女王と騎士

第二部 北風と太陽-虜囚編- (9)

 青い瞳は夕暮れの空を映したように灰色がかっていた。
 ぽつぽつと烏がねぐらに向かうのを何かを思い出すように静かな目が追う。
「…まったく逆だな」
 つぶやくと騎士見習いの少女と賽子遊びに興じていた友人が顔を上げた。クルスは窓を離れると椅子に腰掛けた。
「かつて私は幽閉という名の下でやはり標の塔に匿われていたんだ」
 デュリルはにやと笑った。今は匿うという名目で幽閉されている。なにげな手つきで銅貨を動かそうとした男の手を少女がぱしっとたたいた。
「どうして、そうせこい真似するんだよ」
「そのうちうまくなるかもしれんだろう?」
「無理、無理。おっさんに小技は向いてないって」
 遠慮というものを持ち合わせていない少女である。もっとも、相手の性格を見抜いた上での態度だ。彼女が必要とあらば、非常に礼儀正しく振る舞えることをクルスは知っていた。
 しばらくクルスはそのまま床の上で続けられる勝負の行方を眺めていた。
「しかし、匿っていたのが今の国王なら、お前の命を狙ったのは誰なんだ?」
「先王と私の母の実家」
 デュリルは指でほおをかいた。どうやら、思ったとおりの目が出なかったらしい。緑の目の少女がにやっと笑って銀貨をつまみ取った。
「…ばれたのか?」
「私に騎士能力が発現したからな。氷晶王国は代々魔法士の家系だ」
「それでも多少は騎士の血も入っているだろうに」
「母方の実家は王家以上に純粋な魔法士の家系だ。…私が本当に血のつながった息子だったにしても、先王には信じられなかっただろう」
 ごく希に魔法士の家系に魔法騎士が先祖返りで生まれることがあるが、それはせいぜい二、三世代前に魔法騎士がいればのことだ。
 ぼそっと少女が南陽王国語で何かつぶやいたが、俗語だったらしく、クルスには通じなかった。しかし、デュリルには分かったようで、げらげら笑っている。目が合うとデュリルが通訳した。
「肝が小さい男、ってところだ」
 クルスは軽く頷いた。この少女は相手が何者だろうと率直な評価を下すことを彼はすでに知っている。自分をどのように評するのか興味も引かれたが、聞けば後悔しそうな気がするので黙っておいた。
「寝とられ男が逆上するのは分かりますけど、母方の実家ってのは何なんです?」
 真剣な表情で賽子を転がしながら少女が尋ねる。先王に冠せられた俗っぽい呼称にクルスは僅かに笑った。
「醜聞から家の名誉を守るためというところだな。王妃として差し出した娘が不貞を働いたなんて知られたら、宮廷で吊し上げに遭う。言っただろう、氷晶王国の貴族は純血を重んじる、と。それは、すなわち、女性の貞節を重んじるということでもある」
「うっわ−。それって男は浮気してもかまわないってこと?」
 不公平だとばかりに少女が顔をしかめる。
「男が外に愛人をつくっても、あまり非難されないことは確かだな」
「それにしても、今まで猫かわいがりしてきた息子を殺そうとは、随分激しい気性だな。かわいさ余って憎さ百倍というところか」
 しかも実の息子でないとする確たる証拠は、彼を生んだ母親が亡くなっている以上、ないのだ。
「…先王は精神を病んでいたらしい。幼かった私には分からなかったけれども…今、考えるとそうだったかもしれないと思い当たることもある。これも、外聞を憚る話だから、公には認められていないが」
「ふーん。それで長い間、王太子が病身の国王に代わって執務を取っていたんですね」
 氷晶王国の王家について一通り調べたらしい少女が頷く。彼女に喜々として情報をもたらした神官達の姿が目に見えるようだ。月神殿にいる貴族の子弟は噂話には通じているが、妙な所で世間知らずで、それらがどのような意味を持つか考えたことはないような人間が多い。
「お前はそれを誰から聞いたんだ?」
