女王と騎士

第三部 夢と現-百騎夜行編- (4)

 王都警備隊は騎士を含めた三十小隊から成る。
 市街区の東西南北及び中央に詰所があり、当直の半数が詰所に控え、残り半数が担当区域の巡回に出る。これらの王都警備隊に所属する騎士は戦時には近衛騎士とともに国王直属騎士隊に編成されるため、実質的には近衛騎士団と言ってもよいだろう。また、飽くまで噂に過ぎないが、顔が女王の好みでなかったために、近衛騎士に採用されなかった騎士の配属先が王都警備隊だと言われている。それは腕利きの騎士が揃っていることを意味した。
 王都には多くの人間が流れ込み、当然ながら、その中には騎士能力者も含まれる。騎士能力者を生かしたまま取り押さえることは生半可な腕ではできないために、実質上、王都警備隊の騎士には高い能力が要求されるのだ。また、日々、実戦の機会に恵まれることにより、更に腕も磨かれる。近年では有望視されている新米騎士が王都警備隊で数年もまれた後に、地方の各騎士団に送られるという仕組みもひそかに整いつつあった。

 王都第三警備隊に配属されて二年目になる騎士は早く交替時間にならないだろうかと日没を待っていた。王都西の警備隊詰所は日中は暇である。それというのも、担当区域が歓楽街であるからだ。日が落ちてから夜が明けるまでが、西区域担当の第三警備隊における実質的な勤務時間となる。
 黒髪青目に陽気な性格の若い騎士は南陽王国民の典型と言って良かった。そして、彼がその人物を目にした時の反応も、やはり、彼の同期の騎士における典型だった。
「げっ、出たっ」
 椅子をがたがた鳴らして、立ち上がった騎士を不思議そうな顔で他の隊員が見遣った。詰所の入り口には若い女神官が立っている。この国では珍しい金茶の髪を持つ長身の娘だ。
「その態度は何だよ、アイン?せっかく、わざわざ挨拶に出向いてやったってのに」
 聖職者にしては、かなりぞんざいな口調で女神官が言った。
「エセルっ、お前こそ、その恰好は何だっ」
 弾劾するかのように、若者は指を彼女に突き付けた。
「これ?」
 エセルはぴろっと自分の神官服をつまんで見せた。白地の長衣に青い上衣を重ねた神官服は、陽神殿の神官が身につけるものである。
「本神殿に顔を出したらさ、ついでだから神官位認定試験受けろって言われて、受けたら合格しちゃってね。さっき聖別式に出たとこ」
「絶対、神殿の試験って、おかしいと思うぞっ。ユリクはともかく、お前に神官位を与えるなんて、間違っている!」
 かつての騎士見習い時代の仲間に向かって、アインは極めて強く主張した。
「正神官はなり手が少ないからねぇ。儲からない商売だし」
 北方と違い、南陽王国では貴族の次男、三男が聖職者になることは少ない。またそれは神殿の国政への影響力が低いことも意味した。
「神殿に寄進するの、やめるぞ、俺は」
「あ、そう。リシュテに言っておくよ」
 現在、王都の若者達の間で人気の高い本神殿の女神官の名を出した途端、アインはひるんだ顔になった。この美しい女神官が週に一度行われる礼拝式に出るようになってから、若者の信仰心が増し、参列者が増えたと専らの評判である。
 ふふんとエセルは鼻を鳴らした。
「来週あたり、礼拝式に出るからさ、お布施よろしく」
 見た目だけなら、美人の女神官が増えたことを喜ぶ男どもは多かろう。だが、飽くまでエセルという人物を知らない人間に限ってのことだ。
「…破壊女神官が増えたところで、喜ぶ奴はいないぞ」
「治安維持には役立つじゃん」
 破壊女神官の称号を生み出した女神官は神殿の教えに背く不心得者の排除を第一の務めにしている。彼女の預かる小神殿周辺は「警備隊要らず」の地区として、巷で有名だった。
