女王と騎士

第三部 夢と現-百騎夜行編- (30)

 使えそうなのを集めて来い。
 実に簡潔な王妹の命令に従ったガザンは、同じ流れの騎士がたむろする酒場周辺をうろついていた。
 長年の傭兵生活で培われた眼力と勘に任せるという王妹の期待に彼は応えねばならない。まず間違いなく、命じた王妹には圧力をかけているという自覚はないだろうが、その「期待」は圧力以外の何でもない。
 すでに数人の騎士と話をつけ、契約を結んではいるが、まだ十分とは言えない。王妹は、彼女が直に率いる以外にも傭兵を必要とした。更に、確実に使い者になる騎士とそこそこに使える騎士、半々くらいで揃えてくれと指定した。
 何に使うかは知らないが、使えぬ騎士でも送り込んだ日にはリーズはともかくウェイに何されるかわかんねーな。
 ガザンは王族の権力よりもウェイ個人の力を脅威とみなしている。その判断は決して間違っていなかった。
 いいのがいるといいがなと思いつつ、馴染みとなった居酒屋に足を踏み入れたガザンの視線は一人の騎士へと吸い寄せられた。
 その男は熟練の騎士に見えた。静かに酒杯を傾け、同じテーブルにいる男達の話に耳を傾けている。髪と顔の下半分を覆うひげには、ちらほらと白いものがまじり始めており、傭兵ならばそろそろ引退してもおかしくない年だが、衰えを感じさせることはなかった。
 観察していると鋭い青い目がガザンに向けられた。その瞬間、声をかけようとガザンは決めた。警戒心を抱かせぬよう、ゆっくりと近づき男にいい話があるんだが、一緒に飲まないかと声をかけた。
「いいだろう」
 男は頷いて立ち上がった。その所作ひとつ取っても隙はない。
 これは滅多にない「掘り出し物」だ。
 ガザンの「秤」で相場と思えるだけの金額で契約を結べばいいと王妹には言われている。これまで結んだ契約についての報告をして、咎められたことはない。
 これを逃しちゃ申し訳がたたん。
 何が何でも契約を結ばせようとガザンは腹を決め、早速、男の説得に取りかかった。


  間もなく神殿籍から抜けることになる神官見習いは王宮の礼拝室の清掃をしていた。清掃といっても、普通にちりを払うようなものではなく、聖木の枝を使って場を清めることを目的としたものだ。長身の彼女は女神像の清めもにも、さほど労力を必要としなかった。ただ、不器用者であるがゆえに労力以上に時間を要した。始めたのは、夜明けの祈りの直後だったが、清掃を終える頃には日が高く昇っていた。
 ノウィンがまつってある女神達に短い祈りを捧げ終え、立ち上がった途端、見計らっていたように扉が開いた。その接近を感じ取っていたノウィンは驚くことなく、神官位を持つ近衛騎士を迎えた。
 指を組み、自分より高位の神官に対する礼を取ったノウィンにユリクは苦笑をもらした。こうした動きが速やかに出るあたりが神殿育ちであることを示している。下級貴族の娘に生まれ、魔法力を備えていた少女は幼い頃に神殿に入れられた。氷晶王国の貴族は魔法士を多く輩出し、家を継ぐ者以外は聖職に就く定めにある。女性の場合は、十二、三歳から神殿に入り、年頃になれば嫁に行くのがほとんどだ。しかし、ノウィンは通常より早く神殿に入れられた。魔法力の才能の大きさもあるが、それ以外の理由もあるのだろうとユリクは見当をつけていた。それは、おそらく、王族や高位の貴族にほぼ限られる銀髪を下級貴族の娘であるはずの彼女が有していることと関係するのだろう。
「近衛騎士として、そして神官位を持つ者として、君に確かめておきたいことがある」
 なんでしょうかとノウィンは静かにユリクを見返した。北方人の女性としても背が高い彼女の視線の高さはユリクのそれとほぼ同じだ。
「君には魔法士として人を殺めていく覚悟があるのかい?」
 銀色のまつげが上下した。
