女王と騎士

第三部 夢と現-百騎夜行編- (33)

 王都警備隊所属の騎士は陽神殿の中庭で子供達と遊んでいた。さぼっているわけではなく、非番なのである。もともと子供好きの上にお目当てが神殿内にいるため、神殿に足繁く通っているのだ。もはや神殿においてアインは馴染みの顔である。
 そのアインが飽きることなく子供達の相手をしていると、養育係の神官が勉強の時間だと呼びに来た。またねと手を振り、子供達が去って行くのを見送る彼の頭上から声が降ってきた。
「アイン、お茶でもどうだい?」
 神殿育ちの同期の騎士が窓から顔を出している。神官位も得ている彼は数日ごとに神殿を訪れては礼拝に参加するのだ。
「もらおうかな」
 招きに応じてアインが建物の中に入るのを、不審に思う者は誰もいなかった。
「ご苦労だね、アイン。子供達の相手は疲れるだろう?」
 神官達の休憩室で湯気の立つ茶器を渡しながらユリクは言った。この部屋にはいつでも湯が用意されており、お茶を誰かに入れてもらえる身分にない若い神官達が立ち寄るのだ。
「そうでもない。故郷にいた頃は小さい子供のお守りをするのは当たり前のことだったからな。……やっぱり、妙な連中がうろうろしてるぞ」
 一口飲みかけて、熱い、とアインは口から茶器を離した。
「礼拝にも紛れ込んでいるし、リシュテの身辺を嗅ぎまわっている連中もいる。神殿の人間はリシュテのことを男が聞きたがるのはいつものことだから気にしていないみたいだけどな」
 先日、女神官リシュテに会った後、一人の男が消息を絶った。その男は南部の貴族で、王家に謀反を企んでいたのである。アインはなりゆき上、その事件の始末にまで付き合わされることになり、専ら女神官の身辺警護にあたっている。
「さすがに急病で倒れた後に連絡が全くとれないとなると怪しんで当然だからね。いっそ、向こうが思いきった行動に出てくれたほうがこっちは楽になる」
「リシュテを囮に使うつもりか?」
 非難がましくアインが見やると、ユリクは肩を竦めた。
「一番彼女が無防備と思われているからね。それにリシュテも承知の上だし」
「よく平気でそんなことを。幼馴染だろう?」
「だからこそ、信頼してるんだ。それになにより君がついているわけだし。身を呈してでも守ってくれるんだろう?」
 にこやかな笑顔で言う神官兼近衛騎士にアインは大げさなため息をついて見せた。
「お前って、前から思ってたけど、時々、本当にやな奴になるよな」
「お褒めいただいて光栄、だね」
 怒るどころか楽しそうにユリクは笑う。ふんっとアインは鼻を鳴らした。
「フィルのようなお人好しにしか、つきあえないはずだ。そう言えば、フィルのやつ、最近、見かけないけどどうしてる?」
「特別任務で王都を離れているんだよ」
 さらりとユリクは答えた。
「ふうん?」
 特別任務と聞いただけで、アインにそれ以上の説明は無用だった。
 近衛騎士というのも大変なものだ。あの女王に直接こき使われるのだから。
 女王の眼鏡にかなわぬ顔に生んでくれた母親にアインは感謝した。
「ごちそうさん」
 返された器の中を見てユリクが眉を上げる。
「全然、飲んでないね」
「シインさんに頼まれたからって、俺まで実験台にすんなって。俺は鼻がいいんだ」
「臭わないって言ってたんだけどな」
 誤魔化しもせずにユリクは「混入」を認めた。彼は自分を実験台にしない代わりに、他に実験台を提供するという協定を女薬師と結んでいるのである。
「臭うもんは臭うんだ。次はまともなもん出してくれよ」
 まったく油断も隙もない。
 またなと片手で挨拶し、アインは部屋を出た。
 さて、嫉妬に狂ったふりして、連中に喧嘩ふっかけてみるかな。
 リシュテの近辺をうろついている男達の動きを鈍らせるべく、アインはそのまま犠牲者を捜しに出かけた。
「うーん、シインさんが実験台にしたがるはずだね。最終試験は不合格、と」
 残されたユリクはそんなことを呟いて、対騎士用無味無臭睡眠薬入りお茶を窓から捨てたのであった。