「義姉上だ。現王妃。彼女が全て教えてくれた。…私が長兄を恨まないように…彼は何も言わない人間だから」
 そんなに自分が憎いのかと正面切って尋ねた時すら彼は何も言わなかった。冷ややかな表情のまま、言いたいことはそれだけかと一言、言葉を返した。彼が肉親の情など自分に一切持ってはいないのだと思い知らされた。今、思えば、肉親などではなかったのだから、それも当然のことなのだが、実際には彼こそが自分に対して肉親らしい行動を取ってくれていたのだ。父王の目から自分を隠し、その上、騎士としての指南役までつけてくれた。守られていることも知らずに、自分は長兄を恨んでいたのだ。知らなければ、次兄の望むままに彼に刃を向けていたかもしれない。闘技大会に出場させられたのも、婉曲的に自分の出生に疑問を抱くように彼が仕向けたものだったというのに、自分はそれに何も気付いていなかったのだから。気付いたのは、長兄が自分を疎んじるのは何か理由があるという、それだけだった。
「義理の姉上とは仲がいいのか?」
「そうだな、こう言ったら、彼女は怒るかもしれないが、私にとっては母親みたいな存在だ。権力者たる長兄に疎んじられている私を気遣ってくれたのは彼女と神官長殿と、すぐ上の異母兄上だけだった」
 先王のそば近くでかわいがられていた時は顔も覚えられない程の人間にちやほやされたものだったが、王宮から遠ざけられた途端、そうした人間は誰一人接触しては来なかった。神官長はそうした人間の弱さを許してやれと諭したが、多分、自分は心の底では彼らを許すことができないでいる。
「すぐ上というと五男か。やばいんじゃないか?兵を集めているという話だぞ」
「わかっている。だけど、彼は私が姿を現しさえすれば、兵を収めてくれるはずだ。それに王は本当の黒幕を見誤るほど愚かじゃない」
 兵を集めるのは自分をめぐる一連の事件への取り扱いに対する異母兄の抗議の形であり、王はそうした弟の気性をよく理解している。ただし、行動を起こす前に止めなくては、王もなんらかの処罰を与えざるを得なくなる。
「…兄弟が多いと人間関係もややこしいな。南陽王国もそのうち大変になるのかな」
 ぼそっと少女がつぶやく。
「南陽王国の先王に隠し子でもいたのか?」
「違う。ほら、陛下、やる気満々だからさ。いずれは、ね」
 そりゃあそうだとデュリルは笑って、人の悪そうな顔でクルスを見た。
「ま、頑張れよ」
 ようやく、その時になってクルスは少女の言葉を理解し、何を言ってるんだと思いきり脱力したのだった。


 氷晶王国の支配者との短い謁見を終え、王宮に用意された客室に戻って来た南陽王国の「王妹」は憮然とした表情のまま椅子にどさりと座り込んだ。周囲で魔法が使われていないことを確認した近衛騎士の青年が軽く頷くと、女神官が早速に口を開いた。
「よくぞ我慢なさいましたな。罵詈雑言を浴びせるのではないかと心配しておりましたのに」
 心配どころか、実は楽しみにしていたのではないかと思われる節があるのだが。女王は息を吐き、複雑そうな表情で言った。
「そのつもりだったんだが…困ったことに好みだったのだ、顔が」
 あっけに取られた顔になった暁王国の騎士を見て、女神官は遠慮なく笑った。彼は南陽王国の騎士の一人として紹介されていたが、女王が異国出身の騎士も積極的に取り立てていることは有名だったため、不審の念を抱く者はいないようだった。更に、ここにいる「王妹一行」の顔ぶれは女王が面食いだという噂の裏打ちをしていた。
「そのような間の抜けた顔をしては、せっかくの男ぶりが台なしだぞ」
 南陽王国の者ならば、納得する理由だが、南陽王国の女王に慣れていない彼には納得がいかぬらしい。
