女王と騎士

第三部 夢と現-百騎夜行編- (42)

 赤い炎が燃え盛っていた。
 降り始めた小雨などものともせずに、貪欲に建物をなめつくし、灰に帰していく。「操り人形」もその製作に関わったものも全て炎の中に消えた。魔法力で呼び出された炎は石をも変形させ、小さな館が焼け落ちるまでさして時間はかからなかった。
 日が傾く頃には炎も鎮まり、くすぶる煙は薄くなった。最後まで残った石の壁が音を立てて崩れたとき、リークが終わったなと呟いた。フィルは、はっとして自分の荷物から布に包まれた札を引き出した。
「これで契約完了となります。皆さんへこれを陛下から預かってまいりました」
 フィルは一枚一枚、傭兵達に札を手渡した。契約金の半金に相当する手形である。
「さすがに、女王様は金払いがいいな」
 傭兵の一人が機嫌よく言った。偽物じゃないかと疑われずにすんでフィルは内心ほっとしていた。確かに本物ではあるのだが、それを証明するのは換金場所でしかできない。そのフィルに向かって手が差し出される。リークだ。
「……やはり、受け取るんですか」
 青い目が笑った。
「無論。休暇中だからな」
 休暇中だからといって、傭兵をやっていいものだろうかと疑問に思いつつもフィルはおとなしく手形を渡した。
「これで休暇は終わりとしよう」
 その声に、ほとんど反射的にフィルは背筋を伸ばした。何事かと傭兵達が怪訝そうに二人を見やる。
「これで貴殿らの契約は終了したわけだが、その働き振りを見込んでひとつ提案がある。南陽王国の騎士として仕える気があるならば、快く我らが仲間として受け入れたいと思うが、どうであろうか」
 不意に口調をがらりと変えた騎士を傭兵達はぽかんとした顔で見やり、それから救いを求めるようにフィルを見た。フィルとて、いきなり何を言い出すのだと戸惑ってはいたのだが、そこは常々女王の唐突な言動に鍛えられていただけあって、すぐに対応した。
「この方は、近衛騎士隊長シェイド・エウリク殿です。女王陛下の最も信頼厚い騎士であり、女王の代理として騎士任命を行える権限を付与されていますので、この場での任用が可能です」
 簡単に説明しながらフィルはそう言えばと思い出していた。女王の即位前後にわたる権力争いで、中堅どころの騎士の数が減ったと母がよくぼやいていた。近衛騎士がほとんど若手ばかりなのは、単に女王の趣味というだけでなく、有能な騎士を要として各地に派遣したことにもよるのだと。どこまで本当かはわからないが、女王の面食いぶりを利用して、他国に人材不足を隠す目的もあったのだとか。
 だから、ついでに今回補充しようとたくらんだわけだ。経験豊富な流れの騎士達は若手の養成にも大いに役立つ。
「まいったねぇ」
 女騎士がくっくっと笑った。
「全然、気づかなかったよ。国仕えなんて堅苦しいのは御免だと思ってたけど、あんたらみたいな騎士がいるなら、やってみるのも面白そうだ。いいよ、あたしは、その話にのるよ」
 それを皮きりに、申し出を受けるという騎士が次々と名乗り出た。受けたのは五人の騎士で、断った者達は別れを告げて去って行った。
「さて、急げば、戦場で手柄を立てるに間に合うやもしれぬな。ユシャ、せっかくの機会を奪って悪いが、そなたはフィルとともに魔法士殿を王都へ送り届けるように」
 先刻の女騎士に向かってシェイドが命じる。女騎士はいいよと快く承諾した。
「フィル、そなたは陛下に報告を。今回の採用者達の配属先については、ヴェルシュらと話し合って決めておくように」
 了解しましたと答えつつも、フィルはひそかにシェイド自身が決めるのは面倒だから自分に押し付けたのではないかという疑いを心に抱いた。今回の任務で傭兵として振舞うシェイドと共に行動していなければ、そんなことは考えもしなかっただろう。近衛騎士隊長は謹厳実直という評判は、どこまで信じて良いのか、フィルにはすでにわからなくなっていた。
 ……なんといっても、陛下の守役だったのだし。
 元傭兵達を引き連れて、颯爽と去って行くシェイドの後ろ姿を見送りつつ、フィルはそんなことを考えていた。


 風はほとんど無く、夜の闇と霧が濃さを増しつつあった。
 日没までと刻限を限り、第二王子の身柄引渡し交渉に応じると南陽王国王妹は宣言していたのだが、森緑王国側に動きはなかった。事実上、第二王子は国王に見捨てられたと言っていい。翌朝にはその首がさらされていてもおかしくはない。
