女王と騎士

第二部 北風と太陽-虜囚編- (17)

 南陽王国の一行が氷晶王国の王都を出立したのはよく晴れた日だった。すっかり暖かくなった日差しの中を王宮付き騎士団に護衛されて、国境に向かう。護衛の責任者を任じられたのは王弟フェルサーレンであった。
「クルス、厭になったら、いつでも戻って来い」
 わざとアシャラーナに聞こえるように金髪の青年は弟に向かって言う。
「我慢することはないのだからな」
 じろりと横目でアシャラーナが睨むが効果はない。
「それは余計なお世話というものだ。いい年した男が弟に執着するな、見苦しい」
「執着しているのはどっちだ?俺はクルスの自由意志に任せている」
「私だってそうだ」
「どこが?」
 クルスは二人に挟まれて苦笑するしかなかった。ぎゃいぎゃいと子供のような口喧嘩を始めた二人の間から抜け出して、先を行く中年の騎士の横に馬を並べる。
「以前に何か兄は陛下を怒らせるようなことをしたのですか?」
 その問いにシェイドは苦笑をもらした。
「私はその場に居合わせてはおりませぬが、王弟殿下が陛下に関する噂を列挙なさったとか。陛下に直接、言われたわけではなかったようですが、やはり、不愉快に思われていたのでしょう」
 口さがない者達がどのような噂を流していたか、クルスも知っている。そうした噂を列挙するとは、女王に喧嘩を売っているのと同じだ。いや、多分、兄のことだから、わざと喧嘩を売ったに違いない。
「やはり、トーヴァに押し倒させておくんだった!」
「俺はかまわないぞ?色気もない小娘を相手にするより、ましというものだ」
「なにをっ」
 …一体、何の話をしているのだ。そもそも、これが貴人とされる女王と王弟の会話だろうか?
 こめかみを押えるクルスを見て、シェイドがふっと笑う。
「苦労なさいますな。されど、宮廷の者達は貴公のおいでを首を長くしてお待ちしておりますぞ」
「…私には陛下を抑える自信はありませんが」
 自分に何を期待されているか、クルスは正確に把握していた。
「なに、造作もないことでございます。貴公がほほ笑んで見詰めなされば、陛下は静かになられますよ」
 折り紙付きの面食いであらせられますからと真顔で言う。
「…それは…要するに、言葉は悪いですが、私に陛下をたらしこめと?」
「まさにその通りですな。陛下の弱点をついた、陛下の気をそらすに最も効果ある方法でしょう」
 なんだか、体中から力が抜けるような気がする…。
 そんなクルスの背後で未来の義兄妹は元気よく口喧嘩を続けていた。