「君の育った国では、魔法士能力を使った殺人は忌むべきものとされているだろう。それに耐えていく自信がないのであれば、神殿を出るべきではない。この国の神殿が君に人を殺めるよう命令することはないからね」
 とはいえ、一部の聖職者が自分の判断で動くことは黙認している。
 ゆっくりとノウィンは同じようなことを王妹にも言われたことを思い出しながら口を開いた。
「……魔法士による殺人が忌避されているのは、ほとんどの魔法士が聖職者であるからです。世俗にある魔法能力者が野盗を討伐するに魔法を使っても咎められることはありません。そして、聖職位は魔法士に対する枷であり、魔法士が人の中で生きていくための赦免状です」
 南陽王国において、騎士能力保持者が「騎士」という身分を得るのと同じように、氷晶王国では魔法士が聖職位を得る。「枷」と同時に「保証」を得るためだ。そうでなければ、能力を持たざる者は能力を持つ者を恐れ、共に暮らすことはなかなかできない。九人の能力を持たぬ人々のなかで、一人の能力保持者は「厄介者」となる。その一人が残り九人の命を奪える力を持つのだから。
 そのように理解していると告げるノウィンにユリクは頷いた。
「私が神殿を出ようと思ったのは、神殿の世界しか知らないからです。『外』を知りたいのです。それに私は聖職者に向きません。人の心が理解できないからです。だから、神官にはなれません」
 淡々とノウィンは言葉を連ねた。
「人の心を理解できる人間がどれほどいるか知りたいものだね」
 皮肉げなユリクの言葉にも少女は動じなかった。
「それでも、人は自分の心を理解してくれる人を望みます。そして、人の心を理解しようと努めます。私はそうした心の動きが鈍いのです」
 その鈍さを自覚もしない人間だって少なくはないとユリクは思ったが、それについては黙っておいた。代わりに、確認をした。
「それでは、君の心は決まっているんだね?」
「はい。私が恐れなくてはならないのは、人を殺めても思っていたほど衝撃を受けなかった自分自身です。むしろ、そんな自分に衝撃を受けました。神殿を出るのをためらったのは、『枷』が無くなることを恐れたからです。しかし、陛下に『枷』になっていただけるのであれば、ためらう理由はもはやありません」
 躊躇うことなく言うノウィンの目はどこまでも静かだった。
 自分も、そして女王もこの神官見習いの本質を見誤っていたのかもしれない。
 彼女は世間を知らないが、自分自身を知っている。
「陛下がお喜びになるよ。…ああ、そうだ、これを言っておかないといけないね。陛下は君の性別を誤解していらっしゃる」
 ノウィンは微かに首を傾げた。女王の誤解よりも、今ここでユリクがその話題を持ち出す理由を測りかねたからだ。
「嘘をつく必要はないが、その誤解を解くような発言は控えてもらえるかい?」
「かまいませんが、何故でしょうか」
「女性の君がクルス・アディン殿と一緒にいることを陛下は快く思わないからだよ。それに、実は気にしていなくても、機嫌を損ねたふりをなさって仕事をさぼりかねないから」
「……承知しました」
 女王は変わった人だとノウィンは確信を深めただけで、それ以上の追及はしなかった。
 淡々と受け入れるノウィンを身ながら、こっそりとユリクは息を吐いた。
 これで、魔法士を「戦力」に加えることができる。
 女王に報告すべく、ユリクはすぐに行動に移った。


 のどかな昼下がり、南陽王国の王宮内に女王の怒声が響き渡った。
「たわけがっ!」
 琥珀の目を爛々と輝かせ、女王は手にした書簡を丸めると放り捨てた。一国の王の署名が添えられた書簡に対して、あんまりな扱いであるが、破り捨てなかっただけましというものだった。
「素直に宣戦布告すればよいものを回りくどい手を使いおってからに」