「お前は治安妨害にしか、役に立たんっ」
 きっぱりと断言した言葉は二年間にわたり共に王宮で暮らした騎士見習い生活に裏打ちされている。
「お前は、三年前のあの時だって」
 以前、抱いた怒りを思い出してか、アインが拳を握り締める。
「やだな、昔のこと持ち出すなよ、年より臭い」
「王都においてなされた騎士の犯罪に対する検挙権は五十年間有効だっ!」
「おや、まあ、すっかり詳しくなっちゃって。でも、私、神殿法に従ってるからさぁ」
 聖職者の身柄は神殿に所属し、その犯した犯罪は神殿法の下に裁かれる。世俗の法よりも厳しい場合が多いのだが、神殿裁判で無罪となれば、世俗の法廷において裁かれることはない。南陽王国のように神殿勢力の比較的弱い地域でなら、世俗の権力が圧迫を加えて、聖職位剥奪という形で世俗の裁判権に引き渡しを要求することが可能だが、神殿勢力の強い地域においては神殿は犯罪者を庇護することも可能なのだ。それでなくとも、身元保証がされているということで、何かと優遇措置が取られる。
「それが狙いかっ!」
 一信徒が神殿に対する不信感をますます募らせた時、そこへ第三者が介入した。
「何を騒いでいる」
 戸口をくぐって入って来た若者は金茶の髪の人物を目にすると同時に自分の問いに対する答えを見付けた。表情を余り変えぬ若者の暗緑の瞳が微かに陰ったのをエセルは見逃さなかった。さりげない動作で懐に手を入れながら、若者に近付く。
「エルード、久しぶり」
 にっこり笑ってエセルは彼の手をぎゅっと両手で握り締めた。
 何も知らない隊員達が羨ましそうな顔をする。
 次の瞬間、白銀の光が走り、エセルはテーブルの上に飛び乗っていた。ぽてっと何かが床に落ちたことに気付いた者はアイン以外にいない。その場にいた人々はあっけに取られて、二人を交互に見遣った。
「相変わらず、速いね」
 にやにやとテーブルの上に片ひざをついたままエセルが笑う。
「お前こそ、相変わらずだな、エセル!」
 いきなり剣を抜きはなった若者は構えを緩めぬまま、物騒な光をたたえた目で女騎士を睨みつけた。
「私、丸腰なんだけど?」
「喧嘩を売ったのはお前だ」
 第二撃を繰り出したエルードの脇を掠めてエセルは詰所を飛び出して行った。裾がめくれ上がろうが、おかまいなしである。その後を、エルードが追う。
「おい、エルード!」
 アインが我に返って慌てて呼び止めようとしたが、その声はもはや届いていなかった。もうすぐ交替時間なんだけどな、とアインは諦め顔でつぶやいた。
「なぁ、アイン、今の何だ?」
 エセルを知らない同僚にそう尋ねられ、アインは自分の髪をかきまわした。エルードがいきなり丸腰の相手に剣を抜くなんて、と皆驚いているようだ。なにせ、日頃は冷静な若者だ。
「因縁の対決…あいつらにとっては恒例行事みたいなもんだな」
 言った騎士の視線の先では冬眠中に起こされたらしい蛙が眠たげに床に転がっていた。エルード・ネフザがこの生物を大の苦手とすることを、彼と共に王宮で暮らしたことのある人間で知らぬ者はいなかった。


 娘は器用に細く束ねた黒髪の先に金の髪留めをつけていた。
 寝台と小さい衣装箱があるだけの質素な部屋は暗かったが、彼女には関係なかった。
 細工の施された髪留めは陽神殿の神官であることを示すと同時にその神殿における位を示している。彼女はまだ若く、その位は高くないので、髪留めの石の色は淡い水色だった。
 布が擦れる音に、彼女は手を止め、息を切らして窓から部屋に飛び込んで来た人物に光を映さぬ青い瞳を向けた。彼女の視界は闇に閉ざされているが、別の感覚がその人物が何者であるかを告げていた。それがなくとも、窓から入って来る人間など、彼女以外にリシュテは知らない。
