女王と騎士

第二部 北風と太陽-虜囚編- (6)

 そこは氷晶王国王都から馬で三日ばかりのところにある小さな街だった。
 本国と連絡をつけるべく、暁王国の騎士はその街を訪れていた。彼の主の予測では帰国早々、一戦交えることになるという。彼には彼の主を含めた国の上層部の意図は図りかねたが、主のこの手の勘は外れたことがないことを知っていた。情報交換が終わると彼は息抜きすべく居酒屋に足を踏み入れた。北の酒は強く、体を暖めるにはもってこいだ。どちらかと言えば、彼は酒よりも白い肌の娘に暖めてもらいたかったのだが、あいにく彼の目を引くような娘はいなかった。仕方なく、酒を味わっていると、賑わいを突き破って、とんでもない言葉が耳に届いた。
「ぶさいくな面を私の視界に入れるなと言っておるのがわからぬのか、醜男」
 流暢な大陸共通語を紡いだ娘は見事な黒髪をしていた。気の強そうな琥珀の目をした十七、八歳の美しい少女だが、か弱いという形容とは無縁で、やたらと存在感がある。覇気に満ちている、とでも言うのだろうか。なんとなく胸にもやもやとするものがわき起こる。彼は彼女と似た印象を与える人物をよく知っていた。不愉快そのものの娘の前に立ち塞がっている男は見るからに教養とは無縁で共通語を理解できるはずもなく、にやにやしたまま、北方語で卑猥な言葉を口にした。北方語に通じていれば、少女は羞恥心か、怒りかで、真っ赤になっただろう。どちらかと言えば後者の可能性が高い。そんなことを考えながら、見物していると涼やかな声が響いた。
「このような知性のかけらもない獣に共通語が通じるはずもないでしょうに。私が通訳して差し上げます」
 神官とおぼしき背の高い女が進み出て、娘と男の間に割って入った。やや中性的な美貌に笑みをはりつけ、澱みのない北方語で告げる。
「この娘がなんと言ったか教えよう。『目が汚れるから失せやがれ』と言ったのだ」
 大意はあっているが正確な通訳ではない。いや、相手の知性に合わせた表現をわざわざ用いたのかもしれない。どちらにせよ、聖職にある者にはふさわしからぬ言い草だ。
 良家の娘ならば卒倒するような罵り言葉をまくしたてる男を女は文字どおり力づくで黙らせた。強烈な一撃をそのあごに見舞い、強制的に口を閉じさせたのである。歯と歯のぶつかり合う音が響いた後、勢い余って男は仰向けに倒れた。
「私の前で神々を冒涜するとは良い度胸だ」
 よろよろと立ち上がりかけた男にさらに回し蹴りを食らわせる。白目を向いて男は再び倒れた。
「このようなところで眠っては迷惑だぞ?」
 言って、女は慣れた手つきで男を片手でひきずり、戸口から通りに無造作に投げ捨てた。自分の首にかけて、この女が騎士能力保持者であることは間違いない。その間、娘の方はずかずかと店の奥に入り込み、テーブルについていた。客達は目を合わさないようにしながら、こそこそと様子を伺っている。
「まったく、あんなものを見せられては食欲も落ちるというものだ」
 などと南方語でぶつぶつとつぶやくのが聞こえた。果たしてそんな繊細な精神を持ち合わせているかどうか、ラジィールには疑わしかった。女が戻って来てその向かい側に腰を下ろす。
「トーヴァ、こちらを向いて、しばらく黙っておれ。黙っていれば、文句なしに美人なのだからな」
「何のために?」
「口直しならぬ、目直しだ」
 ほお杖をついて、少女は真顔でそんなことを言う。
「目の保養ならば、そこの隅になかなか男ぶりの良い騎士殿がおりますが」
 女がちらりと青い目をこちらに向ける。娘はこちらを見るなり、顔をしかめた。
「造作はよいが、色がいかん、色が。どこぞの男を思い出すではないか」
「『戦神』の髪はもっと赤みが強かったと記憶しておりますが」
 …間違いない。
 思わず、ラジィールは肩を落としていた。
 暁王国の戦神を知っている人間は数多くいようが、この容姿の特徴に加え、こんなでかい態度を持つ人間となるとそういない。
 この娘は、南陽王国の面食い女王だ。