「あまり似ていないと聞いていたが、やはり血縁があるだけあって、どこか似ている。王子達も将来が楽しみな様子だし…。つくづく、氷晶王国の民というのは私好みの顔をしているのだな。貴族達も顔だけなら好みの者が多かった」
 美形ならなんでも良いと思っていたが、やはり、特にひかれる顔立ちというものがあったようだな等と真面目な顔で頷いている女王にかつての守役は笑いをかみ殺した。長い間、女王を見守って来たが、彼女に特定の顔立ちを好む傾向はない。かの人物が好みの顔だったというより、むしろ、かの人物に似ているから「好み」なのだ。堂々とのろけているに等しいのだが、本人は一切自覚しておらず、それが彼にはおかしかった。
「では、他の王族に乗り換えてはいかがです?まだ見つからぬようですし、そちらのほうが手っ取り早いのでは?」
 承知するはずがないと知っていて、女神官がからかう。じろりと琥珀の目を向けて女王がその提案を一蹴する。
「馬鹿を申すな。硝子と水晶では大違いだ」
「確かに硝子のような壊れ易いものは陛下のおそばに置くわけには参りませぬな」
 女神官の言葉に赤毛の騎士が小さく噴き出す。
「なんだと、トーヴァ」
「砕けた破片で怪我をなされては大事でございましょう?」
 すまし顔で、さらりと返す。
「陛下のおそばに置くならば、金剛石あたりが妥当かと思いますが」
「そんなもの、そなた一人で十分間に合っておるわ」
 金剛石並に丈夫な神経の持主は、そんな言葉ではびくともしない。
「そう言えば、陛下はご存じか?北方では求婚する時に指輪を贈る習慣があるのですが、陛下は頂きましたか?」
 むっと黙り込む女王に女神官は意地悪い表情で更に付け足した。
「ちなみに、北方では思う相手に求婚させるよう仕向けることが貴婦人の嗜みとか。女性から求婚の言葉を口にするなど、もってのほか。さすがに、クルサーディン殿は教養が高く、文化の違いを御承知しておられたようですが」
 わざとらしく北方風の発音を使って強調する。女神官はこの呼び方で言われた名前が求婚相手のものだと一瞬、女王が気付かなかったことを見逃してはいなかったのだ。
「例えふられても、育った文化の違いということで、お気になさいますな」
「どこまで厭な女なんだ、そなたはっ!」
 女王が本人さえ自覚せぬままに抱いている不安を暴くことにかけては、この女神官の右に出る者はいない。得体の知れぬものが苦手だという女王は不安の根本が何であるかを理解すれば、それだけで不安を制することができるようになる。女王が望むままに行動できるよう精神的な障害を取り除いてやるという点においては、確かに女神官は魂の導き手であると言えた。
 口元に微かな笑みさえ浮かべて、凄まじい言い合いを見守っている中年の騎士に、暁王国の騎士は恐ろしそうな目を向けていた。


 夜更けに標の塔の下でうごめく影が三つあった。塔の最上階より長い綱を伝って降りて来た彼らは塔と断崖との間に立って月の出を待っていた。常人よりも夜目が効くとは言え、明かりなしにこの断崖を降りるのはさすがに危険だ。かといって、魔法の明かりを使うには塔に近すぎる。魔法を使えば、瞬く間に塔にいる魔法士に感知されてしまうだろう。
「正面から堂々と出たって俺は構わないんだが」
 強がっているわけでもなく、自分にはそれができると確信している男が面倒臭いとばかりに言う。
「ここをはい上がって来た人間の言うことかよ。降りるほうが楽だろ?」
「そうでもないぞ」
「追っ手を振り切る労力に比べれば微々たるものだろう?それに、何より時間を稼ぎたい。いくら準備を整えたとはいえ、最も重要な証拠はこれから取りに行かなくてはいけないんだぞ」
「そうそう。私はおっさんと違って常識外れの体力ないんだからね」
 岩肌が剥き出しになった断崖を見下ろしながら、少女は言った。よくまあ、こんなところを登る気になったものだと感心を通り越して呆れているのだろう。おまけに、さらに塔の最上階まではい上ったのだから、化物呼ばわりされても当然だ。