 女王の怒りを前に、森緑王国からの書簡を届けた文官はその場で竦みあがっていた。
 彼が女王の前に参じたのは、これが初めてだった。本来、彼は、直接、女王にまみえる立場にない。それなのに重要書簡を女王に届ける役目をおおせつかったのは、上役達が誰一人として自分の手で女王に届けようとしなかったからだ。書簡の内容を知らぬ彼に女王の激怒する理由は分からなかったが、内容を知る上役達が彼に届けさせた理由は分かった。書簡を届けた使者が返事はいらぬと早々に引き上げたのも同じ理由だろう。
 皆、女王が怒ることを予測し、その怒りの前にわが身を晒すことを避けたのだ。
 わが身かわいさに部下を人身御供に差し出した上役達を恨めしく思っている彼に救いの手が差し伸べられた。部屋の隅まで転がっていった書簡を長い指で拾い上げた女王の夫君が苦笑しながら、退室するよう彼に告げたのだ。
 彼は喜んでその言葉に従い、どこで仕入れたか分からぬ多種多様の悪口雑言を撒き散らす女王の前から逃げ去った。
「随分とふっかけてきましたね」
 しわくちゃになった書簡を丁寧にのばしながら、書面に目を通したクルス・アディンは呆れたように片方の眉を上げた。
 南陽王国が「不当に」課している関税の撤廃並び過去に遡って与えた損失に対する賠償、「不当に」占拠している領土の引渡しなどといった要請がそこには記されていた。武力を行使して要求を通す用意があることを最後に付け足しのように書いているが、言いたいのはこの最後の部分だけである。何故なら、要請という割に、協議の場を設けようともせず、一方的に期日を限っているからだ。
「さすがに、向こうの天候が安定する時期までは待つつもりのようですね」
「こちらではすでに種まきも終わっておる。畑地を荒らされては迷惑だ」
 夫の声に、罵り言葉を中断して女王が応じた。
「いっそ、こちらから攻め込んでやりたいくらいだぞ」
「北部の国境沿いは放牧が主流ですから、さほど畑地への影響はありません。それに、こちらの領土内に戦場を置かねばよいのです」
「そううまくいくものなのか?」
「さあ。王妹殿下と将軍閣下らの才覚次第でしょうね。返書は不要とのことでしたが、いかがなさいます?」
 今なら、使者を捕らえて持ち帰らせることも可能ですよとクルス・アディンが言うと、女王はしばらく思案していたが、結局は首を横に振った。
「さすがに、ふざけるなと一言書いてやるのは手間がもったいない。リーズに口上で伝えてもらえばすむことだ」
 あの王妹ならば、例え戦場だろうと人目があろうと、ためらうことなく敵国の王に向かって、女王の言葉そのままに伝えるだろう。
「あの王に言ってやりたいことは山ほどあるが、集約すれば、ふざけるなの一言に尽きるからな」
 確かにその通りかもしれないとクルス・アディンは頷いた。あの王には千の言葉を並べても無駄となるだろう。
「クルス・アディン、可能ならばノウィンとフィルの二人を使いたいとリーズから要請が来ていたが、王宮の守りは足りるか?」
「魔法士は神殿から派遣してもらえますし、まず大丈夫です。王宮に残すのはヴェルシュ、イェナ、ユリクの予定になっています」
「ルーダルも出すのか」
「彼には戦場とは別の場所で働いてもらいます。……シェイド殿に関しては、休暇の延長願いが出ておりましたから、開戦の際も休暇中ということになりますね」
「なにーっ!この国の危機に、年寄りのふりして領地でのうのうと休むつもりかっ」
 予想通りの反応にクルス・アディンはため息をついた。
「……陛下」
「なんだ?」
「陛下御自ら、その休暇願いに署名をなさったはずですが、覚えがないとおっしゃるのですか?」
 哀しげに淡青色の目で見つめられた女王は、しまったという顔になり、視線をそらした。
「また半分眠りながら署名をされましたね」