 最初に国境を越えた時は真っ白だった山脈も頂上付近に雪を残すのみで遅い春を迎えていた。南陽王国では、すでに春も盛りを過ぎているだろう。結構、長い間、国を離れていたもんだなと思いながら、宿屋の廐の前でオルトが馬具の準備をしていると、王弟の側近である神官と女神官の会話が聞くとはなしに耳に入って来た。
「…今朝、リザーン家の当主が危篤状態に陥ったとの知らせが入りました」
 リザーン家?聞いた覚えがある家名だ。なんだったかなと首を捻り、それがクルス・アディンの母親の実家であったことを思い出した。
 当主というと出生がばれぬうちに孫息子を始末しようとしやがった、とんでもねぇ爺か。そんな因業爺も年には勝てないってことだなとオルトは鼻を鳴らした。
「ほう。それは気の毒にな」
 全く気の毒だなんて思っていなさそうな口調で女神官が応じる。オルトと同じでいい気味だとでも思っているのだろう。しかし、続いて聞こえた言葉にオルトは硬直した。
「カドヴァーン殿下も体調を崩されたとか…。よほど、幽閉されたことが、精神に打撃を与えたのでしょうね。誇り高い御方ですから」
 何やら、恐ろしい想像がオルトの脳裏をちらちらする。
「これぞ天の裁きというところかな」
「ええ、私もそう思います」
 地味な若者が、それはそれは穏やかな顔で言った。
 女神官は、女薬師とごく親しい間柄だ。女神官自身、薬物の扱いにはかなり長けていると、小耳に挟んだこともある。
 …俺は、何も聞かなかった。
 自分に言い聞かせると、オルトはぎくしゃくした動きで作業を続けた。
「オルト」
 ぎくり、と動きを止める。
「いかなる悪事も見逃さぬ神々の目とは恐ろしいものだな。おぬしも気を付けるがいい」
「…わかってるって」
 恐ろしいのは、あんただってことはな、と心のなかで付け加える。
 何をしたかは知らぬが、女神官自ら冥府への引導を渡すとは余程のことだ。国とか政治に関わることでなく、王弟もまた人間として神殿の教えに背くことをしたのだろう。この女神官ほど危険な人間というのも、そうそういない。ぐるぐる思考を巡らしていると、全く別の点に意識が向いた。一種の逃避であったかもしれない。
「そう言えば、便宜を図ってやるっていう約束はどうなったんだよっ!?」
「安心しろ。約束はきちんと果たしてやる」
「本当かよ?」
「ほう?私の言葉が信用できぬと?」
「あんたの言葉、信じたらどんな目に遭うか、分からないじゃないか」
 二人をじっと見守っていた王弟の側近は小さく息を吐いた。
 どうも、この人物は自ら災いを招く傾向があるようだ。
 ほぼ初対面の人間にまで看破され、自分でも認めているこの性質をどうしても改めることのできないオルトはその日も朝から女神官に容赦なくこづき回されていた。

 小さな集団が、なだらかな山道をゆっくりと下って行くのをフェルサーレンは馬に乗ったまま見送っていた。弟が、再びこの山地を越えて戻って来ることはまずないだろう。
「さぞかし、目立つことだろうな」
 一行の中で唯一銀髪の弟の姿を見遣りながら、つぶやく。
 慣習も言葉も全く違う異国の地で、どのような生涯を送ることか。そのうち、遊びに行ってみるかと考えていると、やや離れて待っていた側近が声をかけた。
「別れ際に騎士殿と何か話をしていらしたようですが?」
 目ざといやつだと思いながら、フェルサーレンはたいしたことじゃないとごまかした。どう説明したものか、分からないからという理由もある。それまで、直接に言葉を交わしたことのない緑の目の騎士は、何やら迷っている様子で、彼に「記憶力のなさには自信がある」という奇妙な伝言を国王宛に頼んだのだ。俺の勘違いかもしれないから、国王陛下に心当たりがなければ、いいんですけどねと、黒髪を掻き回しながら騎士は言った。勘違いであっても、国王はこのくらいのことで怒る人間でもないので、フェルサーレンはその伝言役を引き受けた。国王の反応を見てみたいという気持ちもあった。
「変わった連中ばかりだな、南陽王国の人間は」
 大多数の南陽王国民が不満を感じる意見を述べ、フェルサーレンは馬首を返した。
 後日、伝言を届けた彼は珍しく微笑をこぼす王というものを目にすることになった。


