女王と騎士

第三部 夢と現-百騎夜行編- (22)

 傭兵を集めている貴族がいるという噂をエセルが耳にしたのは、傭兵がたむろしている酒場だった。戦を前に傭兵が集められること自体は珍しくも何ともない。ただちょっと変わっているのは、貴族である雇い主自ら傭兵を審査するという点にあった。
「なんでも国王の軍事顧問だとかいう若い男だとよ」
「馬鹿な若君がしゃしゃり出て来てるってわけか」
「そうでもないらしいぜ。やり手の国王に抜擢されたって話だからな」
 様々な憶測が飛び交う割に、エセルの知りたい情報は入って来ない。
「で、どういう傭兵なら雇うって?」
 酒杯を片手に男達の間に割り込んでエセルは尋ねた。割り込んできたのがむさ苦しい男ならいざ知らず、若い女騎士はすんなりと受け入れられた。
「それがよく分からないんだな。腕っぷしだけじゃ駄目らしいが」
「ふうん?」
「雇ってもらいたいんなら、朝、西大門の外に行けばいい」
 そこで何人か一括りで腕試しをさせるらしいぜと隣の男が言って、さりげなく腰に手を回した。
「報酬は?」
「まあ、順当ってとこだ」
 どうしても人材を揃えたいのならば、高額報酬を提示するはずだ。国王に抜擢されたというのなら、資金も国王から引き出せる。それ以前に、国王の勅命で動いている可能性もある。
 意図するところは分からないが、傭兵が国王に近づくのなら、その軍事顧問に雇われるのが一番手っ取り早いだろう。
「どうだ、今晩つき合わんか?」
 隣の男が酒を注ぎながら誘いかける。
「あいにく男に不自由はしてないんだ」
 残念だなと男はしつこく迫っては来ない。女騎士にからむような馬鹿は傭兵稼業を長くはやっていけないものだ。
 なんとか雇われないといけないが、その軍事顧問に何か弱みでもないだろうか。
 まずは相手の弱点を見抜くこと。実戦でも頭脳戦でも、基本に変わりはない。
 鮮やかな緑の瞳が揺れる火影をじっと見据えていた。


 魔法によって呼び出された光は炎のように揺らぐことなく室内を照らす。
 その光の下で銀髪の青年は長い指を組んだ上にあごをのせて書類を眺めていた。
 書類は王宮に侵入した賊に関する報告書であった。
 王宮に出入りする人間は入る時にも出る時にも簡単な人物照合を受けることになっている。その際、記録が残されるわけだが、そのうち退出の記録が残っていないのは、ある商人の使いで荷物を届けに来た者達だけだ。その「使い」が賊であることは明白で、今はその裏を取っているところだ。
「その後、騎士見習い達の容態に変化は?」
 報告書を作成した人物にクルス・アディンは視線を移して尋ねた。
「回復に向かっているようです。シィンによると、数日間は痺れが残るかもしれないとのことですが」
 自らの目で、先刻、騎士見習い達の容態を確かめに行った指南役の青年はすぐに応じた。
「それで済んで、よかった」
 少年達が騎士生命を断たれでもしたらと案じていたのだ。
 侍女の娘も当て身をくらわされただけであったし、子供達の受けた精神的な衝撃も強いものではなかった。アティスが心配ではあるが、イェナが面倒をみてくれている。
「襲撃の目的はなんだと思う?」
「端的に言えば、陛下を怒らせることでしょう」
 何が何でも戦をしたいようですしと皮肉な笑みをヴェルシュは浮かべた。
「そうなってくると、何が何でも、戦は避けてやろうという気になるな」
「ええ。先方の思い通りに動くのは気にくわないですからね」
 根元を一気に叩き潰すことは可能だが、影響を最小限に抑えることを彼らは考えていた。森緑王国では徹底的に国王への権力集中がはかられている。その王が突然、消されてしまえば、国が混乱するのは必須。その余波は南陽王国にも及ぶ。
 扉が叩かれ、近衛騎士の一人が入室して来た。