 祭礼用の衣装を仕立てるべく採寸していた衣装係は女王がもらした言葉に首を傾げた。
「失敗した、とおっしゃいましたの?」
 今度は何をしでかすつもりだったのだろうかと考えながらミューカは聞き返した。
「うむ。今、フィルとノウィンを一緒に任務につけているのだが、まずかったのではと思ってな」
 仕事のことで悩んでいるとは珍しいと随分と失礼なことを考えたのだが、無論、それをミューカが口にすることはなかった。そもそも女王は失敗をうじうじ後悔している暇があれば、次の手立てを考えるという考えの持ち主なので、珍しいことには違いない。
「あの二人には手に余るような任務ですの?」
「いや、任務自体はうまくいくだろうが、それ以外において問題が生じるのではないかとな」
「それ以外、とおっしゃいますと?」
 数値を書き留めながらミューカは尋ねた。
「ほら、あの二人は前にも噂になっただろう? これでより親密になって、また噂が広まるのではないかと思ってな」
 最初のうちこそ、面白がっていたのだが、ものには限度があるというものだと女王は真面目な顔で言っている。
「陛下はお気に召しませんの? 身長も容姿もつりあっていると思うのですけれど」
 子供の頃より、そば近くにおいているフィルはもちろん、ノウィンも出身地が同じだけあってクルス・アディンに近い容姿を備えているから女王が気に入らぬはずはない。
「見るだけならばな。しかし、美形には増えてもらわねばならん」
 女王の口癖である。
「おまけに優秀な騎士と魔法士だ」
 美形の騎士と魔法士、女王にしてみれば大変結構な組み合わせではないかとミューカは眉根を寄せた。
「なにが問題ですの?」
「血が絶えるじゃないか」
 きっぱりと女王は言いきった。ミューカはますます眉間のしわを深くした。
 あの二人のどちらかになにか問題でもあるというのだろうか。
 続く女王の言葉にミューカは我が耳を疑った。
「男同士ではいくら見た目がよくても増えないだろう」
「……あの、陛下」
 ようやくミューカは「誤解」に気づいた。ミューカにとっては、ごく当たり前の事実であったのだが、改めて記憶をたぐれば女王や侍女達の言動に「おかしなこと」が多々あった。
「ひょっとして陛下、ノウィンさんを男性だと思っていらっしゃいますの?」
「違うのかっ!?」
 その女王の驚きぶりにミューカはノウィンへ同情した。確かに南陽王国においてはずばぬけた長身だが、着やせして見えるだけで、ノウィンは年相応の体つきをしている。とはいえ、ようやく十五歳になったところなので、女性らしい体型とも言えないのだが。
 身長に加え、浮世離れした雰囲気とどちらかといえば中性的な容貌ゆえに性別を取り違えられるのだろう。
 この分だと、ほぼ間違いなく女官や侍女達も誤解しているのだろう。もし、彼女達のなかに真相を知っている者がいれば、女王のもとにも情報が届いたはずだ。
「ルーダルのような男性はそうそういるものではありませんわよ」
「昔のルーダルのほうがノウィンよりずっと女の子に見えたぞ」
 この私が一目で敗北を認めたのだからなと妙なところを女王は力説している。
 そう言えば、ルーダルが陛下と最初にあった時、「私の負けだ。これは認めざるを得ぬ」とかわけのわからないことを呟いていて変なガキだと思ったとか言ってたわね。
 とうとうとルーダルの第一印象とやらを語る女王を無視してミューカは採寸を続けた。いちいち女王の言葉を真剣に聞いていては仕事にならない。女王の話を聞き流していると、不意に矛先が自分に向けられた。
「ということで私としてはルーダルにはぜひとも娘をもうけてもらいたいわけなのだが、ミューカは協力するつもりはないのか?」
 いつのまにか、別のことへと女王の興味の対象は移っていたらしい。
「できるものであれば、協力させていただきますけれど」
 慌てず騒がずミューカは応じた。
 子供の産み分けはもちろん、容姿まで意図して産めるものではない。
「できるだろう。さっさとルーダルと結婚してやってくれ。あれは浮気もしないし、余計な手間はかけさせないだろう」