 見過ごしたいのは山々だが、王都に戻って将軍に連絡をつけるべきなのだろうかと、ラジィールが悩んでいると、先程の女が気配もなく目の前に立っていた。
「そなたの主のもとへ案内していただきたい、暁王国のラジィール殿」
 東方語で言った女をまじまじと見詰める。
「とぼけるのはなしだ」
 笑顔で言う女の青い目は僅かたりとも笑っていなかった。
 仮にも聖職にある者がこんな目をしていていいものだろうか。これは戦場にある者の目だ。とりあえず、逆らわぬのが身のためだ。
 暁王国の騎士、ラズィールは危険と女心には敏感な男だった。


 冬が戻って来たかのように寒い日だった。
 神官見習いの少女は一人で黙々と奥庭を掃き清めていた。
 新人の神官見習いが若者の注目を集めていることに気分を害したらしい同じ神官見習いの少女達が結託し、殊の外寒い日を選んで彼女一人に庭掃除を押し付けたのである。地のままのエセルならば、そうした理不尽な扱いを甘受することはないが、なにせ今は巨大な猫を被っている。さらに彼女達の気持ちもわからないでもない。確かにエセルは情報収集のために、とりわけ身分の高い若い神官達を選んで、さりげなくたらしこんだのだ。いやがらせを受けるのも当然と割り切って、エセルはたいした不満も抱いてはいなかった。おまけに延々と祈祷書を読むくらいなら掃除をする方がまだましというものだ。
 ふと視線を感じて顔を上げる。二階の窓から、何者かが見下ろしていた。神殿の奥にまで足を踏みいれることができるのは、神官以外は余程、身分の高い者だけだ。そして何より、男は王族や高位の貴族に多い銀髪だった。
 じろじろ見てんじゃねぇよ、クソじじぃ。
 そんな言葉を心のなかでつぶやきながら、ぺこりと頭を下げる。
 それから、掃除に熱中するふりをしながら、部屋の様子を伺った。
 感覚が告げるのは二人の魔法士の存在。一人は今の男だろう。そして、もう一人は副神官長だ。遠くから一目見ただけで、いけすかない男だと感じた人物だ。そうした自分の直感を信じていたので、ひそかに彼の周辺を探ってもいた。南陽王国と違い、この国では神殿関係者が深く政治に関わっている。彼もそのうちの一人だ。
 神官が現れ、副神官長が呼んでいると告げた。エセルはおとなしく彼に従って建物のなかへと入った。部屋に近付くにつれ、常人には聞き取れぬであろう室内での会話が耳に入る。騎士の少ない国の魔法士というのは、とエセルは内心にやりとした。魔法を使って盗聴されることばかり警戒して、騎士に盗聴される可能性を忘れてしまうらしい。騎士能力保持者ならば、誰も一般人よりも五感に優れているが、なかでもエセルは一段と五感が発達している。
「他人にしゃべる前に口を封じたからよかったが…。あの娘が神殿の外に知り合いもなく、王都に来てから神殿の外に出たことはないというのは真だろうな?」
 これは上に立つ者の口調だ。かなり政治の中枢に近いところにいる、人を駒としてしか見ない人間だ。不快さを心の奥に押し込めながら、エセルは神経を集中させた。
「確かでございます。奉仕活動で他の小神殿に赴くことはあっても、終始、神殿の者と行動を共にしておりますし、無論、王都より外に出たことはありませぬ」
 副神官長のへつらう声。どうやら、自分を男に「売る」ことにしたらしい。
「何も知らず、おとなしく内気で信仰心の厚い神官見習いの娘、か。あれには見捨てることのできぬ人間だな」
 エセルは頬が緩みそうになるのを、どうにか堪えた。運命を司る双面神に女王の脅迫めいた祈りが通じたのだろうか。「いたいけな少女」を無下に見捨てることのできない性格と評価を受ける人物には心当たりがある。実際はどうだか知らないが。
 立ち止まった神官の後ろでエセルは静かに深呼吸した。

 明るく快適な牢獄というのも存在したようだ。
 どこぞの屋敷の一角に軟禁されている南陽王国の近衛騎士はのんびりとそんなことを考えていた。魔法士の使う高等魔術とやらで囲まれた一定区域から外に出ることはできないが、そのなかでは自由に行動することができた。とはいえ、行動できる範囲は寝起きする部屋を中心にそこに面した庭に降りるくらいまでであるが。
