
「それはおぬしには関係ないこと。私には私の務めがあり、それを果たしておる。己の務めをほうり出して、今頃、のこのこと現れるとは、さぞかし立派な言い訳が、無論、あるのであろうなぁ?」
 実に楽しげな意地の悪い笑顔を浮かべて女神官が言った。ううっと青年が唸る。猫が鼠をいたぶっているような光景だ。デュリルの知らぬことだが、下町の情報に通じている女神官は青年の弱みという弱みを残らず握っており、本国においても、折りに触れては青年をいじめて遊んでいるのだ。だが、それでいて飲み仲間でもあるのだから、複雑な関係である。単にオルトが忘れっぽい性格だからという見方もできないでもないが。
「あれ、オルト殿じゃん」
 金茶の髪の少女がひょいと顔を出した。
「探す手間が省けたね。それにしても、事が済んだのを見計らったように姿を現すなんて、運がいいんだか悪いんだか」
 呆れているのか感心しているのか判断しがたい口調である。
「お前、探す気があったのか?」
「そりゃあね。例え、任務を忘れてしまう自由気ままな騎士でも、陛下のお気にいりだしさ」
「そうなのか?」
「憂さ晴らしに八つ当りするにはちょうどいいらしいよ」
 身も蓋もない少女の言葉にデュリルはげらげらと笑った。
「さすがに女神官が公衆の面前で男を襲うってのは、ちょっとまずいんじゃない、トーヴァ様」
 くるりと女神官が振り返った。
「このたわけを襲う程、男に不自由はしておらぬぞ。大体、私の好みは年上で甲斐性のある男だ」
「俺だって、年増は御免だね」
 世の中、言ってはならぬ言葉というものがある。
 次の瞬間、青年は腹を抱えてうずくまっていた。デュリルの目でも捉えがたい、見事な早業であった。
「俺なんかどうだ?」
 笑いを引っ込めてデュリルが言う。改めて女神官の力量を認め、早速に興味を引かれたのだ。
「悪くない。貴公くらいになれば手応えもあろうな。連れの若造はどうしたのだ?」
 さして年齢が違わぬように見える青年を若造呼ばわりするとは、実際にオルトが言うところの「年増」なんだろうかと思ったが、デュリルはそれを口にするのはやめておいた。
「あいつはまだ寝てる。あんた達から解放されたのが余程、嬉しかったのだろうよ。ゆうべ、飲み過ぎてな」
「ふん、情けない。よくぞ、それで『戦神』の従者が勤まるものだ」
「まあ、そう言うな。あいつは女には優しい性質なんだが、自分のもってる『女』の定義にあんた達が当て嵌まらないんで対応に神経をすり減らしたんだろうよ」
 実は随分、失礼な言葉なのだが、女神官はこだわらなかった。
「もっと鍛えてやるべきだな。いじめ甲斐がなくて、つまらん」
 ラジィールが耳にすれば、そんなもん、なくて結構、と答えただろう。デュリルはくつくと笑った。女神官が気をそらしたのをいいことに、隙を見てオルトが逃亡を図ったが、あっけなく阻まれた。素早く足を引っかけられて転倒しかけた青年をろくに見ようともせず、女神官はがしっと首根っこを押えた。
「エセル、私は取り合えず、このたわけを王宮に届けてくる。暇を持て余し、御機嫌斜めであらせられようから、さぞかし帰還を喜んで下さることだろう」
 くくくと喉の奥で笑う。
 誰がと言ったわけではなかったが、オルトにはそれで十分だったらしい。
「げげっ!なんで陛下が…」
 女神官はぐいっと腕を軽くねじり、首を絞めて黙らせた。
「そなたも話がついたら、一度は顔を出すのだぞ」
 少女に向かって言うと、女神官は抵抗をものともせず、騎士を引きずって力強い足取りで去って行った。
「なんで、あんな人間が神官なんぞやってるんだ?近衛騎士にでもした方が、余程、役に立ちそうだが」
「世俗の権力の及ばぬところにいる方が、好き放題にできるからじゃないの」
「そういうものか」
 かの女神官を近衛騎士に叙すことを提案したならば、重臣達は口を揃えて反対するだろうことを、アルク・デュリルは知らなかった。

 南陽王国の女王はトーヴァの予想に違わず、不機嫌だった。
「もう我慢できんっ」
 どんっと、テーブルを拳で叩く。
 怒れる女王を見守っているのは灰銀色の目だけだった。クルス・アディンが国王の前に姿を現してから三日が経過していたその直後に暁王国の騎士はいそいそと本来の主のもとへと去った。そして女神官が未だ戻らないために、シェイドとウェイだけが交互に「王妹」の護衛に当たることとなり、シェイドは隣室で睡眠をとっているところだった。
「向こうが来ないつもりなら、こっちから押しかけてやるっ」
 シェイドがいれば、何かと事後処理もおありでしょうから我慢なさいませとたしなめたところだろうが、そのシェイドはいない。
「…居場所をご存じなのですか?」
 女王の意見に反対するでも賛成するでもなく、ごく冷静に近衛騎士の青年は指摘した。途端に女王は静かになった。
 …やっぱり、この男は苦手だ。腕が立つのは認めるが、リーズもこんな男のどこが良かったんだっ。
 双子の妹が耳にすれば、ほっといてくれと言いそうなことを考えながら、アシャラーナはやり場のない怒りを持て余していた。そこへ、女神官が戻って来た。
「陛下、良い土産が手に入りました」
 扉を片手で開けながら言い、もう片方の手で「土産」を部屋の中に押しやった。
「これは珍しいものを見る」
 怒りをぶつける対象を見付けたアシャラーナの目が細まる。
 女神官と女王という二大天敵に挟まれて、オルト・マフィズは蛇に睨まれた蛙よろしく、だらだらと冷汗を流していた。