 「王妹」帰国予定日に関する知らせを受け取った南陽王国の王宮は急激に慌ただしくなり始めていた。本格的に女王の婚礼に向けての準備が始まったのである。日取りまでさっさと重臣達で決めて動き出した背後には、これ以上に早くすることは不可能という日取りに女王が文句をつけようはずもないという確信と、そしてまた、両人の気が変わらぬうちに片付けてしまえという思いがある。我が血筋の者を王位にという願望を持つ地方の大貴族達による反対は、「女王」に一蹴されていた。宮廷にまで押しかけて来た彼らを女王は興味なさげに半眼で見遣り、「うぬらのそっ首切り落とせば、さぞかし静かになろうな」とつぶやいたという。その場にいた者の話だと、いつものごとく声を荒立てなかっただけに、かえって恐ろしさが倍増し、身の凍る思いがしたという。その貴族達の中には寝込んだ者もいるとの噂だ。
「あれなら仕方ないという気がするな」
 その噂を耳にしたユリクが苦笑をこぼした。この少年も、その場に居合わせた者の一人だ。彼の見たところ、威しでも何でもなく、「女王」は本音を漏らしたのだ。つまり、許されるものなら、言葉どおりに行動していたということである。彼女はその貴族達が彼女と姉の命を狙ったこともある者達だと知っていた。薄くではあるが、王家の血を引いており、直系が絶えれば、王位に就くことも可能だという彼らは女王即位に頑迷に抵抗し、今でも虎視眈々と隙を伺っている。そうした連中に対峙して、アシュリーズが穏やかでいられるはずがない。過去の事だけでなく、将来の事も考えれば、この場で始末したいと騎士である彼女が思うのは当然のことであろう。そして、騎士能力を持っていても、戦場に身をおいたことのない、剥き出しの殺意にさらされたことのない連中が彼女に気を呑まれるのも仕方ないことだ。近くで見ていただけの彼も冷汗が滲んだくらいであったのだ。
「陛下以上に怒らせたくないって僕は思ったよ」
 しみじみとフィルが言う。彼らは揃って訓練用の木刀を磨いていた。騎士見習いに課せられた仕事のひとつである。
「陛下の怒りなら、いつかは冷めるんじゃないかって気がするけど、アシュリーズ様を本気で怒らせたら、一生、許してもらえそうにない気がする」
「大丈夫だよ。怒らせた後の一生なんて短いものだから」
 あまりにもさらりと言うので、フィルは一瞬、聞き流しかけて、木刀を取り落としそうになった。
「全然、大丈夫じゃないじゃないかっ」
 フィルの非難めいた言葉に、ユリクは笑った。
「冗談だって」
 神殿育ちの冗談というのは、どうも心臓に悪い気がする。
 フィルはそんなことを考えながら、黙々と木刀を磨き続けた。

 女王の婚礼式の打ち合わせを名目に王宮を訪れた陽神殿の神官長は幸せそうな顔でお茶を飲んでいた。「女王」はこの後、またしばらく神殿にこもることになっているのだ。
「この様子ですと、むしろ国内に入ってから、襲撃するものと思われますな」
 何げない顔で、へろりと言う。
「アシュリーズ様が意に添わぬと分かった上は、女王陛下を亡きものにした後、その罪をアシュリーズ様にかぶせるつもりでしょう。女王の身代わりを務めた王妹が、それに味をしめて権力を手中にすることを欲したというところですかな。いやいや、まこと、愚かしい限り」
「…本当に、それがうまく行くと思っているのか、あの古狸は?」
 不思議でならないとばかりにアシュリーズは言った。
「まあ、暗殺さえ、成功すれば、うまくやりおおせるだけの力量はありますな。なにせ、陛下の腹心の方々は、頭は切れるが、まだお若い。人脈等の点では対抗できませぬ」
 そういうものかと他人事のような顔で頷く王妹を見て、神官長はほほ笑んだ。女王が目にしたならば、頭でも打ったのかと言うような、ごく普通の好々爺の笑みである。しかしながら、口にする言葉はいつもの「白狸」のものであった。
「されど、あやつめにとって騎士能力を持たなかったことが、最大の敗因になりましょうぞ。どれ程の騎士あるいは魔法士を刺客に差し向けるつもりでいるかは分かりませぬが、まず、彼らを討ち取ることはできますまい」
「つまり、計画の最初の時点で見誤っているということか」
「その通り。後は狸が向こうから罠にかかるのをお待ちになればよろし」
 神官長はまたお茶を一口含み、先程から居心地悪そうにしている少年達に目を向けた。
「どうしたかね?」
「…このような話を僕達のような者が耳にして良いものかと」
「これも教育ぞ。将来、愚かな真似をしでかさぬように、今のうちから世の中の裏事情を知っておくのも悪くはなかろう」
 できれば、知りたくなかったという顔をしている少年達にアシュリーズは苦笑した。まだ、気付いていないのだろうか。聞いた以上、加担せざるを得ないということに。近々、騎士に叙任された時、彼らがそのことを素直に喜べるかどうか、アシュリーズには予想できなかった。