 雇い主が寛容なのか、用が済めば口封じする腹づもりでいるのかはわからない。
 依頼の内容が内容なだけに、口封じした方が安全だろうけどなと他人事のようにオルトはのんきに構えていた。
 男を一人殺してもらいたい、というのが雇い主の依頼だった。
 高位の魔法士である本人が直接手を下すほうが確実だろうにと正直な感想を口にしたところ、魔力は痕跡が残り、それによって犯人を特定できるので魔力を全く持たぬ人間を使う必要があるのだという説明が返って来た。
 理由を問えば、私怨だという。人を使って殺しをしようとする人間はなにかと理由をつけて自己を正当化したり、大義名分を振りかざしたりするものだが、そんなところが男には一切なかった。
 明るい光の下で見た雇い主は四十を過ぎた落ち着いた雰囲気の男で、気品を感じさせた。かなり身分が高いことが一目でわかる、本物の品格を備えた人間だった。この屋敷に連れられて来てから、二度程しか顔を合わせてはいないが、短いやり取りのなかでも十分に信頼できる相手だということが分かった。だが、それは対等の立場にある場合だ。今の自分はいつでも切り捨てられる立場にある。
 近いうちに、標的が屋敷を訪れると男は告げていた。間違いなく顔を覚え、確実に殺してほしいと淡々と言った。手筈を全て整え、襲撃場所も指定するから、事が済めば、その足で国を出るようにとのことだった。
 小遣い稼ぎにはちょうどいいんだけどな。まだ氷晶王国を出るわけにはいかないんだよなぁ。
 そのまま南陽王国に戻れば、どれほど女王に罵られることか。いっそ、このまま出奔するってのもいいかもしれない。
 ぐずぐずと一向に晴れる気配のない空を窓越しに見上げながら、その女王がすぐ近くまで来つつあることなど想像だにせず、オルトは大きくあくびをした。


 空が鳴っている。
 書物から顔を上げると、彼は強風に煽られる川辺の立木をぼんやりと眺めた。空は灰色の雲に覆われ、弱々しい太陽の光は今にも消えいらんばかりだ。
 また雪が降るな。
 川岸の道に沿って、魔法の光が灯り始める。完全に冬が去るまで、「灯守り」の神官達は天候に常に気を配り、いつでも人々に道を示す明かりを灯せるように待機しておかねばならない。この国では、魔法士すなわち神官達は人々の生活に密着して活動している…一部の貴族出身者を除いては。有力者の子弟である彼らが備えるのは国の有事に対してのみ。神官位を持ちながらも、神殿で暮らす者も少ない。
 無遠慮に扉が開かれた。いつものことなので、彼は気にとめなかった。
「なにか御用ですか?」
 彼と同じ銀髪の持主は彼の手元にある書物に目を留めると、ふんっと鼻を鳴らした。
「またそんな役にも立たぬ書物を読んでいたのか」
 役に立たないと思うのは、あなたが読み方を知らないからですとは言わずに、困ったように気弱な笑みを浮かべてみせる。もとより、相手は反論されるとは思ってもいない。
「いいことを教えてやろう、クルサーディン」
 男は勿体ぶった態度で彼を見遣った。
「南陽王国の女王の名代で王妹が弔問に来たらしいぞ。昨日、先触れが入った」
 驚きに軽く目を見張る。
「迎えに赴いた者の話ではなかなかに見目良い娘だそうだな。双子というからには、女王もそれなりに美しいのだろう。縁談が多いというのも頷ける。今頃は新しい婿探しに忙しいことであろうな」
 いたたまれぬ表情で彼は目を伏せた。その反応を男は楽しみ、ゆがんだ笑みを浮かべる。気弱な異母弟の心をいたぶることを男は喜びにしているのだ。
 だが、男は伏せられた青い瞳が彼以上に冷たい光を帯びていることに気付いてはいなかった。
 愚かな人だ。
 狡猾ではあるかもしれないが、愚かだ。利用しようとしている人間が何を考えているか知ろうともしないで、自分の思うように動くものと信じている。ある意味、非常に幸せな人間かもしれない。
 かの女王は自分の死亡の知らせを信じただろうか?