 ようやく欠け始めて間もない月が昇った。
 どれ行くかとデュリルが立ち上がる。
 少女は再び足元をのぞきこんで言った。
「私、本当に持久力ないんだ」
「なんならおぶってやろうか?」
 からかいまじりデュリルが申し出るとエセルは肩を竦めた。
「楽かもしれないけど、じっとしてるのも厭だ。だから、先に行かせてもらいますね」
 台詞の後半はクルスに向けたものだった。
 どういうことかと思っている彼の目の前で少女はひらっと身を翻した。下方の突き出た岩棚に着地したかと思うと、すぐさま再び跳躍する。身軽にわずかな足場から足場へと飛び移りながら降りて行く。白い裳裾がはためくのをクルスは半ばあっけにとられて眺めていた。
「まるで岩角鹿みたいだな」
 デュリルが岩山に生息する動物を引き合いに出す。すぐに少女の姿は闇に溶けて見えなくなった。
「君は真似するな」
「なんでだ?」
「勢い余って岩を崩しそうだ」
 半ば本気でクルスが言えば、デュリルは笑って背中をたたいた。
「心配するな。俺には真似できん」
 敏捷性に劣るからと言う訳でなく、単なる体格差の問題だろう。
 二人はゆっくりと、それでも常人よりはかなり速く崖をおり始めた。


 氷晶王国の王家の廟に入ることを特別に許可された南陽王国の女神官は付き添いという名の見張りがいないのをいいことに興味津々に並んだ柩を見て回っていた。柩の蓋の上には死者をかたどった像が横たわっている。
「…ふーむ、これがクルス・アディン殿の母御か」
 先王の柩を挟み、右に先妻であった王妃、左に後妻であった王妃の柩が配置されている。その王妃の顔はまだ少女と言って良いほど若く、ほっそりした肢体はとても子供を生んだ女性のものとは思えない。産褥の床で命を落とすより前の姿を模したものであろう。
「確かに似てはいるが…」
 男女の違いもあろうが、瓜二つと言うほどでもない。しょせんは石像、表情が宿ればもっと違った印象を与えるのかもしれない。隣の柩に目を移す。老いた男の顔は厳しく、現王とどこか似たものを感じさせた。くすりとトーヴァは笑いをこぼした。
「融通がきかなそうな顔をしておるわ」
 押しの強い女王を手こずらせた頑固さは、この王家の特質なのやもしれぬ。
 クルス・アディンの柩はまだない。死体が上がっていないということが最大の原因だろうが、その死を認めていないようにも思える。
 ぐるりと回って、もう一人の王妃の柩に近付く。
 三十は過ぎていようが四十にはなっていない穏やかな貴夫人の像だった。後妻の王妃程、際立った美しさを備えてはいないが、どことなく、顔立ちが似ている。女王流に言えば、それが先王の好みの顔立ちだったのだろう。
「そして今は陛下の好みの顔でもある、か」
 くつくつと笑ってトーヴァは柩から離れた。ようやく女神官としての務めを果す気になったのか、祭壇に向かう。祭壇では香がたかれ、細い煙をたゆたわせていた。きりとした眉を軽く動かす。
「白狸めの茶と同じ匂いだな」
 精神を高め、魔法力を強くする香草の匂いだ。魔法力のないトーヴァには明らかな効果はないが、それでも、気分がすっきりして来る。
 ゆらと白い煙がたなびいた。
「…心配なさらず冥府に帰られよ。貴女の息子は己で道を開こう。死者の出る幕はない」
 冷徹な言葉でありながら、不思議と優しさを感じさせる声音だった。しんとした廟内に流れるような祈祷の声が響き始める。特殊な視覚を持つ者が見れば女神官の体から、ほのかな光が立ちのぼるのが見えただろう。それにひかれるように淡い白い影がいくつも集まり、やがて、光の柱に溶けて消えていく。
 光が消えると女神官は冴え冴えとした青い目を開いた。
「…まったく人の思いというのは断ちがたい」