 無言で計画を聞いていた女顔の近衛騎士は最後にぽつりと言った。
「狸狩りですか」
 ぷっ、とイェナが噴き出す。
「そういうことよね。古狸らしく、言い逃れのネタは揃えているでしょうけど、こっちはアシュリーズ様の機転で、いい切札が手に入ったから」
 はめられたとも知らず、黒幕に裏切られたと思い込んだ男が洗いざらい彼らの立てた計画を暴露したのだ。一方、黒幕の方は彼が吐いたことを知らない。捕えられても、後から救ってやるという約束通りに、口を閉ざしているものと思い込んでいる。
「組む相手を間違えたな」
 罠を仕掛けた痩せ気味の青年が微かに笑う。若いというだけで、重臣の間では侮られがちだが、切れ者と評判の高い人物だ。
「いざとなったら、あっさり切り捨てるつもりなんだろう」
 今まで忠臣面してきた分、信用があるからなと面白くもなさそうにヴェルシュは言った。だから、油断も生じるんだと文官の青年が笑う。
 狸の世代交代か。
 彼らを眺めながら、ごく真面目な顔でルーダルはそんなことを考えていた。


 南陽王国内に入った「花婿」の一行はゆっくりと王都に向かっていた。ほぼ全員が騎士という集団を襲う勇気のある追いはぎにも出くわすことなく、今までの道中はごく平和なものであった。しかし、彼らの人数は氷晶王国を出た時は六人だったはずなのだが、その数は五人に減っていた。しばらく放し飼いにしてはいかがです?という女神官の提言によって、近衛騎士オルト・マフィズが隣国の情勢を探る任務を命じられ、そのまま、国境を越える事なくとどまったのである。こうした任務に適している青年は今頃、なんら気兼ねするところなく羽根を伸ばしていることだろう。「身辺警護の点においてはクルス・アディンもいるし、秋になれば新しい近衛騎士も入る。もとより、ふらふらしているオルトがいなくなったところで、さしあたって問題ない」というのが女王の判断だ。
「出迎えが来たようですな」
 隊列を組み、彼らの到着を待っている騎士団を丘の上から見下ろしながら、シェイドが言った。出迎えは王国北部の治安を司る第三騎士団だという説明に、銀髪は目立つということで、フードを被っている人物は軽く頷いた。先頭に立って丘を下ると、シェイドは硬い表情の指揮官と儀礼的な挨拶を交わした。かつて近衛騎士団に所属していたこともある指揮官をシェイドはよく知っていた。家柄を鼻にかけ、シェイドに何かに付け敵愾心を燃やしていた男だ。
「このような形でお別れせねばならぬとは、残念ですな、エウリク殿」
 指揮官の言葉を合図に一行を取り囲むようにしていた騎士達が一斉に剣を抜いた。
「まことに、残念ですな」
 驚いた様子もなく、シェイドは泰然と応じた。他の面々も落ち着き払っている。
「どなたの御用命か伺ってよろしいか?」
「王妹殿下だ。…我らが陛下と言うべきかな」
 自分の優勢を確信している男はうすら笑いを浮かべて答えた。
「それは初耳だ」
 シェイドの後方で彼らのやりとりを見守っていた人物が口を開いた。
「貴男も騎士ならば、私が何者かわかるだろう?」
 琥珀色の目には紛れもない殺気が込められていた。
 まさかっと男が目を剥いた。
「女王陛下は本物の迎えとともに別の道から王都に向かっておられる」
 静かにシェイドが告げた。くっと呻いた男の背後から、金色の光が一行に襲いかかった。風魔法と炎魔法の合成術、魔法士の使う攻撃魔法だ。ごうっと音がしたかと思うと、眩い閃光が走り、悲鳴が起きた。
「乱暴だな」
 女神官が眉をひそめた。あらかじめ、防御魔法を施していた一行はかすり傷ひとつ負っていなかったが、その周囲にいた騎士達は巻添えを受け、ひどいものは全身に無数の細かな火傷を負っていた。一撃で仕留めることはできないが、騎士の動きを封じるには適した術だ。最初から、この近くにいる騎士達は捨て駒にするつもりだったのだろう。