「例の商人は今回の件に関わりないと思われます。彼が送り出した使いのうち二名は、賊とは別人であり、行方知れずとなっております」
 ルーダルは求められていた答えだけを告げた。行方知れずとなった使いは王妹の指示を受けた騎士見習い達が引き続き探索しているが、見つかるにしても生きてはいないだろう。気の毒なことだと冥福の祈りを心の中で捧げつつ、クルス・アディンは確認した。
「残る一名が森緑王国の手先で、仲間を手引きしたということか」
「はい。半年程前に雇った男だそうです。一応、こちらの方も当たらせていますが」
 さしたる手がかりは得られないだろう。軽く頷いた女王の夫に向かって、ルーダルが再び言葉を発した。
「ひとつ、問題があります」
 淡々とした声音なのだが、何か常と異なるものを感じて、クルス・アディンは近衛騎士の秀麗な顔に目を向けた。ヴェルシュも同じように感じたのだろう、微かに眉を動かした。
「王宮に賊が侵入し、世継ぎの君が襲撃されたとの噂がすでに流れています」
 もし、この場に、彼ら以外の人間がいたならば、確実に室温が下がったように感じたことだろう。
「……やってくれるじゃないか」
「やってくれますね」
 クルス・アディンとヴェルシュが不穏な光を目に宿してつぶやく。
 この件に関して、関係者には厳重な口止めをした。その上で、情報が漏れるにしても、噂となって広まるには、いくら南陽王国民が喋り好きでも、もう少し時間を要したはずだ。なにせ、まだ事件が起きて半日と経っていない。何者かが故意に噂を広めたのだ。
 事件を隠蔽しようとは彼らも思っていなかった。だが、多少の脚色をつけた噂を流す予定でいたのだ。わざと賊に侵入を許し、一網打尽にしたのだ、というような噂を。
「我々、近衛騎士の面目がつぶれるのはかまいませんが……」
 どうせ顔だけで選ばれた騎士と、とりわけ他国の人間には思われているのだ。
 だが、このまま、放置すれば、他国に侮られることとなる。侮辱を受けて、それを濯ぐこともできぬ国だと。それは、侵略を招くことにもつながる。
「国の体面は保たねばならないな」
 また忙しくなりそうだ。これを機会に、指南役の地位はヴェルシュからフィル達に正式に譲り渡させようとクルス・アディンは決めた。女王も、ヴェルシュの髪を保持するためとかなんとか言えば、快く認めるはずだ。このままでは、ヴェルシュの負担が重すぎる。
「噂の始末は、ルーダル、君に任せる。最初の予定通りの噂も流しておいてくれ。それから、襲撃はなかったという噂も」
 複数の噂を流して、いっそ他国の人間達を混乱させてやろうというのが狙いだ。
「ついでに、森緑王国の王は卑怯者だという噂も流しましょうか」
 民の志気を高めておくに越したことはありませんからと、ルーダルが提案する。
「陛下がお喜びになりますね」
 ヴェルシュが小さく笑うが、何やら殺気がこもっている。それも、当然のことだろう。森緑王国の国王こそ、彼の仕事を増やした張本人なのだから。
「そうしてくれ。ジラッドにも念のため、身辺に注意するよう伝えてくれないか?我が国に滞在中の公子を暗殺することも、嫌がらせの一貫としてやりかねない。それから、近いうちに兄君からの使者が来るとの知らせがあったとも」
「かしこまりました。しかとお伝えいたします。それでは、私はこれにて」
 一礼して、ルーダルは退室していった。噂の出所を突き止めるために、動き始めるのだろう。
「軍の手配はアシュリーズ様とカリュート殿に任すということでいいだろうか?」
 クルス・アディンの問いに、ヴェルシュは頷いた。
「それに、東方将軍も加えれば、問題ないかと」
 東方将軍はアシュリーズが敬意を抱いている数少ない軍人の一人だ。もっと顔がよければなとは言うものの、女王の覚えも悪くはない。王妹の実力に不安を覚える軍部の人間も二人がついていれば、安心することだろう。
