女王と騎士

第二部 北風と太陽-虜囚編- (5)

 たんっと小気味良い音を立てて、的を描いた板の上に金色の笄(こうがい)が突き立った。繊細な細工が揺れてチリチリと小さく音を立てる。
「強度は十分に持たせてありますが、あまり手荒に扱わぬよう細工師は申しておりました」
 淡い紫の瞳の近衛騎士の言葉にアシュリーズ小さく笑みを浮かべた。
「髪飾りとして使う時は丁寧に扱うが、武器として使う時は無理だろう」
「そうですね。アシュリーズ様、もう少し、手首を使ったほうがいいです」
「こう、か?」
 すっと腕を伸ばす。指先を離れた笄は先ほどのものより、的の中心近くに突き立った。
「はい。相手の動きを止めることが主な目的ですから余計な力はいりません」
 ほっそりした近衛騎士は何げない動きで小刀を投げて的の中心を貫いた。
「うまいものだな。誰に習った?」
「店の用心棒達です。私は騎士能力が開花するのが遅かった方ですので、身を守るためにと教えてくれました」
 無理もない、とアシュリーズは苦笑をこぼした。ルーダルが生まれ育ったのは王都でも治安の悪い区域である。彼のような容姿の子供がかどわかされることなく無事に育ったことが不思議なくらいだ。
「開花したのは、いつ頃だったんだ?」
 個人差はあるが、騎士能力が発現するのは四、五才から遅くとも十才までがほとんどだ。
「九才です。…シェイド殿が間に入って下さらなければ、その年で殺人犯になってしまうところでした」
 その話ならオルトから聞いたことがある。彼をさらおうとした人買い連中を、彼は半殺しの目に遭わせたのだ。いくら子供でも、騎士能力が目覚めたとなれば、一般人が適う相手ではない。たまたまシェイドが通りかからねば、息の根を止めていただろうという話だ。ちなみに彼の母親は「お前に手だししてくる男どもに情けをかける必要は一切ないんだからね」と幼いころから言い聞かせていたらしく、彼がいまだに手加減できないのも、その辺りに原因があるらしい。
「アシュリーズ様はいつだったのですか?」
 ふとアシュリーズは今まで近衛騎士達と「過去」について話したことが、ほとんどなかったことに気づいた。流れの騎士は互いに詮索しないことが、暗黙の了解であったから、知らず知らず自分もそれに従っていたようだ。
「私は、覚えていない。気付いたら『騎士』だった。ウェイなら知っているかもしれないが」
 深々とルーダルは頷いた。
「なにしろ、アシュリーズ様を預かった時のことまで覚えているそうですからね」
 アシュリーズは軽く眉を上げた。ウェイが四歳当時のことを覚えていたのが意外だったわけではない。あの青年は呆れるほど記憶がいいのだ。時折、それが諍いの原因になったりもする。
「そんなことをウェイが言ったのか?」
「オルトが聞き出しました」
 やたら人懐こい青年にはウェイの無愛想も無口も気にならないらしい。ウェイから言葉を引き出すためには立て続けに質問を発しなくてはならず、多くの人間はその作業に途中で飽きてしまうのである。
「根性があるな」
「単に懲りないだけでしょう」
 返事がなかろうと、少しも気にしていないのだ。同じように女王に減俸処分を繰り返されても、やはり気にしていない。時折、なんだって近衛騎士なんかやっているのか不思議に思うほどだ。
「ルーダルはオルトが近衛騎士になった理由を知っているか?」
「お忍び中の陛下と賭けをして負けたからだと聞き及んでおりますが」
 あまりにも彼らしすぎる。お忍びとはいえ、流れの騎士がたむろするような場所に出入りする姉も姉だが。
 アシュリーズは黙ったまま笄を投げる練習を続けた。

 神殿育ちというのは信心深い。
 ちらりとフィルは朝食を前にして祈りを捧げる友人を横目で見遣った。