「どうしたの、エセル?」
 騎士である彼女が息を切らせるなんて、珍しいことだ。
「ちょっと鬼ごっこ。やっぱ、丸腰だときついな」
 乱暴に神官服を脱ぎ捨てながらエセルは応えた。
「エセル、ちゃんと服をたたんで」
 彼女とリシュテは共に神殿で育った「兄弟姉妹」である。互いに遠慮する間柄ではない。わかったよと丁寧とは言いかねる手つきでエセルは神官服をたたみ、衣装箱へとしまった。
 近付く気配に、あら、とリシュテは笑いをこぼした。
「エルードね」
「よく分かったね?」
 気配に聡いとはいえ、リシュテは騎士能力を持たない。誰の気配か区別するには、ある程度、親しくなっていなければできないことだ。
「彼はよく神殿に来るのよ。夜中が多いけれど」
 本神殿では三女神を祀る小聖堂が一日中解放されているのだ。これは神殿の入り口のすぐ横にあり、誰でも自由に出入りすることが許されていた。そして、エルードは時折、巡回の帰りに立ち寄る。短く挨拶を交わす程度だが、もしリシュテの目が見えていれば、会釈程度で済ませるだろうほどに、彼の口数は少ない。
「へぇ?信心深い性格には見えないけど」
「そうね。祈っているというより、挑戦しているような感じがするわ」
 エセルはその言葉に笑い声を上げた。容易に若者が神像を睨みつける様子が想像できる。彼は神になど頼りはしないだろう。
「そりゃあいいや。で、悩める青少年に女神官様は救いの手を差しのべたわけ?」
 リシュテは薄い肩を竦めた。長い髪の先を束ねる髪留めがしゃらりと鳴った。
「彼は救いの手なんか必要としてないわ」
「そう?」
「少なくとも、人の手は必要としていない。自分で解決しようとしているわ」
「フィルと違って?」
 からかうようなエセルの問いにリシュテは苦笑をこぼす。
「そんなに噂になってるのかしら?」
 神殿一の美人と言われている女神官と若い近衛騎士が親しくしていれば、目立たぬはずがないのにとエセルは笑った。
「なってる、なってる。王宮の女の子達が、私がリシュテと幼なじみだって知った途端、真偽の程を確かめてくれって言うんだよ。ユリクやフィル本人の言葉じゃ信じられないって。で、実際のとこ、リシュテはどう思ってんの?」
「フィルは気持ちのいい人だし、いい友人だとは思っているけど、それだけよ。私はただの相談相手。ついでに一言、言わせて貰えば、今の所、彼は色恋沙汰に興味なんか持ってないわね。いかにして、立派な騎士となるか、それだけで手一杯というところかしら。余計なことかもしれないけど、恋のひとつやふたつ、してみたらと言いたくなるくらい」
 澱みのない口調がそれが嘘ではないことを物語っていた。
「そういう助言をするリシュテは恋してみたわけ?」
「機会は狙っているのよ?でも、あなたやユリク以上に好きだと思える人間に出会えないのですもの」
 残念だわとリシュテは溜息をついてみせる。
「熱心に礼拝に通っている男どもが泣くよ」
 着替え終わり、剣帯をつけたエセルは笑って、窓に近付いた。鮮やかな緑の帯を腰に巻いた服は東方風のものである。
「それじゃ、次の礼拝式でね」
「顔に怪我はしないように気を付けてね」
 見栄えのする神官というものは礼拝式に信者を集めるのに貢献するものだ。
 リシュテにエセルを止める気は全くない。
「努力する」
 ひょいとエセルは窓を乗り越え、風変わりな手合せの続きを開始した。


 雪が降るのは百年に一度あるかどうかという南国とはいえ、冬になればそれなりに寒い。しかしながら、この季節は眠るにはよい季節だ。ぬくぬくと毛布にくるまって、飽くことなく眠りを貪っていたルーダルは母親の威勢のいい掛け声と共に毛布をはぎ取られて仕方なく眠りの谷から浮上した。