 その夜、主不在の女王の執務室は遅くまで明かりが灯り続けていた。 


 柱の影からのぞく赤い髪が見えた。
 西日を受けて、一層赤く輝いている。いくつもの影が出来ている柱廊の中で、その髪は篝火のように目立っていた。
 隠れているわけではないだろうが、この少年が隠れるのは難しそうだとなんとなくライカは考えた。
 身体が大柄だというだけでなく、彼の赤毛は人目をひく。
 騎士能力保持者である少年がその気になれば、完全に気配を断ち、うまく身を潜めることもできるなどライカが知るはずもない。
 声をかける前に、少年はライカの存在に気付き、ひらひらと片手を振ってみせた。
「よ、ライカちゃん」
 不意に横に立たれ、ライカはとっさに魔力を集めた。
「いきなり出て来ないでよっ」
 何者か認識してなお魔力をぶつけたくなる衝動に駆られながら、ライカは黒髪の騎士を睨みつけた。睨まれた騎士は不本意そうに眉を寄せた。
「俺、ちゃーんと前もって手を振ったんだけど?」
 てっきり、無視して通り過ぎようとしたんだと思ったのにとぶちぶちと文句をつける。赤毛に気を取られて気付かなかったのか、無意識のうちに視界から排除したのかは、ライカ自身にも判断はつきかねた。
「あら、そう、悪かったわね」
 露ほどにも、悪いだなんて思っていない一本調子の口調でライカは応じ、すたすたと赤毛の少年に近付いた。話をしようと思うのなら、オルトは無視するに限る。
「何かわかったかしら?」
「ああ。……その前に確認したいことがあるんだけど、女神官さんは、本当に知りたいのか?知らなければよかったって、後悔しないか?」
 少年は真剣な眼差しを向けて来る。どこぞのふざけた騎士と違って、彼は真っ直ぐな心根を持つらしい。
「しないわよ。知らなければ、私の問題は解決しないわ。そして、私はその問題を抱えたまま、生きていくことはできない」
 きっぱりとライカが言い切ると、少年は気まずそうに目を伏せた。
 それだけの覚悟がありゃあ、俺は何も言えないけどさと口のなかでつぶやいている。
「それで、何がわかったの?」
「…先王が死んだ年の最後の夜、賊が神殿に侵入して、国王の手で返り討ちにあっている。賊の身元は不明だ。炎魔法を使ったせいで顔は判別がつかなかったらしいぜ」
 ライカは息を呑んだ。
 恐れていたことが、「事実」となった。
 やはり、「王」は入れ替わったのだ。
 今の王は「彼女」の夫であった人物とは別人だ。彼女は、それに気づいた……否、気づきかけたから、正気を失わせられたのだ。
 だが、それならば、彼は何者なのか。
 彼の容貌は「王」のそれと酷似していた。他人の空似というには余りにも似すぎていた。王家の人間であることは間違いないだろう。だが、王家の系図に彼の存在は記されていなかった。すでに死亡とされた人間のなかにも、該当しそうな人間は見つからなかった。
 先王の妾腹の息子ではないかと思ったが、先王が神々の認めた妻以外の女性に子供を産ませたとは考えにくい。先王は老神官達から聞いたところでは、狂信的と言えるほどに、森神を崇めていたという。
「大丈夫か?」
 顔を上げると、心配そうに赤毛の少年がのぞき込んでいた。
「…ええ。ああ、そうだわ、私、貴方が探している人……確か、エセルさんだったかしら?その人らしい騎士に会ったわ」
 自分の身を案じているらしい少年の気をそらすべく、ライカは別の話題をふった。思った通り、少年はその話題に飛びついてきた。
「えっ?どこでっ」
「この神殿」
「女神官さんよりも、背が高くて、ちょっと変わったこしらえの太刀持ってた?」
「ええ。変わったこしらえかどうかは分からなかったけど、刀身は長めだったと思うわ。先見に予見してもらいに来たって言ってたけれど」
 思い切り、ファギルは眉を寄せた。
「予見なんか、信じそうにないんだけどな」
