女王と騎士

第三部 夢と現-百騎夜行編- (31)

 ガザンによって声をかけられた傭兵達は闘技場に集められていた。
 観客席には、王妹殿下が「検分」するという建前で、天蓋と垂れ布で仕切られた貴人用の特別席が設けられていた。一般的に王族は気安く人前に顔をさらすものではない。
 しかし、その一般とは大きくかけ離れた南陽王国の王妹は特別席にはおらず、違和感無く傭兵の集団に身を沈めていた。どこで調達してきたのか、それとももともと持っているのか、飾り気のかけらもない実用一点張りの衣服に身を包んだアシュリーズを見て王族どころか国仕えの騎士だなどと思うものはいないだろう。アシュリーズは傭兵達の持つ一種独特の緊張感を漂わせていた。
「女騎士も結構いるんだな」
 一通り周囲の観察を終えたアシュリーズがそう感想を述べた。集めた傭兵は二十人ほどだが、そのうちの四分の一は女騎士だった。騎士の家系に、騎士能力を備えて生まれた女は「次世代の騎士を生むこと」が期待されるために、「騎士」になる者は少ない。そのため国仕えの騎士よりも流れの騎士の方が女の割合は多いのだが、それでもこの数は例外的に多い。
「南陽王国では女騎士の待遇がいいと聞いて、流れ込んでいるらしいぞ。特に女騎士を選んだわけじゃない」
 ガザンが言うと、アシュリーズは頷いた。
「女騎士が増えるのはいいことだ。イェナに言わせると、騎士団の連中は気が利かない上にむさ苦しい男どもばかりで、うんざりするらしいからな」
 その言葉にガザンは喉の奥を鳴らした。
「あの姐さんか。あれだけ美人なら、男どもがいくらでもよって来るだろうから、うんざりもするだろうさ」
 王宮に出入りするにあたって、ガザンは近衛騎士の面々に引き合わせられていた。もっと容姿の手入れをしないと陛下の目にとまったら何を言われるか分からないわよと忠告してくれた人物でもある。
「それより、リーズ、お前、自分の手で実力を確かめようってのか?」
 傭兵同士に手合わせをさせて、その闘いぶりを見るというのが、今回、この場所に集めた目的だ。傭兵のふりをして紛れ込むということは、アシュリーズ自身も手合わせに参加するということだろう。
「いや。確かめるまでもないだろう」
 ガザンの目を信用しているからなという王妹にガザンは肩を竦めた。
「それじゃ、なんでまた」
「傭兵は力のない人間には従わない。ならば、力を見せる必要があるだろう?」
 さも当然とばかりにアシュリーズは応じる。
「それに本気で剣を合わせてみたい騎士もいるから、ちょうどいい」
 琥珀の目が見据えているのは、ガザンが「一押し」と思っている年配の傭兵だった。その傭兵はこちらの視線に気づいてか、わずかに唇の端をつりあげた。
「お前でも、あれは難しいと思うぞ」
「だからといって、この機会を逃すわけにはいかない」
 そんなに熱い視線を注いだら、どっかの誰かが嫉妬するぞと言いかけたところに、その当人がやってきて、淡々と対戦の組み合わせを発表した。その中に自分の名前を聞きとってガザンは眉を寄せた。
「俺もやるのか?」
 厭そうな顔のガザンにアシュリーズが何を言うかとばかりに非難のまじった目を向ける。
「当たり前だ。私と対戦することになっても手加減する必要はないからな」
「そりゃあ、ないだろうとも」
 手加減してくれと頼まないといけないのはこっちのほうだ。この女騎士が王宮に戻ることなく傭兵を続けていれば、一財産作れたことだろう。ましてやウェイもついている。きっと自分の年には引退して楽隠居できたはずだ。しかし、「騎士」でない二人を想像するのは難しい。
「始まるぞ」
 生き生きとした表情でアシュリーズが告げる。彼女には王宮でおとなしくしているより、戦場に立っている方が遥かに似合うだろう。王族としては損な性分かもしれない。