 雇い主から気前よく振舞われた酒と食べ物で傭兵達は陽気に騒いでいた。酔うほどに飲む者はいないが、いつ命を落とすかもしれぬ彼らは楽しむことも忘れない。周囲の様子をさりげなくうかがってオルトは人目につくことなく、天幕に滑り込んだ。その天幕の主はゆったりと構え、上等な酒を一人であおっていた。オルトが手を差し出すと、片方の眉を上げただけで、素直に酒瓶を渡した。
「ほかにも誰か来るのか?」
 天幕の隅に置かれた荷物の山を見ながら、一口酒を飲んでオルトは尋ねた。エルードは黙ったまま頷き、酒瓶を取り返した。瓶ごとくれてやる気はさらさらなかったらしい。
「おまえさ、陛下に一切合財ぶちまけて楽になろうとは思わなかったのか?」
 ちょうどいい機会だとばかりにオルトは気になっていたことをきいてみた。南陽王国の女王はとんでもない性格をしているが、たとえそれが他国の間諜であろうと、助けを求めてくる者を拒んだりはしない。処罰するよりは、助けて恩を売りつけ、その分、こき使うことを選ぶ。
「他人任せは性に合わない」
 短くエルードは答えた。
 確かに女王に知らせれば、本人が望んでもエルード自身が動くことはなかっただろう。情報と引き換えに生命を保障されても、戦が終わるまでは監視下におかれたはずだ。
「そういうもんかね。俺なら他人がやってくれるっていうなら、喜んでやってもらうぜ」
 面倒くさいとオルトが言うと、エルードはわずかに笑った。
「仕返しは自分の手でやらないと気が済まない」
 だからか、とオルトはひそかに納得した。エセルに喧嘩をふっかけられた際、上に言いつけたりせず直ちに反撃していたのはそのせいか。
 近づく気配に一瞬動きを止めオルトが問いかけの目を向けると、エルードは頷いた。
 待ち人が来たらしい。騎士ではないようだが、常人でもなさそうだ。恐らくは魔法士。森緑王国では魔法士もそう珍しいものではない。
 出入り口の垂れ幕がゆれ、一人の男が入って来た。その顔を確認してオルトは軽く目を見開いた。記憶に間違いがなければ、第一王子だ。
「……来ると予測していたみたいだね」
 微かに苦笑を浮かべて青年は驚いた様子のないエルードに向かって言った。それからオルトをちらりと見やった。
「仲間です」
 人払いする必要はないとエルードは言い、青年を見据えた。
「それでルヴェス殿下、御用件は」
 見当をつけているだろうに、敢えてエルードはそう尋ねた。
「私に力を貸してほしい」
「見返りは何です?」
 第一王子ルヴェスは一度大きく息をった。
「魔法士部隊の足止めを。王の命令を、私なら、すりかえることも可能だから」
 エルードは鼻で笑った。この意地悪そうな様はヴェルシュにも匹敵する、とオルトは心のなかで思った。
「不安定要素が多いですね」
「私は弟を助けたい。できるならば、この国も」
 国よりも弟の命を優先すると言っているわけではない。国を守ることが可能なのか、彼にはわからないでいるのだ。
「……夢を、見るんだよ。おびただしい血が流される夢を。荒廃しきった国の、嘲う王の夢を」
 疲れた声でルヴェスは告げた。
「私は夢を読み違えていた。国が荒廃することで王が狂気に陥るのだと思っていた。……そう信じたかったんだ」
 夢、とエルードが小さくつぶやく。その彼に第一王子は深緑の目を向けた。
「知っているだろう? 私の母は力の強い『先見』だった。私もその血を引いている。母は、私にその力があると知っていた。知っていて、それを隠した。知られたら、一緒にいられなくなるから、と」
 先見の能力をもって生まれた子供は例外なく母親から引き離されることを王妃は誰よりも知っていた。もし、ルヴェスが先見だと知られていれば、第一王子であっても彼は神殿において育てられたはずだ。
「君を、王城で見かけたときから、違う夢も見るようになった。……君は血に染まった王を見下ろしていた。だが、その先に血が流されることはなかった。君のもとを訪ねるたびに違う夢を、可能性を見た」
 ようやく気づいたよと泣き笑いの顔で青年は言った。
「未来は定まってなどいないのだと。私には現が、見えていなかったんだ。もっと早く王の狂気に気づいていたならば、現を見据えていたならば、『今』は違ったものになっていたかもしれないのに」
「悔いても仕方ないでしょう」
 冷然とエルードは突き放した。自己憐憫など必要ない。
 そうだとルヴェスは肯定した。
「だから、ここに来た。行動することを選んだ。さっき言った条件で不十分だというのなら、私にできることなら何でもする。私を、南陽王国の王妹のもとへ案内してほしい」