「試しにやってみたって感じだったわよ。見料払ったのに、予見できないとは納得できないって怒っていたし」
 切実に未来を知りたかった人間ならば、多少なりと落胆するはずだが、あの女騎士にその様子はなかった。
「あいつなら、冷かしに来るんじゃねぇの?」
 高い見料払うのが厭だから、というより、払うだけの余裕がないから、試さないだけで、安ければ確実にやっているだろう、オルトが口をはさむ。
「そうかもな。親父もやりそうだし……行動が似ているからな、あの二人」
 がしがしとファギルが赤毛をかき回す。
「あの連中、予見されたら、それじゃあって、予見と全く逆のことをしようとするんだよな」
 したり顔でオルトが言う。
「あんただって、そうだろ、オルト」
「ん、だって、面白そうじゃないか?」
「まあ、分かるけどな」
 結局のところは、オルトもファギルも似た者同士なのだ。
「……羨ましいわ」
 ライカはぼそりと呟いた。
「へ?何が?」
 面白そうだというだけで、考えなしに行動できるところが。
 考えすぎて、動けなくなってしまう自分とは全く逆だ。
 だが、しゃくに触るので、ライカはそれを口にせずに、代わりに問いを発した。
「予見されたことを変えようとしても、変わらなかったら、どうするの?」
「どうもしない」
 異口同音に二人は即答する。半ば予想はしていたが、気の抜ける返答だ。
「予見って当たるんだなと感心するくらいだよな?」
 他に何かあるのかとばかりに、二人は怪訝そうに顔を見合わせている。
「無駄なことをしたと後悔しないの?」
 この連中とは根本的に精神構造が違うらしいと思いながら、ライカは尋ねた。
「無駄じゃないだろ、当たるかどうか、結果は出るんだから」
「知りたいのはそこだもんな」
「……そうね」
 考えるだけで行動しないよりは、ましだろう。
 自分にできるだけのことをすれば、いい。結果として得るものが自己満足に過ぎなくとも。
「情報、ありがとう。これで十分よ」
 だから、とライカはにっこりと微笑んだ。
「二度と顔出すんじゃないわよ」
 ひでぇと被害者面するオルトにライカは背を向けた。
 これ以上、巻き込むのは危険だろう。関わり合いにならない方が、彼らの身のためだ。
 今でも、自分に関わったことで、危険に晒される可能性は十分あるが、彼らならうまく切り抜けてくれるだろう。
 決然とした足取りで、赤光のなかを歩み去るライカを見送りながら、しまったなとファギルは口の中で呟いた。
「どうかしたか?」
 オルトが相変わらず何も考えていなさそうな気楽な様子で聞く。
「ん、ちょっとな」
 何やら煽ってしまった気がするが、後は彼女の問題だ。
 気が咎めるなら、何かあった時、手助けすればいいかとファギルは自分に言い聞かせた。
「オルト、あんたはこれからどうするつもりだ?」
「ま、エセルの奴とちょっと話してから決めるさ」
 手土産なしに帰国したら、女王にさんざんいたぶられるだけだ。
「そうか。じゃ、行こうぜ」
 早速、王都に引き返そうとする少年をオルトは止めた。
「これからじゃ夜になるだろ。俺は森のなかで夜明かしってのは、もう御免だぜ」
「あ、ああ、そうか」
 すっかり、そのことは頭に無かったらしい。
 そんなに夢中になるような女かねぇ、あれが?追っかけてつかまるようなものでもないし。
 全く色恋沙汰ってのはわかんねぇなと首を傾げつつ、ファギルを促してオルトは参拝客用の宿泊所に向かった。
「なあ、ここって、色々、隠し通路とかありそうだよな」
 その言葉にオルトは足を止めた。ファギルがじろじろと厚みのある壁を眺め回している。
「まあ、これだけの建物となりゃあな。……お前、確か、魔法力を感知することはできるんだよな?」
「ああ」
 二人は顔を見合わせ、にんまりと笑った。
 この瞬間、彼らの今夜の暇つぶしは決定した。