 お偉いさんってのは、自分は安全な場所で命令を下すだけだとばかり思ってたけどよ。
 ガザンはぐしゃぐしゃと髪をかき回した。
 少なくともこの国では考えを改めなくてはならない。
 今回の戦、勝てばいっそうこの国には「騎士」が集まって来るだろう。
 この先、南方における「軸」は南陽王国になるに違いないとガザンは漠然とした予感を覚えていた。

 向かい合った騎士は青い目の奥で笑った。
 間違い無く、彼は状況を楽しんでいる。そして、自分も同じ目をしているだろう。
 騎士として生きる人間ならば、皆、同じかもしれない。
 すうと息を吐いてアシュリーズは刀身を下げた。相手も同じように剣をかまえなおす。足が地を蹴るや否や鋭い金属音が響いた。身を翻し、数度の打ち合いの後に飛びのき、再び間合いをとる。鋭い動きに空気がきしむのが肌に感じられる。
 今回ばかりは簡単に負けるわけにはいかない。
 魔法は使わぬという制限を設けている以上、魔法騎士である利点はないのだが、魔法を気にせずに剣に集中できるのは快い。
 攻撃に考えるより先に手足が動く。一年前なら引っかかっただろう誘いをかわすと、意外だったのか、青い目がわずかに見開かれた。
 瞳の奥の笑みが、いっそう深いものになる。
 闘いを楽しいと思うのは騎士の本能なのか。
 二人の騎士以外に動く者はいなかった。
 皆、二人の闘いに見入っている。一流の騎士同士の闘いなどそう見られるものではない。傭兵達は気圧されると同時に魅入られていた。
 激しい動きが不意に止んだ。場がしんと静まりかえる。どこをどうしたものか、剣先が女騎士のあごの下に突きつけられていた。そして、女騎士の剣先は相手のわき腹に当てられている。
「私の負けだな」
 アシュリーズは自らそう宣言した。
 本物の闘いならば、喉を突かれたほうが死ぬ。
 判定者のウェイが頷き、双方は剣を収めた。ほうと周囲から息がもれる。傭兵達の目にはまぎれもない賞賛とわずかな羨望があった。
 アシュリーズはウェイに近づき、その手元にある名簿をのぞきながら、数名の名前を挙げた。
「これでいいと思うか?」
 ウェイは黙ったまま首肯した。
「よし。リーク、貴殿を隊長に小隊を編成する」
 アシュリーズが先ほどの対戦相手の名を呼ばわると、戸惑いの表情が傭兵達の顔に浮かんだ。ぐるりと彼らの顔をアシュリーズは見渡した。
「私が王妹をやっているアシュリーズというものだ」
 アシュリーズが明かすと、驚きの声があちこちから漏れた。
「王妹をやってるって、仕事じゃなかろうが」
 ガザンが苦笑をこぼしている。だが、アシュリーズにとって「王妹であること」はまさに仕事だった。
「仕事だ。好きで選んだわけでもないがな」
 言いきって、アシュリーズは数名の名前を挙げた。
「以上の者はリークの下で動いてもらう。少し特殊な仕事をしてもらうことになるな。残りは私とこのガザンが直接、指揮をとる。私の下では戦えないという者は解約してかまわない。解約したからといって、処罰することはない。解約する気がなければ、この場に残ってくれ」
 アシュリーズはそう言い渡したが立ち去ろうとする者はいなかった。ほとんどの者は驚いたものの、面白がっている様子だ。
「さすがだな、ガザンは見る目がある」
「お褒めいただいて光栄でございます、王妹殿下」
 茶目っけたっぷりに仰々しくガザンが礼を取る。
「似合わないからやめろ。後は手はず通りに頼む」
 言うなり踵を返そうとしたアシュリーズをガザンが引き止めた。
「お前、一人で帰るのか?」
「もうすぐ護衛の交代時間なんだ」
 王妹稼業もそんなに暇じゃないんだと言うアシュリーズの言葉を遮って、ガザンは重ねて問う。
「そうじゃなくて、お前の護衛は?」