 そこまで聞くとエルードは先ほどから面白い展開になってきたとにやにやしていたオルトに向き直った。
「どうです、オルト殿、頼まれてみますか?」
 オルトは頬を指でかいた。ここしばらく、王宮に戻るどころか帰国すらしていなくともオルトは近衛騎士だ。南陽王国の騎士のなかに顔を知っている者は多いし、身分証も持っている。南陽王国軍の陣営に入りこむのに不都合はない。ここらで南陽王国軍とつなぎを取っておくのもいい。顔を見せておけば、いくらウェイでもうっかりばっさり斬ったりはしないだろう。
「まー、悪くないな」
 ちゃんと働いているんだぞと印象付けておけば、帰国した際の風当たりも和らぐ。
 国の行く末などに興味のないオルトは飽くまで個人の立場から結論を出した。
「しかし、王子様が留守にしたら騒ぎになるんじゃないか?」
「手は打って来た。よろしく頼むよ、近衛騎士殿」
 どうやら身元はばれているらしい。手配書が回っているらしいので当然と言えば当然ではあるのだが。第一王子は少なくとも間抜けな人間ではないようだ。
「それじゃ行きますか」
 散歩にでも誘うようにオルトは第一王子に声をかけた。

 森緑王国の第一王子と南陽王国の近衛騎士が天幕を出て行くと夜気が流れ込んだ。夜になってかなり気温が下がったらしいと思いつつ、エセルは隅に置かれた荷物の影から立ち上がった。続けてライカも立ち上がって軽く伸びをした。ここに自分達が身を潜めていたことは、魔法士の第一王子には分からなかったかもしれないが、オルトには分かったはずだった。
「エルードの言ってた協力者が第一王子だなんてね、さすがに予想外だったな」
 そう正直にエセルが言うと、ライカも同意を示した。
「よもや王子が王に対して疑いを抱いているなんて思わなかったわ」
「本来ならば近しい人間だからこそ、気づいたとも言えるだろう」
 エルードの言葉に二人は頷いた。
 父子の親密さが彼らには欠けていた。だからこそ、第一王子は王を見限ることができた。情によって見誤らずにすんだ。
「彼の魔法士としての力量はどうなんだ?」
 ライカに向かってエルードが尋ねた。
「さすがに魔法力の強さはかなりのものよ。だけど、魔法士部隊一とは言えないわ」
「君は?」
「そうね、あの部隊のなかで最強の魔法士と互角に戦う自信はあるわ」
 こともなげに答えたライカに、互角以上に戦えそうだとエセルはちらりと思ったが黙っていた。多分、エルードもそう思ったに違いない。
「命令のすりかえが失敗しても、足止めは実際に可能と考えてもいいか?」
「私とルヴェス殿下が協力すれば、できないこともないと思うわ。少なくとも時間稼ぎ程度にはなるわ」
「先手を取れば、騎士でも潰せるし、いざとなれば傭兵を回せばいい。その傭兵が動くかが問題だけど」
 足止めよりもむしろ殲滅の方が手っ取り早い。エルードとしては死人をなるべく出したくないのだろうが、自分は違う。正直に言えば、何人死のうが興味はない。興味があるのはたった一人。
「……その時は、国王の騎士隊に魔法をぶつけるか」
 エルードも王を逃すつもりはないようだ。王を逃せば、もっと人が死ぬのだから当然のことだろう。
「いいんじゃない? ライカだってそのほうが楽でしょ?」
「言っておくけれど、騎士は打たれ強いのよ。大勢に魔法が拡散するわけだから、威力も弱まるわ」
 過信しないようにとライカは釘をさす。
「足止めにはなるし、あとは南陽王国軍が始末してくれるから、気にすることはないよ。オルト殿は逃げ足はやいから、しっかり逃がしてくれるだろうし。二人いれば、王の方はなんとかなるでしょ」
 エルードと二人で王の命を奪い合う程の余裕はないが、二人いれば逃がすことはまずない。
 軽い口調で言ったエセルをライカが見た。
「……本当にあなたはそれでいいの?」
 ライカが案じているのは、あの男が父であれ叔父であれ、紛れも無く自分と濃い血縁関係にあると推察されるせいだろう。だが、血縁など自分には無意味だ。おそらく、あの男もそう思っているはずだ。
「それのどこが悪いのか、私にはわからないね」
 肩を竦めるエセルにライカはそれ以上なにも言わなかった。


 影が動いた。
 気配を消すでもなく、威嚇するかのように、ゆっくりと包囲の輪がせばまってくる。
 霧が深く、星明りもない闇のなかでは、騎士能力保持者であろうとも見えにくいだろうと思いつつ、オルトは外衣をはらいのけた。