「相変わらず、寝起きと寝相の悪い子だねぇ」
 呆れた顔で毛布を片手に母親が見下ろしている。自分が使用したはずの寝台は部屋の反対側にあった。上質の絨毯が敷かれた部屋はさほど広くなく、寝台のほかは小さな衣装棚と机があるだけだ。だからこそ、物に引っ掛かることなく、壁際まで転がったのである。
「たまに帰って来たと思えば一日中眠ってるんだから。少しは手伝いな」
 しぶしぶとルーダルは起き上がり、壁にもたれかかった。
「なにを手伝えと?」
 前髪をかき上げながら母親を見遣る。これが母親でなければ、その色香にどきりとしたかもしれないが、母親の目には寝ぼけているだけにしか見えない。
「ギールがゆうべ怪我したんだよ。クェトも腹の具合が悪いっていうし、用心棒がこれじゃあ頼りないだろ?いざって時にお前を起こしていたんじゃ間に合わないからね」
「…わかりました」
 あくびをしてルーダルは立ち上がった。部屋に差し込む光の加減からみて、もう夕暮れが近いのだろう。店の女達が支度を始めているのか、空気が騒がしい。
 ルーダルが「家」に帰ったのは昨夜遅くだ。そのまま、すぐに眠ったから、半日以上経過していることになる。王宮には明日の昼までに戻ればよい。店開きの前に腹に何か入れておくかとルーダルは厨房に向かった。


 同じ日の夜、招集をかけたついでに各騎士団長をねぎらうという名目で、ささやかな宴が王宮では開かれていた。珍しく長衣をまとった王妹の姿に、小さなどよめきが起きたのを女王は見逃さなかった。アシュリーズがこのような席に出て来るのは希で、女性らしく長衣をまとうのは更に希なことだ。本人がどう考えているかは知らないが、その姿は若い貴族達の野心を煽るには十分だった。
 深い青の下衣にそれより淡い色合いの、金糸の刺繍が施された薄布を重ねた長衣は衣装係が苦心して王妹を捕まえ、寸法を取っただけあって、やや背の高いアシュリーズにしっくりとなじんでいる。
 我が妹ながら目の保養になると女王は目を細めた。それから、広間の中央で竪琴を奏でている青年に目を向けた。
 南陽王国で開かれる宴において歌舞音曲の類いを披露するのは芸人ばかりではない。客達が周りに請われるままに、あるいは、宴の主に捧げるために、それぞれが得意とするものを披露する。意中の人に、詩を捧げるなどというのは古典的な恋の手管だ。詩を吟じながら相手を見詰めたりするわけだが、肝心の相手の注意が自分に向いていなければ、どうしようない。
 今も、この竪琴の奏者が恋唄を奏でながら熱っぽい視線を王妹に送っているのだが、彼女は美しい音色に耳を傾けたりはせず、むさ苦しい将軍を相手に熱心に語り合っていた。青年にとって、せめてもの救いは将軍が妻子のある年配者であることだろう。
 いや、かえって自尊心を傷つけられたかもしれぬなと女王がにやにやしていると、夫に小声で注意された。
「陛下、一応、悲恋を歌っているのですから、笑っては失礼ですよ」
 何しろ、名目上は女王に歌を捧げるということになっているのだ。女王が聞いてやらねば、青年の立場はない。
「どうせ、私のほうは見ていないだろうが」
 そう言いながらも、アシャラーナは扇子で口元を隠した。
「あの者も愚かよな。アシュリーズに聞いて欲しくば、堂々とアシュリーズに捧げると言えば良いものを。そうでもしなければ、アシュリーズは気付かぬぞ」
「仮にそうしたところで、儀礼以上の意味が込められていることにアシュリーズ様が気付くとは思えませんが」
 アシャラーナは小さく噴き出した。