 あのエセルでさえ、食前の祈りを欠かしたことがないのである。もっとも、彼女の場合、ユリクに比べると随分、簡略な祈りの文句しか使わないが。それにしても、今朝はいつもより、祈っている時間が長い。早朝訓練を終えて、腹を空かせている他の騎士見習い達の中にはすでにおかわりの皿に取り掛かっているものもいる。ようやく祈り終えたらしい友人にフィルは声をかけた。
「何を熱心に祈ってたんだい?」
「決まっているだろう?」
 小さくユリクは笑って、明るい青の目を向ける。
「あらゆる神々にエセルと陛下に御加護をお与え下さるよう、祈っていたんだ。陽の女神御一人だけでは手に負えないような気がしてね」
 それは言えているとフィルは笑った。南陽王国の守護神たる女神もあの二人にはお手上げかもしれない。今頃何をしてるだろうと思いながらフィルは食事を続けた。
 朝食の後はいつものように訓練場の掃除に取りかかった。金茶の髪の友人がいない訓練場はやたら静かに感じられる。
「ユリク、お前に客だ」
 出入り口に目を向けると、無愛想な少年が立っていた。気が合うのか合わないのか、エセルとは四六時中、角をつき合わせている少年が連れて来たのは、華奢な少女だった。真っすぐな黒髪が肩に流れている少女は服装から陽神殿の神官見習いだということがすぐに分かった。おそらく、ユリクの「兄弟姉妹」の一人だろう。その場にいた少年達がぴたりと黙り込んだほど、奇麗な少女だった。
「段差がある」
 ぶっきらぼうな口調で少年が言って、少女に手を貸したことから、少女の奇麗な青い瞳が光を映してはいないのだということに気付いた。
「どうしたんだい、リシュテ?」
 すぐにユリクが近寄って慣れた仕草で手を取った。
「ありがとう」
 少女は案内してくれた少年に顔を向けて礼を言った。
「たいしたことじゃない」
 軽く肩を竦めて少年は立ち去った。
「いい人ね。エセルとは喧嘩ばかりしていると聞いていたのだけど」
 少女が面白がっている口調で言った。
「エルードかい?いい奴だからこそ、エセルと喧嘩になるんだと思うけどな」
「まあ、ユリクったら」
 ころころと少女が笑う。
「それにしても、エセルもいないのに、わざわざ王宮まで訪ねて来るなんて、どうしたんだ?」
 騎士見習い達は互いの顔を見合わせた。どうも、この少女は彼らの仲間の一人と親しい友達らしいが、恐ろしいまでに頑健な少女と見るからに繊細な少女とを結び付けるものがあるようには見えない。
「帰りが遅くて心配になったとか?一緒に行ったのがオルト殿だから、遅くて当然なんだけどね」
 その言葉に、騎士見習い達は吹き出した。なにしろ、近衛騎士のオルト・マフィズといえば、何らかの仕事で王都を離れたが最後、仕事が終わってからも、一カ月は行方知れずになると評判なのだ。少女も小さく笑って、懐から手紙を取り出した。
「私とユリクにあてて届いたの。エセルからだって、神官様が教えてくださったのだけれど、エセルが私あてに手紙を出すはずはないでしょう?だから、これはユリクにあてたものだと思って」
 ユリクは頷いた。ほんの一瞬、その顔に緊張が走ったのだが、それに気づいた者はいなかった。
「そうだね。ありがとう、リシュテ」
「どういたしまして」
 少女の笑顔に見とれる仲間達をちらりと見てユリクは苦笑をこぼした。
「門まで送って来るよ」
 そう言って、少女を連れて出て行った。そうでもしなければ、騎士見習い達が少女の後を追うだろうことが分かっていたのだ。女王の影響か、恋愛に関しては積極的な者が多いのだ。
 はぁと一斉に溜息が漏れる。
「いいな、ユリクの奴」
「畜生、俺も礼拝式にまめに通えば良かった」
「あんな美人が幼なじみなんて羨ましい」
「ユリクの立場と代わりたい」
 全くだと頷き合う仲間達に向かってフィルは一つの事実を指摘した。
「それって、エセルももれなく幼なじみになるってことだよ」