 目を開けたまま眠るという特技を持つ女王は表面的にはわからずとも、居眠りしつつ寝ぼけた状態で執務をこなすことがしばしあった。そして、そういう状態を狙って、どこぞの近衛騎士は当たり障りのない書類を女王が文句を言いそうな書類へすり替えたりしているのだが、それに女王が気づいたことは今まで無かった。なにしろ、そんな書類に許可を出した覚えはないと言えば、居眠りしていたことを認めることになるのだ。時折、今のようにクルス・アディンがたしなめてみるのだが、ほとんど効果はない。
 痛い目にあわねば分からないのだろうが、そうそう痛い目にあわせるわけにはいかない。もし、それを実行したなら、女王以上にその周辺の人間達が痛い目にあう。なにか女王にのみ効果のある手を考えておきますよとヴェルシュが請け負ってくれたのだが、今回のこれもそのひとつと思われた。
「何度も申し上げておりますが、陛下の署名がある以上、どんな内容の書類であれ、絶大な効力を持つことになるのですよ。無実の人間の処刑執行を許可する書類に無意識のうちで署名なさったりしたらどうするのですか」
 ヴェルシュの策略かもしれないことはおくびにも出さずクルス・アディンが言えば、女王はふんと鼻を鳴らした。
「そんなものが私の手元に来る分けなかろうが。なんのためにそなたらがいると思っているのだ」
「信頼していただくのは嬉しいですが、その信頼を私どもが悪用しないとも限らないのですよ」
「なにをするというのだ?」
「そうですね、たとえば……私に離縁を告げる旨の文面のものをそっとまぜておくとか」
 女王は琥珀の目を見開いた。
「そなた離婚したいのかっ!」
「たとえばと申し上げたでしょう」
「そんなたとえがどうしてすんなり出てくるのだ」
 おおいに機嫌を損ねたらしい女王にクルス・アディンは微笑みかけた。結婚後、ますます磨きがかかったといわれる「女王たらし」の笑みである。
「私にとって、一番避けたい事態を想定しただけですよ。陛下の命令とあらば、私は離婚にも応じなくてはならない立場ですからね」
 女王の意思に反してそんな事態に陥ったところで、素直にクルス・アディンが身を引くはずがないのだが、この脅しあるいは懐柔は多少の効果があったようだ。
 少なくともその日の執務においては、ぶつぶつ言いながらも、女王はきっちりと書類に目を通したのだった。

 そろそろ明かりをつけようかという夕暮れ時、女王の夫に開戦の日取りを教えられたヴェルシュは軽く片方の眉を上げた。
「いよいよですか。しかし、これだけの時間があれば十分ですね」
「それならいいのだが。私は軍事関係には疎くてね」
「任せた以上は王妹殿下の仕事ですから、気になさる必要はありませんよ」
 時間がなくとも間に合わせるのが王妹の仕事だと言うヴェルシュにクルス・アディンは笑みをこぼした。
「信用しているんだな」
「付き合いが長いですから。『身を守る』すべに関しては、私などより遥かに長けております」
 今回の戦は攻めこむための戦ではない。降りかかった火の粉を払う戦だ。そして、アシュリーズの身にしみついているのは禍根を断つという方法だ。女王の命令がなくとも、王の首を取るべく動いたであろう。
「それはそうと、森緑王国が関与したと思われる内紛等についての報告書を読みなおしてみたのですが、面白い共通点が浮かび上がってきましたよ」
「共通点?」
 怪訝そうに眉を寄せるクルス・アディンにヴェルシュは頷いてみせた。
「よくあることなので、個々の報告を読む時には気にも留めなかったのですが」
 言いながら、ヴェルシュは一枚の書類を広げた。そこには争いの簡潔な内容と人名とが記されている。
「紛争は、全て身内同士の争いに端を発しています」
 兄弟あるいは叔父と甥の家督争いから、商業利権をめぐる争いまで、「紛争」の種類は多様だが、いずれも近い身内同士が争いを起こしていた。