 何やら手元の書類に書き込んでいるウェイを見ながら言うガザンにアシュリーズは眉を寄せた。
「ウェイにはまだこっちの仕事があるだろう」
「……お前には確かに護衛はいらないだろうがな。時々、この国はひどく変だと思う時があるぞ」
 どこか呆れた口調でガザンが言う。いくら王都といえども、護衛をつけないでほっつき歩く王族は珍しい。しかし、アシュリーズの知る王族のほとんどは「同類」だった。
「ラーナが女王をやってるんだから、変で当然だ」
 双子の姉が聞いたら、どういう意味だと騒ぎ立てるだろうことを平然と言い放ち、アシュリーズは歩き出した。
 さて、次はフィルとノウィンか。
 近衛騎士の若者よりも、魔法士の少女から先に話をつけておく必要があるだろう。
 後ろも振り返らずに一人でさくさく歩み去る王妹の後姿を眺めながら、傭兵達は噂通り、この国の女王は変わっているのだろう確信に似たものを覚え始めていた。


 宵闇公国の第一公子よりの使者は若い娘だった。せいぜい十六、七歳というところだろうが身にまとう雰囲気は落ち着いたもので、青紫の瞳には知性と強い意志とが感じられる。小娘と侮れば、痛い目に遭うことだろう。
 そう考えながらルーダルは静かに、しかし、自分の存在を相手に知らせるべくゆったりした足取りで使者に近づいた。
 少女はルーダルに気づくと一瞬目を見開いた。なんとも言えぬ哀しげな表情を浮かべたが、それもすぐに消し去った。年の割にかなり自制心が強い人間のようだ。
「近衛騎士、ルーダル・セオンと申します。公子のもとまでの案内役を勤めさせていただきます」
 ルーダルが名乗ると、すぐに少女も名乗り返し、優美な礼をとった。
「私はセラナ・エスタスと申します。よろしくお願いしますわ」
 西方風の抑揚がついているが、流暢な南方語だ。公子と同じく彼女にも通訳は不要だろう。
「先にお断り申し上げておきますが、公子が滞在していらっしゃるのは淑女が足を踏み入れるのにふさわしからぬ場所と思われます。それでも、行かれるのですか」
 セラナはにっこりと微笑んだ。何やら妙な気迫を感じられる。
「そのことでしたら、先ほど女王陛下から伺いました。故国では、そのような場所に行くことはできませんから、この機会に足を運ばさせていただきますわ」
 謁見の際に、どんな会話を女王と交わしたのだろうか。
 興味はあったが、わざわざ尋ねる気にはなれない。
「それでは、こちらへ。馬車を用意してあります」
 ルーダルは先に立って歩き出した。
 公子だろうがなんだろうが、顔のいい騎士を召抱えることに女王はきわめて積極的だ。そして妙なところで勘が鋭い。完全なる破局を迎えさせるために、どういう場所に公子が逗留しているか、この少女に教えたのかもしれない。
 使者の少女は、ジラッド公子の「元婚約者」であろうとルーダルは察していた。

 宵闇公国の第二公子は細く長い指で愛用の弦楽器をつま弾いていた。
 請われるままに音楽を奏でる姿はいつものことながら公子というよりも楽師そのものに見える。おまけに美しい少女達に囲まれ、実に楽しそうだ。
 今この時に「使者」を伴って入室しなかったことを感謝してもらいたいと思いながら、ルーダルは公子に声をかけた。
「ジラッド公子、本国からの使者殿を案内して参りました」
 言ってルーダルが少女達に視線で席をはずすよう促すと、少女達はすぐにそれに従った。
「いてくれても、かまわないのに。そのほうが使者も喜ぶと思うんだが」
 名残惜しそうに少女達を目で追いながらジラッドが言う。
「私はそうは思いません。覚悟を決めたほうがよろしいですよ」
「どういう意味だ?」
「すぐに分かります」
 少女達が別の扉から出て行ったのを確認してから、ルーダルは使者を部屋の中に招き入れた。