 うっと少年達は言葉を失った。どうやら、全く、そのことには考えが及ばなかったらしい。懲りずにエセルを叱るのはユリクくらいのもので、いちいち喧嘩相手になるのもエルードくらいのものである。あの少女につき合っていたら、身が持たないというのが大半の少年達の意見だ。
「…一体、どうすれば、同じ神殿で同じように育ちながら、ああも違う性格に育つんだろうな?」
 少年の一人がぼそりともらした問いに答えられる者はいなかった。

 近衛騎士にして騎士見習い指南役のヴェルシュは騎士見習いに渡された書面に目を走らせ、軽く眉を上げた。彼はこの手紙を書いた人物の筆跡をよく知っているはずなので、当然の反応と言えた。
「妙な『癖』をつけているな?」
「ええ」
 さすがだなと思いながら、ユリクは説明を加えた。神官見習いらしく、古語を使って書いた手紙であるが、本当に伝えたいことは、隠された南陽王国語で記してある。一見したところ、ただの癖字にしか見えない文字を注意深く拾っていくと、きちんとした文になるのだ。
「…なかなか面白い」
 そう口で言ったものの、青年の表情に楽しんでいる様子はない。それもそのはずで、エセルの伝えた情報は北の隣国の不穏な動きを裏付けるものだったからだ。
「これは陛下流に言えば、喧嘩を売っているにも等しい所業だな」
 自国の王女と氷晶王国の王子との縁談を持ちかけ、さらには、「王弟暗殺」に加担した気配があるというのだから、まさにその通りである。病死とされた王弟であるが、実際は恩師のいる山奥の神殿を訪ねた帰りに彼を乗せた馬車が谷底へ転落し、行方知れずとなったというのが真相らしい。死体は急流に飲まれて上がらなかったわけだが、雪解けの冷たい水に落ちた人間が助かる見込みは薄い。もっとも、その人間が騎士でなければ、の話だが。
「氷晶王国の民でも、病死の話を信じているということだったが、よくもこれだけのことを聞き出せたものだ」
 いくら神殿には王族などの身分の高い人間が多いからといって、おいそれと神官見習いが接触できる相手ではない。不可解そうにしているヴェルシュに騎士見習いの少年はちょっと笑って言った。
「ヴェルシュ殿。僕らみたいな年頃の連中は、女の子の気を引くためには何だってするものですよ。エセルに言わせると、ちょっとでも興味を引かれたそぶりを見せれば、聞いてもいないことまで馬鹿じゃないかと思うくらい、べらべらしゃべるらしいです」
 意外なことを聞いたとばかりにヴェルシュは軽く眉を上げた。
「確かにエセルが潜り込んだ月神殿に籍を置く王族の子弟は多いらしいが…。エセルに『女であること』を武器にする芸当ができるとは思わなかった」
 それどころか、普段の行動を見る限りでは自分が女であることを忘れているとしか思えない。いっそ見事なまでに、性別に無頓着だ。
「エセルにとっては、これも『遊び』なんですよ」
 誰よりも彼女のことを理解しているだろう少年はそう説明した。
「なるほど。悪女になる素質は十分というところか。…ユリク、分かっているとは思うが、このことは他言無用だ」
「はい、ヴェルシュ殿」
 何やら目まぐるしく思考をめぐらしている様子で立ち去る指南役をユリクは見送った。まったくもって、女王の近衛騎士というのは大変だ。フィルは早くも任務についたエセルを羨ましくも思っているようだが、今に気楽な騎士見習いであったことを懐かしく思い出す日が来るだろう。くすりと小さく笑って、ユリクは友人のもとへ引き返した。


 荘厳な雰囲気の漂う聖堂には椅子などというものは置いていない。神の御前に椅子をもって座るというのは不遜と考えられているのである。
 石の床の上にあぐらをかいて、どっかりと座り込むなり少女は言った。
「どうもしっくり来ない」
 同じように腰を下ろしながらデュリルは問うた。
「何がだ?」
「クルス殿を『暗殺』したのは現国王だって、坊ちゃん連中の誰もが信じているってのが腑に落ちない」