 道具を仕舞いながら、あら、とミューカは女王を見上げた。
「結婚はしますわよ? 報告書があがっているはずですけど、ご覧になりませんでした?」
「なにっ、いつの間に!」
 貴族同士の婚姻は形式的に女王の許可がいる。上級貴族ともなれば、重臣達の会議にもかけられる。しかし、ルーダルもミューカも貴族ではないために、結婚に関しては職務上、上官あるいは上司への報告義務はあるがそれだけだ。ただルーダルは近衛騎士であるので、女王にもその報告が上がっているはずだった。
「そうですね、五日程前に許可が下りたと言ってましたけど」
 女王はしばらくの間、黙って記憶をたぐっていたようだ。寝てたか、と呟きがもれる。
 女王が何も言わないから不気味だ、何を企んでいるのだろうとルーダルがいぶかしんでいたはずである。また女王は寝ぼけながら決裁していたらしい。
「いつ求婚したんだ?」
 興味津々と女王が身を乗り出してくる。
「一年くらい前でしたけど」
「そんなに前なのか」
「返事を保留にしてましたから」
 ルーダルの気が変わるのではないかと思ってとミューカが言えば、女王は眉をつり上げた。
「いい男はすかさず確保するものだろうが!」
 女王はこの言葉で常に未婚の女官、侍女を叱咤激励している。
「私にはいい男過ぎますもの。もったいないと思って」
「なにを言う、あれをいいようにあしらえるような女はそなたくらいしかおらぬわ」
 まったくわけのわからんやつらだと女王はぶつぶつこぼしている。
「よろしいではありませんの。結局は陛下のお望み通りになったのですから」
 ううむと女王は唸り、裾を払って椅子に腰掛けた。
「婚礼はいつだ?」
「夏至にでもと思ってますわ。その頃までには戦は終わっておりますでしょう?」
「うむ、任せておけ。なんとしてでも終わらせてみせるわ。して、祝いを贈りたいのだが、なんぞ欲しいものはあるか?」
「私としましては見映えのよいお方達の婚礼衣装を手がけさせていただけましたら、それでよろしいのですけれど」
 例えばと現在恋愛進行中の若い貴族達の名をミューカは挙げた。女王とミューカには「美しいものが好き」という共通点があるのである。
「そのくらいなら、なんとかなるが、それだけではな」
「では、碧海国の染料をこちらでも流通させていただきたいですわ。数が限られているのですけれど、紅砂王国の商人が一手に握っていてなかなか手に入りませんの」
 手に入りがたい、すなわち、数が少なく高価ということである。碧海国は過去に南部の沿岸諸国から侵略を受けたこともあって、南部諸国よりも東部の紅砂王国と交流が深く、島伝いの独自の航路を持つのだ。
「くれというのなら簡単ではあるが、流通させろとはな」
「私、無理は申しておりませんわよ?」
「確かに。紅砂王国は暁王国との競り合いで情勢不安になっておるからな」
 戦が激しくなれば、交易どころではなくなる。そして、戦になれば最終的に勝つのは暁王国だろう。紅砂王国が倒れれば、南部沿岸諸国への牽制のために、碧海国はためらいなく暁王国に交易相手を替えるはずだ。
 そして南陽王国は実情はともかく、暁王国と良好な関係にある、と少なくとも周辺諸国には思われている。森緑王国との戦に南陽王国が勝てば、碧海国の方から次なる布石を打つべく近づいて来るだろう。
「陛下の御結婚のおかげで北方との交易も順調ですし、碧海国の産物は北でも高く売れますわよ」
 その逆も勿論、とミューカは嬉しそうに言った。
「最近では西の方からも北方の産物を求めて商人が来るんですのよ。おかげで、色々と素材が手に入るようになりましたわ」
 商業の発展は大いに彼女の仕事に貢献するのだ。女王はそんな衣装係をまじまじと見ながら質問を発した。
「ミューカ、そなたどうして財務官にならなかったのだ?」
 そんなこと、とミューカは笑った。
「書類より布地の方が美しいからに決まっているじゃありませんの」
 それは女王を納得させるのに十分な答えであった。