 クルス・アディンの言っていることは確かだ。王宮に戻った当初、若い貴族達からの贈り物に、どうして見知らぬ人間からものを貰わないといけないんだという感想をアシュリーズが述べたことを思い出す。美しい織物や装飾品といった、いかにも若い娘の好みそうな贈り物は、アシュリーズの心をつかむどころか、女官達にいらぬ遊び道具を与えたとひどく不評だった。貴族の若君達にしてみれば、名馬や書物といったものの方が喜ばれるとは思ってもみなかっただろう。
 アシャラーナはようやく歌に注意を戻した。
 歌われている曲は、身分違いの美しい娘に思いを寄せる若者の心情を歌ったもので、歌い手の思いをなぞらえるには適している。ただ、それがアシュリーズに通じるとは女王にも思えなかった。自分と歌の中の登場人物を結び付けることなど、彼女の双子の妹は考えもしないだろう。
「陛下」
 再び口元の緩んだ女王をクルス・アディンが咎める。
「笑わせたのは、そなただ」
 もとより、身分違いを理由に思いを打ち明けもせず、一人でうじうじ悩む男なぞ、うっとうしいだけだと歌に集中できなかった女王の心は完全に演奏から離れていた。しめやかな恋心など、女王には無縁のものである。女王はさっさと別の方向に思考を向けた。
「もし、そなたがアシュリーズを口説かねばならぬとしたら、どうする?」
 また妙なことを聞くと思ったのだろうが、クルス・アディンはすぐに答えた。女王と付き合っていく以上、予想外の質問などにいちいち戸惑ってはいられない。
「まずはウェイに消えて貰わねばならないでしょう」
 間髪入れぬ答えに女王は軽く目を見張った。
「…ふむ、それはそうだな」
 王妹らと共に暮らしていたヴェルシュの観察によると、アシュリーズに下心を持って近付こうとする男はウェイの一睨みで撃退されていたという。ついでに、アシュリーズはアシュリーズで、相手が実際に行動に移すまで、相手の想いになど、さっぱり気付かないという鈍い所がある。単にウェイ以外の男など眼中になかったからでもあるのだが。
 そのウェイを排除するという方法は最も確実性が高いと同時に最も困難な方法だ。
 それから、とクルス・アディンは微かに笑って付け加えた。
「陛下にも消えていただかねばなりません。私がアシュリーズ様を口説く最大の障害になられるでしょうから」
 じろっとアシャラーナは琥珀の目で夫をねめつけた。
「言い出したのは陛下ですよ」
 クルス・アディンはすました顔で応じる。
 演奏が終わり、今のやり取りなどなかったかのように女王夫妻は揃って微笑を浮かべ拍手をした。このようなところは、随分、息が合って来た、などと近衛騎士隊長がひそかに満足していることには気付かない。
 奏者に言葉をかけた後、再び女王は妹に視線を戻した。アシュリーズは見覚えのある青年と楽しげに話をしていた。
「第五騎士団副団長のカリュート殿ですか」
 一度紹介されただけの相手をクルス・アディンはしっかりと覚えていた。
「うむ。のんきそうに見えるが、なかなか頭も切れてな。…騎馬隊を指揮させるならば、あの男だろう」
 ちらりとアシャラーナは周囲に視線を巡らせた。
「アシュリーズ狙いの男どもが焦っておるわ」
 広間のあちこちで、落ちつかなげに王妹達に目を走らせる青年が見受けられる。
 なにしろ、現在の宮廷においてアシュリーズが近衛騎士以外の若い男と親しげに語り合うことなど、皆無に近い。
「宮廷の撹乱を目的とする者達もさぞかし喜んでいることでしょうね」
 口元だけに笑みを浮かべて、クルス・アディンが言えば、
「そなたも仕事が増えて嬉しかろう?」
 同じように瞳にだけ皮肉をこめて笑顔でアシャラーナが応える。
 ほほ笑み合う女王夫妻の仲睦まじい様子に、理想の夫婦像を見て夢の世界に浸っている若い娘達には、この会話が聞こえなくて何よりのことだった。