 ここだけの話だが、と「事の真相」をエセルに打ち明けた貴族出身の神官の数は片手では足りない。それが揃いも揃って、国王が末弟を暗殺した、というのだ。貴族達の間では、国王と末弟の不和は広く知られていたらしい。だが、表立った対立があったわけではない。山間部に末弟を幽閉したのが国王であったことと、解放後も声ひとつかけずに王宮から遠ざけていたことくらいで、積極的に国王が動いた様子はない。
「まあ、あいつも刺客を送りこんでいるのは国王だと言っていたが」
「証拠は?」
 何か知ってるなら、さっさと言えとばかりに少女が身を乗り出す。
「知るわけなかろうが」
 ひょいと手を上げて鼻先を指ではじく。
「いてっ!何しやがんだっ」
 少女が繰り出した拳をにやにやしながら片手で受ける。平手打ちでない辺りが、さすがだなどと妙なところでデュリルは感心していた。
「今のはどの指かわかったか?」
 第二撃を食らわそうとしていた少女の動きが止まる。
「あ?…普通に考えると人差し指か中指だな」
 用心深い目付きは本当は違うのだろうと見透かしていた。
「薬指だ。…近すぎると、よく見えなくなるものもあるってことだな。俺はクルスの奴が故郷に戻ることを決意した理由は、国を離れることで何かが見えてきたからじゃないかと思うわけだ」
「じゃ、クルス殿も『事の真偽』を見定めることが目的だったってことか」
 覗き込んで来る目の鮮やかな緑にデュリルは感嘆した。海の緑でも草の緑でもない。これは夏の森の緑だ。この娘、育ちは南陽王国でも、生まれは生粋の森の民、緑森王国の民であるに違いない。
「何を見たかまでは知らないがな。…言っておくが、俺はあいつが南陽王国に行きたがらないのであれば、あいつに手を貸すぞ」
 協力したのはクルスを探すという同じ目的があったからで、その目的が果された後まで協力する理由はない。そう告げると、少女は鼻を鳴らした。
「私も言っておくけど、私の任務はクルス殿を南陽王国に引っ張って行くことじゃない。それは陛下の仕事だ」
「ほお?女王に協力しないのか?」
「陛下に手を貸す必要があると思うわけ?」
 ひょいとデュリルは広い肩を竦めた。
「ないな」
「だろ?ま、もうしばらく様子を見るけど、これ以上、収穫なかったら引き上げるよ。坊ちゃん連中にはうんざりだ」
「そりゃあ、残念がるぞ」
「知ったことじゃないね。それより、持って来てくれたんだろ?」
 ずいっと手を差し出す。
 そらよと、デュリルは懐から小さな酒瓶を取り出した。
 聖堂内で、ささやかな酒盛りを繰り広げる光景を真面目な神官が目にしたならば卒倒したことだろうが、二人にはそれこそ知ったことではなかった。


 なだらかな山地を越えると氷晶王国だった。東には北から南にかけて険しい山脈が走っている。この国の名の由来となった青みがかった透明な宝石、氷晶を産するその山々は未だ白く染まっていた。雪というものを知らぬアシャラーナの目にもその光景は寒々として映った。
 風が吹き抜けると、ぶるっと体を震わせ、アシャラーナはマントの前をしっかり合わせた。
「寒いな」
 お前が悪いとでも言いたげに、琥珀色の目で弱々しい太陽を睨みつける。その様に女神官は笑いをこぼした。
「この辺りの民は随分暖かくなったと思っているはず。そうだろう、ウェイ?」
 女神官が後ろを振り返って問うと、無口な騎士は軽く頷いた。
「この国で冬を越したことがあると聞いたが、雪合戦などして遊んだのか?」
 ウェイの子供の頃など想像もつかぬなと思いながら見遣ると、騎士は微かに笑みを浮かべて頷いた。この男にしては珍しいことだ。ヴェルシュが見れば、どうせ、アシュリーズ様のことでも思い出したのでしょうと解説してくれたことだろう。
「アシュリーズ様はさぞかし喜ばれただろうな」
「ああ。吹雪が続いたりすると、外に出たいとだだをこねて大変だった」
 女王が双子の妹の子供時代の話題に興味を持ったのを気付いてか、そう付け加えた。