「丘の上を見るがいい」
 シェイドの声が響いた。こちらの動きが完全に読まれていたことと仲間と思っていた者からの攻撃とで、すでに戦意を失っていた騎士達はのろのろと顔を上げた。丘の上には北部辺境騎士団の姿があった。完全に逃げ道を失ったことを悟った男達は剣を手放した。反逆者達を捕縛すべく、騎馬隊が丘をかけおりて来た。
「応急手当をしておかないと、もちませんよ」
 そう声をかけた女神官を、倒れた男を引き立たせようとしていた騎士が驚いたように見遣った。女神官は少し照れたような顔になった。
「僕は身代わりです。女神官ではありません。神官見習いではありますけど」
 そう言うと、女神官姿のユリクはてきぱきと手当に取り掛かった。
「フィル、君も手伝って」
「あ、うん」
 猟犬のように魔法士目がけて飛び出して行った二人の騎士を見送っていた人物は邪魔なフードをはらうと、友人の手伝いを始めた。少年達は頭数を揃えるべく、身代わりにかり出されたのだ。ぷっと不意にフィルが噴き出す。
「なに?」
「いや…結構、似合うなあと思って」
「イェナ様そっくりの顔をしていて何を言うんだか」
 言外に君の方がずっと似合うだろうよと匂わせる。むっとしたものの、事実であり、更に、友人に口で勝てる自信のないフィルは言い返すのをやめた。日頃、温厚な友人を怒らせると後が怖い。せっせと布を裂いて、怪我人の傷口を縛っていると、二人の騎士が帰って来た。
「向こうの林に十五人程、転がっている。魔法士五人に騎士十人だ。魔法士以外はまだ息があるはず。意識を取り戻した後、自殺せぬように注意してくれ」
 王妹がそう告げて、辺境騎士団の一隊を現場に向かわせる。
 この僅かな時間で十五人…。
「騎士団、呼ばなくても大丈夫だったかもね」
 ユリクが言うと、それを聞き付けたシェイドが
「死傷者を最低限に押えるためだ。反逆に加担したとはいえ、彼らも我国の騎士であるからな」
 そう説明した。
 少年達は何とも言いがたい表情で顔を見合わせた。それから、手当を手伝い始めた王妹とウェイに目を向ける。先日の打ち合わせにおいて、「王都まで連行するのも裁判にかけるのも面倒だ。その場で始末していいぞ」と、女王が二人に向かって言い、シェイドとクルス・アディンの二人に諌められていたことが思い出された。あれは、まるきり冗談というわけでもなかったらしい。少なくとも女王は近衛騎士の能力を正確に把握しているようだ。
 半年とたたぬうちに騎士叙任を受ける少年達は黙々と作業に没頭した。

 王宮の廊下を男は会議室に向かって歩いていた。そろそろ知らせが来ても良いころだと気がそぞろになっている彼は、会議室に向かう者が自分以外に見当たらないことを不審に思わなかった。重臣の一人である彼に会議室の前に立つ近衛騎士が一礼し、声をかけた。
「お体の具合はいかがですか?」
 彼は、先日開かれた会議中に気分が悪くなり退室していた。まさか、それがお茶に漏られた薬物のせいだとは彼は気付いていなかった。
「心配無用。すっかり元どおりになった」
 鷹揚に応じた彼に、近衛騎士の青年はすっと扉を開けながら言った。
「それは重畳。…あの後、女王代理が陛下が通られる道筋を間違って伝えていたことに気付かれて、訂正なさったことはご存じでしたか?」
 男は足を止めた。
「お入りになられないのですか?」
 青年は穏やかな笑みを浮かべているが、茶色の目は全く笑っていなかった。
「皆が貴方を待っておられますよ」
 男は自分の失態を悟った。
 通るはずのない道に待ち伏せを仕掛けた人間がいるとすれば、それは自分一人ということだ。
 男は息を吐くと、ゆっくりと弾劾の場に足を踏みいれた。