 ばさりと重たげな黒髪を後ろに押しやるとトーヴァは廟の外に出た。奥庭で待っていた案内人の神官が敬意を込めた目を彼女に向けた。内部で働いた力を感じ取ったのだろう。清めの能力を持つ者はごく僅かなのだ。奥庭を過ぎり、「王妹」達の待つ中庭へと向かう。中庭の前まで来ると、ここまでで良いとトーヴァは案内人を返した。彼女を待つ人々とはまた別の人間の存在を認めたからだ。柱廊下をゆっくり進むと、柱と柱の間で二人の男が言葉を交わしていた。なかなかの男前の三十になるかどうかの青年と気の弱そうな神官だった。青年の方には見覚えがある。つい先日王宮で顔を合わせたばかりだ。
 金髪の青年は彼女の姿を認めると、わざとらしく大きな声で隣にいる神官に向かって言った。
「全く、クルサーディンもとんでもない女に見込まれたものだな。南陽王国の女王と言えば、面食いの色気違いと評判のあばずれじゃないか」
 若い神官の顔が青ざめる。
 女王に忠誠を誓った騎士ならば剣を抜いてもおかしくない言葉だったが、あからさまな挑発に乗るほどトーヴァは短気ではなかった。逆に面白がっている様子でずかずかと青年に近付く。青年は妙に迫力のある女神官の接近にもたじろぐことなく真っ向から彼女を見据えていた。
「他にどのような噂が届いていらっしゃるのか、是非、伺いたいのですが、よろしいかな、王弟殿下」
 見るからに興味津々の顔で尋ねる女神官に青年は表情を変えずに、ゆっくりと口を開いた。
「いかがわしい人間ばかり身近に置く」
 うんうんとトーヴァは頷く。近衛騎士の半数がその言葉に該等するだろう。
「ゲテモノ好き」
 確かにとこれまた頷く。王宮の庭でカエルを飼っている王など他に聞いたことはない。他にもヘビやらトカゲやら、しばしば騎士見習いの手によって持ち込まれていたりもするのだ。それを悲鳴を上げるどころか喜んで観察するのだから、ゲテモノ好きと言われても否定はできない。
「横暴、暴虐、無教養」
 云々と立板に水とばかりに並べ立てて行く。その言葉ひとつひとつに女神官はさもあらんと律義に頷く。噂の種が尽きたのか、青年が口を閉ざすと、トーヴァはゆるりと笑みを浮かべた。
「おおよその言葉は該当する面もありますが、ただ一つ、否定させていただくならば、陛下は色気違いとは言えない、ということですね。男をたぶらかすだけの色気は持っておられませぬゆえ」
 妙にきっぱりと言い切った途端に、ぶんっと何かが空を過ぎり、女神官はひょいと頭を傾げ片手でそれをとらえた。避けなければ、女神官の頭を直撃していたであろう。
「聖典を投げるとは感心しませんね」
「黙って聞いておれば、好き放題に!」
 琥珀の目を光らせて南陽王国の「王妹」が女神官に詰め寄る。
「好き放題におっしゃっていたのは、そちらの殿下ですが」
 女神官と「王妹」とを交互に見比べている金髪の青年にちらりと目を向ける。
「いちいち頷いておったろうがっ!主君の汚名を晴らすのも臣下の務めのはずだっ」
「生憎と、私には否定すべき根拠に心当たりがないもので」
「なんだとぉっ」
「このままでは、『王妹殿下』の御評判にも傷がつきますよ」
 はたと我に返った様子で「王妹」は手を下ろして呆れ顔で眺めている二人に視線を向けた。
「噂を気にするような感受性を陛下が持っておられれば、今頃、言動も改まっていらっしゃるでしょうに」
「トーヴァ、そなた喧嘩を売っているのだなっ」
 いつものごとく言い合いを始めようとしたのを止めたのは氷晶王国の王弟だった。止めようとして止めた訳ではない。彼の漏らした一言が彼女達の注意を引いたのだ。
「…女王自らお出ましとはな」
 二人は青年を瞬きする間ほど見詰め、それから顔を見合わせた。
「く、口封じするのだけは止して下さいねっ」
 すっかり存在を忘れていた神官の若者はひどく察しの良い人物らしかった。