「ほう?アシュリーズ様も手を焼かせたのだな。聞くところによると、陛下の場合、だだをこねるなどという形容では済まなかったそうだが、まことかな、シェイド殿?」
 余計なことは言うなと斜め前方で馬を進めるシェイドをアシャラーナは睨みつけたが、効果があろうはずもなかった。
「部屋中、大暴れでしたからな。今思えば、騎士能力を持たぬのが不思議なほどの体力で。おまけに乳母殿が私を呼びにやると、その間に部屋から抜け出す始末」
「どこに隠れようと捜し出して、きっちり叱り飛ばしたであろうが」
「それが私の務めでございましたので」
 さも当然とばかりに応じる。だが、子供の自分を叱り飛ばすことができたのは、父王を除いては、この騎士ただ一人であった。皆、王の不興を恐れ、なだめようとするだけで、それが癪に障って、わざと意地悪して困らせたものだ。乳母達の手には負えなかったという自覚はある。シェイドがいなければ、今以上にろくでもない人間になっていたに違いない。
「お叱り申し上げるたびに、そのように説明させていただいたはずですが?」
 確かにそうだった。お前なぞ、父上に言って、くびにしてもらうと言えば、「姫君をお叱りすることは私が陛下より拝命した務めであります」と真面目な顔で応じたものだった。どうしてそんなことを命じたのだと父王に食ってかかったが、当然ながら、取り合ってはもらえなかった。今思えば、「これも、そなたのためだ」と厳しい顔で言う父親の口元はいつも震えていたような気がする。
「さぞかし、お忙しかったことでしょうな」
 くつくつと女神官が笑う。
「そういうトーヴァはどうだったんだ?」
 切り返すと女神官は軽く眉を上げた。
「私ですか?私の両親はともに病弱な性で心労をかけるわけにいかず、表向きは至って品行方正にしておりましたが」
 すました顔に思い切り疑いの眼差しを向ける。
「よく我慢できたものだな」
 今の言動を見る限り、とてもでないが、この女神官と品行方正という言葉とを結び付ける余地はない。破壊女神官とごろつきどもに恐れられているような人物だ。本人の主張によると、敬虔なる信徒の生活を乱す輩を排除するのも神の僕の務めだそうだが、そのような説を認める神官は少ない。
 ですから、とトーヴァはひらひら手を振る。
「表向きはと申したでしょうに。両親の目の届かぬところでは、好き放題にしておりましたよ。両親を含めて、私の本性を知らなかった人々は今の私を見て、別人だと主張することでしょう」
 まあ、そのほとんどはと薄く笑う。
「冥府の女神のもとに送ってやりましたが」
 あまたいる神々のなかで冥府の女神に最も多くの供物を捧げているとの噂がある女神官は明るく言い放った。本当だろうかとシェイドを伺ったが、口の端に苦笑らしきものを浮かべるのが見えただけだった。
「私が聖職にあるのも、この世に未練を残す連中が速やかに冥府への道をたどるようにするためです」
 思わず、アシャラーナは顔をしかめた。
「トーヴァはそういうものが見えるのか?」
 青い目が意地悪そうに光った。
「おや、陛下は苦手ですか?」
「そういう薄気味悪いものは大嫌いだ!」
 大きく頷いて断言すると、おかしそうに女神官は笑った。
「…リーズも、目に見えぬ得体の知れぬものは厭がるが」
 ウェイは、何故、そんなものが厭なのかわからないと言いたげな顔である。目に見えないで無害ならば、気にする必要はない。
「死者は生者ほどに害はありませんよ」
 からかう口調で女神官が言う。
「厭なものは厭なんだっ!理屈じゃないっ!トーヴァだって、理屈でなく酒が好きだろう?それと同じだ」
「それをおっしゃるならば、陛下が面食いであらせられるのと同じ、でございましょう」
「何を言うか。美しいものを見れば人間の心は和む。筋は通っておろうが」
 騒々しく女神官との軽口の応酬に熱中し始めた女王を見ながら、これでさぞかし体が暖まったことだろうと無口な騎士は考えていた。