 信じていないからこそ、信頼する妹をこの国に送り込んだのだろう。
 わずかに和んだ瞳が次の瞬間、凍てついた。
「お前の世話をしていた女だが、今朝、死体で遥か下流の川辺に上がったそうだぞ」
 思わず顔を上げた彼の視線の先で異母兄は歪んだ笑みを浮かべた。
 話題に上った女を最後に目にしたのは数日前のことだった。小貴族の出で口数は少ないが、気配りの細やかな暖かい人柄の女だった。
「お前が生きていることを伝えようと王都に向かう途中、足を滑らせたらしい。気の毒に、な」
 ぐっと息を飲み込んだ。
 命を奪わせた張本人が悼む言葉を口にする欺瞞に吐き気を覚える。
 これほど、人間はおぞましい存在になれるものなのか。
 目の前にいるはずなのに、その輪郭がぼやけて見えた。
「だが、安心しろ。夕刻には新しい世話係が来る。その母親譲りの顔でまた、たらしこんでみるか?」
 …いっそ、縊り殺してやろうか?
 それはひどく他愛のないことだった。
 異母兄は自分の優位性を露ほどにも疑っていない。確かに、異母兄の方が魔法士としての能力は上だ。しかし、知らぬわけでもないだろうに、いたぶる相手が一瞬のうちに素手で人を殺せる騎士能力をも持つことを完全に失念している。
 まだ早い。
 今はその時ではないと自分に言い聞かせ、ひらめいた殺意を隠すために顔を伏せる。
 異母兄を偽るのは簡単だった。
 怒り、傷付いた様子できつく唇をかみしめる異母弟の姿に男は満足そうに笑った。
 どうです、異母兄上?あなたの大嫌いな異母弟を存分に傷つけ、思うように操ることができると確信なさいましたか?
「もうしばらくの辛抱だ」
 小馬鹿にした笑みを浮かべて、男が部屋を出て行くのを、目の隅で見送った。
 ふっと力を抜いて、ようやく自分が左手をきつく握り締めていたことに気付く。
 本気で私は異母兄を殺したがっていたのか。
 赤く爪痕の残る手の平を不思議な気持ちで眺める。
 人を殺すために鍛えられた手だ。この手で魔法騎士であることを知られぬために、襲って来た刺客達を残らず仕留めてきた。
 仮にも兄弟として育った相手に本気で殺意を覚える自分を浅ましく思う反面、自分をそう仕向けた異母兄への憎しみが募る。
「…せめてもの罪滅ぼしに…あなたには確実に破滅していただきますよ、異母兄上」
 まるで、そんな自分から目を背けるように、彼は再び窓の外に目を向けた。


 なりゆきで供に加えた暁王国の騎士はなかなかに役に立つ、というのが女王の下した評価だった。彼女達とほぼ入れ違うようにデュリルは姿をくらましており連絡をつけることなしに、そのまま王宮に入ることになったのだが、ラジィールは瞬く間に王宮内での噂話を集めてきた。
「女たらしというのも才能のひとつだな」
 そう正直に感想を口にすると、赤毛の青年はちらと笑みを見せた。なかなかに女心をそそる笑顔だ。この顔で侍女達をたぶらかしたのかとアシャラーナは心のなかで唸った。
 容姿ならば、この青年に劣らぬ近衛騎士を揃えているが、異性をたらしこんで情報を収集する技をもつのはイェナくらいのものだ。
「陛下の騎士見習いとて相当なものですよ」
「そのようだな」
 早速に女神官は騎士見習いのもぐりこんでいる月神殿に赴いたのだが、彼女は姿を消していた。詳しいことは聞き出せなかったが、神殿上層部から何らかの指示を受けて神殿を離れたらしい。デュリルが宿を引き払った時期とほぼ一致しているので、同行した可能性は高い。
「エセルにお堅い神官をたらしこむ才能があるとは思いもよらなかった」
「あの娘は器用ですからね。実際に神官見習いでもありますし」
 あとは日頃と正反対に振る舞えば済むことだと女神官は笑う。
「ほう?あの恐ろしく面倒な言語を習得したのか」
 聖典など日常語に訳したものを聞いているだけで眠くなるのに、読むなどもってのほかだ。たまに大がかりな礼拝式に参列するが、あれは居眠りのために設けられた時間だと勝手に解釈している。