「南陽王国でも、手始めに陛下と王妹殿下を対立させようとしましたし、彼の常套手段なのでしょう」
 過去に遡れば、女王即位以前の王位をめぐる争いにも絡んでいたかもしれない。
「……私の故国でもそうだったな。次兄の後押しを森緑王国がしていたという確たる証拠はつかめなかったが」
 森緑王家にそうした身内の騒動があったとは聞いていない。
 現王に兄弟は無く、長く権勢を振るい続けた先王を疎ましいと思うことはあったかもしれないが、わざわざ他国にまで手を出して身内争いを引き起こさせるほど、「身内」に対し鬱屈したものを抱え込むほどではなかったはずだ。
「森緑国内においても同様の手を用いて、有力貴族の勢力を削減させています」
 ヴェルシュが告げるとクルス・アディンは不快げに眉を寄せた。
「偏執的だな」
「ええ。人に知られていない『お家の事情』があるのではと探りを入れさせてはおりますが、今のところは何も報告はありません。あそこの親子はうまくいっていないという話ではありますが」
 とはいえ、親子の確執が生じるような年齢に世継ぎが達する以前から、森緑王国の王は他国に波風を立てる「趣味」を持っていたので、それが原因ということはないだろう。
「確か世継ぎは成人しているが、ほとんど政務に携わらせていないということだったな」
「表立った対立はありませんが、王は世継ぎを信頼していないと言われていますね。もっとも、あの王が信頼する人間がいるかもあやしいのですが」
 女王に言わせれば一人で政務を抱え込みたがる物好きな人間である森緑国王は他者の手を借りることをよしとしていないように見えた。
「何者も信頼できぬ支配者とは哀れなものだ。…信頼しすぎるのも困るが」
 クルス・アディンが先刻の女王との一件を話して聞かせると、ヴェルシュは薄く笑いを浮かべた。
「私の一存で、あと二つほど仕掛けてあります」
「二つも?」
「はい。クルス・アディン様には宥め役をお願いいたします」
「それはかまわないが……そんなに陛下が怒りそうなことなのか?」
「ひとつは少しばかり臍を曲げる程度のものですが、もうひとつは地団太を踏んで悔しがると思いますよ」
 楽しみだといわんばかりのヴェルシュの態度にクルス・アディンは苦笑をもらした。
「君は本当に陛下の不興を買って宮廷を退きたがっているんだな」
「もちろんです。私の当初の人生設計では、今ごろ領地で小さなごたごたの調停役を務めていたはずなのですからね」
 今のヴェルシュが調停しなくてはならないのは国家規模のごたごただ。
「残念だけど、それは無理というものだ。私が全力で止めさせてもらうよ」
 どこぞの王と違って、一人で厄介ごとを抱え込む趣味はないからと妙に爽やかな笑顔でクルス・アディンは言いきった。
 女王に癇癪を起こさせて、罷免手続きを取らせるだけなら、比較的容易にことは運びそうだが、この青年に邪魔されてはどうしようもない。
「世継ぎの君が成長されるのを気長に待つのが一番でしょうかね」
「そうだな。そして、陛下が言うように、君も早く後継者を用意するにこしたことはないだろう」
 からかいまじりの言葉にヴェルシュは肩を竦めた。
「それどころじゃありませんよ」
「引く手あまたなのに」
「……夫婦は似てくるそうですが、クルス・アディン殿も陛下に似ていらしたのではないですか?」
 先ほどのクルス・アディンに負けない爽やかな笑顔でヴェルシュが言ってのけると、クルス・アディンは悩ましげな表情になった。
 いくら愛する妻であろうと、それはそれ、別問題であるらしい。
 この手はしばらく使えそうだ。
 機会を逃さずヴェルシュは他の仕事について話題を転じ、クルス・アディンも気を取りなおすべくその話題にのったのであった。