「お久しぶりです、ジラッド様」
 西方の少女は事務的な態度で、一切の感情を見せずに挨拶を述べた。それと対照的に公子は楽器を手から落としかけるほどの動揺を示した。
「セラナ!どうして君がここに」
 明らかにまずいと思っている様子だが、少女の方はその動転振りを完全に無視していた。
「兄君より使者の任務を言い付かったからでございますわ」
「使者など他にいくらでもいるだろう。道中、何かあったらどうするんだ」
 自分は開戦間近に控えた国に長々と滞在しているくせして、他人の身の安全は気になるらしい。まあ、それも相手が彼女だからだろう。
 それにしても、彼らは自分の存在が気にならないのだろうかとルーダルは首を傾げた。
 まさか、西方語を理解できないと思っているのではと気になったが、口をはさめる雰囲気ではない。
「あいにくと、この務めは私の個人的問題と関わりがございますの」
 こちらにと書類らしきものを少女は取り出した。
「署名してくださいませ。これがなくては、身動きが取れないと兄君はおっしゃっておりますの」
 うろたえている公子にかまわず近づくとセラナは書類を鼻先に突き付けた。
 何が書類に書いてあったのか、ジラッドの顔がこわばる。
「これは?」
「読んでの通り。婚約解消にあたっての証明書を作成するよう、おおせつかったのですわ。それもこれも、あなたが婚約解消を口頭でのみ兄君に報告し、出国なさるから余計な手間がかかるんです」
 説明に嫌味をつけたす様子はどこぞの近衛騎士に似ている。
「しかし、わが国では婚約解消に証明書など必要ないだろう?」
「ええ。それでも、兄君はどこかの誰かと違って、きっちりと手続きをとる性格でいらっしゃいますから。縁談をまとめるのに障害となる可能性を排除したいので、私も同意しましたけれど」
「……縁談?」
 小さくジラッドは呟いた。
「ええ。そこに書いてありますでしょう?この者が今後いかなる人物と縁組を結ぼうと、関与することなし。元婚約者の地位をふりかざして難癖つけられては私も迷惑ですから、書類を作成することに同意したのですわ」
「君は私が反対するような男と縁組しようというのか?」
 わずかにジラッドの口調が強いものになる。
「人格的にはジラッド様より遥かに優れていらしてよ」
 にこやかな顔でぴしゃりと言ってのける少女の態度は挑戦的だった。
 反対できるものならしてみろということらしい。
 退室の機会を見つけられないままルーダルは傍観者に徹している。
「家柄もよろしく、文句無しの相手ですわ」
「私の知っている人か?」
「ええ、よくご存知でしてよ、兄君ですもの」
「兄上?私以上に年が離れているじゃないか。子供だって、君とそう年が変わらない。それに、兄が君の家を継ぐことはできないだろう」
「年齢など関係ありませんし、家督相続についてはご心配なく、私が継ぎますわ。私が生んだ息子が家を継ぐことで同意していますし、問題はありません。我がエスタス家が大公家を支持する条件は、縁戚関係を結ぶことでしたもの。約束を反故にするわけにはまいりませんでしょう」
「君はそんなに私が嫌いなのか」
 微かな声だったが、それははっきりと耳に届いた。セラナも同じだったらしい。きゅっと唇を引き結んだかと思うと、一息に言った。
「いいえ、好きですわ。でも、私は姉の代わりにはなれませんの」
 そういうことかとルーダルは得心した。
 ジラッド公子のように聡明な人間も恋愛となると途端に愚かになるらしい。
 ルーダルはこっそりため息をついた。
「飲み物でもお持ちしましょうか」
 声をかけると驚いた様子で二人は同時にルーダルを見た。ようやく、彼の存在を思い出したらしい。
 手のかかる人達だが、戦が始まる前にこの館から追い出すにはいい機会かもしれない。