「女だと聞いて驚きましたが、神官見習いでもあると聞いて、もっと驚きましたよ」
 しみじみした口調でラズィールが言う。
「将軍はいたく気にいっておられましたがね」
「ならば、これは駆落ちの可能性も有り得ると」
 切れ長の青い目を細めて、くつくつとトーヴァが笑う。
「エセルがあのような年の離れた子持ち男を相手にするとは思えぬが」
「おや、陛下はご存じないのか?王宮内で最も若い娘達に人気が高いのは、若い近衛騎士達ではなく、そこにおられるシェイド殿だと」
 女神官のからかいに、近衛騎士隊長は微かに苦笑をこぼした。
「ふん、シェイドは別格だ。どこぞの身持ちの悪い男と一緒にするな」
 トーヴァは軽く眉を上げた。何やら含みのある目でシェイドを見たが、中年の騎士はいつものごとく平然としている。かつては山ほど浮名を流していたとの噂もあるが、そもそも、若い頃は国を離れて諸国を放浪していたというのだから、真偽の程はわからない。自分の守役となってからも、彼に秋波を送る女は絶えなかったが、彼がなびいたのを見たためしがない。いずれ折りを見て、また問い詰めてみるかとアシャラーナが決意を新たにしたのを察してか、苦笑まじりにシェイドが言った。
「トーヴァ殿、陛下の探求心を煽るのは学問の分野においてのみにしていただきたいのだが」
「詮索されても困ることがないのだから堂々となさっておればよろしかろう」
 これまた平然とトーヴァは応じる。この二人も付き合いが長いというが、どこでどう知り合ったものか、トーヴァが七年前に女王の「魂の導き手」となった時にはすでに顔見知りであった。これも解明すべき問題のひとつと頭の隅に書き付けて、アシャラーナは別の問題に取り組むことに決めた。
 ところで、と赤毛の青年に向き直る。
「ちと尋ねたいのだが、一体、『戦神』には何人の子供がおるのだ?それなりに探らせてみたのだが、把握しかねておる」
 何故、そのようなことを聞きたがるのかとは若い騎士は言わなかった。多分、自身の主と同じ野次馬根性だとわかっていたのだろう。
「本人が把握しきってないんですからね、わかるはずもありません」
 ですが、と首を傾げながら言う。
「片手の指の数だけじゃ足りないのは確かです。暁王国にいらっしゃればわかると思いますが、『戦神』の子供を産んだのだと言い張る女がひとつの街に一人以上はいますよ。いくらなんでも、その全員の相手をして回れるほど、将軍にも暇がないってことくらいは俺も知ってますけどね」
「ふむ。そなたが把握している中で騎士能力保持者は何人だ?」
「今の所は七人中三人ですね。残る四人のうち、まだ二人はほんのチビで騎士能力が開花するとすれば、これからです」
 そんなことを聞いてどうするのかと、ラジィールが微かに首を傾げる。
「聞いたな、ウェイ?」
 扉の前に立って沈黙している騎士に女王は目を向けた。
「あの男で、およそ二人に一人の割合だ。そなたとリーズの子供ならば、それ以上の確率で騎士能力保持者が生まれるはずだ。未来の近衛騎士を用意するのは、そなたらの義務だぞ」
 面と向かってそんなことを言われても、青年に動揺した様子はない。相も変わらぬ無表情で静かに見返しただけだった。妹の言葉によると、何も言わなければ、否定はしていないということなので、少なくとも、この命令を拒む意志はないらしい。ひょっとすると、全く聞いていなかったという可能性もないわけではないが。
「陛下、まずは御自身が義務を果たしてからのことでしょう。これで婿候補殿を逃したら、立場がございませんね」
 皮肉な笑みを口元にはりつけた女神官に向かって顔をしかめる。
「…全く、いやな女だ」
「耳当たりのよい言葉ばかり聞いておられると、目も曇って参りますよ」
「不細工な顔を見る方が目には悪いと思うがな。目だけでなく、感性もやられる」
 女王が女王なら、その取り巻きも取り巻きだとばかりに暁王国の騎士はやれやれと言った様子で軽く頭を左右に振っていた。