「南陽王国近衛騎士オルト・マフィズだ」
 身分を示す房飾りを高く掲げてオルトが名乗ると、戸惑いの気配が広がった。
「ひょっとしてくびになっていたりするか?」
「……いえ、そういうことはありませんが、余りに長い間、姿をお見かけしないので、陛下にくびり殺されて奥庭に埋められたなどという噂が流布しておりまして」
 言いにくそうに、近くから若い男の声が答えた。
「あー、あり得なくもない話だな、それ」
 妙に現実味があるからこそ、いやだなとオルトは頭をかいた。
「お連れの方は何者ですか」
「ん、アシュリーズ様と話がしたいっていうんで連れて来た森緑王国の魔法士。森緑王国も一枚岩じゃないってわけだ」
 あたらずさわらず事実を微妙にぼかして告げると、しばらく間をおいて小隊長とおぼしき騎士がオルト達の前に進み出た。
「こちらへどうぞ」
「よろしく」
 任せたとばかりにオルトはその後について歩き出した。連れの青年は緊張しているようだが、無理もない。妙な素振りを見せたが最後、一斉攻撃を受けることは間違いないのだ。魔法を感知できる魔法騎士も近くにいる。
 彼らがまず連れて行かれたのは、いかめしい騎士の面前だった。オルトも宮廷で何度か顔を合わせたことがある人物で、確か今は東方将軍の地位にあるはずだ。
「妙な騎士が接近していると報告を受けたが、オルト殿のことであったか」
 確かに妙な騎士だと東方将軍は真顔で言った。
「覚えていてもらってありがたいけど、素直に喜べませんね」
「再会を喜び合う仲でもないのだから、それもよかろう。アシュリーズ様との面会を願っているそうだが」
「総司令は将軍だってことだけど、実際に作戦を立てるのはアシュリーズ様なんじゃないかなーと思ったもんで」
 へらへら笑いながらオルトが言うと、東方将軍は僅かに口元を緩めた。
「よかろう。行くぞ」
「あれ、この魔法士の身元を聞かないでいいんですか?」
「同じことを二度も聞くのは面倒だ」
 あっさり言って東方将軍は歩き出した。
 こういうところがアシュリーズ様と気が合うんだろうとオルトは納得した。あの王妹も無駄は嫌いだ。そして、自分と魔法士が妙な真似をしでかしても止められるという自信が、あるいは王妹達の力量への信頼があるのだろう。
 こりゃあ、アシュリーズ様も動きやすいよな。
 背筋のぴんと伸びた後ろ姿を眺めながら、戦の勝敗はすでに決まったようなもんだとオルトはひとりごちた。


 空気が重い。異様に重苦しい。
 仮にも痴話喧嘩と呼べる類いのものであるならば、多少なりとも甘やかなものがあってしかるべきではないか。それが甘みも何もない、今にも抜き身の剣を手に斬り合いを始めそうな雰囲気を醸し出しているとは何事だろう。
 お前らは絶対なにか間違っている。
 そう言ってやりたいのは山々だが、言ったところで、本人達には通じないこともまたガザンはよく分かっていた。
 だが、どうにかしないことには、人が近づかないように見張っておけと言いつけて、天幕の外に出した従者の騎士見習いも中に戻って来られないだろう。
「うっとうしい」
 剣の手入れを終えて鞘におさめたアシュリーズが溜息をつくなり言い放った。
「言いたいことがあるなら言え。ないのなら不満を表に出すな」
 思わずガザンは身をすくめた。
 ウェイに向かってこんなことを言えるのは大陸広しと言えどもアシュリーズくらいのものだ。それにしても、この色気のなさ、他にも言いようがあるだろうとガザンは頭を抱えたくなった。もはやこの世にはいない、昔馴染みの女騎士にどういう子育てをしたんだと文句の一つや二つ言ってやりたくなる。
 緊張感が高まったところで、ふと二人の注意がそれた。ガザンもすぐに気配に気づき、出入り口に目を向けた。少女の声が東方将軍の来訪を告げる。しかし、来訪者は一人ではない。
「客人をお連れしましたぞ」
 天幕へと入ってきた東方将軍は険悪な空気の名残にわずかに眉を動かした。ガザンが肩を竦めてみせると、将軍は微かに苦笑をこぼした。状況が推測できたらしい。
「あれ、邪魔だった?」
 将軍の背からひょいとやせた騎士が顔を出す。知り合いらしく、アシュリーズがオルトか、と怪訝そうに呟いた。
「こんなところで何をしているんだ?」
「案内。ここで捕虜になってる人間の兄貴がアシュリーズ様と話をしたいっていうもんでね」
 ガザンは目を剥いた。
 この陣に捕虜は一人しかいない。
 最後に天幕に入ってきた人物は一斉に視線を受け、居心地悪そうに身動きをした。